8話 交渉テーブル パート2
「じゃあ、正式の協議の前にある程度下準備しておきましょう」
「ちょっと待てハヤト、アレは大丈夫なのか、仮にも将軍の子息なのだが……」
「怒られるのは僕だし、最悪死ななかったら指導は出来る。それに国王の名代が来てるのに、空気読まずに来いなんて失礼でしょ?」
会社で言えば大企業の社長に、全権限を与えられて交渉に当たっているという事だ。そんな相手に舐められたらアウトだよ、警戒されるならまだしも、下に見られた時点で負けだからね。
「……という訳で、まずはこちらの提示する情報は、農作物の生産力アップです。国力を増強するには、安定して食事が出来るのも大事な要素だと思いますが、どうでしょう」
「確かに、戦争が長引いた時に食料が無いと困ります」
これは料理とかで元の世界の物もちゃんとあり、農家の親友がいるエクトルが教えてくれた農業情報で、生産方法も僕が知っている方法で、改良の余地があるのが分かったからだ。魔法とかもあるけど、希少だったりアイデア不足で農業に技術が回って無い、農具整備や肥料内容だけでも最低5割は生産力が上がる見込みがある。
「輪栽式って言うのがあります、これをすれば休耕しなくても良くなります」
「なんと! してその方法とは?」
「ここから先はそっちの提示待ちです、何してくれますか?」
隣でナタリーがズルいと呟いている。だけど僕はこっちサイドの人間だから、悪く言われる筋合いは無いのに……。
「では、野菜5000ルイス、肉類5000ルイス穀物5000ルイス、鉱石5000ルイス、書物5000冊なら出せます」
「……ナタリー1ルイスはどれ位の重さ?」
「成人男性1人分の重さだ、ルイスという全てにおいて平均的な男から名付けられた」
うーんと、ここの世界はヨーロッパに近い世界っぽいから大体80キロ位かな? 2ルイスちょいで1年分の食料1人分になるから、約2500人分の食材はもらえると……少ないけど、鉱石や本ももらえるし、こっちにも情報を渡すからまあ妥当かな、種類でゴマかすセコい方法だけど、……でも、もう少し釣り上げよっと。
「食料だけでもあと2000ルイスいけませんか?」
「我が国も結構厳しいですから……」
「じゃあ食料500ルイスプラスで、本100冊追加なら?」
僕の妥協案にゲイルさんは結構迷っている様だ、最初に高く吹っかけて、次に本来の提示額を要求するのは交渉の常套手段だ。主導権はこちらにあるから出来る技だけど、失敗しても、最悪イングス国を見捨てて逃げるつもりだ。既成事実を作って無理やり繫ぎ止める事をする相手に対して深く信用はしない。もちろん、失敗するつもりは全く無いけどね。
「分かりました、これらを軸に正式な会議に提案していきましょう」
「ありがとう、食料を納めてくれたら情報の半分、後の資源を納入してくれたらもう半分教えます」
「あの小僧はおらぬか!」
話が終わった所で、ちょうどあのハゲがドアを勢い良く開けて入って来た。本当、親子共々外交分かってるの?
「どうしました?」
「貴様らの演奏した曲を二度と演奏しないでもらうぞ、あんな歪んだ音を聴いてられるか!」
後でもいい事を、怒鳴り散らしてやって来たカルレラに怒りと言うより、ドッと疲れが来た。正直、ライブやるよりダルい。
「聴かなかったら良いでしょ、音楽は好みがあって良いから嫌いでも僕は気にしないし、1つの意見として聞くけど、あれでナタリーに自信がついたから、これからも継続していくから」
「わしを誰だと思ってる! そこの小娘とは違う、伝統あるカルレラ侯爵家当主だぞ!!」
「それがどうしたの?」
流石に僕も怒りが湧き上がってきた、これでもロッカーの端くれ、反骨心だけは人一倍あるんだよ。
「な……なんだその目は!」
「客人がいるのに、そこの伸びてる虫ケラと同じ事してんなよ!」
息子を見て顔色を変えたハゲは、フーリーの元へ駆け寄ると、息子の肩を揺すっていた。
そして僕の方を見ると、手袋を投げつけてきた。
「こわっぱ、決闘じゃ息子の仇、討たせてもらうぞ!」
「断る!」
「即答!?」
周りの人達がツッコミを入れて来たけど、商売道具を危険に晒すマネなんてしないよ。無駄な戦闘は避けるし、臆病者と言われてもやる事を優先させないと。
「貴様、ワシが怖いのか?」
「必要の無い決闘はしない主義なだけ、僕がフーリーをノックアウトしたのは、リサに対する非礼と、他国の重臣に対する不敬にだ、本来だったら投獄してもおかしく無いレベルだよ、それを蹴り2発で済ませたのはむしろ温情」
「貴様生意気な口を利きおって……!」
するとハゲジジイは、剣を抜いて凄い勢いで僕に斬りかかってきた。
「ハヤト!」
「死ねこわっぱぁぁぁあ!」
歳は取ってるけど、なかなか速い太刀筋、だけど……。
「……そんなもんかよ」
僕はハゲの剣を奪うと、柄頭でハゲ頭をぶっ叩き、自分でもびっくりする程簡単にノックアウトした。正直、歳をとっているのを差し引いても、ナタリーより動きのキレは悪いし、太刀筋も正直過ぎて分かりやすい。演舞をやってるんじゃないのにさ、このハゲ本当に将軍?
「本当にゴメンね、バカがわらわら集まって見苦しい所見せちゃって」
「いや……凄いですね、この人もなかなか鋭い剣技だとは思ったんですが……」
「ナタリーの時より楽、技術的に進んだ世界から来ているから、身体能力は分からないけど、技なら互角以上に戦える自信はあるよ。……まあ、本職は音楽家だから極力戦わないけどね」
本当の猛者は目の前にいる、雰囲気からして、僕が勝てるかどうか微妙な所の、相当な力量を持った一国の名代が。
「片手間でそれなら、貴方の才能は相当なものです。よろしかったら寸止めでの模擬戦をしてもらいましょうか」
そう言いながら、毛が生え、鼻が長くなり、爪が鋭く、獰猛なキバを生やし身体が明らかに変化していくゲイルさん。
そしてヴィリよりも100倍は軽く超えた、闇夜を纏ったと思わせる、漆黒の狼が目の前に現れた。
「本当にケガしたく無いんだけど……」
「なに、腕や足は狙いません」
「喉も商売道具なんでよろしく!」
「では、胴体を当て身で沈めさせていただきましょうか」
結局寸止めしないんだ、ほぼ戦闘だよね……オマケにあんな大きな体じゃ普通に死ぬよね。
そんな考え事をしていると、挨拶代わりと言わんばかりに真っ直ぐ突進をかましてきた。
「ずっちぃなぁー!」
「軽口叩く余裕があるんですね」
とっさにステップを踏んで横に避ける、流石に、ただ真っ直ぐ来たタックルをマトモに受ける程柔くない。
その直後体を素早く反転して爪を立てない様に前脚で襲いかかるのを、左右に避けながら攻撃のチャンスを待つ。やるんだったら出来るだけ喰い下がりたいわけですよ、完敗よりも惜敗、惜敗よりも引き分け、引き分けよりも勝利を、をモットーにしてるからさ。
「今まで戦った人間の中でも指折りの強さだ、腕がなるぜ!」
「口調変わってるし!」
本当に血の気が多いんだなー、……殺されないよね?
攻撃の速度が上がり、そろそろ命の心配をし始めた時、僅かにゲイルさんから間が生まれた。そこを突かない訳にはいかない。
左側からの攻撃を体を回転させながらさっきから持っていたハゲの剣で斬りかかりに行く。
「そこまで!」
気がつくとパトリシアさんが、剣を手甲で止めてゲイルさんと僕の間に入っていた。文官タイプの人間かと思ったら、ちゃんと武術の心得もある人の様だね。
「いやお強い。あのままでしたらやられていました、並の人間ではない」
人間の姿に戻りながら僕を賞賛してくれたゲイルさんだけど、ちゃんとあの事は聞かないといけない。
「ゲイルさん、本気になり過ぎて僕を殺すつもりで戦ってたでしょ」
「…………さて、女王陛下に先ほどの交渉のすり合わせをしていきましょうか」
「出来るなら否定して欲しかった!」
心は熱くなるのは良い事だけど、頭まで熱くなるのは外交官としてダメでしょ、そこら辺何とかしてよね。
「楽しい演奏と激しい闘いぶり、見事ですね」
「女王陛下!? いつからそこに」
「剣を使うだけが戦いではない、という辺りからです。気配を隠す練習をしてみたのですが、なかなか上手くいきました」
うーん、なかなか筋が良いなぁ、職業が職業なら隠密として成功していたかも。それ位上手く気配を消していた。
「……しかし、カルレラ将軍にはがっかり致しました。息子の教育、城内の無許可での抜刀。将軍職を一時取り上げにしても仕方ない行為です」
あっ、って事は僕もペナルティがあるじゃん! ゲイルさん、一緒に謝って下さいね。
「ゲイル殿とハヤト殿にも、私闘していた事について、後でキッチリ罰を与えます。まあ、先に仕掛けたゲイル殿は他国の者というのもあるので、先程の条件に対して更にプラスして支援の程をという事に」
「うぐっ……」
そりゃあそうだよ、口実を作った方が悪い、いくら経済的に有利だといっても、他国の王城で戦闘騒ぎしたら、相手に有利なカードをはいどうぞと差し上げるものだからね。
「そしてハヤト殿、ナタリーと一緒に夜を共にしたと侍女達が騒いでいますが」
「ヴィリがソフィアの作戦全部バラしたけど」
その言葉に、「バカ犬が」とソフィアの口から小さく漏れたのが聞こえた。案外この野郎と言われたら、この野郎と返すタイプだね。上品だけど、悪態を吐く時は放送禁止用語連発しそう。
「それでも、周りは納得しないでしょう、特にナタリーの親は責任を取らないハヤト殿の元に娘を預けるのに反対するでしょうし」
「陛下! しばらく一緒にいて感じましたけど、こいつ変人です、 結婚に不安しかありません!」
ナタリー酷っ!? そして全く否定出来ない! 練習中に突然ゲームの必殺技を叫んだ辺りから? それともここに来るまでの移動の時に、トイレ行きたくて即興でトイレソングを作って歌った辺りかな?
「しかし、このまま貰い手が来るとは思えません。それなら一度結婚し、外に好きな人にでも逢瀬を重ねてもよろしいのでは?」
「そ、そんな不貞を働けません! 結婚するならちゃんと添い遂げたいですから!」
あーソフィアから、メンドくさっていうオーラが凄い出た。表情も声も出す事はなかったけど、
「そうですか……しかし、噂はもう流れています。年齢もそうですし、チャンスはあまりありません。一回お試しで、仮夫婦をするのもよろしいのでは?」
「ですが……!」
「……場合によっては、勇者を引き留めた褒美として爵位の昇格や領地の加増も考えたのですが……」
ビクンと大きな反応をした辺り、このカードはかなりナタリーにとって効果的みたいだ、アゴに手を当てている事からも、断固たる決意が割と揺らいでいるのが何となく分かる。
「もし断れば団長剥奪……最悪王に逆らったとして領地没収もあり得るのですよ?」
「ソフィア!」
「ここは公の場ですよ、ジェランド公?」
「ぐっ……!」
女王を呼び捨て、そしてここはダメというニュアンス……もしかして、ナタリーとソフィアって……恋仲かな!? うっかりでちゃう呼び捨て、照れ隠しで厳しく公称で呼ぶ所とかそれっぽい……!
「禁断の恋でも、僕は応援するからね」
「よく分からんが、貴様絶対にカン違いしているだろ!」
「えっ、リリーな感じかと……」
「いえいえ、乳兄弟なのです。とは言え教育係としての方でですが」
あっ、そっちだったんだね、すいませーん。
それにしても、こうやってボロが出るまで部下と上司の関係だったし、ナタリーってしっかりしてる。こういう所でなあなあになると、本格的に国が傾くんだよねー。
「この婚姻は国のためですが、行き遅れのナタリーのために用意した、最高の伴侶でもあるのですよ」
うわー清々しいまでに白々しいー。確かに武術の心得はあるし、勉強も頑張れば結構良い線行くけど、自分でもこんなアウトレットを買ってくれる人いるかビミョーだと諦めてるもんね。
「まずはお試しで3年……頑張れば離婚出来るようにしますから」
あーこれはとりあえず結婚させて、離婚させないパターンだな、おまわりさーん、ここにサギを働く国家元首がいますよー。
「……本当に離婚出来るようにするんだな?」
「ええ、約束します。それに、付き合ったら意外と波長が合うかも知れませんよ」
あーあ、丸め込まれちゃった。約束しますと言っても守るって言ってないじゃん、破る気満々だよあれ。
ナタリーが押されまくって渋々結婚話を受け入れたのを見て、「我が国にハヤト殿を引っ張る機会を潰された」とボヤくゲイルさんの肩ががっくししてるなーと現実逃避して見ていた。