妙高蛍のイメチェン
「ちょっと手ぇ触っていい?」
蛍の言葉に、納は黙って手を差し出した。
「うわ、お前手ぇデカいな。手首がくびれてる……爪もデカいな。いいなーネイルしやすそう」
「しないよ」
納の眉間に軽く皺が寄る。
「えー、なんで、かわいいじゃん」
「男がかわいいって言われても嬉しくない」
がばっと蛍はソファの反対側から大きく身を乗り出す。
「他の十羽一絡げの男がどうだろうと、俺はかわいいって言われたいからかわいいって言って!」
がぶり寄らんばかりの迫力に、納は目を(彼には右目しかないが)ぱちくりとさせた。
「か、かわいいよ」
「そんな迫力負けしたみたいにかわいいって言われても嬉しくねーよ! 心からかわいいって言えよ!」
「……無理かな」
「ふざけんな真顔で言ってんじゃねえよ」
十三番街。その中の場違いな、こじんまりとした日本家屋。要するにメフィストの家。もっと言うと、納がちょっと前から住み始めて、蛍が昨日から住み始めた家。
そのリビングで二人の少年はこんな会話をしているのである。
「もう手を離してよ」
「えー、でもさー」
左手をもむように触りながら蛍は言う。納の3分の2程度の大きさの両手である。白く、やや血管が見える。
が、論点はそこではない。
「ホントに元通りなんだなー」
そう、4日前に薔薇菩薩村で斬りおとされた右手の半分。それが元通り、指まで動いているのだ。
「リカバリーっていうんだっけ? ホントに時間を巻き戻せるんだ。メフィストって」
「そうだね。僕も初めて知ったからびっくりしたよ」
「は……?」
「……?」
唖然とする蛍に、納は怪訝そうに首を傾げる。
「何か変なこと言ったかな」
「言ったよ!」
「ごめん」
「謝ることじゃねえよ! 何!? お前、治るって知らなかったのに斧を手で受け止めたの!? バカなの!?」
「……別にふつうのことだと思うよ」
「お前の脳内でふつうなだけだよ!」
怪訝な顔をやめない納に、蛍は嘆息する。
つまり、この男は。
出逢って3日もたたず、しかも自分を拒絶した相手の命を助けるために。
自分の左手を失うことを一秒もためらわなかったわけである。
「頭がショートしたりしてた?」
「失礼だな君は」
「はー……」
納の右手を放り出し、蛍はずるずるとソファに崩れる。
「お前との今後の付き合い、マジ大変そう……」
「ごめん……何か迷惑かけ」
「迷惑かけたのは俺なの! 勘違いすんなこの牛野郎!」
「じゃあ僕なんでさっきから怒られてるんだよ」
「俺がイラッとしたからだよ!」
小声で理不尽……という呟きがあったが、蛍は無視してテレビに視線を戻した。
「好きだね、テレビ」
「まーね。村に無かったからね。テレビとかこういう文明って」
昼近い朝のテレビは、渋谷の流行を報道し続けている。
「やっぱり黒髪ってダサいなー」
「ほっといてくれよ」
「誰がお前の髪の話なんかしてるかよ。俺の髪! こんなずるずる真っ黒なの伸ばしてるの、マジダサくね? メンタルに問題がある女っぽい」
「よくわからない」
確かに新幹線でかなり奇異の目で見られたが。
「服もさー、こんなダサいのじゃなくてさー」
蛍はジャージの裾を抓む。血塗れの単しか無かったのだから、本人が服を買いに行くわけにも行かず。よってサイズもわからずのメフィストの苦肉の策は受け入れられなかったようだ。
「男なんて何着たって一緒じゃないか」
「お前が一緒の学ランばっかり着てるんだよ!」
指を指す。
「なんでずっとそれ着てるんだよ! どう見ても窮屈だろ一番まで止めてるの!」
「ああ」
納は初めて納得がいった顔をした。
「体をちょっと締め付けてる感じがないと落ち着かないんだ」
「マゾか」
「嫌な言葉知ってるね君」
それも無視して、またテレビに視線を戻す。
「いいなー、俺もあれやりたい」
「やりたいの?」
呟きに対する反応に納を見ると、相変わらずの真面目な顔で続ける。
「やりたいんなら、出かけよう」
「へ?」
問い返す蛍に、納は立ち上がりかけながら言う。
「ドラッグストア兼100円ショップが近くにある。買えるよ、染めたり、なんかそういうの」
「え、いや、だって、俺金持ってないし」
「僕が持ってる。最初の給料は前払いだったから」
「ちょっ悪いじゃん」
「何を言ってるんだ。貸すだけだよ」
「ああ……」
「貸すだけだよ。絶対返してよ。メフィストが君にも仕事があるって言ってたんだからね。絶対に返してよ」
顔が笑っていない。
「連呼すんなよ。必死かよ。わかったって、行くって。待てって。メフィスト、ちょっと出かけてくる!」
ゴシックドレスにエプロンという珍妙な姿で、メフィストは皿を受け取った。
「はー、いきなり金髪になってたからなんや思たわ」
夕食後の皿をスポンジで擦りながら、納はやや呆れを顔に出す。
「金がいいんだってさ。茶色とかもあったけど」
「まー好き好きやけどな。で、部屋に籠って何やっとんのあの子」
「シュシュって言ったっけ……あの、なんか布の髪飾り」
「そういう表現をするとかわいさが無くなるな」
「うん。あれを見つけた瞬間、じっと立ち止まって。「欲しいの?」って聞いたら、「これ……作れるな」って」
「ああ、それで端切れと裁縫箱ないかって騒いでたんか。シュシュ作ってんのか。それぐらい買うたらええのに」
「買った方が安い気もするね」
「アホ。作るって行為がかわいいんだよ」
ふいに後ろからした声に振り返る。蛍が小柄な体を仁王立ちさせていた。
「あ、できたん? かわいいやん」
背中まである金髪が、水玉のシュシュで留められていた。作り手は得意げに胸を張る。
「ま、簡単だよあれぐらい」
「ふうん、スゴいな」
「お前が言う? マニキュア買った後シュシュ見てたら、「そういう趣味に偏見はないよ……」って気まずそうに言ったお前が言う? 完全に女装趣味だと思ってたし、偏見バリバリじゃねえか」
「えっ、女装じゃないの?」
「男がかわいいカッコしちゃダメって法律いつできたんだよ。中世暗黒時代!?」
「ああ……うん」
条件反射のように噛みつくヤツだ。
メフィストの顔にも呆れが浮かんだ直後、蛍はずっと右手を突きだした。
「やる」
「……?」
「お前にだよ、納!」
首を傾げたまま動かなかった名を呼び、強く、それを押し付ける。
「ブックカバー……」
絣の端切れで作られたそれを押し付けられ、納は恐る恐る言った。
「ありがとう……」
蛍はまた怒った口調で大声を出した。
「だからそれはこっちのセリフだっての! ありがとう! ちょっとトリートメント買って来る! 髪超ぎしぎししてんじゃん! あんだけ自信満々だったのに使い方知らねーんだから!」
扉が閉まる。
納はうつむいて皿洗いを続けだす。
「僕……蛍と上手くやっていけるかな」
「自信ないんか?」
「ないわけじゃ……でも……あるわけでも……」
メフェイストはパンと納の肩を叩く。
「自信ないならないって言ってもええし、自信あるって言っておこがましいわけでもないの。ま、でも、いけるやつやで、これは」
「だって、蛍はしょっちゅう怒るし……だけど……そんなに非好意的にも見えなくて……」
ボソボソ。
「んー」
ひょいと脇からすすぎ終わった皿を取り上げる。
「あの子が一人で行動したん、村から離れて初めてやで。そんだけ君はええカンジにできたってこと」
「そうかな……」
まだ自信なさげな様子を背後に、メフィストはオレンジを取り出す。
「食べよっか」
(サイトでは同じページに連載していた小ネタコーナーをこちらに掲載させて頂きます)
≪空六六六ぷらす! いち!≫
納「……って何?」
メフィスト「要するに小ネタコーナーや。なお、初回は「って何?」で始まるのがこういうもののテンプレやで。誰でも思いつくネタの焼き直しで別に面白くないのもテンプレ」
蛍「第一回から敵を作る発言すんな!」




