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空六六六  作者: 浮草堂美奈
第二章 修行ノ語リ
25/56

ユキとマリュースク3

「セーフティが壊れたからには、他にも何か壊れている可能性もありますが、あえて考慮せず続行します」

「それは危険を感じるです」

「ロシアは危険など考慮しません。そもそもこちらは素手ですよ? 危険度は9対1くらいです」

「そ、それでもそうです」

「私が9有利です」

「なんで自分でしたフォローを自分で叩き潰すですか!」

「流石にロシア軍人が、民間の小娘が銃を持っただけで倒せると思われるのはプライドが許しませんでした」

「もー! あつかいにくい男です!」

 銃口を向ける。

 ゲームで見た限りでは、このAKというのは連射できる。銃の連射から人間が逃げることは不可能。

 つまり、距離を取りつづければ当たる!

 発砲!

 ユキは目を見開く。

 連射はやめていない。

 なのに

 目の前の男は逆にこっちに向かってくる!

 マリュースクの右足が見える。

 腹部に衝撃。

 地面の感触。

 見下ろすマリュースク。

 仏頂面。

 蹴り飛ばされたと気付く。

 痛み。

 一分後。

「なんでですか!?」

「……よくフェミニスト団体が男が女を殴るなと主張していますが、軍人なら男であろうとも拳で致命傷を与えられるので、もう少し主張に足してもいい文章がある気がします」

「何の言い訳してるですか!? なんで連射してるのに向かってくるですか!?」

「構えがめちゃくちゃなのに、銃口の位置がぶれないので弾道が読めました。よって反撃しました」

「……それ、私が銃口の位置ぶれさせたら、アナタも結構アウトだったのでは」

「最前線でごちゃごちゃ物事を考えてはいけません。今のことだけ考える。そうしないと、行動の速度が遅くなります」

 で、どうしますか?

 マリュースクは問う。

「別にここでやめても、私としては問題ありません」

 ユキは問い返す。

「銃口の位置って普通ぶれないものですか?」

「正しい構えであればという限定に決まっているでしょう。軍人を馬鹿にしないでください。あなたはめちゃちゃな構えを筋力で無理やりカバーしているだけです」

 ユキは起き上がる。

「それならいいです。続けるです」

「はあ。変わった方ですね。メフィスト、恐るべしあなたはマトモな人間に相手にされないのですか」

「恐るべしの使い方違うし! 失礼やし! 君に言われたくないんですけど!」

 ずっと見学していたメフェイストの声をスルーし。

 一時間後。

 またしても大の字で地面に寝転がるユキをマリュースクは見下ろす。

「日本文化は複雑怪奇です」

 ユキは答えない。

「先程銃口の位置がぶれないので弾道が読めて反撃できると申し上げたのですが、あなたは一時間もずっとそれを続けている。しかも起き上がれるようになれば即もう一度行う。流石に肉体損傷を修復する速度を維持できるか疑問に感じます」

「こんなに殴られたことないから、そういうの知らないですよー」

「なるほど、民間人ならそれが当たり前ですね。メフィスト! これは問題ないのですか?」

「後一回やったら休憩で」

 メフェイストの言葉に頷く。

 ユキは立ち上がる。

 銃口を向ける。

 決してぶれさせない。

 マリュースクが向かってくる。

 今度は拳。

 そこまで見えたら。

 頭部を思いっきり銃で殴りつける。

「!」

 声は上がらない。

 しかし、マリュースクは倒れる。

 仰向け状態。

 銃口を腹部に押し当てる。

 笑う。

 発砲。

 血が噴き出す。

「ってええええええ!?」

 驚いたユキを前に、マリュースクはむくりと起き上がる。

「何を驚いているんですか」

「だ、だって、肝臓は半分なくなっても大丈夫だって漫画で読んだから肝臓撃ったのに、スゴい血が出てるデスヨ!?」

「……ああ」

 マリュースクは納得したように言う。

「確かに肝臓を狙ったようですが、位置がずれて臓器ではなく血管を破ったからです」

「ウー、ゴメンナサイ」

「問題ありません。私なら肝臓を撃たれても生きているでしょう。以前膵臓を撃たれた時大丈夫でしたから」

「えっ肝臓を撃ったら普通死ぬデスカ」

「普通死ぬんじゃないですか。たぶん」

「えっよくわかんないデスカ!?」

「自分以外の人間の臓器の場所を把握している段階で、日本の教育水準の高さは称賛に価すべきかと」

 メフェイストが割って入る。

「肝臓というか、内臓は撃たれたら致命傷。膵臓撃たれて平気な人を基準にしてはいけません! っていうか、銃って鈍器やからね、鈍器で頭思いっきり殴った段階で死ぬよ!」

 マリュースクが上着をまくり上げて、自分の傷口を確認しながら言う。

「まあ、メフィストの言うことがやたら難解なのはいつものことです。しかし、新兵の策にはまったのは私の慢心でした」

 傷口は弾丸一個分。貫通。

「ユキがずっと同じ行動を繰り返していましたが。私もずっと同じ行動を繰り返していた。つまり、弾道を読みながら走って殴っていた。確かに私がいかにして殴るかを読むのは不可能でしょう。しかし」

 血液が止まりかけている。

「確実に推測できるのは、私の疲労。あなたは待っていたのですね。私の動きが鈍る頃を。しかし、動きが鈍っただけでは弾が当たるとは限らない。故に、頭部を殴って倒し、銃口を密着させて発砲。新兵にしては空母クラスです。何より、私の慢心が許せる限度を超えています。戦い方を教えて差し上げて結構です」

 腹部は全く脂肪がない。しかし、腹筋はそこまで著しくはない。

 そして背中には、無数の刺青がある。

「……メフィスト。これだけ喋ってる間に止血帯や消毒薬を渡していただけませんか?」

「いや、時間回復タイム・リカバリーするつもりで待っててんけど」

「そんな時間はありません」

「は?」

 メフェイストの目つきが変わる。

 叫ぶ。

「ナヌーク!」

 空間の裂け目から、奇妙な大砲のような銃が現れる。

 大砲の筒の部分に対して、それより後ろがやけに小さい。大砲と呼べる大きさではない。

 マリュースクはそれを横に抱くような奇妙な構え方をする。

 !?

 大砲と呼べる大きさではない。しかし、人間が扱える大きさでもない!

 空に、別の裂け目が現れる。

 巨大な頭が首を出す。

「ドラゴン!」

 ユキが声を上げる。

 銀と青が混在する鱗に覆われたそれは、まさしくゲームや漫画でよく見たドラゴンそのもの。

「ケルト竜王族の第四百二王子でありながら、サタンの軍門に下った恥さらしだ。長殿から機会があれば抹殺してくれと頼まれている」

 マリュースクは囁く。

「Пойдём nanook」

 メフェイストは叫ぶ。

「死体が落下すると街が下敷きになる! ゲヘナから出すな! 今仕留めろ!」

「え!? ドラゴンと銃で戦うですか!? しかもあの傷で!?」

 マリュースクは振り返る。

「昔話で、ドラゴンは剣で倒されたでしょう。剣で倒せるものが銃で殺せないわけがない」

「でも!」

 メフェイストが制する。

「あの傷だ。そして相手は恥さらしとはいえ、王族だ。これ以上無駄口を叩かせるな」

 ゆっくりと頭が現れる。頭だけで民家一軒分くらいの大きさがある。

 口を開く。赤い口。こちらを一飲みなんて大きさじゃない。

 マリュースクは構えたまま動かない。

 頭が完全に現れる。

 こちらを威嚇するように、口から蒸気を噴き出す。

 その瞬間、メフィストの命が下った。

「撃て!」

 引かれる引き金。

「Пусть тонуть!(沈め!)」

 轟音。

 ドラゴンの首の付け根に空く大穴。

 赤い雨。

 ドラゴンの血液。

「『Пойдём nanook』翻訳すると『行こう、ナヌーク』旧ソ連の遺物の化け物キャノンだ。人間が持って撃つことを想定して砲を作るなんて、まず発想がおかしい」

 ドラゴンのヒューヒューという息が途切れる。

 赤い雨の中、メフィストは口角を釣り上げる。

「更におかしな発想が続く。軍艦の水の中の部分に、そのキャノンを押し当てて船底に穴をあける水陸両用キャノン。そしてかつて世界で一番面白い国だった大ソ連邦はそれを作り上げた。できてから気付いた。こんなもん持って泳げるヤツがいない」

 口紅を塗った口を開けて笑う。

「当たり前の話だが、普通に息継ぎができるところを泳いでいたら、敵に気付かれたり外れた弾にあたったりするからな。しかし、酸素ボンベを担いだら、その重量で化け物キャノンまで持てない。泳げない」

 で

「それを唯一使えるのがあの男だ。スラブ民族じゃない。どこだがの少数民族の出身らしいが、記録が残ってない。名前も明らかに偽名のマリュースクしかない。ロシア語で貝。まあ知ってるな。元ロシア軍。現在はロシアンマフィアの君の先生だ。仲良くしなさい、彼もあの化け物キャノン――ナヌークしか友達がいないんだ」

 空から灰の雨が降る。

 悪魔も呪い持ちも、死んだら灰になって消える。

 マリュースクが戻ってくる。

「ユキ・クリコワ。あなたと師弟関係を結ぶについて一つ条件があります」

 腕を組んで不機嫌そうな顔で。

「私に、メールや手紙、メモ書きに至るまで、文字で情報を伝えないように」

 ユキがぎゃっと声を上げる。

「やっぱりいざというとき証拠残ると危ないデスカ!?」

 マリュースクは眉を潜める。

「私は読み書きができないからです」

「ワカリマシタ……」

「では問題ありません。酒にしましょう」

 メフェイストが治療! と怒鳴った。


空六六六ぷらす! きゅう!


ユキ「と、いう超お腹ぺこぺこ状態で食べてもまずかったんですから、納の料理はある意味才能があるわけデス」

納「流石に反省したってばぁ」

ユキ「しかし、納のお父さんに私はそれ以上の才能を感じマス」

納「?」

ユキ「チャーハン一択とはいえ、おそらく納の料理はまずかったと思うデス」

納「……よく「こんなべちゃべちゃした油めし」って言ってたね」

ユキ「私のお父さんはわりと我慢強い方ですが、私に料理を覚えさせるため、一通り教えて後は本を見ながら自分でやらせてみる、ということを行いましタガ、一週間でリタイアしましタ」

納「一週間!?」

ユキ「一週間目に、この味は耐えられないです。お父さんに料理をさせてください。と涙を滲ませて訴えたのデス。それを何年もまずいと思いながら、それでも絶対に作り方を教えず自分でも作らナイ。まずいものを食べる才能があると思うデス」

納「確かに僕もあんまりひどい時は、醤油かけたりソースかけたりしてごまかしてた! 父さんはそれをしてない!」

ユキ「そうデス。世界一訳のわからない我慢として記録しておくべきだと思うデス! 作り方を教えたり、自分で作れば簡単に解決できるデスヨ!」

蛍「そうやって待っててもつまみ食いさせないから、非戦闘員は出てってくんない? 台所は戦場だから」


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