7話 交渉テーブル パート1
久々の更新です
冤罪は証明出来たけど、それはあくまで本人にのみだった。──そう、噂と真相にはかなりのズレがある。
「……ナタリー様とハヤトっていう勇者が閨を共にしたのよ」
「本当ですか……ハヤトさまはちゃんと責任を取るんですか」
「取る取らないじゃなくて『取らせる』わ、ナタリー様が泣き寝入りするなんて絶対にあってはいけないんだから」
ちらっと通ろうとしたら、そんな会話が流れてきた。うわあ最悪……噂が貴族中に出回るかも。
急いでナタリーに報告したら、予想通りに顔を引きつらせて僕を殴ろうとしてきたので、慌てて避けた。
「貴様、どれだけ私を振り回すつもりだ!」
「今回は僕だけの責任でもないよ! ……でも噂の火消しは多分無理、女性に情報を流せばすぐに噂が出回るのは昔からの鉄則だよ」
「ぐっ……!」
ジョークで噂話を拡げたかったら、奥様に話した後、内緒にしてと頼めばいいという話が出る程、女性の噂話はすぐに拡まる。もうほぼ詰んでいるよ──後はアレ位かな?
「白い結婚っていう形にする? それで自由に恋愛してさ、形だけでもちゃんと責任取って、ナタリーに傷をつけない様にすれば、少しは収まるかなと思ったんだけど」
「それはハヤトの保身のためか?」
「そう捉えられる言い方だったね……僕はナタリーと結婚出来たら嬉しいけど、ナタリーが嫌がる事はしない。不利な状況にしないために、一旦周りを落ち着かせる必要があるかな。ある程度落ち着いたら、僕が死んだふりして結婚を解消すればいいし」
驚いた顔をして、ナタリーはうつむいてしまった。やっぱり嫌だったかな?
「……ハヤトがよく分からない、むちゃくちゃだと思いきや、こうやって突然優しくしてくる」
あっ、嫌では無かったんだ。……でも、僕そこまで宇宙人かなぁ?
「自由に行動しているだけだよ、それでも、人の人生を決める事は、しっかり考えてやってるけど」
「そうか……なら、それ以上は何も言う事はない。ハヤトにも覚悟があるのは分かったからな」
どこか晴れた顔をしたナタリーの意図があまり分からなかったが、取り敢えず機嫌を直した様なので良かった。
そう思っていると、侍女が僕たちの所にやって来た。
「ハヤト様、ナタリー様、ビード国の使者が話をしたいという事なので、早めに準備をして下さい」
「ビード国?」
聞いた事ある様な国だったけど、ド忘れした僕が頭の上にハテナマークを出していると、ナタリーが説明してくれた。
「獣族が治める国だ、国王は獅子族のガイウス様、その他にも狼や虎から、兎に猫まで幅広い種族の地上の獣人がいる国だ」
……それってどっちかな、人間に少し獣感があるのか、獣が人間型なのか。それは後でのお楽しみにしておいて、まずは会話の下準備のため詳しい国民性を聞いてみる。
「獣族と私達人間は、そこまで仲が良い訳では無いので一概に言えないが、身体能力が高く、武を重視するものが多い国だ、ずる賢くやるのを嫌う剛直な者が多い。アティー全般ではないが」
「アティー?」
「この世界には人間の他に獣人や鳥人などのアティーに、妖精や魔人などのエルドが知的な種族となるが、それぞれが別々にやっている感じだ。今回来たのも信託による勇者の確認と、あわよくばこちら側に引き入れるつもりだろうな」
ずる賢くの嫌いって言って無かったっけ? まあ全員そうとは限らないよね、脳筋だけで国は動かせないし。
応接間に入ると、キュートな猫耳が付いた女性と犬耳の付いた細マッチョな男性が先に待っていた。なるほど、人間メインの耳付きさんが獣人か。萌えーって感じるタイプの方だね、昔母が好きで読んでいたブ◯ーメ◯◯のタイプでも良かったけど。
「あなたが勇者か?」
犬耳君が、優しい声でナタリーに話しかけた。歌ったらさぞかし良いだろうな……うーんプロデュースしたい!
「私と彼が勇者という認定を受けた、彼はハヤト、私はナタリーだ」
「どうもこんにちは、ハヤト・サイゴウです」
「ゲイル・アインハルト、ビード国王の名代としてやって来た」
「パトリシア・スチュワートです。ゲイルの副官として同行させてもらってます」
つまり、この人が国王の代わりに使いっ走りして来たって事だね。重要ポストだからあんまり怒らせない方が良いかな? あと、猫耳のパトリシアさんの声も素敵だ。シンガー系のポップスタイプで、ゲイルさんもそうだけど、練習したら売れる実力を2人とも持ってる。
「で、用件を聞かせてもらえませんか?」
僕が促すと、パトリシアさんが話し始めた。
「今回勇者が異界から来たという事は、なにかしら世界に不穏な空気があるという事。そして、神はイングス国にハヤト殿を遣わした」
「……そこで不躾ではあるが、ハヤト殿の力が見たい。貴殿にはどの様な力があるのか、それは我が国が協力するに値する力なのか」
なかなかぶっちゃけるねー、簡単に言えばお前何が出来んの? って事だ。ナタリーの助言からして、相手はどれだけ戦闘能力的に戦えるかって考えてるんだろうけど、僕の実力は、せいぜい人間のレベル80程度の女子に勝てる位だ。ファンタジーのベターなタイプなら、おそらくこの2人はナタリーと同じかそれ以上、頑張れば勝てる可能性はあるけど、ドラムス兼ボーカルとしては、なるべく体のリスクは減らしたい。商売道具だからね。
「僕とあなた達ではおそらく、武器も戦い方も違います」
ナタリーが小さくハヤトが真面目だと驚いていたけど、僕だってちゃんと外ヅラは出来るよ。『お客さん』に対して取り次ぐ事は、夜の仕事と父の処世術で叩き込まれている。
「それでは、確認のために手合わせを」
「条件を3つつけてもらいます、1つはあなた達はそこで何もせず見ている事、2つ目は僕は一切あなた達に危害を加えない事、最後は僕を気に入ったらお願いを聞いてもらう事です」
「? それでは戦いになるのでしょうか」
「剣と魔法だけが戦いでは無いんですよ、準備をしますので少し時間をください」
パトリシアさんが疑問に思っているけど、多分、この人達の考えている戦いでは無いのを今から理解してもらおう。
リアカーを運んで、ドラムセットを組み立てる。今度、リサにインカムを作ってもらえるか依頼してみよう。僕の音楽を出すのは早すぎるから、多少後でも良いけど、コーラスをやる時は、インカムがあった方がドラムの邪魔にならないから、早めに依頼しよう。それと、チャイナシンバルも作れる人を探したい。いつもは使っていたけど、来る前のライブで壊れてしまって、なくなく処分したのだ。今度夢枕に現れて、あいつら締めておこう。
「ゲイルさんパトリシアさん、大きな音大丈夫?」
「耳で我らを攻撃するつもりか? それなら問題無い。五感は良いが、普通の音が爆音になる事は無いし、多少大きい音は減音される様な魔法具を持っている」
見せてくれたのは、中央に石をはめ込んだ耳栓だ……ってただの耳栓じゃダメなのかな、調節機能があるのか、補聴機能もあるのか謎だ。
「じゃあ、僕も耳栓しておきます……それでは、聞いてください」
ナタリーには悪かったけど、最初に演奏したドラムソロは初心者向けだった。今回は少し本気を出さしてもらおう、説明は後で良いや。
スネアの静かなドラムロールと、深みのあるバスドラの音からスタートする。そこからタムタム、フロアタムへと流れていく高速連打から16ビート主体に移行する。
ある程度ビートを刻んだらドラムソロの本領を発揮する。スネアタムの移行はもちろん、クラッシュシンバルの連打もしながらのスティック回しに、力強くバスドラを踏み続けてグルーヴを作っていく。
叩きながら、その場にいる人が唖然としているのが見えた。これが歓声に変わるかどうかそれはまだ分からないが、道具がフル装備じゃなくても、二日酔い明けで調子が悪いなりの全力を叩き込んでやる!
やがてフィニッシュになり僕は立ち上がって叩き、ライト・クラッシュシンバルを叩きつけて演奏を終了した。ゲイルさんもパトリシアさんも何も言わなかったので、息を整えて僕から先に仕掛けた。
「これが僕の武器で戦いだよ。剣術も使えるけど、音楽で世界を救うんだ」
「……しかし、音楽でどうやって緊張している情勢を変える?」
……あれ? その辺詳しく説明して無かったよねヴィリ?
僕はヴィリにアイコンタクトを取って、説明してと目線を強く送った、すると、頭の中から映像が現れ、ヴィリが解説してくれた。
「この世界の情勢は、大国フローランとビードの間で緊張状態が長く続いている、フローランが動いたら周辺の国も巻き込んで、人間とアティーの大戦になるだろう」
「そうなったら戦闘能力の高いアティーと、人数で勝る人間では決着がつかないのかな?」
ヴィリが意外そうな顔でこちらを見ていた、この顔良く見たぞ、バカだと思っていたけど意外と頭が良いと驚いた顔だ。……本当に、家族以外にはふざけ過ぎててボンクラ息子って言われたけど、失礼しちゃうな!
「国力が落ちてゆくのに戦争を続けたら、国は疲弊して二次被害が起こる。主はそれを恐れてるのだ」
「困窮による治安の悪化、最悪反乱が起こって余計血が流れるよね」
ヴィリが頭の中の映像を消すと、ゲイルさんが不思議そうにこちらを見ていた、今のヴィリの話を整理して、ゲイルさんに音楽のメリットを伝える。
「音楽には商業的な面もあるから、音楽の多様性が広がれば雇用が生まれて経済が良くなって、経済が良くなれば貧困が減って内乱が減る。他にも料理で交渉が上手く行くときがあるように、音楽もその効果があるよ、新しい文化を交渉のカードにする事も出来るし、良い音楽だったら途中で止めて良い材料を引き出せる。心を豊かにするから犯罪も減らせるよ」
我ながらそろばん的な説得だと思うけど、理詰めで説得は出来たかな?
「……なるほど、文化力も一つの力と」
「そう、戦いも回し蹴りだけ得意でも勝てない、力量が明らかに上ならともかく、同じ以上だと簡単に対応される、質も大事だけど幅を持たせたら、勝率は上がるでしょ?」
「ハヤトはおらぬか!」
話が良いところに、いきなりドアが勢い良く開いた。いつか見たナタリーをバカにしたハゲを若くした感じの、おかっぱヘアがズカズカと入ってきた。
「父上がお前の事を呼んでいる、今すぐ来い」
「誰?」
「カルレラ将軍の息子、フーリーだ。前にリサが襲われそうになった時のバカ息子の」
ナタリーに耳打ちしてもらって、なんだか頭が冷えてきた。
「おい、勇者だからといって……」
母親直伝の鳩尾蹴りからのハイキックを、クズに叩き込んで床に寝させてから、話を再開する事にした。
「後でパンイチにして市街に吊るそうっと、──すいません話を再開しましょう?」
ボー然としてたお客さんに話しかけて、これからの連携や協力について話をする事にした。
「今イングス国は貧乏国家なので、経済について協力して欲しいと打診されると思います。その時は異界人である僕の情報を提供する方針でどうですか?」
「内容次第では物資支援位なら出来るかと」
「農業・産業、経済システム、新しい雇用方法とかありますけど、産業音楽に関しては特に詳しいです。未開発な分、金山が10箇所位同時に出た位の経済効果はあります。もちろん、掘り出すまでの資金はかかりますけど」
半分位は誇張もあるけど、金山掘り当てる位の価値はあるのは確かだ、それに興味を持たせないといけないし、バカ正直に交渉するのはリスクが高いからね。自分を安売りせずに最大限の利益を出す、兄やはとこより劣っても、そこら辺のバカ貴族よりは出来る自負がある。さあ楽しい交渉を始めまようよ!