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灰色の弾丸-Earl Grey of All Trades-  作者: 旗戦士
Chapter1
3/29

Order3. Suspect

三話目です。

一週間かかってしまい申し訳ありません。

<便利屋事務所・オフィス>


  ソフィア・エヴァンス。グレイが依頼の仕事場で保護した少女の名。なぜ彼女を連れてきてしまったのかは自分でも理解はできないが、心底怯えた表情からようやく落ち着きを取り戻した彼女を見て、彼は内心安堵の溜息を吐いた。グレイの愛車、アウディA6の助手席に乗った彼女を降ろし、二人はグレイの事務所へと入る。オフィスに飾ってあった柱時計の時刻は既に夜の21時を指していた。

「なぁ。ソフィア、だったか。一つ聞きたいことがある」

「は、はい……」

「お前のような女の子がどうしてギャンググループの連中に拘束されていた? なんか盗んだのか? 」

怖いものは何もない事を知らせるためにグレイはソフィアをソファに座らせるも、彼女の首は横に振られる。直後グレイは彼女の前に座り込み、子供をあやす様に頭に手を置いた。

「……言いたくないんなら、言わなくていい。怖かったな……大丈夫か? 」

「……あの……非常に言いにくい事なんですけど……」

「ん? 」

「私……成人してるんです」

両者の間に生まれる沈黙。確かにかなり若く見えるが、それでもこの身長と童顔で成人を名乗るのは流石に無理があるだろう。冗談が言えるようになったなら大丈夫か、とグレイはソフィアの前に立つ。

「はっはっは、今の子は大人びたい年頃が多いからなぁ。お兄さん分かるぞー、お前くらいの時もそうだった」

「だからっ! 子供扱いしないで下さいよっ! ほら、免許証! 」

差し出された州発行の運転免許証には、確かに彼女の生年月日が記載されていた。1992年5月7日。およそ年齢にして23歳。確かにソフィアは間違いなく少女ではなく女性だ。あくまでデータを見るだけなら、だが。

「はぁっ!? お前みたいなちんちくりんが23!? 嘘だね! 何食ってたらそんなんになるんだよ! 」

「ち、ちんちくりんって失礼ですね! 免許証にも書いてある通りに成人してますから子供扱いは止めてくださいっ! 」

思っていた以上に事態は悪化し、グレイは頭を掻きながらソフィアに免許証を返した。適当に親の元へ帰そうと思っていたのだが、彼女がすでに成人しているのならば話は別である。外部との接触は職業上避けた方がいいのは彼が一番よく理解しており、追い返すほかはない。

「んじゃあもう元気そうだし問題ないな。おやすみ」

「ちょっ!? ちょっと待ってください! 話します、話しますからぁ! 」

「なんだよ……ったく、こっちは疲れてんだぞ……。まあいい、何があったか言ってみろ」

立ち上がった席に再び座り直し、グレイは懐から煙草を一本咥えて火を点けた。

「あそこに私が捕まってた理由は……おそらく何処かに売り飛ばそうとして来たんだと思います。その……自分で言うのもなんですけど私のような人は一部の人間にウケが良い、って……」

「そこで俺が依頼で偶然やって来た……って事か。けどこうしてここについて来た理由は何かあるんだろう? 」

「はい! 私をここで働かせて下さいっ! 」

再び二人の間に静寂が生み出される。グレイは煙草の先から出来上がった灰を灰皿に捨て、煙を吐いた。

「……帰れ。そんな余裕は無いし、俺は集団行動は嫌いだ」

「うっ……。で、でも! 私、事務業とかは出来ます! 雑用でも何でもします! 働かせてください! 」

「じゃあ人を殺せるか? さっきビクついてた奴が出来るとは俺は思えねぇ」

完全に論破され、俯く彼女をグレイは一瞥する。深いため息を吐き、彼は懐から一枚の紙きれをソフィアに差し出した。その厚紙にはグレイの連絡先と事務所の住所が洒落た筆記体で描かれており、彼女はグレイを見上げる。

「……何かあったら、ここに連絡しろ。金さえ払えりゃ、俺はなんだってしてやる。とにかく今は帰るんだ。家族が心配してるだろ? 」

「……わかりました。あと、助けて下さってありがとうございました。それじゃあ、おやすみなさい」

丁寧に頭を下げ、事務所を去る彼女をグレイは見送った。妙に親近感の沸く女だった、と彼は安心感を覚える。もう自分に仲間は必要ない。"疫病神"とかつて呼ばれたグレイの記憶が、痛烈に彼の胸を締め付ける。グレイは事務所の寝室にあるベランダへと足を運び、スコッチウイスキーの入ったグラスと煙草を片手に空を仰いだ。

「"助けてくれてありがとう"、か。そんな事、いつ振りに言われたか、忘れちまったよ」

感傷に浸った彼を嘲笑うかのように、シカゴの夜景が煌々と彼を照らしていた。そう一人思慮に耽っていると、スラックスのポケットに突っ込んだスマートフォンが彼に着信を知らせる。電話の相手はミカエラ、今回の依頼主であった。

『やぁやぁグレイさん! こんばんは、夜分遅くにすいませんねぇ』

「そう思うなら掛けてくんな。んで、どうしたよ? 依頼はきっかり済ませたぜ」

『いやですね、"保険"の為ですよ。明日、シカゴのレストランに来てくれませんか? 少しばかりお話がありまして……』

どこか深刻な声音に、グレイはグラスを鳴らしながら空を仰ぐ。

「……保険、ねぇ。分かった、お前がそう言うなら。だが、きっちり割り増しはしてもらうぜ」

『えぇ勿論であります! では明日の午前12時には来てくださいね! 待っているでありますよー! 』

彼女の言葉を最後に電話は切れ、グレイは無造作にスマートフォンをポケットに仕舞った。

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<シカゴ市内・イースト・オハイオストリート>


 グレイの事務所を出た後、ソフィアは巨大なビルが連なるオハイオストリートを歩いている。帰路に着くためだったがバスも既に運行が終了しており、タクシーを呼ぶにも財布自体も盗まれてしまっている。彼女が捕らわれていたアパートに戻れば私物やらを持ち帰る事は可能だが、どう考えても危険すぎる。ソフィアの自宅はシカゴ川を越えた橋のすぐ向こう側にある為、徒歩でも帰る事は出来るはずだ。

「はぁ~っ……。どうしよう、働くアテが見つからないよ……」

シカゴの街へ来る直前、彼女は真っ当な職に就いていた。収入も一人暮らしが出来る程の金額は持ち合わせていたし、ソフィア自身もその仕事にやりがいを感じていた。しかし、不況の寒波が彼女の勤務先を直撃し会社は倒産。八方塞がりとなってしまったソフィアは就職活動に熱を入れていたのだが、その道中で先のグループにまんまと騙され、身売りのために誘拐された。あの時グレイが来ていなかったら、今頃ソフィアはどこかの風俗店で仕事をしていただろう。

「家族が心配してる……か。そんな人、もうどこにもいないのにね」

自嘲気味に彼女は笑う。ソフィアの両親は既に他界しており、成人するまで親戚の家で育てられた。その後追い出されるかのように家を後にし、幾つものアルバイトを経て今に至る。ようやくまともな仕事に就職できそうになった直後、彼女は再び不幸に見舞われた。ある程度の貯金はしてあったものの、持って数年。もうソフィアに手段は残されていなかった。

「……とりあえず、また明日から就活かな。もう騙されないようにしないと」

そう自分に発破を掛け、ソフィアはようやく自身のアパートのロビーに到着する。携帯と家の鍵は辛うじて取られていなかった為、財布の中のカードや現金は諦めるしかない。命あっての物種、自分にそう言い聞かせ、彼女は自分の部屋のドアを開けた。穿いていたジーパンと茶色のジャケットを脱ぎ捨て、ソフィアは下着姿になる。気分を一新するかのようにシャワーを浴びると、彼女はベッドへなだれ込んだ。

「あ、これ……」

床に落ちていた、一枚の名刺。先ほど命を助けられた、グレイの連絡先と事務所の住所が書かれた一枚の紙を彼女は見つめる。グレイには本当に感謝が尽きない。彼が来たおかげで、こうしてソフィアはまた自分のベッドで寝られるのだから。

「アールグレイ・ハウンド……」

彼女の脳裏に、再び誘拐された時の記憶が蘇る。屈強なガラの悪い男たちに連れまわされ、無縁だった銃を突きつけられた。本当に、ソフィアはあそこで死の恐怖を実感した。悲鳴も上げられず、ただただ成すがままのソフィアをグレイは救ってくれた。

「や、やっぱりお礼とか要るよね! べ、別にまた会いに行きたいとかじゃないし! 」

赤らめた自分の顔を一度だけはたき、彼女は正気に戻る。だがあの端正な顔立ちと屈強な体つき、そして何より頭を撫でられた時の優しい声音がソフィアの頭の中を占めた。

「はぁ……なにやってんだろ、私」

頭を振って気を取り直したソフィアは、再び眠りにつく。数分後、緊張の解れからか彼女はあっという間に寝息を立てていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<シカゴ市内、ミドルアパート>


  同刻。シカゴの街にはほとんど人通りがなく、煌々と照っていた明かりの数々も消えるほど夜は更けている。そんな中、一台の黒いセダンがミドルアパートの路肩に駐車し、黒い革ジャケットを羽織ったオールバックの男がアパートへと入っていく。まるで一昔前のロカビリーを彷彿させるその姿に管理人が訝しげに視線を傾けるも、男はそれを一瞥した。男の周りには何人かの護衛が付いており、深刻な表情を浮かべて階段を上がっていく。

「ここがあいつらの部屋だな? 」

「はい、ボス」

ボス、と呼ばれた革ジャンの男は403号室のドアノブを回した。既にカギは掛かっておらず、扉を開けた瞬間に血の匂いが彼の鼻を刺激した。彼の名はアルファレド・ホプキンス、親しい者は彼をアルフと呼ぶ。アルフは40代の年齢ながらギャンググループの頂点に上り詰め、多くの部下を溢れ出るカリスマで率いていた。今回殺されたこの男たちもアルフのグループの傘下であり、主に武器と薬物を担当していた連中だった。

「うわ、ひでぇ。こいつなんか顔の半分吹っ飛んでますよ」

キッチン付近で絶望に満ちた表情のまま死んでいった男を一瞥し、アルフは奥の寝室で積み重なっている死体に視線を合わせる。それぞれ彼らは脳天と胸を綺麗に撃ち抜かれている。更に寝室のテーブルに倒れていた一人の死体の付近に落ちていたトーラスPT92を拾い上げた。弾倉の中の9㎜弾は全て15発ほど装填済みで、発砲された形跡は見られない。

「ボス、死体はどうしますか? 」

「きっちり回収して埋葬しろ。警察に見つかったら厄介だ」

さっそく仕事に取り掛かる部下の肩を叩き、アルフは何かを見つけ急にしゃがみ込む。彼が手にしたのは薬莢で、それも9㎜パラベラム弾のものである。しかし、先程落ちていたトーラスのものではない。他の連中が発砲したという線も考えたが、全て彼らの銃は9㎜弾を使用していないものだった。薬莢が出ないタイプの短銃身リボルバーS&W M36が使用する.38スペシャル弾、レミントン M1100の12ゲージ弾……とどれもバリエーションに富んでいるが、唯一9㎜弾を使用するトーラス PT92も一度も撃たれてはいない。

「確実に、他の手の者が介入した……そうだろう、リック」

「……でしょうね。見てください、さっきの顔半分無くなってた奴なんですけど、身動きを取らせないために膝を撃ち抜かれてる。かなりのやり手だ」

「それに、反撃をさせない為に頭と胸に一発ずつ……」

リック、と呼ばれた坊主頭の大男は唸るように顎に手を当てる。互いに膠着状態にある中華系マフィアの手先か、はたまたフリーの殺し屋か……。あいにく、アルフには幾つも思い当たる節があった。いちいち確かめでもしたら、今度は自分が死体になっているかもしれない。

「……なぁ、リック。こいつらは武器の取引をするためにここにいたんだよな? 」

「えぇ。今日の夜7時に取引に応じるはずでした。きっかり10分前にこいつから連絡が来ています」

「取引相手は? 」

「"ヴィクター・アームズ"です。ほら、ミカエラのところの」

あぁ、とアルフは相槌を打ちながら薬莢をポケットに仕舞う。ミカエラ・ウィルソン。何度か彼はあの武器商人の女に会った事はあるが、一言で言えば"裏が見えない"、そんな女だった。常に笑みを崩さず、尚且つ自分の提示した条件を一歩も退かない……。武器の入手ルートを確保する事がギャングにとっては最優先であったが、見事に彼女はその痛手を突いてくる商売をしてきた。だが彼女ような人物こそ信用に値する、とアルフは踏んでいる。自分の信念を持って動く人間こそ、最も尊敬すべき人間であると彼は信じていたからだ。最も、この世界では信念など踏みにじられるのが定石だが。

「奴のところに連絡を入れろ。話したい事がある、と伝えてくれ」

「へっ? で、でもなんで……」

「"手がかり"が掴めそうだからだよ」

柄にも無く、アルフはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「手かがり? 」

「あぁ。それと死体を回収し終わった後、この部屋と死体が持っていたものを全て洗いざらい調べろ」

「分かりました」

リックにそう告げ、アルフは一人窓からの景色を仰ぐ。宝石のように光り輝くシカゴの夜景を背に、彼は煙草を吸い始める。

「……長い戦いになりそうだ」

彼の長年培ってきた勘が、確かにそう告げていた。

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<ステーキレストラン"Illinois Meat House">


 翌日。シカゴ市内の高級レストランの個室で、ある人物に呼び出されたミカエラ・ウィルソンは注文してきたステーキを見るなり目を輝かせる。この場面だけを切り取れば昼食を楽しむ女性なのだが、彼女の周りに立つ屈強な護衛達がそれをかき消していた。香ばしい匂いと巨躯を持ち合わすステーキに舌をなめずり、ミカエラは丁寧に肉を切り分ける。ようやくソースを肉に付けて頬張ろうとした、その時だった。

「やあミカエラ。急に呼びつけて申し訳ない」

「おや、アルフさん。どうも、本日もお日柄もよく。レディとの約束に遅刻するなんてマナーがなってないでありますねぇ」

「手厳しいな。あぁ、お前ら。適当に休んでろ」

彼女の前に座ったオールバックの男こそ、ミカエラを呼び出した張本人である。アルファレド・ホプキンス。小さいギャンググループとの合併を繰り返し、自分のグループを拡大しようと目論む男であった。彼が座る姿を一瞥し、ミカエラはようやく肉を口いっぱいに頬張る。溢れ出るジューシーな肉汁と塩っ気のある味に感嘆の声を上げ、まるで少女のような素振りを見せる彼女は、年相応の女の子の雰囲気を纏っていた。

「それで、もぐ、お話って何でありますか? もぐもぐ」

「あ、あぁ……。昨日の夜7時に、俺の傘下の連中とあんたの所が武器の取引をしたはずだ」

「えぇ、確かに。それが何か? 」

二切れ目の肉を口に含みつつ、ミカエラは幸せな表情を浮かべる。

「殺されたんだよ、そいつらがな。だが、あんたの取引に来ていた従業者の死体は見つからなかった。どういう事か、説明してもらいたい」

「それはそれは……とても残念です。私も今しがた初めて聞きましたねぇ。ですが昨日の従業者はきっかり22時に私に報告を済ませ、帰りましたが? 」

「そいつの話が聞きたい。今、ここにはいるか? 」

アルフの言葉にミカエラは不敵な笑みを浮かべ、華麗に指を鳴らす。そして即座に黒いスーツ姿の男――もとい変装したグレイがミカエラの隣に腰を落ち着けた。彼女の"保険"というのはこの為のものであった。アルフたちからの尋問を回避するための保険。故に、昨夜ミカエラはグレイと連絡を取り合った。恨めしそうなグレイの視線が彼女を貫くも、ミカエラは目の前のステーキに夢中である。

「こちらが昨日配達した従業員、ギルバート・サリバン君であります。ほらギルバート君、挨拶して」

「どうも初めまして。昨日取引をお手伝いしたギルバートです。ギルと呼んでください」

ミカエラは変装したグレイから名刺を奪い取り、アルフのテーブルの目の前に置く。怪訝そうな表情を浮かべるアルフを見るも、彼女は笑みを零してその視線を掻い潜った。

「それで……君が昨日武器を売った時、部屋はどんな感じだった? 」

「全然普通でしたね。きっかりお金を受け取り、私は武器をお渡ししました」

「その時の状況を詳しく」

「まず先に私が武器を入れた鞄を置き、銃を取り出して彼らにお渡ししましたね。その後金額の確認をした後、私は部屋を後にしました」

傍らで事情聴取を始めるアルフとグレイを一瞥し、ミカエラは傍に立っていた銀の長髪の護衛に目を配る。ミカエラが視線を合わせると彼はコクリと頷き、再び彼女はグレイとアルフに視線を戻した。一通りの事情聴取は終えたようで、アルフの表情は苦虫を噛み潰したようなものになっていた。

「……お話は以上ですか? アルフさん? 私もこの後商売があるので、あまり時間は割けないのでありますよ」

「もう大丈夫だ。大体終わった」

「そうですか。納得がいかれたようで何よりであります」

屈託のない笑みを浮かべ、アルフをミカエラは半強制的に下がらせる。数人の部下を引き連れ、彼が店を出た瞬間に隣のグレイが疲れ切った表情を浮かべていた。彼に若干の申し訳なさを感じつつ、彼女はグレイに笑みを浮かべる。

「ありがとうございました、グレイさん。ですが油断なさらず。アルフは貴方を疑っている様子でありました」

「見りゃ分かる。俺も帰り道には気を付けるようにするよ」

「なら結構であります。報酬は後で必ずお支払いしますので、しばしお待ちを。本当にこの後お客と話さなければいけないのであります」

立ち上がったグレイは、ミカエラの言葉に応答するようにヒラヒラと背を向けずに手を振った。そんな彼の様子にミカエラは少女のように笑みを浮かべ、彼が店を出ていくのを見守り、ミカエラは再びテーブルの上のステーキに視線を戻す。既に肉は冷めきっており、彼女は落胆した。

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<シカゴ市内・路地裏>


 ミカエラからの依頼を早急に済ませた後、グレイは疲れ切った自身の体に拍車を掛けるように煙草を吸いながら街道を練り歩いている。あいにく今日は夜からの依頼も無いため、どことなく彼は上機嫌で煙を吐いた。一部を除いて、ではあるが。

(……尾行されてるな。おおよそ……3から4人ってとこか)

気づいた様子を察知されない為にグレイは故意的にふらふらと街道をぶらつく。何せ今日は平日の昼下がり、大通りはランチに来たビジネス街の会社員や学生で満ち溢れており、その中で同じ姿の男たちを確認するのは容易い事であった。うまく人ごみに紛れつつ、彼は人通りが少ない薄汚れた路地裏へと歩みを進める。そうしてグレイが煙草を吸い終えるころに、彼は正面にスーツ姿の男二人が立ちはだかるのが見えた。呆気に取られたようにグレイは背後に視線を向けると、同じような二人組の男が迫ってきている。

「何、あんたら? 俺に興味あるのか? 」

「……聞きたい事があるだけだ。一緒に来てもらおうか」

「嫌だって言ったら? 」

正面に立ちはだかる男の手にグロック17が握られ、その銃口がグレイに向けられた。咥えていた煙草を地面に吐き捨て、踏みつぶして火を消すとグレイは両手を上げて抵抗の意思がないことを示す。そして銃を握った男がグレイの左腕を掴んだ瞬間に、グレイはその男の喉仏に手刀を叩き込んだ。残りの3人が同時に襲い掛かって来ると同時にグレイはグロック17を持つ腕ごと背後の追手に向け、そのまま引き金を3回引く。胸に2発、脳天に1発9㎜弾を撃ち込まれた追手の一人は声も上げずに地面に倒れ、驚愕の表情のまま絶命した。

「野郎ッ!! 」

グレイから見て左右に位置する二人の男が、それぞれダガーナイフを手にグレイへ迫り来る。左方からの刺突は避けられたものの、右方からの斬撃を避け切れず、グレイの右脇腹から血が溢れ出た。だがグレイは臆する事無く刺さったナイフを引き抜き、右の男の喉仏を奪い取ったナイフで裂いてから心臓を貫く。そして残ったもう一人のナイフの男に向けて愛銃M686のトリガーを引き絞った。

「や、やっぱり……お前……ただ者じゃ……ッ!! 」

3人を地獄に叩き込むまで、わずか数十秒。グレイはすぐさま最後の一人の腕の関節に掌底を叩き込み、腕をへし折る。男の絶叫を気だるそうに取り払うと、グレイは男を路地裏の壁に叩きつける。

「……誰の差し金だ。言え」

「い、言える訳……ッ……! 」

「そうか、ならいい。あばよ」

彼の口内へM686の銃口を突っ込み、迷うことなく引き金を引くグレイ。叩きつけた壁には銃口から広がるように赤いキャンバスアートが出来上がっており、グレイはそれを一瞥した。その直後、彼の脇腹に熱した鉄板を押し付けられたような激痛が走り、思わずグレイはうめき声を上げる。先ほど反撃を食らってしまった、シースナイフの裂傷。来ていた白いシャツが自身の血で赤く滲んでいた。

「くそッたれ……! 」

そう恨み言を吐き捨て、グレイはスラックスのポケットからスマートフォンを取り出してある人物に電話を掛ける。妖しい女性の声が聞こえた後、グレイは大通りに足を運んでそのまま家路まで歩みを進めた。

『その様子だと怪我したのかしら? 』

「あぁ……いてて……っ! 右脇腹をやられた。ナイフでブスリとな」

『ふーん……一大事ね。十分後にアナタの事務所まで行くわ。それまで死なないで』

「当たり前だ……じゃあな……」

右脇腹から足まで血が伝う。生々しい液体の感覚がより一層グレイの気力を削ぎ、彼の呼吸は荒々しくなっていった。周囲を歩く一般人に怪しまれないようにと、ジャケットで傷口を隠すも、道端に彼の血痕が残ってしまっている。ようやく事務所の入っているアパートにたどり着くも、階段を上る足取りは重い。肩で呼吸をしながら、二階の事務所にグレイは到着した。その時である。見覚えのある茶色のショートヘアに、猫のような愛らしい双眸。白黒のツイードジャケットに、スキニージーンズを穿く彼女はまさに年相応の少女という雰囲気を纏っていた。ソフィア・エヴァンス。

「お、お前……なんでここに……? 」

「アールグレイさん……? なんか顔色が悪いですけど……? 」

「とにかく、通してく――」

傷の痛みをなんとか耐え忍んでいたが、彼女に出会った安心感でグレイの意識はそこで暗転する。一瞬だけ聞こえたのは、自分の名前を叫ぶソフィアの悲鳴であった。

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