少年と老人1
僕が生まれたシナバル帝国は、かつては巨大な魔法国家だったらしい。
らしいと言うのも、大きな戦争の時に竜の王様を殺した呪いのせいで、魔法を使える者が居なくなって久しいからだ。当時のことを知ろうとするなら、エルフやドワーフと言った精霊族の人に聞く必要があるけれど、帝国は大きな戦争の時に他種族の国を滅ぼしたりしたから、仲が悪い。
とりあえず、魔法が使えなくなってから六百年以上も経っているし、魔法の代わりになる技術も出来ているから不自由はないと思う。
ただ、僕は魔法を使えるってどんなことなのだろうと、時々想像したりする。
今まで当たり前に仕えた魔法が使えなくなったっていうのは、ものすごい出来事だったのだと思う。
だって、今では魔力持ちというだけで異端者扱いなのだ。
村の物知りなおじいさんに勉強を教わった時に、過去の魔力持ちがどんな酷いことをしたかって話を聞いたけれど、自分が持っていない物を、人が持っているっていうのが許せなかったんじゃないかと僕は思った。
幼い時分には一つの場所で数年暮らしてすぐに旅に出るのが不思議でならず、暮らしていた場所で出来た友達と離れがたくて、何故ずっと同じ村で暮らせないのかと養父を恨めしく思ったこともあったけれど、自分たちはそういうものなのだと今は理解している。
僕が魔力持ちである以上、僕は彼らとは違う寿命を持っていて、同じ時を過ごすことは叶わないのだと。
養父が旅から旅の生活に一時的な区切りをつけたのは、僕が十歳になった年の頃だった。
一つの場所には長くて数か月、すぐに旅に出るという生活を繰り返していたので、どうして腰を据えることにしたのかと養父のザームエルに聞いたら、次の旅の資金調達で少し腰を据えて稼ぐ必要があったと言われた。
僕らが引っ越してきた街は、マルモアといって帝国の中でも比較的大きな鉱山の街だ。かつては魔晶石と呼ばれる鉱石が取れたという話だけれども、魔晶石は既に取りつくされていて、今では低い等級の魔石や魔鉱石と呼ばれる魔力を持ったくず石を採掘し、それらを精製することで成り立っている場所らしい。
魔石を精製する工場は物凄い煙と煤と蒸気を出していて、マルモアの街はいつでも薄暗くて青空なんかは見えないし、外に数刻居ただけで顔が真っ黒になるような場所だった。
すれ違う街の人を見れば口を覆うマスクやゴーグルが欠かせないのは分かったし、僕は人が暮らす環境という点ではあまり向いている場所ではないと思った。
これから住む家を探すまでの当座の寝床は、少し古びた宿屋だった。
宿屋の一階は食堂になっていて、泊って数日経ったけれども結構繁盛している。実際に出される料理もおいしいからそれが目当てで来る客も多いんだろうなと思った。
「あら、この街で仕事を探すの? 精製所の人手はいつも不足しているみたいだから、探すならそっちの方が良いと思うけど……」
「いえ、父はああ見えて魔道具の修理を生業にしているので。この街でも魔道具の修理をするみたいです」
「そうだったの、失礼なことを聞いちゃったわね」
宿屋の女将さんは恰幅の良い話好きな人で、僕が養父と旅をして仕事を探しにこの街に来たと言うとたいそう驚いたようだった。
それもそのはず、僕は年齢にしては身長が伸びなくて小さい子供に見えるし、養父は其れこそ白髪のおじいさんに見えるからだ。
それに、この街に出稼ぎに来る人の多くは魔石精製所の労働者だって話だから、まず僕らを雇うはずがないだろうし、それも分かっていそうなのに何故?という疑問もあったのだろう。流れの魔道具の修理屋であると言うと、なんだか納得したようだった。
「でも修理人だったのに、旅の生活だったの? 手に職があるのなら一つの町に腰を据えればいいと思うけど」
「一通り修理が終わったらその街じゃ仕事が無くなっちゃうんですよ。魔道具なんて高価なものは皆丁寧に使うし素材もいいものを使っていることが多いから滅多に壊れる物じゃないし、お金持ちなら買い換えて終わりだもん」
「それもそうねぇ。あなたも本当に小さいのに大変ねぇ……」
よっぽど暇なのだろうか、話を続けたそうな女将さんはなんだかんだと僕に話を振ってくる。別に職業に関しては隠す必要もないし、修理屋をやるなら口コミも必要だから答えているけれど、僕の身長をしみじみと気の毒そうに見た女将さんは、僕のお皿に追加のパンを入れてくれた。
多分、お詫びのつもりなのだろう、けれど余計なお世話と言いたい!
労働者向けのメニューが多いせいで、一皿でも十分すぎるほどのパンとサラダとこんもりとのっていた肉がようやく食べきったのに……。
隣にいる養父にあげようかと思ったら、そっちも食べきれなくて残している。しかも、肉ばかり。こればかりは最近は脂っこいものは胃が受け付けないと言っていたから仕方ないと思った。
養父が借家を探してくると言って出かけてしまうと、僕はすぐに手持無沙汰になってしまった。部屋の中で修理に使う細々した部品を整理して愛用の工具に油を差したりしたけれども、いつもの慣れた作業のためにすぐに終わってしまった。
手持無沙汰になってしまったから、食堂に行くと女将さんが困った様子だった。
「女将さん、どうかしたの?」
「ちょっと困ったことになってねぇ……。焜炉が使い物にならなくなっちゃったのよ」
「故障って火が点かないとか、火力の調節ができないとかそういうの?」
丁度いい所に暇つぶしの用事が出来たと嬉々として首を突っ込むことにした。宿屋とかで使われている魔道具は一般的な焜炉だから、旅先でも何度も直してきたからどこの職人が作った作品でもおよその構造が似ているから僕でも修理が出来るはずだ。
「え、ええそうよ? かなり古いものだし、騙し騙し使っていたんだけど寿命かしらねぇ」
「僕で直せるものなら直そうか? 直ったらお代は頂くけど、買い替えを考えるよりは安いよ」
「おい、子供のお前が本当に修理出来るのか?」
「たぶん出来るよ。宿屋とか食堂の焜炉は何度も直したことがあるもん。僕が駄目なら父さんが直せるよ! もし、この焜炉が本当に寿命だったなら代金は貰わないから安心してください」
食堂から出てきた宿屋のご主人が僕をじっと見据えて聞いてきた。多分こんな子供が本当に直せるのかと半信半疑なんだろうけど、ここは目を逸らしたらせっかくの小遣い稼ぎが水の泡になりそうだったから大丈夫と訴えた。
二人は顔を見合わせて、どうせ買い替えることになるなら僕に直してもらった方が得かもしれないと判断したようで焜炉をいじる了承をもらうことができた。
焜炉の蓋をあけて中身を見てみると、油ぎっていてギトギトしていた。表面は磨いて掃除ができるけれども魔道具の内部までは掃除できないから仕方ない。
「どんな具合だ?」
「見た感じだと陣のところに煤が溜まって動作不良を起こしていたみたいです。きちんと掃除して、消えかかっている陣を書き直せば問題なさそうです」
魔法陣が書いてある基盤のところを開けてみると良くある動作不良のようだった。宿屋の食堂を賄っている焜炉なだけあって、油汚れのほかに煤もすごくて、これが原因で動作不良を起こしていたんだろうなと思った。外側の掃除はできても中身に関しては下手にいじったら魔法陣が消えてしまったり、回路が切断されて壊れる原因になってしまうからこればかりは仕方ない。
女将さんたちは僕が手慣れた様子で魔法陣を書き直したり、回路の確認をしている様子を見て感心した様子だった。
女将さんに油汚れ用の洗剤と雑巾を借りて、中身をきれいにして魔方陣を書き直して完了!
古い魔道具ってかなりいい素材を使って作られていることが多く部品はあまり壊れていることが少なくて、なおかつ作りが単純だから僕でも問題なく修理することができる。大抵の故障は魔法陣の摩耗とか内部の汚れだからそれさえ処理してしまえば簡単だ。
「よし、陣の書き直しは完了したから、後は全体の動作確認……、ご主人の方で一度確認してみてください。どうです、問題なさそうですか? 動かしにくいとか、火力が違うとかそういうのとか」
「問題ない!」
「よかった!」
「坊主、子供だからと言って侮って悪かったな」
「いいえ、こっちはどう見ても子供だから、仕方ないです。新品を買い替えるとなると、修理より断然時間と費用が掛かるから、ご主人は今日僕が居て運が良かったです」
「そうだな!!」
僕がそう言って気まずそうな宿屋のご主人を励ますと、子供にそんなことを言われるとは思わなかったようで、大笑いされた。
でもね、ご主人にも言って流されてしまったけど、問題なのは修理に出された魔道具を弄繰り回して手遅れでしたとする業者なんだよね。そういう輩の背後には必ずと言っていいほど、魔道具屋が付いていたりする。古い製品を捨てさせて新品を買わせる算段をする。
そういった輩にとって、僕らは商売敵だ。流れの修理人ということもあって悪評を流されたり仕事の妨害もされたりと何度も煮え湯を飲まされた。
この街でしばらく腰を据えるなら、そういう輩には注意をしないといけないなと僕は思った。
その日の晩御飯は、ご主人が色々とオマケをしてくれたみたいで食べきれないくらいの量が出てきた。
ごめんなさい。僕の体格じゃ、こんなに食べきれませんでした……。
次回の更新は、5月1日(日)0時です。