SS.黒猫メール便
僕の飼っている黒猫には放浪癖があり、ふらっと居なくなることしばしば。
長い時には丸二日ほど帰ってこないこともあり、最初はひどく心配したものだが、毎回なにごともなく帰って来るからもう慣れてしまった。
カリカリと窓を引っ掻く音。うちの猫の入れろコールだ。
少し開けた窓からするりと入ってきて、さっそく僕の足にまとわりついて甘えはじめる。
すぐに餌いれのところに走っていかないところを見ると、別に空腹でもないらしい。
こいつ、最近は他所でも餌を貰ってるらしく、飼い主の僕としては少々複雑な心境だ。
「お前、今日はどこでご馳走になってきたんだよ? また例の人のところか?」
僕の足元でお腹を見せてくねくねしながら「かまって、かまって~」とアピールしている猫を抱き上げると、ふわっと上品な香水の移り香がした。
最近すっかり嗅ぎ慣れたその匂いで、やっぱりいつもの人にお世話になっていたんだと確信する。
ここのところ、だいたい二日に一度ぐらいのペースでこの匂いをつけて帰ってくる。
つまり、それだけご馳走になっているということで、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
せめて誰か分かればお礼の言えるけれど、近所の誰かということしか分からないのではお礼の言いようがない。
……いや、待てよ。
僕の腕の中ですっかりまったりしてゴロゴロ喉を鳴らしている猫を見て閃く。
翌日、猫が遊びに出かける時に、僕は香水の主宛に感謝の手紙を書いて猫の首輪に挟んでおいた。
届くかどうかわからないけど、少なくとも瓶に入れた手紙を海に流すよりはよっぽどましだろう。
夕方、帰ってきた猫は例の香水の移り香を身にまとっていて、その首輪には見慣れない可愛らしい便箋が挟まっていた。
Fin.