裏路地の魔女
仕事を終えて夕食の支度をするまで時間がありそうだったから、魔道具の製図の本でも読もうかと考えていた時のことだった。
「ルッツ」
「なに~?」
自宅に引きこもりがちな養父が、珍しく外に出かけると言い出した。
少々人付き合いが苦手な養父は、この街でも外出をしにいくところを殆ど見たことがなかったから僕は心底驚いた。
「出かけるが、付いてくるか?」
「え、何処に!?」
「いいところだ」
「行くっ!」
養父が一緒に出掛けようと誘ってくれたことが嬉しくて、僕は一も二もなく頷いて出かける準備を開始した。
煤や蒸気から目を保護するゴーグルと耳宛付の帽子をかぶり、マスクをつける。養父はそれに加えて外套を羽織る。
二人して一気に怪しい姿になったけれども、このマルモアの街では誰もがやっている見慣れた姿だ。ある意味、犯罪者が隠れ蓑にするには最適な街なのかもしれない。
養父に連れられてやってきたのはマルモア市場の三番通りの更に奥まった場所。所謂裏路地と言われる場所だった。ついこの前、ワイリーと一緒に市場を探検をした時に見た黒い女の人を思い出し、僕は背筋が寒くなるのを感じた。
にぎやかな市場の通りにある魔導灯の明かりすら満足に届かず、この薄暗い場所に何の用事があるのだろうと、養父の外套を掴みながら歩いた。
周りは客とは無縁そうな、やっているのかやっていないのか分からないような寂れた店ばかりで、その中で一つだけ魔石の色をそのまま灯したような赤い魔導灯がぽつんとあった。赤い魔導灯は珍しいものではないけれども、妙にその店に目が行くのを不思議に思いながらも、養父にしがみつくように歩くと、養父はその前で立ち止まった。
「ここ?」
「そうだ。ここの店主にお前を紹介しておこうと思ってな」
「……『アリッサ魔道具店』?」
コロンコロンという鈴の音を立てながら僕は養父に促されて店の中に入った。
人が入っていくと自動的にランプが点く仕組みなのだろうか、僕が足を踏み入れた瞬間に店内に明かりが灯った。陳列されている魔道具は既に作り方が失われた古いものばかりで、蒐集家が来る店なのだろうかと思った。
「――いらっしゃい」
奥にあるカウンターから年齢の分かりにくい女の人の声がした。驚いてそちらに目を向けると、黒い服の女の人が居た。
さっき店の中を見渡した時にはいなかったのにと思いながら、僕は養父にしがみついた。
「ザームエルが来るなんて四十年ぶりくらいかしら?」
「……久しいな店主」
「おやおや、そちらの坊やはどなた? 貴方が人を連れてくるなんて初めてじゃない?」
「……私の息子だ」
「え、えと。ルッツといいます。……父さんと知り合いなの?」
どういった知り合いだろうと不思議に思いながらも、僕は養父に促されるまま自己紹介をした。
「初めましてルッツ坊や。アタシはアリッサ。数少ない同胞が営む店にようこそ」
「……同胞。魔力持ち?」
「ふふふ、そうよ。アタシは正真正銘の魔女」
店に入った時は姿を黒いローブで隠していた店主のアリッサさんは、ローブを降ろしたら妖艶な美女だった。魔女というよりは魔性と言えるような美貌の持ち主だったことに驚き、養父とは四十年来の付き合いだと言うことにも驚いた。
アリッサさんは魔道具店を営む傍ら、同胞の生活を守る手助けをしているのだと言う。店の入り口は魔力持ちでないと見えないように幻術がかけられていて、魔力持ちでないものが見るとただの壁に見えるらしい。
養父が言うには知り合った当時から彼女の見た目が全く衰えていないらしい。恐ろしく若作りなのかと思ったけれども、そうではなくて強い魔力持ちだと五百年は余裕で生きられるのだそうだ。
「こんな場所じゃなきゃ、店も構えてられなくてね……。この街は身を隠すも顔を隠すのも楽でいいわ。こうやってザームエルみたいに昔なじみも会いに来てくれるからね」
「あれ? じゃあ。マルモア市場の七不思議って……」
「人喰い通りとか、消える黒服の美女とかそういうの?」
「うん」
「ふふふ、黒服の女に付いてはアタシのことね。そういう噂があるのは知っていたけれども、面と向かって言われると可笑しくなってしまうわ」
この前も探検に来た子供に姿を見られて驚かれたと言ってカラカラ笑うアリッサさんに、僕は肩身が狭くなるのを感じた。
「アリッサさん、ごめんなさい。それ僕と友達で……。幽霊かと思ってびっくりして……」
「ふふ、いいのよ。良くあることだから気にしないわ」
謝罪をするとアリッサさんは僕の頭を撫でながら気にしていないと言ってくれた。七不思議になるくらい頻繁に姿を見られているのに本当に大丈夫なのかと思ったけど、それは彼女には内緒にしておくことにする。
「店主、本題に入りたいのだが、いいか?」
「ええ、いいわよ。魔道具に付いて何か助言でも必要なのかしら?」
「いいや、そちらは問題ない。ルッツのことでな……」
「?」
養父は僕の方を見ながら、アリッサさんに助言が欲しいと言った。
僕は魔力を持っているのだけれども、それを魔術として発動させることが出来ない。僕よりも魔力量が少ない養父ですら発動できるくらい簡単な魔術すら使えないんだ。
養父は魔術をアリッサさんに教えてもらったらしく、アリッサさんは養父の師匠のような存在なのだろうと思った。
「うーん……。確かに魔力はかなりあるみたいだけど……。灯火の魔術は知っている?」
「う、うん。でも、出来ないんだ」
「一度やってみてくれないかしら?」
アリッサさんは僕の頭に手をかざしたまま、僕に灯火の魔術を使うように言った。
灯火の魔術は、指先に光を灯すだけの簡単な魔術だ。魔導灯を作る際の魔法陣でも良く使われるものでもある。
魔術は精霊にお願いすることで使うことが出来るらしい。言葉にしてもいいし、心の中でお願いするだけでもいい。慣れないうちは言葉に出した方が良いと言われた。
『光の精霊よ。僕の指先に光を灯せ』
「あらぁ……。魔力は指先に魔力が集まってはいるみたいだけど、どういう訳か体表に出て来ないわね……」
いつもこうなのかとアリッサさんに聞かれ、僕は頷いた。
アリッサさんも首を傾げながらも、店の奥から古びた本を持ってきて、眼鏡をかけて僕の前で調べ始めた。
「うーん……。もしかして、魔力閉塞症って症状かと思ったんだけど、症状も出ていないみたいだからそうでもなさそうだし……」
本を睨みつけながら、僕に息苦しくはないかとか熱が頻繁に出るとか医者のように質問をしながら首をひねる。本の中身を覗き込むと、どうやら医学書のようなものらしい。
他にもアリッサさんは思い当たる症状を質問してきたが、僕にはどれも心当たりはなく、結局身体的な疾患ではなさそうだという結論になった。
これ以外にも知られていない症状があるのかも知れないけれども、専門家ではないアリッサさんではお手上げ状態になってしまった。
「指先を切って出してみるとかはどうだ?」
「!?」
養父の何気ない一言に、僕とアリッサさんは固まってしまった。
魔力が身体の外に出て行かないのであれば、塞いでいるものに穴を作ることで放出させるのが一番簡単な方法なのかも知れない。もしかしたらそれで魔法を使うことが可能になるのかも知れないけれども、魔法を使うたびに怪我をするのは絶対に嫌だ!
「……ザームエル。かわいい息子に怪我をしてまで魔法を使えって推奨するのはどうかと思うのだけど?」
「体表に出ればいいのだろう?」
「それは、まぁそうだけど……、ルッツ坊やはどうしたい?」
アリッサさんも養父の意見には一応釘を刺していたけれども、最終的には一理あると判断したみたいで、僕に聞いてきた。
そんなことを言われても、指先をナイフとかでさっくり切るのは嫌だと言ったら、繕いもの用のマチ針を持ってきてこれならどうかと言われた。少し痛いのを我慢しただけで魔法が使えるようになるなら、少し考えて見てもいいかもと思ってしまい、僕は首を縦に振った。
「うう……」
「……うーん、体表に出て来ないんじゃなくて、もっと別のところに原因があるのかも知れないわねぇ」
「……残念だったな、ルッツ」
「これ以上アタシも分からないわ、力になれなくてごめんなさいね……」
結局痛い思いをしたのに、僕は全く魔法を使うことが出来なかった。
アリッサさんもこれ以上はお手上げみたいで、養父に頭を撫でられて慰められて、痛い思いし損だと思った!
その代りに、アリッサさんが特別に旧時代の魔道具作りを教えてくれることになったので、僕は気持ちを切り替えることにした。これ以上はないものねだりになるし、魔法は使えなくても特に困ったことはないしね。
僕も、魔法を使って見たかったなぁ……
次回の更新は5月25日(水)7時です。




