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空六六六  作者: 浮草堂美奈
第二章 修行ノ語リ
31/56

DNAにシミがある2

 ハイビスカスティーのティーバックを取り出す。

「で、犯罪が絡んでるっぽいってのは納の親戚?」

 ジョーイは、コーヒーのカップを置く。

「ああ、繰り返すけど前提としてこの結論は感情を」

「繰り返さなくていいから、ちゃっちゃと進めて」

「もうちょっと敬った態度取ってくれよ」

 視線にわかったというジェスチャーで返す。

「七竃納、そもそも、君は彼の生育環境についてどこまで知ってる?」

「本人が話したのは、父子家庭で父親が死んでるところまで。メフェイストに聞いたのは、なんかのハンディを持ってるのと結構複雑な家庭だったこと。俺が推測するのは」

 カップに指をかける。

「相手が不機嫌になると隷属する癖がつくような環境で育ったんだろな、って」

「……最後のはどうして?」

「ユキと会ったばっかりの頃、すげえ仲悪かった」

 赤い茶を飲む。

「ユキって見たまんま直情型なんだよ。その割に沸点が高めで、怒っても引きずらないんだな。激レアのホンモノのサバサバ女」

「あー……」

「で、なぜか納の脳内では直情型とモラハラっていうの? 機嫌次第で怒鳴るわめくどんな時でもお前が悪いから謝れみたいな、そういう人間性がイコールしてる。それイコールしねえだろって話だけど、まあ、納の脳内で」

「そりゃあ、仲悪いなあ」

「そ、俺がいない時絶対二人同じ空間にいない。別に喧嘩するわけでもない。気まずいだけ」

「でも、今、仲いいよね」

「うん。ユキがキレちゃってさ」

「うん?」

「私は怯えながらご機嫌取られても嬉しくないし、まず納が悪くないのに納にキレるようなカスじゃない、と。次やったらどっちかが死ぬまで殺しあいするから、と」

「まあ、確かに七竃ちゃんが失礼だよね、それは。相手を感情のコントロール不能の八つ当たり魔扱いしてるわけだから。いや、まあ、結局それでキレちゃってるあたりホントに直情型なんだな、と思うけど」

「そう、まあ、だからユキの親父さんがKGB向いてなかったって言われても納得するわけよ。いわゆる善良な人間ってヤツだったんだろって」

「……その言い方だと、ユキちゃんの方はスパイ向いてるカンジなんだけど」

「うん、結構向いてんじゃね? 感情のコントロールは上手いし、キレどころも知ってる、そのくせ殺すと決めたら絶対殺すし、度胸ハンパないし」

 ホントにドライな言い方する、と言って、続ける。

「七竃ちゃんは、両親とも関西出身だ。両方の祖父母はまだ関西に住んでる。父方の祖父母とは絶縁状態だ。まあ、こっちは不審な絶縁じゃない。父親が飲酒運転で交通事故を起こした時、祖父母が示談金を払った上に被害者に謝りに行ってるんだな。そりゃあ愛想も尽きる」

「……母方? まず、あいつ母親生きてんの?」

「生きてる。まあ、良い思い出はなさそうだ。今は精神病院にいる。彼が七歳の時に離婚してる。離婚当時既に発病していたらしい。しかし、離婚しても母親と父親が切れてないんだな」

「復縁の話が?」

「いや、もう少しややこしい。母親本人でなく、母親の兄、つまり七竃ちゃんの伯父と父親が連絡を取り続けている。いつまでも働こうとしない父親に、母方の親戚が仕事を紹介した上に自宅の離れを提供したこともある。まあ、結局無断欠勤を続けて七竃ちゃんを連れて失踪という結果に終わってるわけだけど」

「もはや才能だな」

「ここまで来ると才能がないとできないよね。ちなみにこの二人、両方元小学校教員だぜ? 職場結婚」

「そんなに意外に思うほど珍しい職業じゃねえよ。それより、どうにもおかしいのはその伯父だろ?」

「ああ。失踪後、一年後に七竃ちゃんが警察の連絡で児相が保護。そっから東京郊外のアパートで生活保護を受けながらこの春まで暮らしてる。で、この児相に保護されたあたりから、伯父と父親がまた連絡を取り合うようになってる。

彼を父親の元に返すのを児相がかなり渋って、一時保護施設に一時的に入ったりしてるんだ。まあ、そりゃそうだってカンジだけど。それを、いざとなったら母方の祖父が引き取れると伯父の言葉があって、父親の元に戻ってるんだ。まあ、決め手は暴行の痕がないのと施設がいっぱいなことだけどね」

 残り少ないコーヒーに角砂糖を放り込む。

「この伯父の収入源が不明なんだ」

「……無職?」

「そういうことになっている。公的支援も一切受けていない。だが、明らかに結構な収入がある生活をしている。そして」

 机を指で叩く。

「彼の娘は行方不明になっている」

 思考。

「いつ?」

「小学二年生の三学期に登校したっきり、不登校。そのまま義務教育を終えている。現在は十九歳のはずだ。だが、彼女の姿を見た人間がいない。義務教育期間はたまに担任教師が訪問して会っているが、中学卒業後一切目撃者がいなくなる。行方不明との判断は、彼女が自宅に住んでいる様子がないからだ。洗濯物とか食料の量とか。そう、捜索願いも出されていない」

「確かに、犯罪が絡んでそう」

「ああ。しかも、いざとなったら引き取れるはずの祖父が、父親の自殺直後に引き取るどころか自分や伯父と七竃ちゃんと会わせることを拒否している。法的には七竃ちゃんも母親の見舞いに訪れた直後に失踪してることになってるんだ。実際にはメフィストと暮らしてるんだけど。病院側としては自殺したと思ってるカンジだ。見舞いに行った母親は、七竃ちゃんを産んだことも忘れていたからね」

「自殺だったの?」

「うん。これは100%自殺だ。それまでも何度も自殺未遂を繰り返してるし。で、この母親と伯父の最初の不審な話は、七竃ちゃんが生まれる前に起きている」

「なら……関係があるとは言い切れなくない?」

「ああ、直接関係はないんじゃないかな。ただ、この兄妹はさらに上に姉がいる。長女が一人いる。彼女が、大学受験に合格したその晩に自殺している」

「……」

「この伯父の収入源はなんだ? なぜ、別れた妹の夫と連絡を取り続ける? なぜ、祖父が孫と会いたがらない? 伯父と会わせない? いや、その前に」

 トン、と指を鳴らす。

「母親が精神病院に入院したのは父親の自殺の半年前だ。祖父も伯父も経由せず、七竃ちゃんはどうやってその病院に一人で行き着いた? 入院したことも病院名も前から知っていたという理由しかない。だけど、それならなぜ母親の病状も知らなければ、母親本人とコンタクトを取ろうとしなかったのか?」

「その伯父さんがただの甥が心配な世話焼きでっていうんなら、平和な話だ。だが、それなら、そいつに説明がつかない点が多すぎる」

 そして

「納の『癖』を考えれば、”悪いこと”だと思ってなければ伯父さんにいくらでも手を貸すし」

 また赤い茶を一口。

「納の中では、殺人は”悪いこと”じゃない」

 ジョーイはしばらく黙る。

「彼の話は以上だ。君の父親の話をしよう」

「ひょっとして……一番短い?」

 ジョーイのカップを見る。

「うん。実は」

「それもわからないことが多すぎて短い?」

「うん、それも」

 すっかりなくなっているコーヒーカップを見て。

「まあ、しょうがない」

 ため息を吐く。

「理解があって助かる。わかっているところから伝えよう。君の父親は君がまだ母親――妙高ひとみのおなかにいたころ、大学院の博士課程だった」

「どこの大学?」

「神戸大学民俗学科。今はなくなった学科だ」

「名前は?」

「柳田国男と名乗っていた。偽名だ」

「そりゃそうだろうな。あのババア、マジで勉強しなさすぎだろ」

「当時かかっていた産婦人科で、おかしなカップルだと思われていたらしい」

「そりゃあ、あのケバい女と博士じゃねえ……どこで知り合ったんだよって」

「いや、君も方向が違うだけで同じくらい顔盛ってるだろ。いや、まあ、それもある。一目でわかるギャルといかにも地味で真面目そうな男のカップルだったし、妙高ひとみは埼玉の短大の看護学科の学生だったんだ。どこで知り合ったのかはわからなか」

「埼玉ァ!?」

「え、何、そこは重要じゃないんだけど」

「あのババア、東京のギャルだったとかほざいてたくせに! 道理で学生証の名前が」

「あ、いや、住んでたのは東京だったから」

「東京住んでるのに埼玉の短大ってバカの証拠じゃねえか!」

「埼玉になんか恨みでもあるの!?」

「響きが全然違うだろうが!」

「わかった。わかったから話を戻そう。当時妙高ひとみは臨月が近かったんだ。なのに、入籍しようとしない。かといって別れる気配もないんだな」

「学生だからじゃねえの?」

「病院側もそうだと思ってたらしいけど、臨月が近かったら早産なんてよくあるぜ。入籍してるとしてないとじゃ、後で父親の籍に入れる手続きが段違いに違う。役所の手続きくらいって思うかもしれないけど、生まれたての赤ん坊がいるだけで睡眠時間すらろくに確保できなくなるんだから。手続きは簡略にしておいた方がいい」

「そりゃ、母さん完全に結婚する気ないな」

「……なんとなく君を見てると想像がつくよ。だけど、父親の方はなんとしても説得するって言い張ってるし、病院も毎回一緒に来る。妙高ひとみが失踪――実際には誘拐だったわけだけど。した後は病院に手がかりを求めて何度も来てる。しかし、諦めたのかぱったり姿が消える。以降の手がかりがない」

「調べてくれてどうも。親父の正体がわかったわ」

 ジョーイは蛍の目を見る。

「会ったことが?」

 蛍は赤い茶を飲み干す。

「それはないって言ってもないって証言する人間がいないのは俺も同じ。まー、でも、想像通りなら犯罪がらみじゃないよ」

「恋愛の問題かい?」

 頬杖をつく。

「……たぶん、歴史?」

「そのこころは?」

「自分のことを信用できないって言ってるヤツに、洗いざらい話したらバカすぎるだろ」

 ジョーイもため息を吐く。

「それはそうだ。一応彼女の実家の住所とか聞く?」

「……身内、誰が生きてる?」

「君からすれば伯父。彼女からすれば兄だ」

「健康?」

「病気とかしてる様子はない」

「結婚してる? 子どもは?」

「既婚者。男の子が二人。両方とも社会人だ」

「ああ、なら充分」

 ジョーイが右側だけ口角を上げる。

「精神的に満足?」

 蛍はククっと笑い声を上げる。

「んー。いや、たぶん、そのうち連絡が取れる」

「曖昧だな」

「健康なんだろ。じゃあ焦ることないじゃん」

「人間、いつ不意打ちで死ぬかわかんないぜ?」

「まあ、それはそれで同じものになるし」

 ジョーイの顔に初めて不審が浮かぶ。

「同じものって何だい?」

「んー。かえる」

「かえる? 土に?」

 蛍は腕を組んで考える。

「まあ、土もあるんじゃないかな。人間とか動物とか、とにかく生き物。そういうのは死んだらみんな同じものにかえる。土とか水とか山とか川とか道とか土手とか、まあ、なんかそういうもんにかえる」

「魂は自然の一部となるって意味? 悪魔のメフィストが魂なんてないとか、心は脳とか、人間は死んだら消滅とか言ってるんだぜ?」

「それは……そうなんじゃねえの?」

 首をひねるのに、自分も考えつつ言う。

「かえったら、別に自分を自分とわかるっていうか、認識とかしなくなるんじゃねえの。する必要ないし。でも、自分というもんがわかんなくなったら、それは消滅ってことじゃね?」

 ええー、と呟いた後、質問する。

「それは薔薇菩薩村の教義とかそんなんなの?」

 さっくり否定。

「いやいや、全然違う。あれ頭おかしい宗教のわりにこんなザルなこと言ってなかった」

「えー、じゃあ、禅とかそんなん?」

「元ネタはわかんねえけど、まあ、言ってた母さんも元ネタわかんねえっぽいし。たぶんもう誰もわかんねえんじゃねえかな。まあ、でも」

 しっくりくるから。

「しっくりねえ、ザルな宗教観だなあ」

「いやー、ちゃんと宗教観として成り立ってるかも割と怪しいって」

「確かにそうだけどさ」

 まったくかわいくない弟子をもったもんだ、と嘆いてから、ニヤッと笑う。

「まあ、信用はできないけど、背中を預ける程度には頭が回りそうだ、後」

 ジョーイも頬杖をつく。

「君、友達できたのあの二人が初めてだろ」

 急激に顔が赤くなる。

「バッ……! てめえこそ現在進行形でいねえだろ! 何えらそうな口きいてんだコラァ!」

「えー、だってさー、蛍ちゃん。君、あの二人に対する態度が兄貴分っぽいっていうか、圧倒的に兄貴分だぞ。しかも世話焼きな。わりと危なっかしい連中を一向に見捨てる気配がないぞ。絶対今後世話も手間もかかるのに、かなり大事そうだぞ」

「うっさいな! あいつらが勝手に手間かかってるだけじゃん! 別に俺が手間かけたくてかけてねえよ!」

「後、七竃ちゃんが昔友達がいたって聞いたとき、すごく嫌そうだったよね」

「は!? なんで知って!?」

「普通にメフィストに聞いただけ、メフィストは七竃ちゃんに「僕、なんか怒ること言っちゃったかなあ?」って言われただけ。「料理が不安やったんちゃう?」ってごまかしてくれるなんて、優しいなあ。いやー、昔友達がいたら即取られたってなるのか。ヤンデレ属性? 快楽殺人鬼にはならないけど、痴情のもつれでバラバラ殺人とかするタイプ? 怖いなあ。惚れられないように気をつけないと」

「てッめッ……ッ! 殺す……ッ」

「だてに半世紀以上嫌われ者やってないぜ。積んだキャリアが違うんだよ。精進することだね」

 にやにやと笑う。

「で、七竃ちゃんの先生がやっと帰れる状況になったから、君たち三人とも京都行きが決定したらしいぞ。僕も十年ぶりぐらいだ。ワクワクする」

「いや、なんでお前も行くんだよ」

「スナイパーは基本座学だ。どこでも勉強できる。君だけ十三番街に置いていってもかまわないんだけど、寂しいだろうっていうメフィストの温情だね」

「だッれッがッ……」

 怒声を止める疑問。

「ん? そういや、お前マリュースクの話はするのに、納の先生は名前すら出てこなくね? あれより嫌われてんの? 可能なのそれ?」

 ジョーイ・ラスボーンは沈黙し、目をそらした。

「……誤解されないように言っておくけど、僕はあそこまでどうしようもない大人じゃない」


≪空六六六ぷらす! じゅうご!≫


ジョーイ「もー、うちの弟子がほんっとかわいくない」

マリュースク「うちのだって別にかわいくないですよ」

ジョーイ「嘘つくなよ! 学校行ってたら女子高生の美少女だよ! かわいくないわけないだろ!」

マリュースク「……食材の買い足しに一緒に行った時に、多少、喧嘩を売ってこられた男性がおられまして。すみやかに叩きのめそうとした訳ですが。その際」

ユキ(回想)「これ、私のなんで、気軽に声かけないで貰えます?」

マリュースク「私が何もしてないのに、そのまま逃げていきました」

ジョーイ「乙女ゲーの俺様系キャラ?」

マリュースク「その後、「勝手なにヘンなこといってごめんネー。追っ払いたかっただけだから気にしなくていいデス」と」

ジョーイ「確かにかわいくないな。抱いてもらいなよ」


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