お仕事です
「あっいい忘れてた。えっと、僕も始めたばかりだから、ちゃんと教えられるか自信ないけど、よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げる納の足の下には。
血まみれの男がうめいていた。
「それ……今言うことか?」
「……だって玄関出てすぐだったし」
確かに玄関出てすぐに、持っていたアタッシュケースをひったくられそうになった。
しかし、自転車からこの男が手を伸ばしたのをラリアットで沈め。
倒れたところを奪った自転車を何度も降り下ろし。
そして足下で息も絶え絶えにしている現状で。
「何をよろしくしろっての納」
「がんばって集金しよう。蛍はしっかりしてるから大丈夫」
確かにお前は大丈夫じゃなさそう、という気持ちを飲み込む。
「えっとまずはイケさんとこかな」
メモを確認。
「イケさん?」
「道でコカイン売ってる人。朝しかお店開いてないから急がないと」
蛍は先日から抱いていた考えを再確認した。
ひょっとしてこの街……スラムなんじゃね?
「どうしたの?」
納の乏しい表情に疑問というものが入る。
「あ、あのさ……それ何の集金?」
「あ、言い忘れてた。ごめんね。あのね、この街に住んでる人はだいたいバックに暴力団とかマフィアとかついてて、お金払って守って貰ってるの。そうしないとイラッとしたとかいう理由で殺されちゃうから。まあ、それでもなんかされる時はされるんだけど、された時バックの人たちが報復してくれるから安心なんだ。メフィストもバックの人の一人なんだよ」
僕らもその内報復に行くらしいから頑張ろうね、としめられる。同時に蛍の目からハイライトが消える。
さあ、お仕事開始です。
一件目。
「イケさーん、今月分貰いに来たよー」
「納、イケさんは無理。これはイケさんは無理だからあきらめよう、な?」
道にひろげたビニールシートの上にいる男は、一心不乱に鉛筆をボリボリかじっている。
麻薬ってホントに廃人になるんだあ……。
すべてがボロボロの男をなんとも言えない目で見つめる。
「大丈夫、売り上げちゃんとあるみたい」
「え、ちょっと」
躊躇なく廃人の横に置かれたポーチを漁りだし。
「じゃあ、今月分貰ってくね」
「おい」
「またなんかあったら言ってねー」
「それ今だろ!」
手を振って次の場所に向かう納に、鬼かこいつはとしか思えなかった。
二件目。
マンションという名前がついている半廃墟の一室で、納はむぅと言った。
「それじゃ今月の集金分使っちゃったの?」
青白い顔の男がぼそぼそと言い訳する。
「パチンコがさ……全然ツイてなくて……。来月二回分払うからさ……」
「えー困るよぅ」
そこをなんとか、と頭を下げる。
どうしようもない街だな、と二件目にして悟る。
「あっお薬がある」
納が発見した瞬間、男の顔色が変わる。
「高いお薬だから、今月分はこれでいいよ」
「それはおじさんの生命線の薬なの! だから高いの! わかる!? おじさんの命の重みが!」
「じゃあねー困ったことあったら言ってねー」
「人でなしいいい!」
手を振って出ていく納に、その通りだなと思った。
三件目
「あのさ、納……」
「何?」
「取り立て過酷すぎない?」
「お金は大事だよ、後ね、メフィストが言ってた」
『さあ、悪いことをしてやろう、と気合いいれてやるヤツは実はあんまりおらへん。たいていはちょっとぐらいならいいだろう、と思ってやる。ちょっとぐらいなら約束を破っていいだろう。ちょっとぐらいなら、人を傷つけてもいいだろう。ちょっとぐらいなら、金を払わなくていいだろう。まあ、そういう本人はちょっとぐらいと思っているだらしなさが、すべての信用をなくすものとなる』
『ちょっとだけでもだらしなくしちゃダメなんだね』
『あ……いや、まったくだらしなくないというのも結構メンタルやられるけど……。まあ、ほどほどにって』
『……』
『うっよくわかってない顔。えーと、お金いるようになるのがわかってるのに使っちゃった人からは全力で取り立ててきなさい』
『わかった』
「だからがんばって取り立てるよ」
「……メフィスト……途中からグダグダじゃん」
「でね、今から行くとこが一番大変」
「もー、人間が出て来たら驚かねえよ」
「人間失格してる」
「は?」
「先生ー! 先生ー! お金払ってー!」
扉を開けて出てきたのはずいぶん若い男。
「おー、納ちゃんが誰かと一緒に来た」
「あ……妙高蛍です」
「先生、お金!」
「わかってるって、まあちょっと上がれよ。紅茶しかないけど」
小声で納に問う。
「なあ、先生って……」
「ウィルヘルミナ先生。本名はナイショの小説家」
「いや……この人さ……未成年じゃね?」
「うん。高三だよ」
「なんでこんなとこいんの」
ポットから紅茶を注ぎながら、ウィルヘルミナは言いきった。
「ネタに溢れてるからだ!」
「ね、人間失格でしょ」
灰皿に積もった吸殻と、大量の安いチョコレートに説得力がある。
「今、スゴく筆がのってるんだぜ。ラブアンドピースで世界が終わる! アルフォート食べる?」
「食べるけどお金!」
「おいおい納ちゃんや、お金より大切なものはたくさんあるんだぞゴーギャンとか」
「お金ないの?」
「落ち着けシャイロック。ちゃんとある」
うるさい男だなとは思うが、金を用意していたヤツは初めてだ。掃き溜めかこの街は。
「これが今月分のメフィストに渡す方で」
「うん」
「これが納ちゃんへの借金の分だ」
「うん」
二つの茶封筒を確認する。
「しかし、今月俺は取材旅行に出かけるので財政難だ」
「うん」
「だから、さっき返した額をまた貸してくれ」
「うん?」
「安心したまえ! 俺が金を返さなかったことがあるか? 今返しただろ?」
「! そっか、そうだね」
「コラーー!」
蛍に阻まれ、借金はならなかった。
四件目
「たいがい銭ゲバなのになんであんなのは丸め込まれるんだよ!」
「ちょっと不思議には思ってたよ……。なんで先生は毎回ちゃんとお金返してくれるのに、借金は増えていくんだろうって、あ、次はここ」
「もう金貸したりしてないだろうな」
「してないよぉ。こんにちはー、集金ー」
扉を開けた瞬間、きゃーっと黄色い声が響く。
明らかに国籍バラバラな夜のお姉さんたちがきゃあきゃあとはしゃいでいる。
「おつかれー、今日もかわいいー!」
「隣の子新入り? こっち来てー!」
「ジュースいれたげなよジュースゥ!」
「えー、そろそろビールでよくなあい?」
「そんならあたしバーボンおごっちゃおっかなー」
「ずるーい、じゃああたしモーツァルトー」
……逆にいままでで一番スゴい……。
「あ、えっとお酒はまだ……こっちのクッキーの方が嬉しいな。本当ならこれだってきれいな人たちにお金払わないといけないし……」
「ヤダーかわいいー!」
「こないだもらったマドレーヌ食べてー!」
……こいつ女の扱い上手くね!?
「どうしたの蛍、そんなビックリした顔して」
「いや……お前コミュニケーション苦手って……」
「うん、あんまり得意じゃない」
「ねえねえ納君、あたしのどこが変わったかわかるう?」
「うーん、髪の色が薄くなったかな……後、肌がきれいになった気がする」
「きゃーっ肌なんて自分でも気づかなかったあ」
話に割って入った玄人の女にこの対応で……?
「意外と女好きなのお前……」
「別に? 普通に女の人と接してるよ? 男の人だって優しい人は好きだよ?」
「スゲー強力なギフト貰ってんな……」
「これ今月分ねえ。ねえ、今度営業時間に来なさいよぉ。お金いらないからあ」
「うーん、大人になったらちゃんとお金払ってくるよ」
「きゃーっ、待ってるぅ!」
五件目
「ここで最後だよ」
「……古本屋?」
「アオイさーん」
「ちょっと待ってアオイさんって女だったりする? 声が甲高い女だったりする?」
「なんだか疲れてるね蛍。あ、アオイさーん」
店の奥からのそのそと出てきた人物を見て。
「良かった! ジジイだ!」
「蛍、よくわからないけど大丈夫?」
頭が見事に禿げ上がった老人は、メフィストのとこの小僧か、と舌を鳴らした。
「えっとね、アオイさんのとこは集金じゃないの」
渡されたしわくちゃの紙には、様々な筆跡がある。
「嵐ヶ丘 金閣寺 犬神家の一族……?」
「お取り置き依頼なんだ、これ。ここに書いてある本を在庫から探す仕事」
「おい、はよ来い」
無愛想な言葉に慌てて返事をする。
入った店の奥は、一面の本棚。
「なんか……圧倒されるな……」
「アオイさん、本好きなんだよ。読み書きできないけど」
作者もジャンルもごちゃ混ぜの本棚。
「読めないのに本好き?」
「読めないから、好きなんだって。お姫様と同じで、手が届かないから一生惚れてるって言ってた」
「ふうん」
何かを抱えてても、しっかりと生きていける街。
「……悪くないかもね」
「あ、でもアオイさんの本好きはスゴいから気を付けてね。書き込みがある本売りにきた人は、もれなくショットガンで吹き飛ばすから」
しばし沈黙。
「ひっでえなこの街!」
「どうしたの急に」
ユキ「納はよその女の人にばっかりかわいいって言って、私にはあんまり言ってくれないデース! ズルイヨ!」
納「えー、だっていつもかわいいし毎日会うからちゃんと言ったら一時間に一回くらいかわいいって言うことになっちゃうもん。それは疲れるからやだ」
ユキ「っ!!!」
蛍ー味見させてー。
熱いから気ぃつけな。
ユキ「メっメフィストのこともあんまりかわいいって言わないヨ!」
メフィスト「巻き込まんで!」
納「だってかわいいメフィストも好きだけどきれいでカッコいいメフィストの方が好きなんだもん。気合い入れてる時みたいな」
メフィスト「っ!!!」
蛍ー味見もう一回。
もうダメ。なくなっちゃうでしょ。
ユキ、メフィスト「……」
これで最後にするからー。
どうせ器に盛っても山ほど食うじゃん。
ユキ「口では女を誉めるけど、結局男にばっかりベタベタしてないデス……?」
メフィスト「やめて。ほんまに誉めてる”だけ”って現実見せやんといて」




