DNAにシミがある1
運ばれてきたペンネは熱い。
「ここ、話していい店?」
「うん。ランチタイムは過ぎてるし、夕食には早い。何より土日は混むけれど、平日はゆっくりできる。って書いてある」
食事先紹介アプリの画面を見て納得。
「それ、店名のみでも調べられたっけ?」
「できるけど、チェーン店とかよくある店名とかだと膨大な検索結果になっちゃうな」
店名を言う。
「そんなら大丈夫だけど。ここ、すごく混む割に飛び抜けてうまいかって言うとそうでもないぞ。SNSに写真アップ目的女の中で有名なだけで」
「いいんだよ。俺もSNSに写真アップ目的男だから」
「……自撮りとか上げるの?」
「おそらく一緒に行くのがあの二人でやるかよ。明らかに俺だけ不自然な加工で浮いちゃうじゃん」
「だよねー。加工する必要がない男女と一緒に、写真でなくても加工まくってるのが一人入ってるとか自爆願望かな、としか」
「殺すぞ」
ほとばしる殺気。
「……キレ方がガチすぎるだろ。自分で言い出したくせに」
「否定待ち率100%に決まってんだろ。そもそもお前は話し方がイラつくんだよ。カッコつけてる時が一番回りくどくてイライラする。
その癖合コンさしすせそに秒殺されそう。
女に慣れてないヤツが相づち以上の意味皆無の「すごーい」に引っかかってもそりゃそうだけど、女に慣れてるのにそんなんに引っかかるって勘違いバブルおっさんのテンプレじゃねえか。
若い頃ハマー買った自慢して「すごーい」って言われてこいよ。
「すごーい、ハリウッドみたいに爆炎に消えてくんないかなー。それかゾンビの集団に囲まれた時にエンジンかからないか。そうしたらこの話がエキサイティングになるのにー」の「すごーい」以降を省略したヤツを。
殺すぞ」
「既にオーバーキルだよ! めんどくさい女かよ!」
「ぬるいこと言ってんじゃねえよ。まだめんどくささを最大発揮してねえよ。レベルが一段階上がると、この会話を軽く盛ってお前の知り合いはいるけどお前はいないグループ会話に晒すぞ」
「負の女子力のエネルギー全開か! 男なのに!」
「うん。故に男の嫌がるポイントも押さえまくっているという、最強の女子力を持ってる。昔のやんちゃ自慢のショボさを指摘されるとキツいよな?」
小声でファッキンクライストと呟き、向き直る。
「本題に入ろう」
「ああ」
ブロッコリーを口に入れる。トマトソースに南米チックな香辛料が入っている。
口調が平坦になる。
「僕は君、というか君たち三人。今同居している16歳の三人を信用していない」
「ふうん」
「会話が成り立ちやすくてありがたいよ。信用していない理由を話すけれど、これは後の二人には伝えない方が賢明だ。伝えてもいいことがない」
向こうもペンネにフォークを突き刺す。
「僕は確かに天才だが、戦闘能力はあんまり高くない。メフェイストの軍勢ではの話だけど。人間の限界を数段階越えた連中の中で、すこぶる強い人間なんて埋没するからね。まあ、それを補うように用心深い。まだアフガンにいる間に、君たちの身元調査をプロに依頼したんだ。メフェイストが噛んでいないつてでね。長く生きて役職持ちになると、こういう人脈がよくできる。長生きはしといた方が得だ」
「具体的にはどういうプロ?」
「それを明かすともう何も頼めなくなるプロ」
「ああ、ならいいわ」
お互いペンネを口に入れる。熱い。
「前提として、この結論は感情を排除したうがった見方だということを頭に入れておいてほしい。ただ、面倒だった。ただ、計画性がなかった。ただ、なんとなく気にくわなかった、そういうことが原因の可能性の方がよっぽど高い」
「しかし、感情を排除しない限り不審な点がある」
「そうだ。君たちは全員血縁者に怪しい人間がいる。そして、その血縁者と今までつながりがなかったことと、今後つながらないことを保証できる人間はいない。その怪しさの方向は悪魔より人間よりだ。犯罪とか政治とか国家とかそういう方向だ」
お互いフォークを止める。
「いきなり本星を出して悪いけれど、ユキ・クリコワ。彼女の祖父は99%黒だ。話も一番長くなる」
「祖父?」
いたのか。いや、そりゃいなかったらユキ本人はどこから発生したのかという話になる。
「ああ。お祖父ちゃんだよ。父方の。ロシア、いや、当時はソ連人だ。
ペレストロイカ直前のタイミングでソ連から日本に移住している。
しかし、移住直後の間のみ、書類は息子が妻の私生児ということになっている。この母子の血縁関係は確実だ。母、つまりユキちゃんの祖母もアルビノだった。遺伝だろう。
私生児となっているのが発覚したのは、息子の通信制高校入学手続きの際。外国人登録原票の父親の欄が空欄になってたんだ。
不審に思って妻の方も確認してみると、やはり配偶者の欄が空欄になっていた。
そして夫の外国人登録原票の写しを発行してくれと頼むと、該当する人物の外国人登録原票がないと告げられた。
外国人登録証明書、要するに日本に在留する資格があるという証明書、それは家族全員発行されているのに、だ。
妻が書類の登録ミスではないかと役所に問い合わせている。すぐに訂正と書類上のミスだと説明があった。
しかし、その父親は日本に移住してすぐに法務省の事務員に就職している。本当に書類上のミスなら、その段階で訂正を要請するはずだ。
元から住んでいたわけではない外国人がお役所勤めをするんだから、外国人登録原票の写しは必要だろう。今は廃止された制度だが当時は住民票も兼ねていたんだからね。
だが、父親は登録原票がないまま就職。しかも妻子は夫の登録原票について何も知らない。
妻に原票がないことを伝えていたなら、のんきに「書類が間違ってるんじゃないかしらー?」なんて役所に聞いたりしないだろう。
目的は高校入学だし、それは息子が私生児であっても何の障害にもならないんだから。
むしろ、原票がないのは不法滞在の証拠だよ。登録証も偽造ということになる。そういう発想が出ないで自分から問い合わせるあたり、よっぽど夫を信じていたし、信じるにたることもあったが、夫があえて教えなかった日本の法制度もあったということだよ。
つまり、数年間、法務省まで加担して不法滞在状態を続けなければいけない事情があり、それは妻子に明かす訳にはいかない事情だった。
事情の大きなヒントがある。彼は確かに日本の法務省に就職していた。勤務先でも真面目に出勤する姿が目撃されている。その出勤先は……法務省の管轄、公安調査庁だ」
情報機関。そして、諜報機関。
「さらに二年後。親子の自宅の隣家より警察に通報があった。マンションの隣の部屋から言い争うような大声や何かを壊す音がする、強盗か何かじゃないかと。
警官が駆けつけるとただの親子喧嘩だったと判明した。
息子が耳が聞こえずもっぱら筆談をしていたため、怒鳴り声が息子のものとわからなかっただけだ。
まあ、さすがにパトカーが来てマンション中が騒ぎになってるから、そのまま帰る訳にも行くまい。
一応息子の方を署に連れて行って説教した。集合住宅で大声出したらいかんよ、みたいな反抗期相手にしょっちゅうやるヤツだ。
喧嘩の原因は卒業後ソ連から日本に国籍を変えたいと言ったら反対された、というものだった。
それだけ聞いたらすぐ家に帰されている。補導扱いですらない。
周囲もまあ反抗期だからたまにはあるだろうみたいな納得の仕方だ。
だが」
ジョーイは人差し指を立てる。
「なぜ、父親は反対したんだ?
崩壊直前の物資不足が最高値のソ連よりバブルが始まったばかりの日本の国籍を取らせない理由は何だ?
その息子はアルビノで日光すら害になる虚弱体質の上、耳が聞こえないんだぞ?
日本でないと卒業後の生活が成り立たない可能性も高いぞ?
そもそも、父親がソ連国籍のまま公安調査庁で働いてるのが不自然すぎるだろう。
正規雇用なら国家公務員だ。
今より非正規雇用がメジャーでなく、いくら国家公務員でも本当に事務員なら給料が安いと不人気な時代のね」
「……スパイ?」
頷く。
「ユキ・クリコワの祖父はKGBの局員だった。
ソ連が崩壊すると失業どころか命すら失う可能性があった。
だから、崩壊の予兆の段階で日本に逃げた。
実質はKGBで得た情報と引き換えに亡命。
そのまま今度は日本の諜報員となる。
ソ連国籍を捨てなかったのは、その後の体制の行き先次第で二重スパイになれるかもしれなかったからだ。
だから、跡継ぎ候補の息子の国籍変更も許さなかった。
このできすぎたフィクションみたいな話が、一番辻褄が合ってしまう」
「その先は?」
表情が消えている二人を、気にとめる人間はいない。
「息子は資格を取ってロシア語翻訳家となる。ビジネス文書を中心に翻訳を請け負う日本の中小企業だ。就職と同時に会社の所在地である北海道札幌市で一人暮らしを始める。
体力が落ちて就労不可能となる死の直前までずっと同じ企業で働いている。インターネットが普及してからは在宅勤務が主になっている。温和な性格で社内の評判はかなり良かった。
どうもスパイは向いていなかったようだ。
やっていたにしては生活が慎ましく遺産も少なすぎる。
結婚の際二度目の親子喧嘩をして絶縁するが、二人目が生まれるとすぐ離婚を申し立てられる。理由は性格の不一致。
娘を二人とも引き取ろうと家裁で争うが、一人きりで二人の赤ん坊しかも上の娘もアルビノ。二人育てるのは不可能な虚弱体質だと認められず、結局上の娘のみ引き取る。それがユキ・クリコワだ。
成長後、娘が国籍を選びやすいように自分も結局ロシア籍のままだった。イデオロギーよりもバブル崩壊からその考えに至ったと周囲に語っている。
ユキが十一歳の時、母親の入院を聞いて東京に駆けつけている。
その際両親と和解。母親はそのまま世を去る。同時にユキと祖父の交流が始まる。
最初は電話だったが、ユキが十四歳になる頃から文通中心に切り替わる。しかし、文通期間が一年にも満たない内に他界。
実は和解より前から体を壊し退職していたが隠していた。
この頃ユキの父親も倒れる。はっきり病気というよりアルビノが原因で体力がもたなくなったらしい。
祖父と父、両方とも死期が近いのを悟り、祖父は遺産の相続先がユキの遺言書を残している。ユキの妹の名前が一切出てこない上、財産をほぼすべて世界各国の国債に変えた遺言書だ。
父親はユキの引取先を探すも、日光に当たれぬアルビノの娘を引き取ろうという人間はおらず、結局別れた妻に託す。
自らの遺産――主に自宅マンションの売却した金を譲るのと祖父の遺産の後見人となる引き換えに、夜間もしくは通信制高校への進学とその後の本人の希望にあった教育を受けさせるという条件で。
まあ、その別れた妻はユキを引き取るやいなや、仕事をやめて毎日だらだらするだけの生活費に遺産を使ったわけだけど。高校の資料請求すらしていない。
そりゃ結婚を反対されるわけだし、体力の限界を越えても子どもを二人とも引き取ろうとするわけだし、引取先が実母なのに娘を進学させる対価として金を提示するわけだ。
元KGBが跡継ぎの才能がないと見なすご慧眼よ。
こうして、ユキ・クリコワが祖父とどんな手紙を交わしていたのか知る人間はいなくなった。
もし、祖父がユキを”跡継ぎ”と見込んでそれなりにやっていける道を作っていたとしても、それをしたと言い切れる人間はいない。しなかったと言い切れる人間もいない。
彼女本人を除いては」
沈黙する。
数分経つ。
ジョーイはおしぼりを目の上に置く。
「話の続きの前に食べよう。KGBの話をすると疲れる。僕は40年以上あいつらから逃げ回った。米軍の誰も気づかないのに、ソ連のスパイ共はすぐに不老の中尉に勘づくんだ。ロシアは嫌いだ。本能を異常に磨き発達させる国だ」
「国籍差別はどうかと思うけど?」
「そんな道徳なんか知ったことか。バカみたいな戦闘能力のバカを作る方が悪い」
おしぼりをずらす。黒い目が覗く。
「後の話はスケールが小さい。少なくとも国家の一大事とかにはならない。とっても犯罪の香りが漂う人間の話と、君の父親の話だ」
「食べよう」
ペンネを口に運ぶ。香辛料だと思ったが、添加物の味だと訂正する。
≪空六六六ぷらす! じゅうよん!≫
蛍「ジョーイ、メタな感想なんだけどさ」
ジョーイ「ん?」
蛍「あんたの説明、横書きだと超読みにくい」
ジョーイ「わかってるよ! 最初はもっとびっしりと文字が多いつくしてたから、めっちゃ改行入れたよ!」
蛍「液晶画面に横書きで文字びっしりって、もう読まないって人が出るヤツだよね」
ジョーイ「増えていくキロバイト段階で予想してたよ!」
蛍「まあ、同人誌版は縦書きだけど」
ジョーイ「印刷代が尽きないことを祈ろう」
蛍「懐具合が寂しくなると、俺ら身売りされるからね」
ジョーイ「身売り?」
蛍「大概BLのエロ小説を書かれて、客引きに」
ジョーイ「宝くじ当たってくれ……」




