史記Ⅰ
一人の愚かな王のせいで精霊の恩恵を失った国があった。
その国は精霊の恩恵の多い大地にあり、人々は多くの精霊と共存しながら暮らしていた。精霊がもたらす恩恵は、大地のみならず人々にも等しく与えられた。人に与えられた精霊の恩恵は強い魔力として顕れ、その国では精霊の恩恵で誰もが多かれ少なかれ魔力を持ち、暮らしの中で誰もが魔法を使い、豊かな暮らしをしていたという。
命あるものにとって、魔力は第二の生命力と同義であった。それ故、魔力が強い者ほど長命であり、恩恵が強かったその国は長寿の国と名を馳せ、多くの魔法使いを従えて次第に国力を増していき大陸の中で最も大きな帝国として栄えた。
帝国の何代目かの皇帝の治世の時だった。
竜族の住まう土地が精霊王の聖地があると、王の前で吟遊詩人は謳った。王は何故我が国に精霊王は住まわないのかと憤慨し、精霊王の恩恵を受けるのは大陸の覇者である自分であると声を荒げた。
皇帝は竜族の住まう国へ軍を送り込んだ。
民が飢えているわけでもなく、他国が攻め入ったわけでもない、ただ自らの欲を満足させるための戦だった。
竜族の国にたどり着くまでには、獣族の国や精霊族の森があった。彼らは自らの国を守るために戦ったが、大陸の覇権を握っている帝国軍の勢いには敵わず大きな打撃を受け、ある小国は滅び、ある国は従属し、血が絶えた種族もあった。滅ぼされた国の民たちは帝国の奴隷とされ、その国の歴史を伝える者は誰も居なくなった。
帝国の領土は瞬く間に広がり、ついには竜族の国まで帝国の手が伸びた。
竜族の国は精霊王が居るとされる霊峰の麓にあった。
竜族の国はその麓の湖の傍にあり、以前は霊峰が水鏡に映る程の綺麗な光景が広がっていたという。
帝国と戦が激化するにつれ、強靭な肉体を持つ竜族も帝国軍の数の暴力には敵わず、次第に戦線が後退をし始めた。ついに、竜族の都に攻め入られる直前になるころには、澄んだ水を湛えていた湖畔は帝国兵や竜族の戦士の遺体が浮かび、水は赤い血で染まる地獄絵図と化したと言う。
帝国は多大な犠牲を払いながらも激しい戦に勝利した。辛くも逃げ延びた竜族たちは、帝国に滅ぼされた他の種族と同じ道を辿るだろうと思われたが、そうではなかった。
戦いに敗れた竜族の長は、満身創痍の捕虜の身でありながら、皇帝の前に突き出された時にこう言った。
「我らは、神代より続く精霊王の守護者。愚かなことをしでかした貴様らは精霊王に仇なす者だ」
「ははは! 負け犬が何をほざく! 我らが勝利を手にしたということは、精霊王は貴様らのような軟弱者に守護はしてほしくないからであろう。精霊王は我らがお守りする故、安心してこの世から去るが良い!」
「……一つだけ、宣言をしておく。貴様らは精霊の恩恵を失うであろう。……それが見られぬのは、残念だ」
「呪いの言葉か!? わが帝国の繁栄は約束されたも同然、そのような迷いごと真に受ける者など居らぬわ!!」
「否。我は精霊王からのお言葉を伝えただけだ」
「ええい! このトカゲの首を刎ねよ!!! いいや、我がやる!」
竜族の長は逆上した皇帝に首を落とされた。その後、竜族の長の首は凱旋門に掲げられ、長らく風雨に晒され朽ち果てたという。
竜族の都にある精霊王の神殿で、皇帝はこの地に帝国の都を遷都すると宣言した。この戦いの勝利は広く国民に伝えられ国民はそれを歓迎し、これで国の繁栄は約束されたものだと歓喜に沸いた。その陰で、多くの犠牲を払い得たものが本当に繁栄をもたらすのだろうかと思う者も少なくなかった。
皇帝の宣言通りに都は移り、竜族の国は帝国へと書き換わった。かつては澄んだ水を湛えていた湖のほとりには帝国の王城や貴族の館が建ち、精霊王の住まうとされた霊峰は王城建設の為の建材を入手する場になり、かつての竜族の国が誇っていた自然も次第に失われていった。
戦後、戦を起こした皇帝は竜族の呪いが降りかかるのではないかと恐れていたが、恐れていた呪いと思しきものは降りかからず、皇帝は竜族の長の負け惜しみだったのだと結論付けた。
恐れるものがなくなった皇帝は、新たな都を拠点に国土を広げ、大陸の覇者となり帝国は更なる繁栄を遂げたかのように思われた。
しかし、呪いはじわじわと帝国の内部を蝕んだ。
帝国に暗雲が立ち込めたのは十年、二十年が経った頃のことだった。帝国の魔導師を育成する機関からの報告で、帝国で生まれる魔力持ちが減っていることに気が付いた。
強い魔力を持つ者は魔法使いや魔導師は第二の生命力であった魔力の総量が多いために総じて非常に長命であったが、ぽつぽつと亡くなる者が増えていった。
精霊の加護が失われたことで、力ある者は魔力を次第に失っていき、寿命を魔力で補っている者の多くは魔力が失われたことで寿命を延ばすことが敵わず、強大な魔術を使える世代は居なくなり、世代が進むごとに帝国において魔力を持つ者は生まれることすら稀になっていったのだった。




