魔力持ちの常識と……
助けた女の子は、名前をエッダというらしい。
ずっと男の子だと思っていたから、びっくりしただけなんだけど、そのことで僕は彼女からの心象が悪くなってしまったみたいだった。
でも、僕は悪くないと思うんだ! 拾ったときのあの子は服装だって男みたいだったし、髪の毛だって短かったし、言っちゃ悪いけど女らしい所なんて皆無だったんだ! 人の短所は口にしちゃいけないから言わないけどさ。
エッダはアリッサさんの診断だと酷い風邪だったみたいで、しばらく熱が下がらなかった。後はゆっくり体調が戻るのを待つだけなんだけど、アリッサさんは料理の腕が皆無だから、僕が料理を作りに通うことになった。
「はい、これが今日のご飯です」
「……」
「アリッサさんの分は台所にあるからね」
「あら、ホント? ありがとうね、坊や」
エッダの体調も良くなってきて普通の食事がとれるようになった頃には、アリッサさんからエッダの食べている食事がうらやましいなぁって視線が飛んでくるようになったものだから、仕方なくアリッサさんの分も作るようになり、それに比例して怪しい食材庫がどんどん減っていくようになった。
心なしか肌の艶がよくなってきたアリッサさんを見ていると、魔法の理論を教えて貰う報酬代わりにご飯を作っているんじゃないかと思えてきた。っていうか、教える内容が濃くなったことからそれは間違いじゃないと思った。
エッダはというと、体調が戻ってからはすぐに出て行こうとしたんだけど、アリッサさんに引き留められてしぶしぶ居候しているような状態だった。
「ねえ、君は家に帰らなくてもいいの? アリッサさんが心配して引き留めているんだったら、僕の方で言ってあげようか?」
「……親なんて、もういない」
「……そっか」
家に帰りたいのなら帰ればいいと思うんだけど、親御さんとかも心配しているんじゃないかと聞いてみたら、もう親はいないみたいだった。
エッダはそのまま口をつぐんでしまったから、僕もそれ以上の話は聞かなかった。
アリッサさんから出された課題を進めていると、手持無沙汰気味のエッダ僕が書いているメモを手に取って首を傾げていた。覚書程度に書いていたメモ書きだから、取られても構わないけれど、何か興味でもあったのかと聞いてみた。
「なんの勉強しているんだ? 普通の文字じゃないみたいだけど……」
「精霊族の言葉だよ。魔導具を作るときに必要なんだ」
「へえ、なんでまた精霊族の文字なんか?」
「ああ、魔導具を作るのもそうなんだけど、僕も魔力を持っているからには、魔法を使えるようになりたいもん」
そう言ったらエッダの動きが止まった。
どうかしたのかと、僕は首を傾げた。
「お前、魔力持ち……なのか?」
「そうだよ?」
何を今更そんなことを聞いてくるのかと思ったけれど、そういえばエッダは僕が魔力持ちだとは知らなかったなと思い至った。
アリッサさんの家にいるものだから、つい同胞と同じ扱いになってしまった。
「っ!? だって、魔法使いとかって、人の命を吸い取るとかそういう奴のことだろ? そんなの覚えるのやめろよ!」
「何を言ってるのさ、僕がいつ人の命を吸ったんだよ。魔力を持っているってことは精霊の加護があるって証なのに」
エッダは魔力持ちについては余り良い印象はないみたいで、精霊の加護を持っている人が魔力持ちだと教えたら信じられないというような顔をされた。
ああ、そうか彼女は普通の考え方の持ち主なのか……。
魔力持ちが居なくなった帝国政府が意図的に隠したお話だから知らなくても仕方ないよなと思った。遠い昔に消されたけれども、純然たる事実なのに。
「それに、君だって魔力持ちだよ?」
「そんなの違う!!」
「いいや、違くない。だって、君はあの入口の魔導灯の色が分かるだろ?」
「!?」
「君を助ける時に、僕は君が魔力持ちなのかを調べたから確かだよ?」
「―――ちがう、アタシはそんなんじゃない!!」
「え!? ちょっ、何処に行くのさっ!!」
エッダが間違った魔力持ちの知識を持っていたから反論してみたけれども、どうにも彼女は自分が魔力持ちだと言うことは認めたくないことみたいだった。
彼女は散々僕に対してそんなの覚えるのは辞めろとか、自分はそんな存在じゃないとか色々と言って部屋を飛び出してしまった。
慌ててエッダの後を追ったけれども、アリッサさんの異空間と化している家の中にいるのなから兎も角、店側の入り口の鐘が鳴ったから、多分外に出て行ってしまったみたいだ。体調はある程度良くはなっているけれども、一時は意識を失うほどの熱が出ていたのだから、おそらく本調子じゃないはずだ。
店の外に出たのは良いもののどっちに向かえばいいのかわからない。左手に行けば市場の人通りの多い道に行きつくし、右手に行けば閉鎖された四番通りに出てしまう。
どっちに進むか迷って、エッダならどちらに行くだろうかと考え、右手の方向へと僕は走った。なんとなく、勘としか言いようがないけれども、なぜか僕はそちらに行ったと思った。
四番通りと思しき道に出たところで、僕は身の危険を感じることになった。五番通りや六番通りはならず者が多い場所だと教えてもらったけれど、まさか四番通りが闇市と化しているとは思わなかった。
意外に人通りがあるけれども、道行く人の顔つきは何処か暗いものを抱えているようで、近寄るのは危険だと僕は本能的に悟って、目の前の光景から後ずさった。
でも、エッダがここに居るのなら連れ戻さなきゃいけないと思ったら、僕は引き返すことが出来なかった。
名もない裏路地に身を潜めた僕は、覚悟を決めてもう一度踏み出そうとしたところで、誰かが僕の肩を掴んだ。
「―――ひぃっ?!!」
「そっちは行かない方がいいよ」
ものすごく驚いて悲鳴に近い声が出てしまった。
「エッダ!!」
「なんでついて来ちゃうかなぁ……」
誰かと思ったら、エッダだった。顔見知りに会えたことで、僕は肩の力を抜いた。
アリッサさんの店を出るときのような荒々しい感情はなりを潜めていて、少し安心した。
よかった、あんな危なそうな場所には近づかない方がいいと僕が訴えると、エッダは顔を歪ませた。
「じゃあ、聞くけど、アタシがあそこに居なきゃいけない理由って何?」
「え? えと……。アリッサさんが保護してくれるって言ったから……」
「じゃあ、体調は戻ったし、あそこいる理由はないわけだ」
確かに、エッダの言うことも一理あると思った。
アリッサさんは同胞を保護したいから、エッダに対して過保護になっているだけに思える。その一方で、エッダはアリッサさんに一方的に保護されただけともいえた。自分の住んでいる場所があるのなら帰りたいと思うのもわかる。
それに、さっきみたいに走り出されてしまうと僕では追いつけないくらいには、体調も体力もかなり戻ってきているみたいだし……。
「で、でも……、こんなところに女の子一人で出かけるのは危ないよ?!」
「それでもアタシはここで暮らしているんだ。住処もある」
「住処って……。でも、親はもういないんでしょ? 安全なところで暮らせるならそっちの方がいい―――――」
「―――アタシの生き方に口を出さないでくれる?」
光が映り込まない真黒な瞳で、僕は彼女に拒絶された。
僕自身があまりにも、彼女の都合を無視したことを言っているのはわかっているけれども、初めて得た同年代の同胞だった。
ここで彼女との縁を切りたくなくて、思ってもいないことが口から滑り出てしまった。
「親に捨てられたこともないくせに、ぬるま湯に浸かった生活でぬくぬく暮らしていたヤツに言われたくない!」
「っ!?」
「助けてくれたことは感謝している。アタシが魔力持ちかも知れないってことは受け入れらんないけど、アンタたちが魔力持ちだってことはバラさない。恩を仇で返すようなことはしないから、これ以上アタシにかまってくれるな」
口から出てしまってはもう遅かった……。
僕の言った言葉はエッダの逆鱗に触れてしまった。彼女はもう僕の方を見ようとはせず、踵を返して四番通りの闇市の人ごみの中に消えていった。
僕はその後ろ姿が、いつまでも脳裏から消えなかった。




