6話 思惑と策略
性描写が少しあります、ご注意下さい。
「ん……」
昨日の宴会で酒を飲んでから、あんまり記憶が無い。ホスト経験はあるけど、酒はそこまで強い訳では無かった、油断してると結構性格が変わるらしくて周りをビビらせていた、らしい。
それにしてもなにか柔らかいものが近くにあるみたいで、とても心地が良くてまた寝てしまいそうだ。
「ふふっ……ありがとう……頑張るからな……」
……今ナタリーの声がした気がする。でも、騎士とはいえ、分別者のナタリーが男女一緒のベッドで寝る訳が──。
「……えっ?」
「……はっ?」
……嘘でしょ、なんでナタリーが寝てるのさ!?
「なっ……なあぁぁぁぁぁぁ!!?」
「いっ! 頭痛い……!」
「なんでハヤトが、私と一緒にベッドで寝ているんだ!」
「こっちが聞きたいよ……」
愛知県民というより、東海4県は基本酒が弱い、父も酒で母ととんでもない失敗をしたと、準規おじさんから聞いた事がある。でも、これは不味いでしょ!
「あっ……!?」
「どうしたの、ナタリー?」
「貴様……何をしたぁぁ!!」
首を絞められてもなんの事だか本当に分からなかったが、ナタリーのスッポン姿を見て、ある最悪の事態に気がついた。
「まさか……!」
「ああ、血も付いているし、種の感触もある。……やってくれたなっ!」
本当に記憶が無いし、どうやって償えば……あっ!
「ヴィリ! いる?」
「ここにおるぞ」
なんとか首絞めから逃れてヴィリを呼んだ僕は、酔った時の一部でも知らないか聞いてみた。
「そうじゃな……一部始終を見ておるぞ」
そう言って昨夜の宴会の僕が酔っ払った時から話してくれた。
☆☆☆☆☆☆
「このままだと消えて行くって、分かってるのか?」
隼人は酒を一杯飲んだだけで出来上がっていた、周りは面喰らっていたが、隼人の説教は止まらない。
「全体を見ても年寄り受けは悪いし、貴族には色物程度にしか思ってない人が若い人にも多くいた。音楽活動をこれからやって行くんだったら、これからも研鑽を積まなきゃ絶対ダメだろ!」
「ハヤト殿、陛下の前ですので……」
「俺に腹芸は出来ねぇよ! だから言わせてもらう、俺を利用するなら、まともな政策を実行するんだな、俺はこの世界の人では無いし、王の器じゃないと思ったら見捨てるから」
「ふふっ、貴方の利用価値は高いですからね、確かに引く手数多でしょう。見捨てられない様に、やらせて頂きます」
「ハヤト、女王陛下に対して口が過ぎるぞ!!」
ナタリーの言葉を気にせず、隼人はソフィアになおも噛み付く。
「もう1つ言っておくのは、活動にあまり介入しないで欲しい」
「ハヤト様!」
「良いのです、リサ。──それでその理由とは」
「素人のアドバイスは凄く参考になる、慣れた場所で素直な感想を言われて、思いもしなかった発見があるから。だけど、上に立つ人は、方向性を擦り合わしたら後は全部を任せる位やらないと、人が育たないし出来ないことを無理にやって失敗する! それを部下に責任を押し付けたら絶対崩壊するだろ!!」
遂に隼人にキレたナタリーが、立ち上がって掴みかかった。
「ハヤト! 貴様酔っ払らうのも大概にしろ、普通なら不敬罪で投獄だからな!」
「……ふうん? じゃあ、すれば良い。どの道元の世界に戻れなくて死ぬんだから、どんな死に方したって関係無い」
「っ……! 貴様ぁ!」
ナタリーが拳を固めて殴り飛ばすと、隼人も何かキレた。
「ナタリーは殴るしか指導方法が無いのか? ちゃんと言葉で伝える事が出来ないのに、上司気取りするな!!」
「何だと!」
行き遅れと童貞の、ただでさえみっともない口ケンカを、国主の前でやるというどうしようもない酔っ払い状態でやるバカ2人に、周りはイライラし出していた。
「だいたいナタリーはストイック過ぎて、周りが付いて行ってない! もう少し周りを見る努力をするべきじゃないのか?」
「貴様みたいなチャランポランに、騎士団の何が分かる! 礼節もわきまえないバカに我が国を救えるとは思えん!!」
「作法もしっかり勉強してないのに、いきなり出来る訳ないだろ! お前は脳みそまで筋肉で出来てるのか?」
「脳筋はそっちだろ! 第一私は事務もしっかりこなしているのを見ているだろう?」
「それは何時何分何秒、ちゃんと正確に言えるのか?」
「キッー! コケにするなぁ!!」
(子供だ……)
その場にいた全員が顔を引きつり出してきた頃、ソフィアは表面上の笑顔で、バンドメンバーに耳打ちした。
「……という事で、皆さんにお願いしたいのです」
「喜んでやらせてもらうっす」
「そりゃ楽しそうやから、やらせて頂きますわ」
「やります、ちょっと腹に据えかねていたので」
「幼馴染とはいえ、ちょっとイラッときましたし、謹んでやらせて頂きます」
全員が了承し、作戦に移った。
「2人とも酒足りてませんよね? 飲みやすいお酒どうぞ」
「煩い! そんなことをどうでも良い!」
「でもこのお酒、飲むと力が強くなるって元帥様も言っていましたよ。ケンカに勝つならナタリーに是非飲んでもらいたいんだけど」
「むっ……では、飲ませてもらおう……」
ナタリーは酒を受け取り、グラス一杯飲み干した。すると途端に目がトロンとして床に突っ伏してしまった。
「あっはっは! バカだだーそんなお酒ある訳無いのに騙されて──」
隼人はエクトルに布を嗅がされて気を失った。苦手布という拷問にも使われる道具で、嗅いだ人が1番苦手な匂いになる布である。ちなみに威力は。凄くても大の大人が気絶する程度なので死ぬ心配はない。
「さて……ありがとうございました。後はワタクシが2人を寝室に運ばせますから、どうぞゆっくりしていらっしゃって下さいね。──後、1つだけ約束出来ますか?」
「何でしょう、殿下?」
「今回の事は誰も知らないのです、皆は楽しくお酒を飲んでいただけです。──分かりましたか?」
「……はっ、女王陛下の仰せのままに!」
その場にいたメンバー全員が礼をすると、ソフィアは侍女と一緒に部屋を出て行った。
「……ヴィリ・ロット様、そこにいますか?」
「ああ、西島国の女王よ」
「これからする工作に協力して下さいます?」
ソフィアはその内容をヴィリに伝えた。その内容を聞いたヴィリは、条件付きでその提案を受け入れた。
「なら交渉成立です、この事は内密にお願いします」
「分かっておる、──それにしても、明日驚く顔を見るのが楽しみじゃ」
「あら、なかなか人が悪いですね」
「我に言わせれば、お主の方がよっぽど酷い。人の一大事を決める事になるのじゃからな」
「ふふっ、民の為なら悪になるのならそれで構いません、それが国を治める者の覚悟ですから──マイルズ、いますね」
「……はっ、こちらに」
「ナタリーとハヤトの既成事実を偽装してもらえます? 1時間以内に済ませてください」
「……御意」
ソフィアは隠密兼工作部隊の長に、工作の指示を出すと侍女にも指示を出す。
「あなたはマイルズの手伝いをしなさい。──騎士とはいえレディの素肌を他人に晒すのは忍びないですから、ナタリーの工作はあなた達に頼みます」
「もちろんです、陛下の為ならこの身を捧げる所存にございます」
この侍女は、スラムから拾ってもらった恩義があり、ソフィアが全幅の信頼を寄せる侍女である。それもあって、こういった漏らしたくない内容のものでも素直に頼めていた。
そうして、工作部隊と信頼できる侍女によって虚偽の既成事実を済ませ、手違いが起こらない様薬を使って、その薬をベッドの脇に置いた。
こうしてやった工作を、口裏合わせてヴィリが事実を歪曲して伝えたのだった。
☆☆☆☆☆☆
「──という訳でナタリーが泥酔してハヤトを襲い、酔ったハヤトも流されるままになったという訳じゃ。流石にまだ子供を作るのは早いと思って、事が終わった後に我らの方で薬を使っておいたが」
嘘だ……! こんなに僕って見境無かったのか……! もっとナタリーを大事に出来なかったのか。
「私がハヤトを押し倒した……?」
ううっ……さすがの僕でもこの目をしている人に近づかない方が良いと分かる、マジで噴火の5秒前だ。
「そ……そんなの嘘だあぁぁぁぁぁ!」
両手をついて打ちひしがれているナタリーを見て、僕は酔って記憶に無い自分をフルボッコにしたくなった。女性とお子さんを泣かすなと、両親から言われて育った僕にあるまじき大失態だ……。
「……殺す」
「へっ?」
「この事実を知っているヤツら全員殺して、私も死んでやるぅぅぅ!」
「うわー! ヴィリ、一緒に止めて!」
裸の男女が朝からゴダゴタしている光景に、自分でもなんだコリャと感じつつも、ナタリーを必死に落ち着かせた。
「ナタリー、僕もちゃんと責任を取るつもりだし、君のしたい事に協力する……平和的な解決方法に限って。だから気を落とさずに前を向こう」
「ハヤト……」
何だか力が抜けたのか息を吐いたナタリーは、僕の腹を思いっきり殴ってきた。
「いっ……たー!」
「感謝しろよ、男として再起不能にする所を、腹の拳1つで済ませたんだから」
「……まあ、それで済むなら全然良いよ。ゴメンね?」
「……謝った所で、令嬢と閨を共にしたなら、男子は責任を取って結婚しないといけない、女子には嫁のもらい手がいないからな。ちゃらんぽらんな所はある程度矯正してもらうぞ」
「分かった、努力する、努力する予定です。予定は未定だけど」
ナタリーが言っているそばからふざけた僕がまた殴られそうになった瞬間、僕はある事を思い出した。
「……あーーーー!!」
ボーカルも出来る僕の声量は割とある。耳元で叫ばれて頭を押さえたナタリーには申し訳ないけど、割と重大な事だ。
「なんだ、突然?」
「僕がお酒弱いのは昨日みんなに証明したけど、僕飲んじゃうと下は役に立たないんだ」
「なっ……! なにをいきなり言うんだ!?」
顔を真っ赤にしたナタリーと、全国の紳士淑女には申し訳ない話ばっかりだけど、大学時代に付き合っていた彼女の時に発覚した。それが原因で別れて、経験もなしで今に至るけど、そんな事は置いておいて、酒に酔っ払った状態でナタリーと愛し合ったのか? ちょっと疑惑が芽生えた。
「そんな事は良いのでは無いか? 状況的に他はいないだろう」
「ナタリー、腰に痛みは?」
「いや、いつも通りだ」
「普通初夜の時にはかなりの痛みが出るから、それはあり得ないでしょ? ──ねえ、ヴィリ? ちゃんと話さないとはく製にしてそこら辺のコートにしちゃうよ」
「いや、その……」
「ナタリー、ちゃんと押さえていてね」
もふもふもふもふもふもふもふもふ……。
「はうっ……!」
ナタリーは、逃げようとするヴィリをもふもふして無力化してくれた。……もしかしてわんちゃん大好きなのかなぁ? ともかく、これはチャンスなので畳み掛ける。
「ねえ、ヴィリ? ずっとこれが続くよ、早い所吐いて」
「はうっ……い、言う……だからこれは……ふぅっ……」
そして、ナタリーがもふもふしながら時間をかけて、ヴィリに真実を吐かせる事に成功した。……やっぱり容赦ないな、ソフィア。国力を上げる為にこんな事をして……まあ、その位なりふり構わないと、この国を立て直せないか。
「ナタリーは怒っている?」
「……多少は」
まあ、自分の人生を勝手に決められそうになったところだし、いくら国主でも不満が無いとは言えないよね。
「でも、ソフィアの判断はそこまで間違ってないよ」
「何?」
「国のために家臣を使って、勇者という最強のカードを固定しようとした。いくら自分が女性で未婚とはいえ、女王の結婚は国の存亡を賭けた勝負になるし、勇者とはいえ実権を握られる可能性はある。ただでさえ女性であるだけで逆風吹いているのに、自分より強すぎる光は側に置かないよ、自分で舵取りするならね」
ナタリーは目を見開いて僕を見ていた。……えっ、僕変な事言った?
「……ただの猪武者かと思ったら、割と周りが見えているんだな」
「ドラムは大抵1番後ろから叩くから全体が良く見えるんだよ」
僕がニコっと笑うと、ナタリーも男前に笑った。でも、この話は簡単には終わらなかったんだ。