僕とその子の出会い
魔法の理論を聞いていたら、そろそろ帰る時間になってしまった。
屋内にある建物で空が見えないから時間の感覚がずれるなぁと考えていたら、アリッサさんがジッと扉の方に視線を向けていた。
何かあったのかと、僕も同じ方向を見たけれど特に何がある訳でもなく、どうしたのだろうかとアリッサさんの様子を覗った。
「誰か来たようね」
「僕は奥の部屋に行っていた方がいい?」
「そうねぇ。じゃあ、見えないところに居てくれるかしら?」
来客ならば僕は邪魔になってしまうし、招かれざる客ならば見えない場所に居た方がいい。
初めてこの店に来た時に養父から聞いた話だと、招かれざる客が来たときはアリッサさんが魔法か魔導具かはわからないけれど、何かしらの対処をするからこの店にいる時は安全だと言われた。
アリッサさんの指示を受けて、カウンターの隅に隠れるように僕はしゃがみこんだ。
「おかしいわねぇ、誰も入ってこないわ……」
「あの、僕が見てこようか?」
「ちょ、ちょっと! 坊やにそんな危険なことさせられないわよ」
「よく考えてみてよ、アリッサさん。僕なら子供だし、七不思議の探検に来たっていう言い訳が使えるから、もし誰かが居たとしてもいい目くらましになると思うんだ。あ、でもそうなると店の扉がない所から出てくるみたいになっちゃうから、その幻術だけは解いておいた方が良いかもしれないけれど」
「でもね、せっかくできた孫弟子をそんな危険にさらすわけにはいかないわ」
「でもやっぱり、僕が行った方が良いよ。だって、アリッサさんの今の恰好って確実に七不思議から飛び出てきた黒服の女の人にしか見えないもん!」
ぐうの音も出ないアリッサさんに、幻術を少しだけ解くのをお願いして僕は店の扉を開けた。
でも、扉を開けたのは良いけれども、周りには誰も居ない。ただ通り過ぎただけなのかと思って、外開きの扉の反対側を見ようと扉を閉めた時だった。
なんと足元に男の子が転がっていたのだ!
何があったのかは分からないけれども、その子の服はぐっしょりと濡れていて、雨具を持ってないのかとか、何故こんな場所で倒れているのかとか色んな事を思った。
あたりを見回すと、閉鎖されているはずの四番通りに続く方向が濡れていたから、彼はそっちの方からやってきたみたいだった。
かなり苦しそうな様子で、アリッサさんに助けを求めたくても、あの店には同胞しか入れられないためアリッサさんの許可なく入れる訳にも行かず、どうしようかと視線を向けるとなんか煤けた肌が少し赤いような……。
赤いで思い出したけど、そういえばこの店に入る資格がある魔力持ちなら店の前にある魔導灯の色が分かるはずと思い直し、その子の頬をぺちぺちと叩いて起こした。
うわっ、触った感じだけど結構熱が高いよ、コレ!
「ねえ、ねえ! 君大丈夫!? 僕の声、聞こえる?」
「……うう。…んだよ……アンタ……」
「あ。なんか文句言えるなら大丈夫そう? ちょっと聞きたいんだけど、あそこにある魔導灯の色言える?」
なんか弱々しいけれども文句を言われた。
少しカチンと来たけど、文句を言えるなら多分大丈夫。
とりあえず、意識があるうちに肝心なことをさっさと聞くに限る。
「………なん で、そんなこと……」
「大事なことなんだ!」
「……あか?」
「!? わかった、ちょっと待ってて」
赤と答えられたのなら魔力持ちで間違いなさそうだと思った。ただし、意識が朦朧としていて適当に言った可能性も捨てきれない。
焦りながらも周りに人が居ないかを確認して、アリッサさんの店に運んでもいいかと聞くことにした。
「どうだったの?」
「お店の入り口のところに、男の子が倒れてた。魔導灯の色を聞いたら赤って言ってたから多分魔力持ちだと思う。触ったら熱が高くて……、アリッサさん、助けてあげたいけどどうすればいい?」
「同胞なのは確か? それなら助けるわ」
「多分……、意識が朦朧としていて、魔導灯の色を適当に言ったかも知れないから、前に僕の魔力を見るので使った魔力を調べる魔導具があったよね? それを貸してほしい」
僕が店の中に戻るのをやきもきしながら待っていたアリッサさんに、アリッサさんに男の子が倒れていたことを伝えると、魔力持ちなら助けると言われた。
アリッサさんの同胞とそれ以外の線引きに少しの驚きと居心地の悪さを感じたけれども、僕は彼がはっきりと魔力持ちなのかを確かめるために、魔力の有無を調べる魔導具を貸してもらった。
「……使い方は分かるわね?」
そう聞かれて僕は無言で頷いた。
真剣な表情のアリッサさんから魔導具を受け取って、僕はすぐに男の子のところに戻った。
この魔導具は使ったところを見たことがあるから、使い方は分かる。
発動させたければ、魔導具の硝子面を肌に直接当てるだけ。魔力に触れれば硝子面が光る。
どうか彼が同胞でありますようにと思いながら、魔導具を充てるとぼんやりと光った。周りが暗くなければわからないくらいの光だったけれど。
それでも彼は魔力を持っていた。
でも、安心するのはまだ早かった。
彼はもう熱で意識がなかった。
僕よりも少しだけ背の高い彼を引き摺るように背負いながらも、僕はアリッサさんの店の中に連れて入った。
「ちゃんと魔力持ちだったよ。あんまり光らなかったけど……」
「光ったのね?! なら良いわ、安心しなさいルッツ。同胞は何があっても助けるから大丈夫」
「……うん」
「ルッツ、魔力を持っているってことは生命力が強いと言うことよ。良く覚えておきなさい」
アリッサさんは彼の容体を確かめるように頬に触れ、僕に安心するようにと笑顔を向けてくれた。
アリッサさんは、魔力持ちは生命力が強いから大丈夫と言ってくれたけど、あんなに弱々しい光り方をしていたのを見た後だと不安に感じてしまう。
「もう帰る時間ね。ルッツも家にお帰りなさい」
「わかった。今日はありがとうございました」
市場を出れば雨はもう止んでいて空は暗くなっていた。
地面には靄が出ているものの雨上がりで空気が澄んでいるせいか、ここに引っ越して初めての星を見た。
建物の隙間から見る星空は狭くて、光っている数も少なく見えたけれど、僕はその光があの男の子の魔力の光に思えて仕方なかった。




