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空六六六  作者: 浮草堂美奈
第二章 修行ノ語リ
26/56

蛍とジョーイ1

「教えるってほど教えてねえよ?」

「蛍はすぐそうやって謙遜するけど、あの子ゴミ屋敷みたいなとこ住んでたんやから、そんな訳ないやん」

「マジ……?」

「え、なんか本気でびっくりしてない?」

「俺、タンスに同じ系統のもの……服とか日用品とかしまうのと、本は本棚にしまうのと、シワになる服はハンガーにかけるのしか教えてない……」

「い、いや、それだけ教えたらスゴいやん。何びっくりしてるの?」

「断捨離……」

「え?」

「凄まじい断捨離」


 だんしゃり。

 いらない物を捨てること。本来は仏教用語。

 その言葉を聞いた納は納得したように頷いた。

「たぶん、片付けのやり方わかったと思う」

「そう?」

 と、言いつつ蛍は部屋を出るのをためらっていた。

 ほんの僅かな付き合いだが、確信めいたものを得ているからだ。

 こいつ、目を離せないタイプだ!

 どんな育ちか知らないが、こいつの両親はロクな人間ではない。

 十三番街に着いた翌日。

 服の露店を見ている蛍(偽ブランド中心だが、本物も混じっている。盗品だ)の背後で、男の声がした。

「よう、学生?」

「違うよ」

 いや、学ラン着てるからじゃん。補導とか困るんだけど、と思いながら偽ブランドのバーバリーを見ていると。

「挨拶がわりにジュースやるよ」

「ありがとう」

「コラッ」

 即座に振り返った。

 何をこんな街で知らない人間に貰ったモン飲もうとしてるんだコイツは。

 きょとんとこちらを見る襟首をつかんで

「俺たちもう行くんで、じゃ」

「服はいいの?」

「バーバリーなんか似合う歳じゃねえから!」

「ふうん」

 その手に持ってるの紙コップじゃん、何考えてるのお前を飲み込み。

 ぽうっとした顔をしているのを引き摺って行こうとすると。

「おい、待て、財布出せ」

 強盗に人目を気にする様子ゼロ。

「強盗?」

 何を質問してるんだお前は。

 蛍としては強盗の持っているのが拳銃に見えて仕方がない。

 しかし、ここは日本だぞ。本物のわけがない。

 問題は体格だ。

 鍛えている体ではないが、体重が明らかに100キロを越す。

 納と蛍二人分の重量と同じくらい。

 そして体重があれば、力押しが可能だ。

「強盗以外の何に見えるってんだ」

 俺も気になる、という言葉を飲み込む。

 納は小さくごうとう、と呟くと。

 目つきを変えた。

 ヤバイ。

 蛍の脳内にその三文字が浮かぶと同時に、納は紙コップの中身を男の顔面にぶっかけた。

 目潰し、と思った瞬間、蛍の手から襟首が離れ、男に飛びかかり蹴り飛ばす。足元がぐらついていた男はそのまま倒れる、その頭をつかんでアスファルトに叩きつける。

 納は身長こそ高いが、かなり痩せている。最近太ってこれらしい。つまり、このように連続で不意打ちを続けねば勝ち目などない。

 だが、態度がどうにも喧嘩慣れしていない。つまり、ほとんど暴力を振るった経験がないのに、暴力を振るうのをためらわない。

「おい、なんだあのバケモノ」

 服屋の店主が小声で問うが、こっちが聞きたい。怒りの表情や怒声を出すならまだしも、無言で目だけぎらつかせて男の頭をアスファルトに叩きつけ続ける姿は完全にバケモノだ。

「おい、止めろ。死ぬぞアレ」

 服屋の店主の声に気づく。男の腕がだらんと垂れ下がっている。

「納! やめろ! 死んじゃうから!」

 ピタッと動きを止める。またきょとんとした顔で問い返す。

「殺しちゃダメなの?」

 蛍がぎょっとしている間に店主が答える。

「ダメだ。俺が死体回収屋を呼ばなきゃなんねえが、携帯を昨日盗まれてるからな」

「それはお気の毒に」

「だろ? だからそいつの銃もってこい」

 また元のぽうっとした顔に戻った納が店主に銃を渡す。男は動かない。

 店主は銃をカチャカチャいじると。

「バカかこいつは、今時中国製のトカレフなんか買いやがって」

 と吐き捨てた。

「一万五千……厳しいが希望を持つか。おいガキ、これ五千円で俺に売らねえか」

 納は首を傾げる。

「確かに俺の儲けは一万だ。だが、その死にかけのバックと話をつけてやる。それでお前の儲けは五千、悪くないだろ」

「……うん!」

 いや、ホントに悪くないかそれ。

 なにやらホクホクした表情で財布を取り出しているけど。

「ひっでえ財布だな」

 店主が顔をしかめる。

「そう?」

「それは女物の小銭入れだよ。表面剥がれまくってんだろうが。札入れ出せ」

「これしかない……」

「あ? 札どこに入れてんだお前。ポケットか?」

「あんまりお札持ったことない……でも、今日は五百円あるよ」

 五百円。

 まだピクリとも動かない強盗を見る。

 蛍と店主は顔を見合わせる。

「無事を祈ってやるか」

「そーね」

 店主はため息をつきつつ長財布を取りだし、五千円を入れる。

「やるよ」

「いいの!?」

「COACHはもう偽物は売れねえんだと。在庫が腐るほどあんのに」

「ありがとう!」

 ますますホクホクしている納を連れて帰り道。蛍はため息もつきはてた。


「で、絶体その財布大事にすると思うでしょ!? まさかのソッコー断捨離だよ!? ファスナー壊れたからいらないって。思い出の品とかいう発想ないのあいつ!」

「……無さそう」

「わかる! 後、全然着てない服とかバンバン捨てる! 着てて落ち着かないからいらないって。重複する文房具とかもバンバン捨てる! 消耗品しか残らない!」

「気持ちはわかるけど、君の部屋も大概スゴいで」

「は? ちゃんと内装考えて小物買ってるよ」

 妙高蛍の部屋。天がい付ベッド(自作)、ドレッサー、かわいい小物、某有名キャラクターのカーテン、クローゼットとタンスは自分でペンキを塗った。


「おい、まだ世界最強の軍隊をだまくらかしてやがんのか」

 服屋の店主の悪態に、その男は足を止めた。

「何言ってるんだか。僕は給料分以下の仕事なんかしたことないよ。君の祖国には負けたけど。えらく老けたね」

 店主は久しぶりのベトナム語の悪態を吐く。近頃の水商売の娘たちには通じない悪態だ。

「マリュースクがまたイキイキしだしたぞ。てめえを見たらすぐに天国に送ってくれるだろうよ」

「こんなにすぐに言われたこと忘れちゃったのか。スゴいな。ホントに記憶力のいいバカはいないな。で、お金のいる話はある?」

「何が知りたいかで値段が変わるな」

「メフィストのところにティーンが最近来たと思うんだけど、その中でミョーコー? ホタル? どっちが名前かわかんないけど、その子」

 ああ、と店主は50と言い、ドル札を受けとる。

「おったまげたぜ。あいつほど殺しが向いてるヤツは見たことねえ。殺人鬼じゃねえぞ。プロだ。プロの殺し屋に向いてる」

 黒人の男はニヤリと笑った。

「なーるほどねえ。メフィストも見る目あるなあ。しかもがめつい。僕くらいの男に依頼しないと損するわけだ」

 黒い肌に白い犬歯がのぞく。

「例の偽物のCOACH、まだもて余してるんだろ? おつり代わりにくれよ。お土産買い忘れちゃった」

空六六六ぷらす! じゅう!


メフィスト「うーん。ちょっと自室がごちゃごちゃしてきたな……」

納「部屋の片づけの手伝い? いいけど」

1時間後

メフィスト「待って! それもいる! それもいるから!」

納「捨てないよ。ほとんど新品だから高く売れるもん」

メフィスト「確かにほとんどつけてないけど、それはいる! 待って待ってその恐ろしいコートの取り出し作業やめてまだ着てないのほとんどだから!」

納「だって同じものいっぱいあるよ?」(首傾げ)

メフィスト「同じじゃないから! 似てるけど同じじゃないから! 待ってそれらのヒールは一見全部同じやけど全部メーカーが違ってねああああどれが一番履きやすいって、君それ一足しか残す気ないやん! ありがとう! もう充分やから! 全部ゲヘナに入れとくから! もうやめて! お願いやから!」

(のぞいていた二人)

蛍「……断捨離って要するに使ってないものと重複してるものはすべて処分が基本だからな……。あれ、明らかにコレクションしてるカンジで置いてねえもん」

ユキ「なんかでっかい宝石ついたアクセサリーとか、毛皮のコートとか色々全然使ってない状態で出てきますケド……。高いものを衝動買いして放置するタイプだったんデスネ……」

蛍「一人モンのババアに金持たせるとこうなっちゃうんだな……。最上級悪魔なら悪魔しか作れない異空間なんて象徴的なモンを物置にすんなよ」

ユキ「しょうがないデスヨ。あれ、部屋がちらかっていない状態を保てているなら、どれだけ物が増えても気にしないタイプデスヨ……。そりゃいつでも使える無限物置は利用しますヨ」

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