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空六六六  作者: 浮草堂美奈
第一章 出逢ノ語リ
19/56

神様をゆるすのはやめよう

 君はどうして出来上がったの。

 教えてよ。名前のない怪物。


「メフィスト、納ってさ、何か特殊な環境の生まれなの?」

 蛍の質問に思わず質問で返す。

「いや、君がそれ言うの?」

「オブラートだよ! わかれよ!」

「ちゃんとした親じゃなかったデス? っていうか、人買いとかに売られてたデスカ?」

「オブラート!」

「人買いて……ユキ」

 買ったという可能性アリなのか。少し傷ついた。

 まあ、そろそろ聞かれるだろうな、とは思っていたのでまた質問で返す。

「どうしてそう思たん?」

「こないだベッドの天蓋作るからうるさくなるって言いにあいつの部屋入ったらさー」

「ああ……作ってたな……」

 ノコギリだの木材だの持ち出した時は、棺桶か犬小屋でも作るのかと思った。どっちにしても止めねばと思った。

「そしたらさ、部屋中に服とか本とか置いてあって。だけど散らかってないんだよ」

「どういうこと?」

「きっちり整理整頓されて床に積んであんの。タンス使えよって言ったらさ」

『使い方知らない……』

「って! タンスの使い方知らないってどういうことだよ!」

「えっ、部屋そんなんなん!?」

「使い方教えたらすぐ理解したよ! 俺より断捨離うまかったよ!」

「お疲れ様です!」

 面倒見いいな!

「天蓋作り手伝わせてもあんまりおぼつかないから帰したし! 糸ノコですら危ない!」

 糸ノコは別に使えて当然のモンではないぞ。

「DIYできなさすぎでしょ!」

 DIYっていうか、大工な、それ。

「ホントどっから買ってきたんだよ」

 人買い決定か。

「ユキはどうしてなん?」

「ウー、なんというか、納って仕草が人間っぽくないというカ」

 あー、確かにそれは。

「初音ミクっぽいヨ」

 はつねみく?

「なにそれ?」

「知らないデス? 電子の世界の歌姫ダヨ。画面の中のアンドロイドダヨ!」

「いや、ちょっとわからん……」

「今映像出すネ」

 スマホの画面。歌って踊るCGの少女。

「あー、わかる」

「するよな。こういうあざとい仕草」

「そう。あざといアンドロイドみたいなんダヨ! どこで買ったデスカ!?」

「人身売買なんてやってません! 確かにたいがいあざとい仕草をするとは思ってましたが、私がやらせてるわけじゃありません」

「だって服全然崩さないヨ! 焼き印とか入ってないデス!?」

「あの左目も人買いに潰されたんじゃないの!?」

「君ら納を心配しつつ私をガンガンおとしめてるからね!? お金でどうにかなる兵なら普通にしかるべきところから雇います!」

「そういう用途を疑ってんじゃねえよ」

「若紫計画とか若いツバメとかそういう用途ダヨ!」

「より悪いわ!」

 はあ、とため息。

「えー、納は確かにややこしい子ですが、生まれつきややこしいのが、あんまり恵まれない育ちでさらにややこしくなっただけで、人身売買はされてません。してません。後、私は未成年をそういう意図で引き取ったりはしません。ここ重要。覚えとき」

「ふーん、じゃあいいや」

「本題に入るデス」

「本題ちゃうかったんか今の」

 わりと人間的信用がないことを告白されたに等しいと悪魔は思ったのだが。

 しれっとばかりに二人は言った。

「ケーキ作りたいから材料買って」


「じゃ、俺自動かくはん器セットしとくから、卵の白身と黄身分けといて」

「わかった」

「まかせテ!」

「あっ……」

「潰れちゃったネ……」

「……飲もうか」

「ロッキーみたいな解決すんな!」

 騒々しい台所。メフィストはリビングでコーヒーをすする。

「イマイチやなこのブレンド……」

「はい、ユキはチョコ刻んで。納は自動かくはん器……まだスイッチいれんな! あー……やるから飛び散ったの拭いとけ」

「蛍ー、このチョコ何に使うデスカ?」

「レシピちゃんと読め! ここ!」

 電子レンジがオーブン付なのを発見して、ケーキ作りをしたくなったらしく。

 給料から材料費を出すと原価とか考えて楽しくないらしく。

 二人にねだられた後を回想する。

「君もちょっとは甘えてええんやで」

 そう納に言うと、彼はあごに手をやって考え(ホントに初音ミクっぽかった)

 ソファに向かってストンと膝をつくと、メフィストの腰の横に頭と両手をのせた。

「……何してるん?」

「甘える」

「……どこで覚えたん?」

「テレビでこうやって甘えて骨のガムもらってたよ」

「それ犬や! 後、犬でも頭はそこやなくてここやろ!」

 ゴシックドレスの膝をバシバシ叩くと、無表情の中に不思議そうな表情を混ぜて。

「女の人は勝手に触っちゃダメなんだよ?」

「あ、あーうん……そやねんけど……」

 ソファに頭をのせたまま続ける。

「後、おっきくなってから甘えるのは、メフィストにはやりたくない」

 はずかしいのか?

「お金借りて失踪したり、お酒飲んでなぐったり、よその女の人のところから帰らなかったりしたくない」

「確かにされたら困るな! いや、甘えるってそういうんやなくて」

「? そういうのだから大人は甘えちゃダメなんだよ」

「大人だって甘えたいですよ!? 人生たいへんですよ!?」

「!」

 ソファか体を離し、床に座ったままこちらに両手を広げてくる。

「え? それは何? 俺の胸に飛び込んでこいのポーズ?」

 こてん、と首をかしげる。

「甘えていいよ」

「甘えた結果私に何されると思う?」

「ぶたれるだろうけど、メフィストは優しいからそんなに痛くないと思う」

「そんなこといいよって言ったらアカーン! しかもなんでちょっとポジティブなん」

「いいんだよ」

 納は言った。電子の存在のような瞳で。

「僕は神様に愛されてないから、いくらぶってもいいんだよ」

 メフィストの表情を見た瞬間、納はとっさに謝った。

「ごめんなさい」

「……誰に……言われたの?」

「あっえっとごめんなさい」

「別に謝れって言ってるんやなくて……誰にそう言われたのか知りたい」

「なんで?」

「君が思ってるより重要なことだから」

 理解できてない顔。

「小学校一年生のときにね、母さんが町の中を大声で怒鳴りながら歩き回ったんだ。一人で、昼間に」

 クラスの子も親も見ていた。

「次の日学校に行ったら、たくさんの子にたくさんぶたれて」

 何があんなに痛かったんだろう。たかが子供に殴られただけなのに。

「痛くて先生に……何がしたかったのかはよくわからないけど、なぜだか痛いって言いに行ったら」

 しかたがないのよ。

「あなたは神様に愛されなかったから、叩かれてもしかたがないのよって。叩かれたことを誰にも言っちゃダメよって。神様に愛されなかった子は、叩いてもいいんだからって」

 神様に愛されなかった証拠に。

「みんなと違ってお母さんは気が狂ってるでしょ。お父さんは学校の先生やめちゃったでしょ。みんなは神様に愛されてるから、お母さんはわけのわからないことを怒鳴らないし、お父さんはちゃんとお仕事に行くの。ね、わかったでしょう。全部神様に愛されなかったのが悪いの。あなたが悪いのって」

 その言葉は、まだ小さかった僕にも納得できるものだった。

「だから、それからずっとぶたれても誰にも言わなかったよ。父さんだけはぶたなかったから、児童相談所の人に嘘ついたわけじゃないし。メフィストが初めてだよ、誰に言われたか聞いた人は。あっ、ぶたれたことも言っちゃダメだったんだ……どうしよう……。あ、あのね、誰にも言わないで」

 思わず、肩を強くつかんでいた。

 なぜ、誰か、誰か一人でも。

 大人として責任を果たしてこなかった。

 なぜ、自分たちが楽をするツケをこの子に回して平気でいた。

「メフィスト。ごめんね。怒らせて。ごめんね。」

「納、神様が憎らしくはないか……?」

「えっ?」

「君だけを愛さないなんて不当な扱いだと思わんか!? 手に入って当然のものを奪って憎らしいとは思わんか!? 君はマトモな家庭も、安心も、愛情も、全て不当に受けられなかったんだぞ!?」

「あ……そうか……」

 僕はあんまり賢くなくて、なんでこんなにあの先生の言葉が痛いのかわからなかった。

「神様を、殺さなきゃ」

 奪ったツケを払わせなくちゃ。

 憎らしい。

 愛さないのにわざわざ産み出した。

 神様が憎らしいから。

「さて、納、さっきのポーズして」

「?」

 ソファにまた頭を乗せる。

 その頭を、メフィストの手が優しく撫でる。

「こういうのが甘えるってことでーす。後、何かお願いとかある?」

 きょとんとした顔。

「かなえてくれるの?」

「まあ、内容次第で」

「あのね……僕のしゃべり方を女の子みたいって言わないでくれる……?」

「言われたん?」

「学校で言われて一所懸命直してたんだけど、ここで暮らすうちに戻っちゃって……」

「ああ、出会って直後の口調? あれちょっと変やったよ」


「焼けた!」

「バカッ。素手でオーブン触るな!」

「竹串につかないヨ!」

「つかないってか焦げかけじゃん! 皿取って、落ち着け! 割る! あーやったよ……」

 皿割ったのか……。

 どれを割ったのか非常に気になるが、完成するまで入るなと言われているので、どうしようもない。マイセンでないことを祈る。

「メフィストーできた!」

「はいはい」

 台所に完成品。少し焦げたチョコレートケーキ。

「我ながら最高のデキ!」

「全部自分で作ったみたいに言うな」

「そうだね。だいたい蛍が作ったからきっとおいしいよ」

「そこまで正直じゃなくてもいい」

 ケーキにはありがとうの文字。

「私が入れたデスヨ!」

「それ以外何やっても失敗しただろうがよ!」

 ケーキの材料をねだった後、彼らは。

「まー、ややこしいけど、その……素直でかわいいんだよ……あいつ」

「初音ミクはかわいいんダヨ! 同じダヨ!」

を「納には言わないでよ」付で言っていて。

 ふいに納の長身がメフィスト目の前に立ち塞がる。

 見下ろされる。身長ばっかり伸びた体。

 その手がメフィストの頭に伸び。

「!?」

 頭を撫でてきた。

「何!?」

「メフィスト、甘えたいって言った」

 相変わらずの人形のような顔で言う。

「うわあ……何覚えさせてんのメフィスト」

「犯罪よくないデス」

「あっ、いやっちがっ、それよりケーキ! 美味しそうやんケーキ!」

「食べていいの?」

「そうだねー、ケーキうれしいねー」

「お菓子貰って知らない人についてっちゃダメデスヨ」

「大丈夫、僕、小さい子じゃないから」

「からかわへんの! 切り分けるで!」


 君はまだまだ大人になるよ。

 共に生きよう、名前のない怪物。

≪空六六ぷらす! ろく!≫


ユキ「納は一人でごはん食べるデス?」

メフィスト「たまになら人と食べてても大丈夫なんやけどな。毎日やと人が飲食する音が苦手なんや」

ユキ「別に喋ってるわけでもないのに、食べるの遅いですねー」

(自室で食事中の納)

納(レンゲにメンマと麺を入れて……ミニラーメンの出来上がり)

蛍「やけにモタモタ食ってると思ってたらそういうことしてたのかよ」

納「わっ蛍、いつから」

蛍「お前がとんがりコーンでタワー作ってから食べてるのを見た時からこんな事じゃねえかと。遊び食べすんじゃない!」

納「お米におかず乗っけて顔作ったりするのもダメ?」

蛍「そんなことしてたのかよ! 食べることに専念しろ!」

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