表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空六六六  作者: 浮草堂美奈
第二章 修行ノ語リ
34/56

水無月1

「かがり火なんてきらい!」

 奈落の花は、涙をこらえて怒る。

 同時に彼は覚醒する。

 右手が前に伸びている。

 前のめりにうつ伏せの姿勢。

「奈落の花ってなんや……」

 つけっぱなしのラジオアプリが、そのフレーズを繰り返す。

「これか……」

 曲が終わる。

「あいつか……」

 幼い自分に残った、黒いシミ。

 九つの黒い瞳の少女。

 小さい花。日陰の花。ならくのはな。

 時計に目をやる。AM6:30。机の上に視線移動。二行で途切れたノート。カレンダーに視線移動。六月一日。テスト前休み最終日。

 水無月が始まる。

あつ……」

 湿気た日光。

 コーラを買いに行くことにした。


 堀川通に向かう道は狭く、細長い民家がぎっしり寄せ合っている。

「おお、篝火かがりび君」

 晴明神社の手前で呼び止められる。

「おはよう。なんやおっちゃん」

「今、あんたん行くとこやったんや」

 坊主頭の神主は汗を拭う。体型もだるまそっくりなので、しょっちゅう僧侶と間違われている。

陽炎かげろう君、おるか」

「兄貴やったらまだ寝てるで」

「そうか……いや……せやなあ……」

 きょろきょろとあたりを見回す。珍しくせわしない。

「また、誰かおったんか」

「ああ。うん。せやねん。せやねんけどな。ちょっと来てもろてええか」

「俺が?」

「うん。見間違いや……思うんやけどな」

 晴明神社の敷地には、誰でも入れる場所にベンチがある。

 昼間は観光客の休憩場所だが、夜でも使える。

 使うのは、酔っ払いと、反抗期と、そしてまれに、何かから逃げてきた人。

 それはこの神主が近所の親戚であるという理由で、知っている。

 だが、それの確認に来てくれなどと言われるのは初めてだ。

 前に偶然発見したことはあったが。

「かがり火」

 その発見した少女の声がリフレインする。

 ベンチで体を小さく丸めて、くうくう寝息を立てていた。

 短くて癖のある黒髪。反対に長くてすんなり伸びた睫毛。白いシャツにサスペンダーで吊った黒い半ズボン。すりきれた子供用フォーマルの下から長い足が伸びていた。足首まではうっすらベージュがかっているのに、そこから下はきゅうと白い足袋で絞ったような足。桜色の爪だけが鮮やかな花。

「この子やねんけどな。どっかで見た気がすんねん。篝火君の友達かなんかやなかったか思てな」

 ちょっとすんません、と、神主がベンチの前に突っ立っているサラリーマンに声をかける。

 篝火は、そのサラリーマンの体から隠されていない部分に目を奪われる。

 足首から下だけが白い足。膝から下の長さに不釣り合いな小さい足。

 纏足てんそくでもされたかのような、アンバランスな足。

 桜色の爪。隣に小さく擦りむいた傷。

 ああ、すんません。

 夜勤ですか。そっちのベンチやったら空いてますよって。ちょっと工事の道具とか置いてますけど、気にせんと。

 ああ、すんません。

 えろうお疲れですな。

 隠れていた部分が見える。

 道着。かなりの着崩れ。首に縹色はなだいろ縮緬ちりめんを生地のままちょうちょ結びにしている。

 短くて癖のある黒髪。反対に長くてすんなり伸びた睫毛。左目を隠す医療用眼帯。

 縦に長い体を小さく丸めて、くうくう寝息を立てている。

 着崩れた道着の下、左胸にわずかに見える。

「入れ墨……?」

 確認しようと手を伸ばす、左胸に触れる。その時、ゆっくりとびろうどの幕が上がり始める。

 黒い瞳が現れる。

「七竈……?」

 吐息のような返事。

 それは、とても。

 低い声。

「だれ……?」

「やっぱり篝火君の友達か」

 神主の存在を思い出す。

 幼いころの黒いシミは、確認するように言う。

「かがりび……」

 次の瞬間、起き上がるのと飛びつくのを同時に行う。

「かがり火! ごめんね! きらいって言ってごめんね! 大好きだよかがり火!」

 ぎゅうぎゅうと抱き着かれる。やっと土御門篝火は知得する。

 己の黒いシミは、少女ではなく、少年であったと。

「七竈……あの……」

「あ」

 その「あ」、という言葉を発した一分後。黒いシミは体の半分がミンチ肉となる。



六月一日。

 今日から本当の日記を書く。

 日記はほかの人に見せないってかがり火が言ってたから、今までのは見せてたから本当じゃない日記。

 あったことは本当だけど、あれは本当の日記じゃない。

 夜中、目が覚めて、外に出たら先生のお家に火をつけようとしている女の人がいて、腕を折った時先生が出てきて、「待て」って言うからやめた。

 女の人が「誰との子おや!」って叫んで、先生が「いや、誤解じゃ。わしの言葉が足らなんだ。とりあえず手当を」って言って、女の人が「やかましいわ! うちをばかにするな! 知っとったわ、ほかにもおんのは知っとったわ! せやけど、いつか手ぇ切る思て……」って言ったところで、先生が「え、ええと、ちょっと今夜はこいつと二人にせい。どっか行っとれ」って言ったから、ベンチで寝た。

 起きたらかがり火がいた。びっくりした。

 うれしかった。

 それからかがり火のお家に連れて行ってもらった。

 おばさんが僕を見て「七竈ちゃん! 生きとったんやね!」ってぎゅうってしてくれた。

 おばさんは奥さんじゃなくておばさんって呼んでって言ったから、おばさんって呼ぶ。

 それから陽炎お兄ちゃんが起きてきて、「なんや、お前か」って言って。

 今日は眠くなったから日記やめる。

 眠くなったらすぐ寝るのが、僕には一番必要って先生が言ってた。

 えっと、とにかくおばさんが朝ごはんにオムライス作ってくれて、昼ごはんにエビフライ作ってくれておいしかった。

 かがり火は今でもやさしかった。


空六六六ぷらす! じゅうろく!


納「連載再開おめでとうー!」

蛍「あの……本文で気になるとこがあってめでたいどころじゃないんだけど」

納「何?」

蛍「お前、声低かったの?」

ユキ「ウー! 蛍、もはやメタ発言というレベルじゃないヨ!」

蛍「だってこのロリロリしい口調で声低いって!」

納「せっかく声変わりしたのに! 女の子みたいなしゃべり方って言うならしゃべり方変えるもん!」

蛍「あ、それはそのままでいこう」

ユキ「今の、蛍の趣味で言いましたよネ」

蛍「うるせーな! 今回登場した土御門篝火に比べりゃマシだろ! 小学生で足フェチに目覚めてんじゃねえよ! しかもわりとマニアックな!」

納「なんで今回の蛍はいじわるばっかり言うのー!」

ユキ「ああ、これはかわいいですネ。この男どもは実にかわいい」

納「僕は男だからかわいくないの!」

蛍「俺もお前もかわいいの!」

ユキ「ホント……かわいいやつらデス」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ