貧民街の少女
今、僕はスープを作っている。
一応、店の中に入れたとはいえ、何時までも病人をソファに寝かせておくわけにもいかず、そっちはアリッサさんに任せて、僕が料理を引き受けることになった。
養父からアリッサさんの食事の話を聞いて衝動的に家を飛び出したのもあるけれども、自宅でご飯を食べた後で、こんなことをしているんだと自問自答をしたくもなった。
それでも、アリッサさんの作ったパン粥と思しき強烈な匂いの物体を見た後だと、人命救助の為だったのだと無理やり自分を納得させた。
台所に行った僕が真っ先にやったことは、買ってきた果物を食べやすいように切ることだった。隙あれば手伝いたがるアリッサさんに気を使ってしまうため、食べさせる役はアリッサさんに任せた。
養父から聞いていた以上に料理が駄目なアリッサさんのことだから、食材は余り期待が出来ないと思っていたのだけれども、意外なことに貯蔵庫には数種類の瓶詰と穀物粉、チーズなどがあった。
ただし、瓶詰の隣には、液体の中に何かの目玉が浮いている硝子瓶が置いてあったり、引き出しには黒いトカゲの干物のようなものがぎっしり詰まっていたり、天井には得体のしれない薬草なのか野菜なのかわからない葉っぱが干してあったりしたので、確実に食材と思えるもの以外は触らないようにしようと心に決めた。
っていうか、いくら魔女とはいえ、生身のアリッサさんも食事をしなければ生きていけないから、この瓶詰も使えるものなのだろうと思うのだけど、見るからに怪しい素材が押し込まれていた貯蔵庫に入っていたものだから、僕は黙って持参した瓶詰を使うことにしたのだった。
「どう、出来た?」
「あ、はい」
「じゃあ、悪いけれどこちらに持ってきてくれないかしら。ちょっと手がふさがっているのよ」
タオルを絞るための桶を抱えたアリッサさんが、声をかけてきた。
濃い味は病人には食べにくいだろうと思って、パン粥は少し薄めの味にしてある。適当な皿によそって一緒に水差しも持っていくことにした。
女性の生活空間に入るのは初めてのことだから緊張したけれど、アリッサさんの家は何処も何かの研究施設のように見えて、本当にここで生活をしているのかと首を傾げたくなった。
その前に、店舗の入り口から見た建物の規模よりも中が広いのはなんでだろう……。
「この部屋よ。ちょっと待って、開けるから」
「はい」
通された部屋はおびただしい数の本が並んだ図書館のような部屋だった。本棚の数もさることながら、床に積み上げられた本の数も多かった。寝台は積み上げられた本の奥の方にあって、足元は獣道みたいになっていて、まず掃除をしているのか気になった。
そんな僕の視線を気にすることなく、アリッサさんは足で本を退かして桶やお盆を置く場所を作っている。
「じゃあ、ここに置いてちょうだい。」
「え、本の上なんですけど、いいんですか!? 水差しを倒したら濡れちゃいますけど……」
「ああ、多分大丈夫。 でもちょっと待って、何の本か念のため確認するわ……」
アリッサさんはそう言って、一番上に積んであった本を手に取り題名を確認すると、机を持ってくるわねと言って桶を置いて出て行ってしまった。
何の本か気になったけれど、精霊語で書かれた表紙は何のことが書いてあるのか僕にはわからなかった。きっと、すごい魔法が書いてあった本なのだろう。
「……だれ?」
「あ、起きた? お粥作ってきたんだ、食べる?」
「ま、魔女の!?」
「あー、あれは捨てたから大丈夫。これは僕が作ったやつだから、アリッサさんの怪しい料理じゃないよ」
「怪しい料理で悪かったわねぇ……。ねえ、ルッツ坊や?」
アリッサさんが本を退かすために、少しばかり騒がしくなったせいか、さっきまで寝ていた子が起きてしまった。ぼんやりとして、回りを見渡していたから声をかけちゃったけれど、何を話せばいいのかわからなくて、とりあえずご飯が食べられるかと聞いてみた。
まぁ、お粥というと顔を真っ青にしたところを見ると、アリッサさんの作っていたお粥もどきがトラウマになっているんじゃないだろうか。
そんな彼を安心させるべく、僕が作ったから大丈夫というと、まさしく魔女!と言いたくなるような微笑みのアリッサさんに後ろから声をかけられ驚きすぎて飛び上がってしまった。それでも、お粥を溢さなかった僕は偉いと思う。
背もたれに枕を当てて、起き上がった彼は、アリッサさんの掬った匙で少しずつお粥を食べることはできたみたいだった。
昨日の夜と今朝は寝込んでいたから、あの凄まじい臭いのするお粥は食べずに済んだみたいで安心した。
まぁ、寝て少しだけ具合がよくなったところで、アリッサさんが料理を作っているところを目撃しちゃったら、逃げ出したくもなるよなぁと、コップに水を汲みながら僕は思った。
彼は完食とはいかないまでも、そこそこの量が食べられたみたいだった。アリッサさんが差し出した薬は飲みたくないといって拒否しようとしたけれども、有無を言わさずに飲まされていた。真黒な色をした丸薬だけど臭いがやばいから、あれに関しては僕も飲みたくない。
「さて、汗をかいたでしょう? 着替えさせるから、ルッツは向こうに行っていなさい」
「え、男同士なんだから大丈夫じゃない? それよりアリッサさん、ここの回りだけでも片づけちゃいたいんだけど―――」
「……あ、アタシは女だ!!」
薬を飲まされたときに抵抗して体力が消耗したせいか、ぐったりとしていたけれども、昨日見たときよりも少しだけ具合がよくなっているみたいでよかったと思った。
食器の片づけをしていて、やっぱり寝台の回りの散らかり具合が気になって、掃除をしようかと考えていた時に、アリッサさんが彼を着替えさせるから出ていけと言ってきた。
どうせ、男同士なんだから、僕が居たって問題ないと思っていたんだけど、彼は男の子ではなく、女の子だったのだ!!
「……へ? 何言って……、え、ほんと?!」
「本当だから、言ってるのよ……。逆に男の子だったら、坊やに任せてるわよ。ほら、さっさと部屋から出た出た!」
彼女は僕に対して怒って顔を真っ赤にさせていた。
髪の毛も短くて、胸もないし傍から見ただけじゃまるっきり男の子にしか見えなくて、どうしても信じられずに口をパクパクしていると、アリッサさんがため息をつきながら僕を部屋から追い出した。
「……ええ、うそぉ!?」
お盆を持ったまま部屋から追い出された僕の、驚きの声を聞く人は誰もいなかった。




