鍛冶屋の依頼2
体よく養父に仕事を押し付けられた僕は、給水設備の修理で鍛冶屋に来ているんだけど、僕はいま見上げるように大きな人に凄まれています。
「坊主、ここに何の用事だ」
「すみません、給水設備の修理で来たんですけど……」
「それなら早く言え。こっちだ、付いて来い」
「は、はい!!」
煤よけのゴーグルではなくて、濃い色が付いたものを身に着けているので、見下ろされている表情が分からなくて非常に怖い。びくびくしながら給水設備の修理に来たと話をすれば、納得したようで魔道具が置いてある場所に案内された。どうやら鍛冶屋の女将さん経由での依頼だったようで、僕が今日修理に来ることを親方知らなかったみたいだった。
「修理にはどれくらいかかる?」
「えっと、見てみない事には何とも……。魔道具全般に言えることなんですけど、故障の原因はだいたい陣の摩耗か回路の断絶なので、それなら一刻もあれば僕でも修理が出来ます。それ以外の故障でちょっとお手上げになったら、父を呼んでの作業になるので、早くても明日になるかと思います」
「そうか、早くて助かる。いつも頼んでいるところは、新品を進められるだけで修理は渋られるからな……」
親方の話を聞いて、妙に納得した。
魔石が容易に手に入るこの街では、魔道具を作るお店は小規模のところも合わせるとかなりの数になるそうで、ありとあらゆる魔道具が簡単に手に入れることが出来る。販売競争が激しく輸送費などの費用が掛からない分、この街の魔道具はかなり安くなっている。
ただし、他の町では修理をして使い続けることが多いのに対して、この街では比較的安価に手に入るため、修理よりも買い替えになる場合も多いらしい。
「もしかして、この街は修理が出来る人の方が少なかったりしますか?」
「ああ、そうだな。流石に魔石の精製工場なんかには専門の修理工が居るはずだが、俺のところみたいな個人経営の店には買った店を頼るしかない。だから修理の手配にも時間がかかるんだ」
ちなみに親方に修理を手配してもらうまでにどのくらい時間がかかるのかと聞いたら、早くても一週間とかだった。販売業者の時間の引き延ばし作戦かな? 仕事が止まって儲けも出ない期間が長くなるなら買い替えるのだろうな。やっていることがあこぎな商売だなと思った。
そんな商売やっているなら、修理の方が新品を買うより安いし、手が空いていれば僕らの方が早いからこっちを頼むよね……。
鍛冶屋の依頼が入った時に、鍛冶屋も宿屋の掲示板を見に行くのかと気になったのだけど、奥さんが宿屋の女将さんに教えてもらって知ったのだと言われた。 そういえば、ほかの町で修理屋をやった時も口コミの大体は奥さんたちの謎情報網で、『どこそこの宿屋に魔道具の修理屋さんが来たんですって』、『そうそう、あそこの奥さんに聞いたらすぐに修理して貰えたみたいよ?』、『新品を買うよりもそっちの方がお得だって話も聞いたわ』、『あら、安いし早いの?うちも頼もうかしら?』みたいな感じで広まったのだろう。
僕の経験上、奥さん方の謎の情報網は甘く見ない方がいいんだよね、道理でここ最近になって忙しくなったわけだ。
「あ、すみません。一応見てみたんですが、この部分の回路が切れていまして、部品の交換になります。ちょっと特殊な素材なので、追加で半銀1枚かかります。後は、少しですが起動に関わる魔法陣が消えかかっている部分があるのでその部分の刻み直しで、合計金額が銀貨4枚と半銀1枚ってところです」
「わかった。魔道具の回路はいまだに良く解らんが……。頼んだ」
「これくらいなら僕でも出来ますから、任せてください」
工具と予備の部品を取り出して、交換をしていく。
摩耗している魔法陣に付いては、魔石を砕いて薬剤に溶かした専用のインクを使わなければいけないので、そちらは後回し。今は無事に起動できているのだから、そっちは急がなくても大丈夫。下手にいじって、先に壊れてしまったらそちらの方が問題だ。
回路を交換して、無事に動くことが確認できたら、摩耗していた魔法陣を刻みなおす。元の魔法陣をなぞっていく、動かせる魔道具は刻みやすいように異動させちゃうけど、この給水設備は設備というだけあって大きくて、かなり無理な体勢で書くことになった。なぞるだけとは言っても結構神経を使う作業なんだよね……。程なくして、魔法陣も問題なく刻み終えることができた。
僕は人が作った魔道具をいじるのは結構好きだ。どんな魔法陣を刻むか、回路を作るかは個人の技量によって違うからだ。回りくどい回路の組み方をしている人も居れば、魔法陣が間違っていて燃費が悪くなっているのもある。
たまにそういう部分を改良したくなる時もあるけれど、養父曰く、僕ら修理人の仕事は魔道具を元のように使える状態に戻すことであり、改良はその仕事の範疇から超えるからやってはいけないことなんだって。
まず、作った魔道具職人の誇りを汚すことになるから、この部分が改良できると分かっていても手を出すことは禁止されている。もし、それをやりたいのならば自分の手で魔道具を作るべきだって。その点については、僕もそう思ったから養父の言いつけを守って、修理人として仕事をしている。
でも、何時かは自分で魔道具を作ってみたいな……。
「作業が終わりました。僕の方でも動くかは確認したんですけど、一応そちらでも確認してもらえますか?」
「わかった。……特に問題はなさそうだ。小さいのにいい腕をしている」
「小さいは余計ですよ! 僕もこれから大きくなるんですから!!」
背が低いことを言われるとついむきになってしまうが、親方はそんな僕の頭をワシワシと撫でながら、育つと良いなと言ってくれた。
なんか、本当に小さな子供扱いで微妙な気分になった……。
僕に依頼を出してくれた奥さんが、思っていた以上に早く仕事が終わったので少しお茶をしていかないかと言われ、引き留められてしまった。
出された塩入りの果実水をありがたく頂戴しながら、僕みたいな未成年が修理に来たのには疑問に思わないのかと聞けば、鍛冶屋の修行も僕くらいの年齢から始めるからそれと同じだろうと言われた。ただし、僕くらいの年齢の子供が一人で修理をしに来るとは思っていなかったみたいで、親方には最初に僕を見た時は貧困街の子供が来たのかと思ったと言われた。
「たまに貧困街の子供が金属部品を持ち込みに来たりもするからな、あまり驚いたりはしない」
「……なんで貧困街の人が金属部品を持ち込むんですか?」
「知らないのか? 廃れた坑道に壊れた魔道具なんかを捨てる場所で拾ってくるらしい」
「へえ、そんな場所があるんだ……」
「拾ったもののほとんどは部品屋に売るらしいが、中には引き取ってもらえないものもあってな、そういう時は金属だからって理由で俺のところにくるんだ。治安のよい場所ではないから、お前さんが行ったら身ぐるみ剥がされて放り出されるだろうよ」
廃材置き場があるのなら少し行ってみたいと顔に出ていたのだろうか、親方には絶対に行くなと釘を刺されてしまった。
うう、修理屋とか関係なく僕が行けば使えそうな部品とか根こそぎ採ったりできるのに……。
「そんなに気になるなら、部品屋に行ってみたらいい。市場の工房通りをまっすぐ進んでいったところにある」
「え、本当ですか!?」
「ただし、さっき言ったように貧困街の連中も出入りするからな、ガラの悪い連中も多い。あまり子供が近寄るような場所じゃないぞ?」
「そっかぁ……」
ここは親方が言うように自分の身の安全を第一に考えた方が良いだろうなと思った。
別に良い子ぶっているという訳でもなく、僕がそれほど強くないから仕方ないことなのだ。
魔力持ち特有の長寿のために成長が遅いせいなのか、旅から旅の生活ゆえの栄養不足のせいなのかは分からないけれども、親方にも言われた通り十歳には見えない程身長が低ければ、声変わりもまだだったりする。
養父がたまに行く酒場の姉さんたちには何故か人気があったりしたけれど、男なのにかわいいと言われても全然嬉しくない!
魔力持ちとは言っても、僕は魔法を使えない。養父は簡単な魔法をいくつか使えるけれど、僕は教えてもらっても魔力は動かせても、発動すらしなかった。その時点で僕は魔法使いの才能は皆無なんだろうなと諦めた。
しょんぼりとした僕を慰めるように、親方は僕の頭を撫でて大きくなったら行ってみろと言ってくれた。
なんだか釈然としなかったけど、僕は修理の代金をもらって鍛冶屋を後にしたのだった。
次回の更新は、5月17日(火)7時です。