ユキとマリュースク2
「ユキ! 銃!」
メフェイストが叫んだ時には、もう遅かった。
ユキのふくらはぎをナイフが貫通していた。
話は単純。
突進するユキより、マリュースクの突進の方が疾く、ナイフを抜くのもまた疾かったからだ。
「なるほど」
マリュースクはユキの傷口を観察する。
膝をついたふくらはぎからの出血。止まる。傷口が塞がる。
「30秒で完治。問題ありません」
「あるヨ! 痛かったヨ!」
ユキの抗議を受け
「いえ、それは私には関わりはありません」
と答える。
「問題ないのは服装です」
白いパーカー、オレンジのミニスカート、その下にスパッツ、スニーカー。
「怪我を避ける防具を何も身に着けていません。ですが、この回復力なら体動きやすさを採用すべきです」
「う……これが実践的な教え方というものですネ」
「いえ、普通に腹が立ったから刺しただけです」
暫し沈黙。
「体罰で報道された教師でももうちょっと取り繕うヨ!?」
「腹が立ったから刺したなんてどう取り繕うんですか。言い訳するだけ逆効果ですよ。明らかにほっといたら消えることを言い訳して引退に追い込まれる芸能人や議員なんてたくさんいるでしょう」
「ネットでもスゴくよく見る展開ダネ……。で、そのナイフどっから出したデス?」
「コックが服の中にナイフを仕込むのは当たり前でしょう」
「当たり前違うデス。怪我させたんだからちゃんと謝ってくだサイ!」
「謝罪は嫌いなのでお断りします」
「ちょ、ちょっとごめん。会話のIQが下がりすぎてる」
メフェイストがAKをユキに渡す。
「使えそうか?」
「頑張るデース」
す、と真顔になる。
「私もムカついたので、やりかえします」
「……喧嘩させに来たんやないんやけど」
ユキはAKを手に取る。
マリュースクはナイフを投げ捨てる。
「手加減ですか?」
「その範疇に入りますが、少し違います。AK-47のような大きな銃を持ち込める場所で戦うとは限りません。拳銃を使う機会もあるでしょう」
「それでなんでナイフ捨てるです?」
「至近距離ではナイフと拳銃が戦うと、拳銃の方が不利なのです。拳銃はメチャクチャに振り回すと弾が当たりませんが、ナイフはメチャクチャに振り回してもかすっただけで怪我をさせられるので。まあ、色々ありますが、自分のナイフを最近うっかり折ってしまったので、同僚のナイフを勝手に持ち出しているのが一番大きな理由です」
「それは謝るですか?」
「確かに私が全面的に悪いことは認めますが、謝りません」
「そうですか」
「ええ、ところで」
マリュースクの目つきが更に悪くなる。
「構えがメチャクチャなのは当然として、それでは引き金を引いても弾は出ませんよ」
ナイフを捨ててからの会話中、一切動かなかったのはこれか、とユキは知る。そう、ずっと銃口を向けた状態で引き金を引こうとしていた。
「セーフティがかかっていますから」
「セーフティ? なんですかそれ」
「弾丸が引き金を引いただけでは発砲できないようにする……部品? 装置? 日本語はわかりませんがそんなものです」
「そ、そんなのあったらすぐ撃てないですよ?」
「私も同意見ですが、同じ意見の方が開発されたトカレフというそういうものがついてない銃を新兵に持たせたところ、誤射で撃たれたのである程度は必要かと思います」
いや、誤射で撃たれてある程度なんかい、とメフェイストが呟く。
「それ、どれですか?」
「適当にいじくりまわして考えなさい」
「壊れないですか?」
「頑丈さが著しいAKが壊れるより、あなたの頭が吹き飛ぶ可能性の方が高いです」
「危なすぎるヨ!」
「何を仰いますか。せいぜい死ぬ程度ですよ。まあ、流石にそういうことがないように、私が監督しています」
「ウー! やる気出てきたですか」
マリュースクが更に不機嫌そうな顔になる。
「別にめんどうがっていた訳ではありません。純粋にやりたくなかっただけです」
「ぎゃ、逆にスゴいヨ……」
「とにかくそれ以前の問題で、発砲時以外は引き金に指をかけてはいけません……なぜなら」
レストランの中から、かすかに聞こえる声。
「マリュースク! お前、勝手に俺の部屋から何か持ち出さなかったかー?」
まったく表情を変えず、マリュースクは言った。
「諸事情により前言撤回します。自力で命を守りながら適当にいじくってください」
「えっちょっ」
返事もせず血に汚れたナイフを握って走り去るマリュースクを呆然と見守る。
「なぜなら、セーフティを外した状態でも、発砲しない時はあり、そんな時引き金に指をかけていては誤射することがあるからです」
メフェイストが続きを言う。
「っていうか、借りたもん投げ捨てたりするから、貸してもらわれへんねや。まったく、セーフティの場所は」
「助かるデス! もし頭が吹き飛んでもメフィストの時間回復があれば安心デス!」
「安心ちゃうよ。死んだ人間は生き返らせられないから」
ユキの顔が引きつる。
「あ、悪魔の掟とかそういうやつですか?」
「いいや。君の年齢ではわかりづらいけど、年寄りになるとわかり出す。”死んだ者はどこにも存在しない”」
目が見開かれる。
「もし魂なんてものがあったとしたら、なぜレントゲンに写らない? MRIは? エコーは? 血液検査は? 存在しないから確認できんのだよ。土葬で腐敗した肉体で、心があると思えるかね? 焼かれて骨壺の中にいて、心があると言えるかね? あるわけがない。この世に目に見えないものは存在しないんだ。死とは、その人間が消滅することだよ」
ユキの赤い瞳が鋭くなる。
「お父さんはずっと見守ってるって言ってくれました」
「それは愛情表現だが不可能だ。見守る眼球が存在しないからね。まあ、お父さんは君の記憶に残っているから、記憶細胞になら存在していると言えるかもしれない。だが、それがなんだ?」
握りしめたAKが震えだす。
「やたらと病院に行きたがる年寄りがいるだろう? もう辛いことだらけ、みたいなことを言いながらちょっとした不調ですぐ病院行く年寄りが。ああいう人達は気付いているんだ。もうすぐ自分は消滅する。そして怖いのは消滅じゃない。自分が何も残せないことだ。努力を尽くして会社に勤め、結婚し、子どもも生まれ、そんな幸福な人生は、世界には一滴も残らない。その老人が死んだところで、世界は何も変わらない。それは老人の死を悲しむ人々も同じことだ。老いも若きも誰だって、死んでも世界に影響がはない。ケネディ暗殺? ベトナムから米軍が引き上げるのが遅くなっただけだ。ゴッホの自殺? 傑作の絵画くらいしか残らない。ちょっと残したものが多いのはガウディくらいかな。サグラダ・ファミリアはまだ未完成だからね。まあ、残したと言ってもその程度だ。大したものじゃない」
「ちがッお父さんは」
怒鳴りかけたユキを手で制止する。
「だから私は人間が好きだよ」
赤い瞳がもっとも見開かれる。
「愛しいじゃないか。何をやっても世界から見れば無意味なのに、それでも思考し、努力し、涙し、諍い、恋をする。愛しいよ、健気で愚かな彼ら人間を守りたいと思う。愛しければ、守りたい。自然な感情だよ。君のお父さんはそんなバカみたいなスケールじゃなくて、目の前の君が愛しかったんだろう」
ユキがコンクリ製の地面にどさりと胡坐をかく。
がちゃがちゃと銃をいじりながら言う。
「メフィストが別に悪いこと言ったわけじゃないのはわかってるです。でも、今は手伝ってほしくないです」
関西弁のイントネーションに戻る。
「そうか。ところで私はゴーギャンが好きやな」
「私、ダリとモネ好きです」
「夏には上野にピカソが来る。行ってきたらええ」
マリュースクが戻ってくる。
「いかがですか進み具合は」
「んー、とりたてて言うことは……アッ」
ドン
銃声が響きわたる。ついでガラスが割れる音。
「……これ……頑丈な銃じゃなかったですか」
「いやいやいや! めっちゃ頑丈よ!? どうなってんの君の腕力!?」
「メフィストが授けた癖に何言ってるデスカ!」
「いや、だってセーフティは普通壊せへんもん! 壊れてるねコレ!? いや、ちゃんと正規品出したよソ連軍の! でも壊れてるね」
割れた窓から内部を覗いていたマリュースクが振り返った。
相変わらずの仏頂面で
「ギニラールの栄誉勲章に穴が空きましたが、まあ、インテリアに使っていたものなのでたいして問題ないでしょう」
≪空六六六ぷらす! はち!≫
ユキ「ハーイ! 誰もが存在を忘れていたであろう、ぷらす! ダヨ!」
納「再開して良かったねぇ」
蛍「何が?」
ユキ「さて! 今回は重要な設定が明かされたネ!」
蛍「お前の先生のインパクトで全部消えてる気がする」
ユキ「何言ってるデス! 私のコスチュームが公開されたんだヨ! アルビノロングヘア巨乳スパッツというエクスカリバーみたいな女子であることが判明したんダヨ!」
蛍「それを自分で言わなきゃいいのに……」
ユキ「特に注目してほしいのはこのスパッツ! ミニスカはパンツが見えてえろいというのはまだ甘いんダヨ! スパッツが破れてパンツがのぞく! これがえろいんだよ!」
蛍「……お前は残念な女の中で、プラスにもマイナスにもハイスペックな女だよ」
納「ちょっと聞いてもいい?」
ユキ「胸のサイズカナ!?」
納「ううん、それはどうでもいい。コスチュームが決まったってことは、ユキは基本的に毎日同じ服着るの?」
ユキ「……」
納「蛍は毎回服が変わるから、あんまり描写がないみたいなんだけど」
蛍「いや、毎回変えてるんじゃなくて違う雰囲気に着まわしてて」
納「なんか、そうしないと大変な理由があるの?」
ユキ「そッそうダヨ! 毎日着る服考えるの大変ダヨ! 同じ服が何着もあれば、そういう大変さないデショ!」
納「ユキってやっぱり賢いねぇ。すごいなあ」
蛍「涙目になってるからやめてやれ、その無邪気な言葉」




