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空六六六  作者: 浮草堂美奈
第一章 出逢ノ語リ
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妙高蛍の出逢い4

 今夜は祭りだ。

 田植え祭り。

 蛍は麻の単を纏う。

 ちくちく、と縫い目の荒さが肌に刺さる。

 昨夜の会話が思い浮かぶ。

「明日の祭りで、殺されるよ」

 ぬばたまの目をした少年は、表情を動かさず言った。

 左目を覆った眼帯が白かった。

「帰れよ!」

 蛍は怒鳴った。

 何も聞きたくなかった。何も考えたくなかった。

 納はまっすぐこちらを見て、続けた。

「逃げないで」

 どくん、と胸に刺さった。

「に、逃げてなんか……」

「逃げてないなら村から出るべきだ。理解したんだろう。理解できているんだろう。ここにいたら命はない」

「お前には……」

 蛍は絶叫した。

「お前には関係ないじゃん! 俺の村なんだよ!」

 電球がばつりと音を立てて切れた。

 真っ暗な闇で、納が出て行く音がした。

 蛍はずるずるとその場に座り込んだ。

「なんで……一緒に行けなかったんだろ……」

 涙がぼろぼろ零れた。

「俺の村なんだよ……なんでいられないんだよ……なんで……俺はふつうに村の子にならなかったんだよ……」

 翌朝、瞼は腫れ上がっていた。

 そして蛍は麻の単を着ている。

 蛍が村を出た後、この村がどうなるか。

 村人は皆縛につき、老人は死ぬ。村はなくなる。

 それを、何度も胸中で呟く。

「俺が死んだら村は残るんだ」

『逃げないで』

 残った言葉がまた頭に浮かぶ。

「逃げて……なんか……ない」

 鏡に顔を写す。目が真っ赤で、顔中むくんでいる。

「かわいくねー……」

 鏡に布を下ろす。


 炎が燃える。

 村の集会所。

 板敷の間。

 そこに二つの篝火が焚かれている。

「蛍様」

 村長が目の前で、何やら呪文を唱えている。

 日本語の発音を成しておらず、奇声にしか聞こえない。

「終ンわりました」

 それだけがひどく、落ち着いて聞こえた。

 ホォちゃんが斧を手に取った。

 ホォちゃんは泣いていた。

 蛍は、泣いていなかった。

 しかし、目の前に。

 青いビニールシートが敷かれて。

 そのはじっこのほつれた糸を見た瞬間。

 蛍は叫んだ。

「死にたくないッ!」

 感情の支えが取れてしまった。

 何をしても生きたいと、生存欲求が土砂崩れのようにあふれ出た。

「死にたくないッ! 死にたくないッ! 死にたくないッ!」

 がむしゃらに暴れた。その体を何人もの男が抑え付けた。

 男たちの指が体に食い込んだ

 ホォちゃんは斧を振り上げた。

「たすけてッ」

 大声が上がった。

「やめないと殺すッ!」

 全員の動きが止まった。

 集会所に、学ラン姿の少年が入ってきた。

 右手に抜身の短刀を掲げ。

 もう一度、今度は低く言った。

「やめないと、殺す」

「七竃……納……」

 蛍はその隻眼を唖然と見上げた。

 隻眼には、獰猛さでもなく、凶暴さでもなく。

 怪物性としか言いようがない光があった。

 村長は怒鳴った。

「かまわん! 殺せ!」

 斧が振り下ろされた。

 血が飛び散った。

 蛍の血ではない。

 斧を受け止めた、七竃納の左手が半分吹っ飛んだのだ。

 納は絶叫した。

 しかし、その激痛の中。

 躊躇わず、ホォちゃんの首に短刀を突き立てた。

 噴水のように血が噴き出た。

「なんだ……」

 村人が口々に言った。

「なんだこの化け物はッ!」

 その瞬間、爆音が響いた。

 集会所の気温が一気に上がった。

 外に飛び出た一人が叫んだ。

「空襲だッ! ほんものの空襲だッ!」

 ごうごうと雷のような音が響いた。

 納はついで、蛍を抑え付けている男の背中に刃を突き立てた。

 地鳴りがした。

 また、爆音がした。

「妙高蛍」

 納は告げた。

「生きるためには殺すしかない」

 男の死体の下から這い出た蛍は、ふらつく足取りでホォちゃんの死体の傍に行った。

 斧の柄を握った。

「うあああああああああああッ」

 吠えた。


 メフェイストはオペラグラスで集会所の中を見ている。

 蛍が村人の頭に斧を振り下ろし続けている。

 麻の単は血まみれとなり、赤黒く染まっている。

 何事かを叫び続けているようだ。

 きっと、「生きたい」という意味の何かを。

 逃げ惑う村人は頭をかち割られ、肩から斬りおとされ、集会所は血のぬかるみに堕ちている。

「予定通りや」

 刹那、蛍の背後から、一人の男が太い棒を持って襲い掛かった。

 蛍は斧の重さで動けなかった。

 納が短刀で止めた。

 傷の痛みでだろう。短刀が弾かれた。

 その時、納の右手に、刀が出現した。

 短刀ではない。

 打刀であった。抜身の。

 納はそれが出現した瞬間、一秒も躊躇せず、目の前の男の喉を刺した。

 それを引き抜き、短刀を拾って口に咥え。

 右手には打刀を下げ。

 その姿は、最早人とは思えなかった。

「なんやあれは。私の力が勝手に発動した」

 メフェイストはぼそりと呟いたが、すぐに元の作業に戻ることにした。

「私の棄てられしヨハン・ファウストたち。帰っておいで、時の狭間から」

 空に黒い亀裂が入る。

 そこから続々と、爆撃機が現れる。

「B29の焼夷弾。今度こそ本当に喰らってみろ」

 既に何発か落とされたパン籠が、今度は一斉に村に落ちた。

 薔薇菩薩村は炎に呑まれた。

 村人四十人は全員死亡。

 しかし、薔薇菩薩四十人殺しは、歴史には残らないと決まっている。


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