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灰色の弾丸-Earl Grey of All Trades-  作者: 旗戦士
Chapter1
5/29

Order5. トランスポーター

いよいよ1章佳境に突入です。

<便利屋事務所・オフィス>


  やけに固い感触を頭で感じながら、ソフィアは寝ぼけ眼を開閉させる。やけに男物の香水の匂いが彼女の刺激し、違和感を覚えつつも彼女は上を見上げた。そこには同じように眠りにつくグレイの姿があり、今も彼は寝息を立てて睡眠を取っている。眠気に包まれていたソフィアの脳がだんだんと状況を理解し始め、彼女はグレイの顔を膝を何度も見合わせた。自分は今グレイに膝枕をされながら寝ていたのだと気づく頃には、既にソフィアの顔はみるみるうちに赤く染まっていく。

「ひゃあっ!? 」

「どわっ!? なんだなんだ!? 」

ソフィアとグレイの視線が交差し、ソフィアは急いでグレイの膝から飛び上がった。恥ずかしさを隠すように彼女は両手で顔を覆い、自分のしてしまった事を悔いるようにおそるおそる彼に視線を傾けた。

「……何やってんだ、お前」

「い、いやぁ……まさかアールグレイさんのお膝で寝ているとは知らず……ごめんなさい……」

「ぐっすり寝ておいて今更どの口が言うんだよ。それに……」

突如として、ソフィアの頭にグレイの手が覆いかぶさる。

「ありがとうな。お前がいなかったら今頃俺は死んでたよ」

優し気な声音にソフィアの表情はますます紅潮し、グレイの顔を直視できないまでになってしまった。お礼をするついでに就職の事を頼みこもうとしていた彼女の計画が、良い意味で壊れてしまっていた。

「でも、どうしてあの時ここにいたんだ? 何か困りごとか? 」

「その……助けてもらったお礼にお金を渡しに来たんですけど……」

「はは、もういいよ。こうして助けてもらったんだ、それだけで十分さ」

乱暴にソフィアの頭が撫でられ、思わず彼女は声を上げる。まるで子供をあやすかのような対応に少しだけ不満を覚えつつも、ソフィアはいよいよ本題に入ろうとグレイに声を掛けた。

「あのっ! 私、見ての通り応急処置しか出来ないんですけど……ここで雇ってもらえませんか! 今日も色んな所を巡ってみたんですけど、どこもダメで……。もうここしかないんです! 」

「……ソフィア、俺はお前に人殺しをさせたくない。だがもし本当にその気があるのなら……俺はお前に一つ課題を課す」

「な、なんでしょうか……? 」

「銃の構造、動作、射撃体勢。これを全て1週間で覚えてこい。基礎中の基礎だが、素人はまずそこからだ」

グレイから出された一つの試験。自分が一切触れたことのない銃の全てを覚える事。グレイにとっては簡単なことかもしれないが、ただの一般人であるソフィアにとって大きな壁だった。――しかし、ソフィアは"不敵な笑みを浮かべた"。

「……わかりました。それで私を雇用してくれる……んですよね? 」

「あぁ、そこまでされちゃ放っておく理由がない。ま、今日はもう遅いし家まで送るよ」

はい、という言葉と共に彼女は急いで身支度を整える。黒い革製のリュックを背負い、グレイの完了を待っていると黒いコート姿の彼が表れた。

「それじゃ、行くか」

「そうですね。あっ、アールグレイさん! 連絡先を交換しておきませんか? 試験の事とかで何かと必要になるかも」

「あいよ、あと俺を呼ぶときはグレイでいい。フルネームで呼ばれるとなんだかむずがゆい」

各々の電話番号を入力し、連絡先の交換を終えると二人は事務所の外に出る。6月にしては少し肌寒く、夜風に当たったソフィアは少しだけ体を震わせた。その時、布の翻る音が聞こえたかと思うとグレイのコートがソフィアの全身を包んでいた。

「あっ、ありがとうございます……」

「お安い御用だ。さ、行くぞ」

どこからともなく取り出した煙草を咥えながらグレイの姿がソフィアより先に進むと、気が付いたように彼女もグレイの後を追う。二人がやって来たのは事務所の一階に位置するガレージで、そこには黒塗りのアウディA6が停めてあった。

「車で送ってく。こっから家は近いのか? 」

「は、はい。車だと5分くらいです」

「おし、じゃあすぐだな。乗ってくれ」

言われるがままソフィアはアウディの助手席に座り込み、黒い革製のシートに腰かける。車内には埃一つ落ちていないほど掃除がされてあり、グレイがいかにこの車を大事にしているかが読み取れた。エンジンが轟音を上げたかと思うとすぐさまアウディA6は走り出し、ソフィアを家に送り届けるためにシカゴ市内へと消えていった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<ヴィクターアームズ・社長室>


 同刻。既に業務を終えた従業員は家路についており、最終業務を終えたミカエラは一人でビールを嗜んでいる。

「ぷはーっ! 仕事終わりのビールは最高でありますなぁー! ただ晩酌に付き合ってくるイケメンがいない事がさみしいでありますねぇ……」

そんな事を呟きながら、彼女の手はナッツを口に放り込んでいた。香ばしい豆の味と固い感触が絶妙にビールにマッチし、ミカエラから感嘆の声が漏れる。あっという間に1本目のビールを飲み干したミカエラは、続いて二本目を飲もうと社長室に忍ばせていた冷蔵庫に手を伸ばした。その時。

「社長。呼び出しに応じた」

「ひうっ!? ど、どうぞー」

社長室の扉が開き、銀の長髪の青年が部屋に入室してくる。急いで机の下に隠していた冷蔵庫の扉を閉め、缶とナッツのごみを急いで捨てると、ミカエラは再びその男に視線を合わせる。

「よ、よく来たでありますね、カル君。それで、用は何でありますか? 」

「……? 社長が呼び出したのだろう。俺は何も知らされていない」

「ギクッ! そ、そうでありましたなぁ~……あ、あはは……」

カル、と呼ばれた男の不審そうな視線がミカエラに突き刺さる。彼の名はカルヴィン・ヴェント、ミカエラからヴィクターアームズ社長の護衛として雇われている用心棒の一人であった。男性ながら長い銀髪を携えている彼は人形のように顔立ちが美しく、妖艶な美貌を放っている。

「……はぁ。またここで飲んでたな、社長。いつも言っているだろう、他の従業員に見つかったら面子が立たないぞ」

「うう~……いいじゃないですかぁ~……私だって仕事したのでありますからぁ……しくしく」

深いため息がカルから漏れ、思わずミカエラはウソ泣きをしていた仕草を止めた。気を取り直したかのように彼女は咳払いをし、机に両肘を立てる。

「……さて、本題に入りましょうか。カル君、あなたにはある人物の尾行と行動の監視をしてもらいたいであります」

「俺一人でか? 」

「そうであります、気づかれたら面倒なことになりますからなぁ。その人物というのはこの方。カル君も見たと思いますけど、アールグレイ・ハウンドです」

ミカエラは机の引き出しから一枚の写真を取り出し、カルに手渡す。まじまじと写真を見つめる彼を一瞥し、ミカエラは再び話し始めた。

「その方はこの会社のお得意様であります。それに……私好みのイケメンっ! イケメンが死ぬのは悲しいでありますからなぁ……あ、もちろんカル君もイケメンですよ。というか美男子」

「……そ、それはどうも……。それで、なぜ俺にこいつの護衛を? 」

「カル君が狙撃手であるからでありますよー。百発百中で巷じゃ"銀の死神"なんて呼ばれてるしぃ……」

悪戯な笑みを浮かべてミカエラはカルとの距離を近づける。唐突にカルの頬がかすかに紅潮し、ますますミカエラの笑みは増していく。彼女はカルが女性を苦手としていることを知っていて体をくっつかせており、彼をからかうようにミカエラは耳元に顔を近づける。

「……期待してるでありますよ、カル君? このお願いが終わったらイイことしてあげるであります」

「かっ、からかうな! ああもう、俺は行くぞ! 」

照れ隠しのようにカルの姿は一瞬にして社長室の出口まで移動した。

「あとでグレイさんの情報はメールで送るであります、それじゃあまたー」

彼が出るのを見守ると、再びミカエラは隠し冷蔵庫から缶ビールを1本取り出す。不敵な笑みを浮かべながら、彼女はビールの蓋を開け黄金の液体を口に注ぎ込んだ。

「うふふふ……照れちゃって、かわいいでありますねぇ。ま、お願いしますよカル君」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<野外射撃場>


 そうして、約1週間の月日が明けた6月中旬。ソフィアに課した試験の当日となり、グレイは事務所に彼女を呼びつけた後に車で共にシカゴ市外にある射撃場へと訪れていた。既にソフィアに渡す銃の種類は伝えており、グレイが彼女に手渡したのはイタリアのベレッタ社製 PX4 ストーム サブコンパクト。軽量で小型ながら13発も装弾できるという性能に加えてバレル、スライド、マガジンの交換によって4種の異なる弾丸が使える代物である。今回は9㎜弾仕様のものを試験として使用している。

「よし、今からハンドガンの組み立てを1分以内に行え。準備はいいか? 」

慣れた手つきでPX4を分解し、スライド、バレル、マガジン、撃針、コイルスプリングをそれぞれソフィアの立つテーブルの前にグレイは置いた。どこに組み込むか、どういった動作で銃が発射されるのかを想定できていなければ分解から組み立ては難しい。グレイはストップウォッチのスイッチを入れ、2分の時間制限を設ける。即座にソフィアの手は外されたスライドの中に撃針を入れた後にバレルを入れ込み、次にコイルスプリングを差し込む。スライド上部が完成した後はフレームの内部に引っ掛けるようにスライドを銃の中へ差し込むと、カチリという音が聞こえた。即座にソフィアの手はマガジンを捉え、銃の内部に叩き込まれる。

「……およそ52秒。ま、合格圏内だな」

「ふぅ……できないかと思いました……」

「次は実際の射撃に移るぞ。暴発したら即失格。握り方や、リコイルの吸収の仕方も見る」

ソフィアからの威勢の良い返事が聞こえると、グレイは自分の過去を思い出す。かつて自分も陸軍にいた身で、士官学校時代の厳しい訓練が脳裏に浮かんだ。そんな事に内心笑みを浮かべながら、グレイは空いている射撃場のスペースへと入る。両者ともヘッドホンとゴーグルを着け、銃を撃つ動作が整ったと思うとグレイはソフィアにPX4を握らせた。彼女の右手とPX4が一直線になるように、親指と人差し指の間を視点としてPX4が握られる。その指に覆いかぶさるようにソフィアの左手がグリップを握り、PX4の銃口は射撃場の奥のターゲットペーパーに向けられた。

「握り方も合格、と。よし、撃ってみろ」

グレイが言葉を発した瞬間、乾いた音が射撃場に響く。9㎜弾の薬莢の落ちる音と同時に鉛玉がターゲットを撃ち抜き、風穴を開けた。数回乾いた音が響いたと思うと、弾丸は全てターゲットペーパーに命中していた。試験を終えた後にソフィアの不安げな表情がグレイの視線を合う。本当にここに就職したかったのだろう、とグレイは喜びを覚えつつソフィアの肩を叩いた。

「射撃は申し分ないな。……しゃーねぇ、こりゃあ本当に合格だ」

「本当ですか!? 」

「馬鹿っ、こっちに銃口向けんなよ! 」

「あ、ご、ごめんなさい……」

ふとグレイがソフィアの指先に視線を傾けると、そこにはいくつもの絆創膏が貼ってある事に気づく。無理難題を押し付けてしまったか、とグレイは内心反省するも彼の手はソフィアの頭を撫でていた。

「おめでとう、新入り。よし、腹も減ったし昼飯にでもすっか」

「グレイさんのおごりですよね!? 」

「……そう言われると奢りたくねぇな」

「えぇ~? せっかく合格したのに……」

「わかったよ、特別だからな」

そんな会話をしながら、二人は射撃場に停めていたグレイの愛車まで歩みを進める。だが、本能的にグレイの体はソフィアに覆いかぶさるように彼女の正面に立つ。直後、グレイのアウディA6が文字通り爆発した。酷い耳鳴りと共にグレイとソフィアはふっ飛ばされ、地面に叩きつけられる。なんとか骨折は免れたものの、グレイの視界は揺らいでいた。――そして。

「グレイさんっ!! にげてっ!! 」

誰かの手によって連れ去られるソフィア。黒いマスクとスーツに身を包んだ男たちはソフィアを捕まえるなりそそくさと後を立ち去り、グレイには目もくれない。ふらふらと立ち上がりながらグレイはその連中を追おうとするも、彼らの乗ったSUVは既に発進していた。激しい憎悪と怒りがグレイの視界と体を回復させ、彼は周囲を見回した。すると突然、グレイの目の前に赤いスポーツカー・トヨタFR-Sが現れ、助手席の扉が開く。

「乗れ! アールグレイ・ハウンド! 」

「――何者だ、テメェ」

怒り狂って自身の感情が抑えきれないグレイは、すかさずFR-Sの運転手にM686の銃口を向けた。長い銀髪の運転手は一瞬だけ驚いた様子を見せるが、臆せずにM686の銃口を睨みつける。

「お前を護衛している者だ。急がないとあの連中が逃げるぞ」

憤怒に満ちた感情を無理やり抑えつけ、グレイは車の助手席に乗り込んだ。轟音を上げてFR-Sは駐車場を飛び出し、ソフィアを攫ったSUVを追従し始める。グレイは呼吸を整え、運転手の方へ視線を向けた。

「……悪かった。俺の名前は知ってるみたいだな。お前は? 」

「カル、とでも呼んでくれ」

「そうかい。煙草吸ってもいいか? 」

涼しげな表情でアクセルを全開にし、頷くカルを一瞥し、グレイは助手席の窓を開けて煙草を咥える。火を点けると、昂ったグレイを落ち着かせるようにチャコール味の煙と重たい感触が彼の支配した。そしてM686を引き抜き、蓮型のシリンダーに全て.357マグナム弾が装填されていることを確認すると、グレイは手首を返して弾倉を仕舞う。

「待ってろよ、ソフィア。必ず助けてやる……! 」

今まで依頼でした人助けをしなかった彼が、初めて自分の感情を優先してソフィアを助け出そうとしていた。

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