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空六六六  作者: 浮草堂美奈
第二章 修行ノ語リ
27/56

蛍とジョーイ2

「Hi」

 すれ違いざまに声をかけた黒人。

「あー」

 蛍はそう明らかに返事でない声を出した後、あちゃーと言った。

「納、こっから先一人で集金して先帰ってくんない?」

 こてんと首を傾げられる。

「用事?」

「今すれ違った外人。あれ、見ない顔だしカタギっぽかったっしょ。観光感覚でこの街に来られるとマズイじゃん? ちょっと注意してくる」

「わかった。気を付けてね」

「大丈夫。ヤバいことになったら逃げるから」

「姿見えないけど」

「まあ、近くにいるでしょ。見つからなかったら運が悪かったってだけだし。あ、帰りにメドウェーヂで晩飯買って、ついでにユキもテイクアウトしてきてよ」

「わかった」

 大柄な体が見えなくなる。

 蛍はすぐ横の角を曲がる。

 先程の黒人が煙草を吸っている。

「吸う?」

 箱を差し出される。

「ゴロワーズ・カポラル。両切りだし香りが独特だから、無理にはすすめない。僕も別に大好きってわけじゃない。ゴールデン・バッドがフィルター付になってからずっと難民やってるんだ」

 蛍は下からめつける。

「俺は煙草は吸わない。服がヤニ臭くなるから」

 はは、と黒人は笑う。

「未成年なことよりそっちが重要?」

「バカ言ってんじゃないよ。未成年の魅力って一番メジャーなのは清純さでしょ。ヤニ臭い清純派アイドルいる? 未成年だから、ヤニ臭くしない。OK?」

 で、と続ける。

「軍人さんがこんなとこで何やってんの?」

「相手に質問する時、どういえば真実が聞きやすくなるか知ってる? その質問にいたった根拠を述べることだ。根拠を証明するための質問なら特にね」

「カンに触るんだけどあんた」

 蛍は金に染めた髪を触る。蛍はチェックのシュシュで髪を縛り、黒人は髪と同色のヘアゴムで縛っている。

「まずあんたはおのぼりさんじゃない。本物のおのぼりさんならもうちょっとキョロキョロする。あんたはまっすぐ目的地を目指して歩いていた。土地勘があるレベルにこの街に来なれてる。だけど、リュックサックにアメリカ空軍のバッチをつけている」

「こんなのミリタリーショップでいくらでも手に入るよ」

「そう、いくらでも手に入る。だけど、この街の住人は誰もそれをつけない。訳ありの不法外国人が多いこの街で、どこの誰を刺激するかわからないから、そういう類はつけない。この地点であんたは不審者だよ。わざわざアメリカ空軍の軍人であることを知らせたい理由があるとしか思えない」

「横須賀の方が近いじゃない。海軍かもよ」

「可能性がなくはないね。でも薄い。黒人は脂肪も筋肉もつきやすい。重量はパワーとイコールでしょ。確かに動きはのろくなるけど、銃は基本的に遠距離で攻撃する。近距離になった地点で白兵戦が決定したようなもん。マトモなヤツならせっかくの人種の特性を生かして体をでっかくするよね。だけど、あんたはアスリートみたいにスマートだ。戦闘機に乗る以外、そんな体型である必要が?」

 何より。

「あんたはリュックサックを背中に背負ってる。この日本で最大級に治安が悪い街で。背後に人が近づいた段階で叩きのめせる人間であるとしか結論出せないんだけど」

 黒人は煙草を吸っている。

「確かに僕はアメリカ空軍に所属してる。こないだまでアフガニスタンで亡くなった指導者様に溺れた子羊を狩っていた。これは公式にはやっていないことになっている。5日前横田に帰ってきた。まあ、不審な軍人だろうね。で、それでわざわざ君が嘘を吐いてまで一人で追っかけてきた理由は? 実はスゴく強いとか? 柔道とか合気道って腕力がなくて小さい人間のための武術だったよね」

「今は武道。3日前、沖縄で米軍が暴行事件を起こした。だから、軍人なら丸腰で腕力がないヤツが近づいたら安全なんだよ」

「暴行事件を起こしたら逆じゃないの?」

「ほんっとイラつく面接官かよ。暴行事件が起きて、マスコミは米軍基地を叩きだせって大騒ぎしてるでしょ。そんなときにさらに火に油を注ぐようなことできる? 無抵抗の未成年に暴力を振るったなんてネタ、今なら全国紙や全国放送だらけのテレビ局が大枚はたいて買ってくれるよ。だから、基地から確実に出てるよね、行動に注意しろって命令」

「そういう場面を撮影しながら、映像を売りとばすだけな街でそんな命令が通じるかな?」

「どこであったかは編集すればいいんだよ。後でそういう命令を出したが無視していたってついたらもう報道として完璧じゃん、逆に」

「ひょっとして君の連れ……」

 蛍はため息を吐いた。

「未成年だけど、無抵抗どころか過剰防衛になりそうなことするヤツなんだよ」

「まったく若いのに苦労してるなあ」

 他人事のように黒人は言う。

「で、僕の方はわかんなかったんだけど、君の名前は妙高と蛍、どっちがファーストネームなの?」

 蛍の顔色が変わる。

「たぶん、蛍だけど人違いじゃない? それ、女の名前の方が使われる率高いよ?」

「ああ、そう。じゃあ蛍ちゃん。君はどこかで訓練を受けた? それとも天性のもの? あるいは、素人なりにそういう観察力が磨かれる環境で育った? 僕は環境だと思うな。訓練にしては顔に出るし、天性の才能でそこまでできる逸材は世界で僕だけだ」

 冷や汗が伝う。

 目的が自分だったとなれば。

 向こうは殺害を視野に入れている可能性が高く。

 そして自分は確実に死ぬ。

 死にたくなど、ない。

 妙高蛍は知っている。

 死んだ人間がどうなるかを。

「訓練とか受けた記憶はないけど、天性か環境なのかはわかんないね。基本的に周りは初老より年かさだったから、文系のことしか習ってないし」

「ふうん、存外田舎者なんだなあ」

 男は煙草を携帯灰皿につっこみ、その後、思い出したように問う。

「シケモク拾いってまだいる?」

「最後の一人がこないだ死んだよ」

「殺された?」

「いや、肺炎。古株の爺さんだったからね。顔なじみに看取られて逝った。その後、家財道具は一式顔なじみに売りとばされたよ。細けえ借金が多かったんだな」

「参ったなあ。僕も貸してたんだけど」

「国家公務員でしょ。香典だと思いなよ」

「金じゃないよ。ポルノ雑誌。もう風俗にも行けないらしいから貸したんだけど。日本のは変な修正が入ってるし、何より女の顔が幼すぎて勃たない。ロリコンじゃないし、かといって熟女趣味でもないんだよね」

 まあいいや。本国より高いけどこの街なら買える、と携帯灰皿をしまう。

 蛍は軽く後ずさる。

 黒人はひらひらと片手を振る。

「改めまして。初めまして、ジョーイ・ラスボーンだ。アメリカ空軍横田基地所属。階級は中尉。メフィストに頼まれて君の先生をやることになったんだ。ヨロシク。サービスで敬礼とかしようか?」

 蛍は息を吐く。

「試したのかよ」

 ジョーイは歯を見せて笑った。

「まさか。本気で試すならもっと効率がよくて早くて確実な方法をいくつも知ってる。時間を潰したかっただけさ。。後、君の推理は一つミスがあるぞ。僕がスマートなのは、好きな服のメーカーが、細身の服しか売ってないからだよ。今着てるんだけど、わかる? シンプルなTシャツとジーンズに見えて、形に死ぬほど気を使ってる。多分知らないメーカーだよ。店はイスタンブールに一軒あるだけだから。」

「時間潰し?」

 蛍が顔をしかめる。わからないことがあった時の癖だが。今回はそれだけではない。時間潰しに脅かされてはたまったものではない。

「うん。最近はスマホで差し押さえ物件の競売結果が見られる。で、後1分で競売が終わる。それで明日の訓練場所が決まる」

 スマホをいじる。

「お、僕らはツイてるぞ。訓練場所がすぐ調達できた」

「ごめん、何言ってんだかわかんないんだけど」

「ああ。うん。どことは言えないけど某国が、日本国内のビルを非公式に所有していたわけさ。で、その国は貧乏だから、固定資産税とかもろもろ滞納した。だから国税局は差し押さえて競売にかけた。その国が競売で競り落とせば良かったんだけど、入札数は一件。元の持ち主とは別の国のダミーカンパニーだ」

「……日本の?」

「それは否定も肯定もしないのが紳士かな。まあ、競売にかけられたら本来の持ち主は立ち退いているはずだ。一人残らず。それでも中にいる人間は、なんらかの理由で不法侵入をしているんだろうね。それが常識だ」

「……まさか」

「何十人も不法侵入者がいる建物なんて、地域住民の脅威だよね。常識だ。即座に行政が対応すべきだ。民間の力を借りてもね」

「それ、元の国の連中がまだ――」

 ジョーイは歯だけ見せて笑った。

「それは常識に合わせて編集する。休暇中の軍人が何をしても職務の一環じゃない。民間の協力を仰ぐなら、公的機関が余計なくちばしを突っ込むべきではない。ただの常識だ。まあ、僕らがツイていたのは日ごろのおこな――」

 影。

「うわああああああっ」

 とっさに飛びのいた。命が助かった。ビルの5階から鉄骨と人間が降ってきた。

 ジョーイも反対方向に逃れていた。

「ちょうどいいものがあると思いましたが、落とすまで時間がかかり過ぎました。ルーデルクラスです。生存しています」

 降ってきたと思ったが、どうやら飛びおりてきたの間違いのようだ。しゃがんだ体勢から起き上がり、無表情にほこりをはらっている。

 細身、小柄、コック服、青い目、金髪、白人。

「君の頭が限りなく空に近いのは知ってたけどね、鉄骨を振らすのが挨拶とはいくらなんでも記憶違いが過ぎないかい?」

 マリュースク、とジョーイが続けるが明らかに無理して余裕ぶっている。

「挨拶は礼儀です。無礼者には必要ありません」

「いや、落ち着こう。マリュースク、そこにさ、ホラ、未成年が無抵抗でいるだろ?」

「戦闘に巻き込まれるのに老若男女の左記はありません」

「たぶん差異って言いたいのかな!? 後、それは巻き込まれた側が言うことだよ!?」

 コック服から、何かを落とす。

 なんか、金属製のレモンみたいな……。

「どこに手榴弾仕込んでんの!?」

「手榴弾!?」

 即座に判断。

「待って! 蛍ちゃん! 今会ったばかりの先生を見捨て」

 爆発音を背後に聞くが、振り返らない。

 スマホの着信音。

 走りながら出る。

 ユキからの通話。

 のんき極まる声で。

『蛍ー? なんかマリュースクが突然飛び出してったデスケド、見てないデス?』

「見た! 超見た!」

『良かったヨー。まだ閉店時間じゃないカラ、戻ってくるよう言っといてクダサイ』

「絶対無理! 何!? 誰かジョーイ・ラスボーンとか言ってたの!?」

『誰デスカそれ? 服屋のおっちゃんが「あのイラつくヤツがまた来たぞ」って私に言った瞬間厨房から飛び出して言ったヨー。何の話もしてないヨ』

「いや、それで全部わかる! ってかお前、俺が走ってるカンジなのスルーか!? あ、ごめん、なんか着信あった! 切る!」

 SNS。発信者七竃納。

『今日の晩ごはんオムレツだった』

「てめえはホントどうでもいいことばっか送ってきやがってえ!」

 一番雑談を送ってくるが、九分九厘どうでもいい内容の男(最近メフェイスト宛に雑談を送るのを禁止された)

空六六六ぷらす! じゅういち!


ユキ「蛍って意外とSNSで雑談送って来ないデスネー」

蛍「意外って何。必要な時はちゃんと使ってんじゃん」

納「大体、『バス停前でトラブルアリ。近づくな。篠織会で対処』みたいなカンジだよね」

ユキ「無線カヨ! って思ったデス」

納「逆にユキはなんか慣れてるけど、意外と長文が多いよね」

ユキ「あー、パソコンのメールが多かったデスからネー。つい癖になってるデス」

蛍「140字でも長文だもんな」

ユキ「待って! なんでアカウント知ってるデス!?」

蛍「えー、教えたらブロックするじゃん。まあ、裏垢でフォローしてるけど」

ユキ「なんでそっちは使いこなしてるデス!?」

納「なんのアカウント?」

ユキ「天と地が入り混じったカオスのダヨ! っていうか納がかなり雑談送ってくるの意外デシタ」

蛍「しかも毎回『金色のチョコもらった』『は? 金色?』『金貨のチョコ』『コインチョコ? まあ、気を付けて持って帰れよ』『もう食べた。おいしかった』みたいな何がしたいんだからわからんヤツを」

ユキ「あれホントに何がしたいデス? 無性に会話を欲するんでデスカ?」

納「……たのしい」(嬉しそう)

ユキ「楽しいならしょうがナイネー」(笑顔)

蛍「俺、今回死地から全力疾走逃走中にそれ確認したけどね」(死んだ目)

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