妙高蛍の出逢い2
夜更け。
眠れずに何度も寝返りを打つ。
フクロウの声が土壁に反響する。
布団の繕った痕を撫でる。
お春婆さんが縫ってくれたんだったっけ……。
優しく微笑む老婆の顔が浮かぶ。
その時。
ぎい……。
扉が開く音。
がさがさと紙のこすれる音。
蛍は息を殺す。
真っ暗な中、誰かが部屋に入って来ている。
それは何か紙束をたたきに置いて。
またそっと出て行こうとした。
「ちょっと!」
「えっ」
声は低い。男だ。
蛍は布団から飛び出すと、その誰かに向かってタックルをかます。
「うわっ」
足を崩され、相手はあっさりと転倒する。
その隙に、電球をつける。
土間には、少年が尻もちをついていた。
しかも頭までどこかにぶつけたらしく、痛そうに押さえている。
詰襟を一番上まで閉めた、細身の少年だ。
背は高い。天井に頭がつかえそうなくらい。
眼鏡をかけている。その左目に、ガーゼの眼帯をしている。
見たことがない少年だ。
いや、蛍は。
少年と云う者を見たことがない。
「え……ちょ……お前……」
少年は気まずそうに顔を上げる。
「危害を加えるつもりはないんだ……届け物があっ」
「イッケメエン!」
「えっ……」
蛍は少年の顔をがしっと掴み、自分に近づけてまくしたてた。
「え、なにこの目力つよっ! 完璧なアーモンド形の目な上に目、デカッ! 鼻、高ッ! 唇ぷるっぷるだし、肌すげえつやつやじゃん! しかも何これ、体のほとんど足じゃんお前、八頭身ってヤツ? イケメーン」
「あ、え、あ、あの、ええと」
少年が顔を赤くする。
「僕は容姿が整っているほうじゃないよ……。むしろ君の方が、中性的で美しいと思う。目だって君の方が丸みが強くて好感を持てるよ」
「そんな返しをしてくる訳!? この状況で!? 完全に泥棒なのに!? お前……マジ……」
冷静な真顔に返る。
「トロくね?」
あっという顔に僅かに変化した少年に、つづけさまに言う。
「人を呼ばれたらとか考えなかったの? そもそも顔を見られた地点で割とアウトじゃね? 俺を褒め返してる場合じゃないでしょ? とっとと逃げる場合でしょ? 牛の一種かお前は」
「えっ、あっ、その……」
「今から大声出してもいいんだけど?」
「あ……ええと……それは困るなあ」
「何ぼけっとした返事してんだよ! どんくさい泥棒だなあ! 言っとくけど金なんてねえから! 村中どこにもねえから!」
「あ……いや……泥棒じゃないよ……」
「じゃあ何!?」
少年はしばし思考した後。
「……何だろう?」
笑いもせずに言った。
「トロすぎるだろ!」
思わず枕を蹴っ飛ばす。
「自分が何者かもわかんないってどういうこと!? 何しに来たのお前!? 名前言え!」
「七竃……納です」
「ふうんヘンな名前、で、何しに来たんだよ!? つーか……」
膝の力が抜ける。
「”外”ってどうなってんの……?」
納は土間の紙束を集めた。
「よかった。知りたいと思っていてくれて」
「はあ?」
集めた紙束を渡される。
「これを渡したかったんだ。村の外で発行されている新聞。読んだら焼き捨てて」
「新……聞……」
「それじゃあ」
新聞に気を取られた隙をつかれた。
納は抜け出し、小屋を走り出て行った。
「なんだよ……あいつ……」
新聞をぐしゃりと握りしめる。
「なんで……写真に色がついてんだよ……」
返答はなかった。フクロウの声だけが響いていた。
八時間前。
山を登ろうとしたメフィストと納は、鋭い叱責を浴びた。
「薔薇菩薩に近づいたらいかん!」
朽ち果ててもう名ばかりとなった登山道の下、腰の曲がった老婆がいる。
老婆は怒りに体を震わせて、もう一度「いかん!」と怒鳴る。
メフェイストは登りかけた足をくるりと引き換えし、笑みを作る。
「おや、なんぞ危ないことでもあるんですか?」
老婆はブツブツと何事か呟き続けたが、いきなりかっと目を開いた。
「あそこは畜生村じゃ!」
メフェイストは営業用の笑顔を続ける。
「へえ、それは知らへんかったわ。すんませんけど、ようお話を聞かせて貰えますか? なんせ、ここに来てからというもの、誰もかれも知らん知らん言うばっかりでようわからんのですわ」
笑顔ですたすたと老婆に近寄るのに、納も続く。
老婆はまたブツブツと口の中で何かを呟いている。
「あそこはな……あそこはな……血の濃いものどうして子を作る事を、何百年もしておる……」
「ほう」
メフェイストの笑みが深くなる。
「じゃから、不具や病人が多い、ごっそりおる。そいでな、村中そういうもんばっかりになってくるとな」
向こうから女の声が聞こえた。どうやらこの老婆を探しているようだ。
「女を……孕んだ女を……」
その先は口の中にのみこんでしまう。
「それは物騒やなあ。奥さん、どうやら奥さんのことを探してはるみたいですし。ゆっくり話を聞かせて貰えませんやろか」
メフェイストはあくまでも笑っていた。
これから語られるおぞましい村の話を予期しているように。




