Order11. Berzerk
お待たせしました。今回かなり長くなってます。
<シカゴ港・埠頭倉庫>
全ての武装準備を終えた後、夕方に練った作戦を実行するためにケネスに指定した時間よりも1時間早く倉庫に到着した彼は鳴り響いたマフラーからのエンジン音を切り、イグニッションスイッチから革製のキーカバーの被さった鍵を引き抜く。嘶きを上げていたフォード マスタングBOSS429は瞬く間に落ち着きを取り戻し、静寂が包み込んだ。黒い革製の運転席からグレイはドアを開けて立ち上がると、次々に車を降り始めるキッドやレティシア、ソフィアを一瞥してトランクへと向かう。フォードのエンブレムが模られたキーチェーンが付いた鍵束からトランクの鍵を選ぶと鍵穴に差し込んで中に積んだ武器の数々を露わにした。
「それで? 本当にあんた一人で迎え撃つのかい? 」
レティシアの問いに彼はトランクに入っていた丸められた大きな方眼紙を取り出し、マスタングBOSS429のボンネットの上に広げる。
「最初だけな。中で銃声が聞こえたら突入してくれ。確実にケニーは一人で来ない。この倉庫の2階のキャットウォークでお前たちは待機しててくれ」
「狙撃手がいる可能性は? 」
「否定できない。だからこその配置だ」
開けっ放しになったトランクにグレイは再び戻り、剥がされた絨毯から垣間見える幾つもの銃器の中で黒く鈍い光を放つアサルトライフル Ruger SR-556に目星を付けた。Troy社製のレールカバーが装着された銃身を握り、グレイは愛銃との対面に興奮気味のキッドに手渡す。チェストリグから20発の5.56㎜弾が込められたバナナ型弾倉を取り出し、マガジンキャッチに差し込んだ音に感動を覚えるキッドを見ると、グレイは溜息を吐きつつレティシアへH&K UMPを投げ渡した。
「ソフィア。いいか、これがお前の初仕事になる。この1か月で学んだ事は忘れてないだろうな? 」
「は、はいっ! とにかく生き延びろ、ですよね! 」
「そうだ。ほらよ、こいつを持て」
向かい合わせのソフィアに木箱から取り出したシグザウエル社製 SIG MPXとH&K社製 P2000をカーキ色のチェストリグが装備された彼女の胸に押し付ける。ソフィアの緊張を解す様にグレイは口角を吊り上げて見せ、彼女の頭を撫でた。MPXのスリングを右肩に、P2000をインサートホルスターに仕舞いこむソフィアを一瞥し、グレイも自身の装備を取り出した。トランクの中に残された米軍正式採用仕様・LBT-1961Aとレミントン社製 R5 RGPをそれぞれ両手に握るとグレイは先に倉庫の入り口へと歩み寄る。内部へ入るとそこには乱雑に放置されたコンテナ群が彼の視界を覆った。
「……よし」
テント型の倉庫の入り口と裏口付近にコンテナ群が置かれている為、広間の中心は開けているスペースがいくつも存在している。グレイは早速入り口の近くにあった一つのコンテナを開け、その中にR5 RGPと弾倉が装備されたチェストリグLBT-1961Aを放り込んだ。チェストリグのユーティリティポーチから3つのスピードローダーをコートのポケットに仕舞い、M686が差し込まれたショルダーホルスターを防弾チョッキの上から装備した。敢えてコンテナの扉は閉めず、彼は倉庫から出ると車の近くで待機している3人の元へと急ぐ。
「中はどうなってやがった? 」
「子供のおもちゃ箱みてぇなもんさ。ひでぇ有様だ」
「ひャはッ、いいねェ。サバイバルゲームの始まりだな」
はいはい、とグレイはキッドの言葉をあしらいつつマスタングBOSS429のトランクを閉めると運転席に乗り込み、再びイグニッションスイッチに鍵を差し込むとエンジンの唸り声が夜の帳に包まれたシカゴ港に轟く。クラッチを踏んでRギアに変えるとバックミラーに視線を傾け、ヒビの入ったアスファルト道路を後退し始めた。マスタングBOSS429が湖に面したコンテナターミナルまで下がるとグレイはブレーキを踏んでその場に停車させる。運転席のシートから降り、車の鍵束を無造作にジーンズのポケットに仕舞うと彼を待つ3人の元へと戻った。
「時間は? 」
「夜の23時45分。そろそろ隠れないとヤバいねぇ。お嬢ちゃんはあたしと来な、キッドは一人で大丈夫だね? 」
「わ、わかりました! 」
「当たり前だっつーのォ。それよりもよ、危ねぇ時は即座にぶっ放せェ。俺が駆けつけてやる」
「分かった分かった。頼りにしてる」
グレイは外の階段から二階のキャットウォークへと上がっていくレティシアとソフィアを見守り、彼自身もキッドを連れて倉庫の錆びついたドアノブを握って内部へと入る。入り口の扉のすぐ近くにあった照明室へと入り、倉庫内部の照明を広間だけ点けてキャットウォークのある倉庫上部の照明を予め切っておいた。コンテナ群に差し掛かった所で彼はキッドと別れ、そのまま開けた広間へと歩みを進める。コートの下に隠れているショルダーホルスターの感覚を確かめながら、グレイはキャットウォークの方を見上げると暗闇の中で光が一瞬だけ姿を現した。ソフィアとレティシアがキャットウォークへたどり着いた事を確認すると、彼女たちに向けて親指を立てる。
「……ん? 」
程なくして、彼の着ていた黒いコートの右ポケットが振動を告げた。グレイはそこに手を突っ込み、入っていたスマートフォンの画面を見るとケネスの名前が表示されている。その通話に出ようとグレイは青い受話器のボタンに触れ、スピーカーに耳を当てると聞きなれた男の声が聞こえた。
「よう、着いたか? 倉庫群の中で一つ明かりが点いてるところがあるだろ? そこにいるよ」
『……あそこか。わかった、すぐ行く』
自身がいる場所を把握したようで、瞬時に電話は切れる。グレイはスマートフォンをポケットに仕舞い、二階にいるソフィア達とキッドに二本指を見せると、その指先を倉庫の外へ向けた。ケネスがやって来た、と合図を送ったグレイは倉庫の正面口をじっと見つめながら、懐から白い箱の中心に赤い丸が描かれた煙草・ラッキーストライクの新箱を取り出す。包装された袋をその場に捨て、巻き煙草を保護している銀紙を破り捨てると白い円形の筒が幾つも姿を現した。箱の底を叩いて取り出し口から1本だけ巻き煙草が出現すると、その先を口にくわえる。愛用の金のジッポライターを取り出し咥えたフィルターから伸びる煙草の先に火を点けると、濃厚かつ重い煙が彼の口内を支配した。一瞬だけ息を口から吸ったあと、紫煙が彼の口から吐き出されると密かに高揚していた負の感情が落ち着きを取り戻していく。
「……来たか」
フィルターの寸前まで燃え切った吸い殻を地面に捨て、それを踏み潰しながらグレイは倉庫の裏口を見据えた。剝げかかった赤いペンキのドアが開き、スーツ姿の男が真っ直ぐ広間で待つグレイの元へ歩いてくるのが見える。短く切り揃えられた金髪に無精ひげの生えた男――ケネスが彼の正面へと立った。
「悪いな、ケニー。こんな夜遅くに来てもらってよ」
「気にすんなよ、俺とお前の仲だろ? でも珍しいじゃないか、お前が二人で話したい事があるなんて」
普段通りの会話を行う二人の間に、言葉では表現しがたいほどの重い空気が張り詰められる。両者ともその雰囲気を感じ取ってはいるが、互いに切り出せずにいた。グレイは再度コートの胸ポケットからラッキーストライクの箱を取り出し、一本の煙草を口に咥える。
「……なぁ、ケニー。今日の昼、実は俺死にかけたんだ」
「……なんだって? そりゃあ命知らずな奴だな。でも、無事で良かったよ」
「俺の事務所の反対側に位置するホテルからの狙撃だった。本当に死んだかと思ったぜ……」
グレイは不敵な笑みをケネスに見せ、煙草の煙を吐き出した。相槌の笑いがケネスから漏れると、グレイは口角を下げ口を閉じる。
「でもな……解体屋と名乗っていた時のお前と、全く同じ手法だったんだ。一緒に仕事をした俺は今でも覚えてる。お前の狙撃は、いつも鮮やかだった」
「……何が言いたいんだ? 」
「一緒にいた連中が知らせてくれなかったら、俺は確実に死んでただろうよ。……お前の手によってな」
その言葉を吐くと同時にグレイは懐のショルダーホルスターからM686を引き抜き、ゆっくりと照明に照らされて銀色に光る銃口をケネスに向けた。直後驚いたような様子を見せるケネスがグレイの視界を覆うが、彼はその銃口を下げようとはしない。
「お前が直してくれたエアコンの中に超小型カメラも設置されてた。事務所に来た連中が教えてくれたよ。そこでお前が俺たちを狙っていることを確信した。なぁ、ケネス。誰に依頼された? 」
「ば、馬鹿言うな! お前だって知ってるだろ!? 俺はもう殺し屋稼業は引退したんだ! 娘の為に! 」
必死の弁明をグレイは聞き流し、M686のハンマーを降ろす。たとえ10年来の親友であっても、自分の命を狙ったことは事実。もしケネスの後ろ盾に何者かの薄汚い考えがあるとしたら、彼はそれを完膚なきまでに叩きのめそうと考えていた。――しかし。
「――ッ」
グレイの額から汗が伝い、顎を経由して地面に零れ落ちた瞬間。ケネスの腕が腰のベルトに伸び、H&K社製 USP9のハンマーを降ろしてその銃口がグレイに向けられると、躊躇なくケネスから軽快な炸裂音がグレイの耳に鳴り響いた。本能的にM686の銃口を降ろし、彼は後方へ体を倒すとそのまま飛び退く。ケネスのUSP9から放たれた9㎜パラベラム弾の鉛玉がグレイの腹部に命中するも、彼が身に纏っていたボディーアーマーによって肉体には届かない。が、腹部を思い切り殴られたような衝撃と火薬の熱が伝わり、思わずグレイは呻き声を上げながら正面玄関に積まれているコンテナ群へと一目散に駆けた。
「ちぃっ、逃がしたか! 奴は正面の入り口の方へ向かったぞ! 探せ! 」
肩で息をしながらグレイは緑色の長方形のコンテナの陰に身を隠す。コートの下に着ていた赤色のシャツを捲り上げ、防弾チョッキを身に着けた下腹部へと視線を落とすと、チョッキの中に仕込まれていた鉄板の上に潰れた9㎜弾が姿を現した。荒々しく口で呼吸を整えながら、グレイは先ほどレミントン R5 RGPを隠した赤いコンテナの内部へと向かい、チェストリグを頭から被って両腕を通すと両脇のプラスチックバックルを留める。その後RGPのスリングに右腕を通し、凹凸のあるグリップを握り締めると左手でチェストリグのポーチからバナナ型のマガジンを取り出した。
「ったく……! 殺す気満々じゃねぇか……! くそったれ……! 」
マガジンキャッチに弾倉を差し込み、チャージングハンドルを手前に引くとグレイは排莢口を開けて弾が装填されていることを目視する。RGPのセレクターレバーを3点射に変更した後、自分が身を隠しているコンテナの外側から3つの足音が迫ってきている事を感じ取るとグレイは扉から一気に身を乗り出した。まずコンテナの扉に近づいていた黒いスーツ姿の男の右腕を掴み、男が握り締めていた自動拳銃の動きを封じる。その後グレイはコンテナ側の男から自身に銃口を向けていたもう一人の刺客へ視線を移し、腰だめでR5 RGPを構えながら引き金を引いた。装填された5.56㎜弾が撃針の衝撃によって雷管を刺激し、レシーバーの中で撃発した3発の鉛玉は火薬交じりのガスを纏いつつバレルを経由して刺客の喉元へ一直線に進む。直後グレイは腕を掴んでいたコンテナ側の男の腹部へ向けてRGPの銃口を突きつけ、男の口を左手で塞ぎながらトリガーを引くと6発の5.56㎜弾が射出され、内臓を貫いた。
「うおっとぉ! 」
3人の内二人を地獄の底へ叩き込んだあと、グレイの頭頂部にあったコンテナの壁に火花が散る。そのまま殺した男の体を引き寄せてから背後へ振り向き、銃弾を防ぐ盾にするとグレイは勢いをつけて死体を生き残りの男目がけて投げつけた。血飛沫と共に生き残った男は死体と共に地面に叩きつけられ、身動きが取れなくなったところをグレイがRGPの引き金を引き、脳天に5.56㎜の鉛玉が突き刺さる。その出来上がった死体たちを一瞥し、グレイはスマートフォンを取り出した。
「ソフィア!レティ! そっちはどうだ! 」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<埠頭倉庫・二階>
突然掛かってきた電話に苛立ちを覚えつつ、レティシアはスキニージーンズの右ポケットから愛用のスマートフォンを取り出す。待ち構えていた2人の刺客たちと運悪く鉢合わせし、事務室の陰に隠れているレティシアとソフィア。行動を察知されないように彼女は受話器に耳を当て、通話主の声を聴いた。
『ソフィア! レティ! そっちはどうだ! 』
「今しがた鉢合わせたとこだよ。――っとぉ! 」
「ひ、ひっ……! 」
事務室の窓が刺客たちの手によって放たれた銃弾で割れ、身体を床に伏せさせながらレティシアは右肩に掛けたH&K UMP45の銃口を入り口に向けて引き金を引く。長方形型のマガジンから.45ACP弾が撃針の衝撃と共に何発も吐き出され、刺客の一人の腹部に幾つもの風穴を開けさせる。死体の後ろからもう一人の刺客が姿を現した瞬間に彼女は仰向けの体制から男の右ひざに蹴りを叩き込み、レティシアは自身に向けられていた銃口を無理やり逸らした。
「危ないねぇ! 使い方をもう一度勉強してから出直してきなぁ! 」
逸らした銃口から9㎜弾が発射され、金属製の床に跳弾してレティシアの頬を掠めるも、臆することなく彼女は体制を崩した刺客の後頚部に右足を絡ませる。身動きが取れない状態の男を一瞥し、チェストリグのインサートホルスターからIMI社製 ジェリコ941FBを引き抜いて銃口を男の脳天に突きつけると同時にトリガーを引いた。刺客の額に直径1㎝大の赤い点が出来上がり、鮮血を噴き出しながら彼女の足の中で全身の力を失い頭を垂れる。死体を蹴り飛ばし、返り血の付いたスキニージーンズを手で払うとレティシアは先ほど投げ捨てたスマートフォンへと近づいた。
「あぁ、くそっ。通話切れてやがる……ソフィア、あんた大丈夫かい? 」
「は、はいっ……! でも、震えが止まらなくて……」
怯えながらゆっくりと話すソフィアの肩を掴み、レティシアは自分の胸元へ引き寄せる。ソフィアの頭がレティシアの豊満な胸の谷間に埋まり、彼女の手がばたつくがレティシアは気にせずにソフィアの背中と腰に手を回した。母親が子供をあやす様に彼女の背中を摩り、耳元に口を近づける。
「……大丈夫だよ。何があったのかは知らないけど、あたしがいる限りあんたに傷をつけさせやしない。だから――」
ソフィアと向き合った瞬間、レティシアの視界に映る彼女が驚愕の表情を浮かべる。直後腕の中にいたソフィアがレティシアの体を突き放し、右腿のレッグホルスターからP2000を引き抜くと無我夢中で引き金を引いていた。レティシアは突然の彼女の行動に驚きを隠せず、おそるおそる背後を振り向くと先ほど穴だらけにした刺客がレティシアに銃口を向けながら、再度倒れていく光景を目撃する。止めを刺し切れていなかった敵が再びレティシアに銃口を向けていたと理解するまで、彼女は目を見開いていた。
「はぁ……はぁ……! わ、私だってやれます……! 」
「……ソフィア。もう、あんたは……」
張り詰めていた緊張の糸が解かれたのか、力なく両腕を降ろすソフィアの背中を叩くとレティシアはUMP45を拾い上げ、事務室の外へ出る。左右に銃口を向け、周囲に敵がいない事を確認すると彼女は地面にへたり込むソフィアの元へ向かい、手を差し伸べた。
「大丈夫、もう敵はいない。少人数を舐めてかかるからこうなるのさ」
「えへへっ、見直しました? 私も1か月訓練してきたんですよっ! 」
「はいはい。ま、油断してちゃあっという間にやられちまう。背中は預けたよ、ソフィア」
レティシアは左手でUMP45のハンドガードを握りつつストックのプレートを右腕の付け根に接地させると右手でグリップを握り、キャットウォークの鉄柵にUMP45の銃身を置く。おもむろに彼女はブラウスのポケットからスマートフォンを取り出し、キッドの連絡先を表示した。
「キッド、聞こえるかい? 」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<倉庫・キャットウォーク>
レティシアたちのいた事務室とは対角線上に位置するキャットウォークでぼさぼさの黒髪に小麦色の肌を携えた男が闇に紛れ、この場に訪れた1人の増援を見るなり彼は犬歯を剥き出し、凶悪な笑みを浮かべる。キッド・エックルズ、"狂犬"の名を冠するイリノイ州の殺し屋であった。もはや口癖である引き笑いと共にキッドは灰色のスーツ姿の男の前に飛び出すと、勢いをつけて男の顎を目がけて膝蹴りを叩き込む。
「ぐっ……! 」
「ヒュウ、いい反応してんなァ」
渾身の膝蹴りを間一髪で防がれ、キッドは思わず笑みを零した。蹴りを防御された拍子に彼は男の腹を左足で踏み台にして後方へ飛び退き、男と睨み合う。だがそんな両者の間に広がった沈黙も束の間、キッドは腰のベルトに装備していた黒いプラスチック製の鞘からSOG社製 SealPup M37の凹凸のあるダイヤモンドテクスチャを携えた鞘を左手で握り、引き抜くと逆手に構えた。
「テメェも来いよォ。一世一代の死合いと洒落込もうじゃねェか」
彼は空いた左手の人差し指の先を何回か折り曲げ、挑発の仕草を取るとキッドの前に立っている男はそれに乗るかのようにコンバットナイフを取り出す。キッドは目を見開き、犬歯を剥き出しにして満面の笑顔を浮かべた。
「ひャはッ」
M37を握った左手を前に突き出し、ナイフを握った男の右腕を目がけて刃を突き立てる。その刺突を遮られ、キッドの眼前に銀色に鈍く輝く30㎝大の刀身が伸びてくると彼は首を右に傾けて凶刃を間一髪で躱すと彼は伸びてきた右腕の付け根まで距離を詰め、肩口にナイフを突き刺した。男の着ていた灰色のジャケットの縫い目から赤い鮮血が溢れ、どす黒いシミが滲んでいく。M37を引き抜き、刃に滴る血の雫を見てキッドは笑みを浮かべながら男の右手首にナイフを払った。
「がァッ」
動脈を切られたのか、深紅の液体が噴水のように噴き出す。コンバットナイフを地面に落とす様子を一瞥し、キッドは落ちたナイフを蹴って男から引き離すと右膝に蹴りを加えて体制を崩させた。引き笑いを浮かべながら床に伏すキッドはゆっくりと男に歩み寄る。死の恐怖を目前に感じたのか男の目に涙が溢れ、情けない悲鳴を上げた。
「ひャはッ、ひゃハハハハハッ! 情けねぇなァ、おい。オメェいい線行ってたぜェ……」
「こ、殺せッ……! 狂犬め……! 」
右手首の傷を抑えながら、男は床を這ってキッドから距離を取ろうとする。そんな男の姿をキッドが逃すはずもなく、彼は自身の鼻と頬に付いた返り血をナイフを持った左手で拭うと右腰にマウントされていた革製のガンベルトからColt社製 コルトパイソン 6インチを引き抜くと黒塗りの銃口を男に突きつけた。楽には死なせない、とキッドは左手のナイフを男の左ももに突き刺しそのまま下へ振りぬく。刃に絡みつく肉の感触と噴き出す鮮血に合わせて男の絶叫が上がり、彼は更に凶悪な笑みを加速させた。片脚が傷を負ったせいか男の這いずりは止まり、多量の失血により表情が次第に青ざめていく。
「楽にゃ殺さねェよ。モツぶち撒けながら死んできなァ」
右腿に刺さったM37を引き抜き、即座に男の下腹部にナイフの刃を突き刺した。横一文字に薙ぎ、ピンク色の臓物が露わになると同時にキッドはそこへ手を突っ込み、男の腸を引きずり出すと男の眼前にちらつかせる。
「ひぎャアアアアアアッ!!! 」
「喧嘩を売った奴を間違えたんだよォ、テメェらはなァ。雇い主はどいつだ? 」
SealPup M37をベルトに備え付けられたプラスチック製の鞘に仕舞いこみ、左手でキッドは男の胸倉を掴んで自分の顔に引き寄せた。呼吸が荒くなっていく男を一瞥し、キッドは先ほどまで浮かべていた笑みを消して睨みを利かせる。
「ね、ネイラー……。ネイラー一味から……」
「けッ。保身の為に簡単に雇い主売るンじゃねェよ、雑魚」
引き寄せた状態のまま男の額に右手で持っていたコルトパイソンを突きつけ、間髪を入れずにキッドは引き金を引いた。コルトパイソンのリブとフレームの間に装備された蓮型のシリンダーが回転し、中に装填された.357マグナム弾の雷管をハンマーが叩くと、弾丸の雷管の先に込められた鉛玉が銃身から射出される。直後銃口から.357マグナム弾が発射され男の額に大きな銃創を造り出し、一瞬にして男の命を奪った。出来上がった男の死体から手を放し、床に落とすと顔にこびり付いた返り血を右手の甲で拭う。
「……さァて、どうすっかなァ。周囲にもう獲物はどこもいねェみたいだし……」
そう呟いた瞬間、キッドはある振動を感じる。着ていたジャケットのポケットの中にある携帯がバイブレーションを起こしてたことに気づくと、キッドは徐にスマートフォンを取り出した。画面に表示されているレティシアの名前を見ると、彼は画面の通話ボタンに触れる。
『キッド、聞こえるかい? 』
「おォ。こっちも今片付いたぜェ」
『……あんたまた好き勝手やったんじゃないだろうねぇ? 』
彼女の受話器越しの言葉に笑みを浮かべながら、キッドはキャットウォークの柵に凭れ掛かった。おもむろに下の階に視線を傾けるとキッドは浮かべていた笑みをさらに強める。
「バァカ、今日は手加減してやったよォ。それよりも下見てみろ、面白い事になってるぜェ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<倉庫1階・広間>
キッドとレティシア達が周辺の増援達を片付けている頃。グレイも同じように3人の刺客を地獄の底へ叩き落とし、彼はケネスを探そうと身を隠していたコンテナの陰から顔だけを出すと周囲に目を配る。瞬間、グレイは殺気を感じ取り本能的に頭を引っ込めるとアルミニウム製のコンテナの壁に何かがぶつかる衝撃音が聞こえた。ケネスの銃撃によるものだと彼は悟り、R5 RGPの銃口だけを露わにすると一気に引き金を引く。レシーバー内の撃針が5.56㎜弾の雷管を叩き、尖った銃弾が銃身を通して射出されると同時に排莢口から幾つもの薬莢が吐き出された。
「グレイ! そこにいるんだな!? 」
ケネスの声が聞こえると同時にグレイは走り出し、1階の広間へと躍り出ると彼の双眸が見覚えのある男の姿を捉える。下げていたR5の銃口を再び上げ、バーティカルフォアグリップ BGV-MG46Kを左手で握り締めると右手の人差し指でトリガーを引いた。走っていた状態であった為かリコイルを吸収出来ず、ケネスの足元に5.56㎜弾の銃創が出来上がる。ケネスの握る自動拳銃 USP9から反撃の弾丸が迫ると、グレイは倉庫に放置されていた緑色のフォークリフトの陰にスライディングで駆けこむ。直後三回金属の弾かれる音が聞こえ、グレイはRGPのマガジンキャッチを押すと30発装填のマガジンをチェストリグのポーチに入れ、新たな弾倉を取り出すと滑り込ませるように弾倉を交換した。セレクターレバーをフルオートから3点射の方向に変え、チャージングハンドルを手前に引くとマガジンの底を叩いてからフォークリフトの運転席から外の様子を覗き込む。
「……何? 」
しかし、グレイの目がケネスの姿を捉える事はない。背後に回られた事を即座に察知しグレイは後ろを振り向くと、USP9の銃口を彼の眼前に突きつけ、今にもトリガーを引こうとしているケネスの姿を視認した。RGPのグリップとフォアグリップから両手を離し、銃口を逸らそうとグレイは右手でUSP9を握るケネスの左手を掴む。直後UMP9の銃口から9㎜弾が放たれ、金色の鉛玉がグレイの肩口と左耳を掠った。痛みに絶叫を上げそうになるが彼は歯を食いしばりケネスとの距離を詰め左腕の付け根に掌底を叩き込む。骨の軋む音が聞こえると同時にグレイは彼の握っていたUSP9を手から引き剥がすとそのまま下腹部に蹴りを入れて黒塗りの自動拳銃を奪い取った。
「はぁ……はぁ……! 」
かすめ取ったUSP9の銃口を両手を上げるケネスに向け、グレイは左耳から滴る血の雫に得も言われぬ嫌悪感を覚える。だが彼は臆する事なく銃口を向け続け、口を開いた。
「……ケニー。教えてくれ。雇い主は誰だ」
「おいおい……勘弁してくれよ。お前なら分かるだろう? 俺はそう簡単に依頼主の事は言わない」
「そうか……本当に殺し屋稼業として俺を殺しに来たんだな。なら安心したよ」
戸惑うことなくグレイはUSPの銃口をケネスの右腿に向け、引き金を引く。USPの撃針が引き下ろされた金属製のハンマーによって叩かれ、9㎜パラベラム弾の雷管の底を刺激した。スライドが移動したと同時に排莢口から鈍い金色の薬莢が弾け出ると、銃身を経由して9㎜大の鉛玉が射出されケネスの右腿の肉を抉り取る。彼の穿いていた灰色のスラックスから赤黒い液体が滲んでいき、ケネスは膝を地面に膝を着いた。
「ぐァっ……! グレイ、お前……! 」
一瞬で戦闘不能に陥れたグレイはゆっくりと彼の元へ歩み寄り、USPの銃口を逸らすことなくケネスの顔の近くでしゃがみ込む。徐にコートのポケットからスマートフォンを取り出し、グレイは二階にいるレティシア達に電話を掛けた。
「おう、こっちは今終わった。降りてきて大丈夫だぞ」
『やっとかい? 散々待たせてくれたねぇ』
「そっちはもう合流してるのか? 」
『あぁ。今そっちに向かうよ』
レティシアとの会話を終え、グレイは画面に表示されていた赤い通話終了ボタンに触れると脂汗を額に滲ませるケネスに視線を落とす。青ざめた肌色へと次第に変貌していっている彼の胸倉を掴み、グレイは自分の顔へと引き寄せた。
「……なんでこんなことをした? 少なくとも俺はお前の事を信じてたのに……」
「娘が……エレナが誘拐された。解放される条件は、グレイ。お前を……殺す事だった」
ケネスから発せられた言葉にグレイは目を見開く。もう少しで表の世界へと引き返せそうだった親友を無意識的にグレイの存在が裏社会へと引き戻してしまったという事に彼は奥歯を嚙み締めた。疫病神。その言葉が、グレイの胸を貫く。
「……依頼主を言え。誰がお前に俺を殺せと依頼した」
躊躇するようにケネスはグレイとの視線を逸らすが、グレイは更に彼との距離を近づけた。
「う、ウォーレス……ネイラーだ……。ネイラー一味というグループがいただろう……そこのトップだ……」
更に彼の腕がグレイの肩を掴む。グレイはそれに応じるように、ケネスの右腕を引き剥がし、左手で握り締めた。
「頼む……! 娘を……! エレナを……救って、く――」
瞬間、グレイの腕の中にいたケネスの頭部が文字通り弾ける。灰色と赤が混ざり合った血を垂れ流すケネスの死体をグレイはじっと見つめた。一瞬何が起こったのかを理解できない状況にあったが、彼の背後からやって来た人物たちによって事態を把握する。そこには黒塗りの回転式拳銃の銃口を向け続けるキッドとその後ろに立つレティシア達の姿があり、グレイは死体を優しく地面に置くとキッドの方へ視線を傾けた。
「……悪ィが、俺たちも仕事なんだ。こいつを殺さなきゃ、雇い主に説明がつかねェ」
「分かってる。分かってたさ……こうなるのはな」
グレイはキッドに背中を向け、一人倉庫の正面口へと歩みを進める。
「おい、どこ行くつもりだよォ。これから金の話もあるってのに」
「……そいつに、娘を守ってくれと頼まれた。ケニーが俺を殺しに来た理由は娘を誘拐されたかららしい」
理由だけを告げ、一人倉庫から去ろうとするグレイの肩を止める人物が一人。レティシアが物悲しいそうな視線を彼に向けており、彼の前に立ちはだかった。
「助けに、行くのかい。その子をあんた一人で? 間違いなく、あんたは死ぬよ」
「……それでもいいさ。ケニーが唯一俺に最後託したもんだ。それを無視するなんて、俺には出来ない」
「つくづくお人好しなんだね、あんたは……」
グレイは彼女の言葉を一瞥し、ソフィアを連れて倉庫の入り口へと進む。
「金は要らねぇ。お前らの手柄で良い……あばよ。装備は頂いていくぜ、報酬替わりにな」
それだけ告げ、グレイは倉庫の外へと出ると闇夜の空に煌々と照り続ける白い満月を見上げた。親友が死んだというのにやけに綺麗な月だ、と彼は皮肉混じりに笑うとコートの胸ポケットからタール11㎎、タール1㎎の巻き煙草 ラッキーストライクの白い箱を取り出す。箱から一本だけ煙草を取り出し、口に咥えるとライターで先に火を点けた。
「……ソフィア。お前は来なくてもいい。もしかしたら本当に死ぬかもしれないから」
「そ、そんな事できませんよっ! 」
「お前を死なせたくない。これは俺個人の問題なんだ。"疫病神"と呼ばれた嘗ての俺と決別する為の、な」
瞬間、グレイは頬に軽い衝撃を感じる。目の前に涙を浮かべるソフィアの姿を見たと同時にグレイは彼女に平手打ちされたと理解し、地面に落とした煙草を拾い上げた。
「何が疫病神ですか! グレイさんは私に生きる意味をくれました! 今の私があるのはグレイさんのお陰なんです! そんな人を疫病神って言うのなら……私が絶対に許しませんっ! だから私も行きます! ぜーったい行きます! 地面這ってでも行きますからね! 覚悟してください! 」
肩で息をするソフィアに呆気にとられ、口を開けるグレイ。だがその直後彼はいつも通りに口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべつつソフィアの頭を乱暴に撫でる。嫌がる彼女を無視し、一通り撫で終えると彼は頭から手を放しフィルターまでぎりぎりになった煙草の吸殻を地面に捨てた。
「わかったわかった。お前がそんなに言うなら止めねぇよ。背中は任せたぜ、ソフィア」
「グレイさん……! はいっ! 任せてくださいっ! 」
彼女の言葉と同時にグレイは自身の愛車であるフォード マスタングBOSS429の運転席を開け、シートに乗り込むとイグニッションスイッチにカギを差し込む。マスタングBOSS429は再びそのエンジン音を夜の倉庫群に轟かせ、闇の奥へと消えていった。
もうすぐ第二章も終局へ向かっています。




