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空六六六  作者: 浮草堂美奈
第一章 出逢ノ語リ
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ユキ・クリコワの出逢い3

 化け物が走れば届く距離になった瞬間、納の右手に刀が出現した。

 それを両手に握りしめ、一直線に突進していく。

「何だ貴様、貴様は記録に無い。なぜメフィスト・フェレスの味方をする!? なぜこの姿を見て恐れない!?」

 納は答えた。

「メフィストがお前を殺せと言った。それ以上に理由はないし、恐れている場合じゃない」

 力いっぱい刀を化け物に突き立てる。

 タールのような血液が噴き出す。

 それを全身に浴びる。

 笑いもしない。無表情でもない。怒りもしない。

 純然たる殺意のみの表情!

 蛍は呟いた。

「どっちが化け物だかわかりゃしねえ……」

 メフェイストはそれを窓から見ていた。

「そうだ。納の恐ろしさはその純粋さだ」

 あの子は純粋な正義感でもって行動する。

 己が正しいと思うことは必ずやり、正しいと思う人の命令はどんなことも遂行する。

 人を見捨てる、人を苦しませる、そんな悪事は決してやらない。

 しかし、彼の中で、「殺害」は悪事ではない!

 その異常すぎる正義感は、正義を執行するために誰を手にかけても問題にしない!

 そして彼の中で最もためらいなく「手にかけていい」と思える存在は自分自身!

「恐ろしいだろう、サタン。君とは真逆のエゴイズムに生きる男だ。最早人間の思考ではない。新たな怪物。名前の無い怪物だ」

 ユキ・クリコワに向き直る。

「さあ、話を、会話を。未練一縷も残らぬように」

「ですね」

 ユキは妹の方を向く。

「ゆーちゃん、あなた、ネットの友達と絵の話ばっかりしてるね」

 妹はびくりと肩を竦ませる。

「だけど、あなた、絵なんてホントは全然好きじゃないね」

「ち、ちがう、あたしは絵を描くのが趣味で……」

 割れた瓶が投げ捨てられる。

「好きじゃない。好きなら、いっしょう懸命練習する。いっしょう懸命練習するから、少しずつでも上手くなる。上手くなると嬉しくなる。もっと好きになる。練習あんまり楽しくないときある。でも好きなことがヘタなのとても悲しい。好きなことは練習する」

 でも

「あなた、いつまでたっても手が描けないから袖を長くしてごまかしてる。描く人間、みんな同じ体型で同じポーズ、正面向いて棒立ち。髪型と目の色だけ変えてるけど、服も結局形は全部同じだね。そして背景は描いたことない」

 でも

「あなた、絵以外の話が何もできない。友達もみんなそう。だからみんな、好きでもなんでもない絵の話をずっとしてる」

 だから

「ゆーちゃんが私が描いた絵を自分が描いたって言っても気づかない」

 ざあっと妹の顔から血の気が引いた。

「なんで……なんで知って……」

 ユキはあっさり答えた。

「お母さん、毎回私にゆーちゃんが描いてほしい絵のお願いを伝言する時に教えてくれてたよ。自分で描いたことにして友達に見せるって」

 妹は唇をわななかせる。怒りに。ヒステリーに。

「この女……ッ! 絶対内緒って言ったのに……!」

 母親の死体を睨みつける。

「そう。このひと、相手の気持ちを考えられない。私が嫌な思いしても全然平気。ゆーちゃんが嫌な思いしても全然平気。その場だけしのげればそれでいいって生きてた。後先のこと考えて生きるの面倒くさいって生きてた。もう死んだけど」

 だから

「その時、子どもいなくてさびしかったから、それだけを考えてお父さんと子ども作った」

 妹が息を呑む。

「そんな話聞いてない!」

「私はお父さんから聞いてる。お父さんロシア人。私と同じアルビノ。お日様に当たると具合悪くなる。耳も聞こえなかった。でも、私愛してくれた。いつも二人で夜中にコンビニ行ってたよ。二人で絵の練習たくさんした。すごくカッコよかった」

 お母さんは

「かわいい子どもほしかった。だからお父さんと結婚した。最初から子供できたら別れるつもりだった。お父さんは知らなかったけど。でも、生まれた子ども、思ってたのと違った。アルビノだった。それが私」

 そんな子どもは

「育てるのが面倒くさかったからいらなかった。だから次の子作って別れた。それがあなた。あのひと、すごく面倒くさがり、あなたそっくりだね」

 妹は血の気が引く。

「お父さん私のこと大好きだった。私もお父さん大好きだった。お父さん、私のためになること面倒くさいなんて言ったことない。筆談しかできなかったけど」

 でも

「あなた、悪いことしても叱るの面倒くさい言われる」

 あなた

「誰からも愛されてない」

 絶叫。

「いやああああああああッ」

 妹は必死に白い手に縋りついた。手が血でべっとりと濡れた。

「お姉ちゃんは愛してくれるよね!? あたしを愛してくれるよね!? あたしをひとりぼっちになんてしないよね!? 二人で絵を描いて暮らせるよね」

 涙をだくだくと流しながら縋りついた。

 ユキはそれを、赤い瞳で見下ろした。

「いやです」

 妹の首に右手を、左手を肩にかける。

 妹の涙で手が濡れる。

「あなた、性格の悪いなまけもの。だから死ぬいいです」

 ごきり。

 関節がへし折れる音。

 血しぶき。

 ユキは、素手で妹の首をねじ切った。

 涙を流していた首が、ボールのように宙を飛んだ。

 メフェイスト・フェレスは拍手した。

「さあ、私の駒は揃った。世界が見捨てた子供たちが、天に向かって銃を撃つ! 今度の私は負けはしない。鉄の女王は勝利する!」

 窓下で納は、突き刺した刀を抜く前に、食人鬼グールに大きく噛みつかれた。

 巨大な口が右肩から半身に歯を立て、動きが封じられ、血が噴き出し、激痛が走る。

 喰いちぎられる!

 そう思った瞬間、パンっと破裂音がした。

 食人鬼の顎が外れ、倒れて行く。

「蛍!」

 後ろから、小さなリボルバーを構えた蛍の姿が見えた。

 噛みついて動きが取れないのを逆に利用して、後頭部に銃口を押し当てて撃ったのだ。

「もー、すげえ怖かったじゃん。ほんっと何も考えないで突っ込むんだから。しっかりしてよね」

 怒った口調に「ありがとう」と心から礼を言って。

 そのまま納はがくりと膝をついた。

≪空六六ぷらす! よん!≫


ユキ「私もだけど、メフィストもシリアスモードになると口調が変わるネー」

メフィスト「ああ、別に関西弁ネイティブとちゃうからな。緊迫するとつい標準語になる」

ユキ「……あれ……標準語じゃないデスヨ?」

メフィスト「えっ」

ユキ「一番近いのはヒラコー節デスヨ。日本語苦手なんデス?」

メフィスト「いや……ドイツ語やとずっとああなんやけど……平野耕太……」

納「あっちが素なんだ……意識してるんだと思ってた」

蛍「後、ポーズもよく平野耕太なポーズしてるよな」

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