大人たちがお酒を飲む話
「「死んでやる」って言われてきたんだって」
スコッチのグラスを置いて、コルメガはメフィストに向き直った。
「なんで知ってるん」
「僕と七竈ちゃんは仲良しだからね」
「……その仲良しになるきっかけは、君が無理矢理酒を飲ませて帰れなくなり、君の家に泊まったのがきっかけでは」
じろりとした目に、伏し目で答える。
「だって妙高ちゃんとかユキちゃんとかわりとぐいぐい飲んでるんだもん。ちょっとくらい大丈夫かと思ったし、まさかテキーラを一気飲みするとは思わなかったし、昏倒した件に関しては深く反省しました。すみませんでした」
「よろしい」
視線を戻す。
「そういう訳でさ、ベッドから起き上がれない七竈ちゃんといろんな話をしたんだよ」
そしたらね、彼の思考がちょっとわかった。
最初はもう覚えてないんだって。
お母さんが家にいたころ、救急車で病院に運ばれて、酸素マスクをつけられていたことは何度もあって、自殺未遂だってなんとなくわかったらしい。小学一年生の頃に、夜中にお母さんがいなくなって、お父さんと警察が探しに行ったのがはっきり覚えてる最初。一晩中ずっと一人で玄関で待ってたらしい。明け方になって、お父さんだけ帰ってきて、そして言った。「お母さんはな、「今からあなたは死になさい」って声が聞こえて行ってしもうたんや。今は病院にいる」
七竈ちゃんは当たり前みたいに言ってたけど、僕は正直腹が立ったよ。不安でいっぱいで過ごした小さい子に、なんでそんな真実を伝えてしまうのかって。そしてお母さんは病院へ行って、二度と戻ってこなかった。
一度だけ、「お母さんに会いたい」って帰ってきたお父さんに言ったんだけど、怒鳴られたって。「飯の支度もできてないわ、部屋は散らかってるわ、息子は泣いとるわ、それでも家か!」って。その時七竈ちゃんはいくつ? って聞いたらたぶん小学二年生くらいかなって。そのあたりから、お父さんに自殺未遂の癖がついたんだって。最初はトイレで、ベルトで首を吊ろうとしてて、止めた後、七竈ちゃんは家中のベルトを隠して回って。それからは、包丁で自殺しようとしたから、包丁を隠して。まあ、それだから料理は七竈ちゃんしかできなくなって、それも誰も教えてくれる訳じゃないからチャーハンしか作れないままで。
お父さんの自殺未遂癖はどんどん酷くなって、べろんべろんに酔っぱらって七竈ちゃんに罪にならないように遺書を書くから殺してくれって言ったことも何度もあったんだってさ。だけど、成長するにつれて、お父さんはそんなに死ぬつもりが無いことがわかり始めた。本気で命が危なくなると、救急車を呼べって自分で言うから。
でも、その頃には「死んでやる」の言葉は七竈ちゃんに根っこをしっかりはってしまっていた。なんで死のうとするのかわからない両親は、彼にとって守るべき存在。だから彼は一所懸命心を強くした。
抱っこして、頭なでて、おやつちょうだい、これ嫌いだから食べたくない、遊びに連れてって、ほめて、叱って、一緒に寝て、お友だちをおうちに連れてきたい、一緒にあそんで、ごほん読んで、優しくして、甘やかして。
そういうのを、全部我慢するから。
死なないで。
そうすると、回りの大人たちはどんどん図に乗った。彼はそんな表現してないけど、僕にはそうとしか思えない。
父親はね、役所から就職をすすめられると、慌てて病院に行って入院してたんだ。そんなのさ、七竈ちゃんは子供一人で生活だよ? 大人がほっといていい状況じゃない。でも、学校から電話が一本くるだけ。
「繁華街に行ったり、不良と付き合ってはいけませんよ」
もっと……もっと言うことないのかよ!
父親は退院したら、政治活動と反差別運動に忙しいって夜中まで帰ってこないか、朝から酒を飲んで寝てるかで。
家で一人で何してたのか聞いたんだよ。
そしたら、テレビ見て練習してたんだって。
「普通の子」がする話し方や、仕草を練習してたんだって。
それをね、がんばって覚えたんだよっていう仕草があざとく媚びを売る仕草にしかなってなくて、なんだか涙が出てきた。
あの子はずっといろんな人に言葉にせず訴え続けてきたんだ。
愛してるよ。大好きだよ。僕を愛して。
「で……こたえてくれたのは君だったわけさ、メフィスト」
「……トゲのある言い方をするね」
「だってさ。七竈ちゃんは、ホントに君が命じればなんでもするよ。でも、それは君が信じられていないからだ。できないやれないやりたくないって言ったら、君は死んじゃうか、七竈ちゃんを嫌いになっちゃうと思ってるんだ。信頼なんか全然されてないよ。残念ながらね」
ククッとコルメガは喉の奥で笑う。
「でも君は言えないんだ。「私より自分の身を守りなさい」って言えないんだ。君はこの戦いの総司令で女王だもの。メフィストがしんだら軍勢は総崩れだ。世界の破滅が待っている」
ぐっとスコッチを煽る。
「メフィスト、君はあの子をどうしたいのさ。あめ玉程度の優しさを恵んでもらうために命を投げ出すあの子をどうしたいの」
メフィストは煙管を取り出す。コルメガがライターを差し出す。煙を深く吸い込む。少し笑う。
「わがままを、言ってほしいと思う」
とん、と灰皿を軽く叩く。
「なるべく手に負えないわがままを。それこそ金切り声で「そんなこと言ったってどうしようもないでしょ!」って叫ぶしか無いような類いのを」
ブランデーグラスを傾ける。
「そしていつか、幼かった自分にがんばったね、って言ってあげられるような大人になってくれたら最高」
「……」
コルメガは暫し沈黙した。
「……うちの店で働かせるから譲ってくれない? って切り出そうと思ってたんだけど」
「早い者勝ちや。残念やったな」
軽く乾杯。グラスが小さく鳴った。
今回は小ネタじゃなくてすみません。
これにて第一章「出逢ノ語リ」は完結です。
第二章「修行ノ語リ」は秋頃公開予定。
16歳たちにそれぞれ先生がつきます。
第一章よりギャグが多めというか、多すぎるでしょ! とツッコミつつ書いております。
後、京都で納は幼馴染と再会したりします。男の幼馴染だよごめんね! 京都で和服にコスチュームチェンジもするよ!
愉快な先生たちのおかげで、大人だからといってしっかりしているわけではないという現実と日々向き合いつつ、執筆に励んでおりますので、どうかお見捨てなく!
ロシア海軍出身と、アメリカ空軍現役と、ひょっとして女に貢がせて生きてるんじゃ……という剣術家の先生たちだよ!




