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5話 七難八苦もなんのその

「何? 新しい楽器を使って演奏しているだと」

「今までにない音楽だそうです」


カルレラは報告を受けて鼻で笑った。


「ふん、どうせ苦し紛れでイロモノだろう。皆の批難が目に浮かぶわ」

「しかし、新鮮でなかなか評判が良かったとか……」

「頭の堅い貴族連中に理解出来るわけ無いだろう! 下がっておれ」


密偵を下がらせると、カルレラは不敵な笑みを浮かべた。


「成り上がりの小娘が……せいぜい逃げる手はずでも整えているんだな」


誰もいない執務室でカルレラは1人呟いた。



☆☆☆☆☆☆



「今までにない位人がいますね……」

「イングス国プレゼンツの一大イベントだっけ? ロカジャポ位のキャパになるのかな」

「なんやその『ろかじゃぽ』とやらは?」

「大きい音楽祭の愛称だよ。注目の若手が参加して、1日でちょっとした町の全人口が集まる位大盛り上がりするんだ」

「ハンパないでっすね!」

「めっちゃ金が動きそうやなぁ」

「確かにそれは凄い、是非やってみたいものです」


メンバーに紛れて、紫色だが毒々しくない上品な髪がよく似合う風格のある女性が、ひょっこりと現れていた。


「あっ、こんにちは。どなたですか?」

「あまり名乗りたくないのですが……」

「じゃあ、金珠緒さん|(仮)で」

「ソフィアでお願いします」


かなり下ネタが入った名前は嫌だったらしく、あっさりと名前を教えてくれた。ソフィアと名乗った女性は僕のドラムスを不思議そうに見ていた。


「先ほどから不思議に思ってたのですが、両手両足でよく叩けますね」

「この楽器を演奏すると、必ず言われる言葉の1位がその言葉だね。嬉しいけど、それ以外無いのかよって皆ツッコミを入れるけど、なんだかんだで嬉しいからたまに言ってあげてね」

「そうですか、ちゃんと覚えておきましょう」


ソフィアは上品に笑うけど、頭の中はフル回転させていそうな感じがした。貴族の中でも上流の、強かさがある眼をしている。ザクロちゃんもそんな眼をして、海千山千の老獪おじさん達を出し抜いていたから、この人はできる人だ。


「もう少ししたらライブをするんだけど、ソフィアは音楽は好き?」

「そうですね、教養の為に聴いていましたけど、純粋に楽しんでは無いです。嫌いでは無いのですが、心を揺さぶられた事はあまり……」


そっか、でも、嫌いじゃ無いのなら魅力を知らないだけなんだと思うから、今回のライブ頑張ってみよう!


「今までにない音楽を僕達はやろうとしてる。評価してもらえるか分からないけど、少しでも多くの人が楽しんでくれたなら良いと思ってるんだ。ソフィアも楽しんでもらえるように頑張るよ」

「では、楽しみにしています。カルレラ将軍の無理難題に立ち向かうナタリー殿の姿を」


ソフィアは品のある笑顔を残して、楽屋を去って行った。後からメイクをしていたナタリーとリサがやって来たので、ソフィアという上流階級の人を知らないか聞いてみた。


「ソフィア? ……特徴は?」

「紫色の髪をした、上品だけど有能な人」

「……まさか、いや……それはないですよね……」

「どうしたの、リサ?」

「間違ってたら大変ですし、あり得ないので言わないです」


どうやら心当たりはありそうだけど、割と慎重にしないと怒られそうな凄い人そうだ。まあ、勇者認定されたなら、会う機会もありそうだから、今はライブに集中しよう。


「リーダー、準備完了しました。円陣を」

「ワイもいつでも」

「おいらも準備万端っす」

「ナタリーをスターにしましょう」


円陣が出来上がり、ナタリーが笑みを見せながらそれに加わる。


「私も覚悟は決めた、ここの皆と一緒に生まれ変わって、喰らい付いていく」

「お手伝いするよ、ナタリー。後ろは任せて、土台はしっかり固めるから、存分に行って来なよ」


そして、恒例のかけ声を皆と一緒に叫ぶ。


「M・W・N!」

「オオッ!」


気合いを入れたところで、楽器を持ち、リサやエクトル、ミヒャエルが颯爽と現れ、ハルムや僕がセットしてある場所に着いた。

そして、ナタリーがマイクを持って観客の前に姿を現した。


「演奏する前に少し話させてもらいます、今回歌う曲はある旅人が教えてくれた、異国の歌です。楽器も歌い方もかなり変わってますが、これからの時代に必要なヒントがあると私は思ってます。不変的なものが必ずある一方、挑戦する事の大切さもあるのではないしょうか? ──長くなりましたが聞いてください。『春に恋して』」


曲が流れた途端、観客が静かになった。呆気に取られているのか分からないが、やがて歌に入る。ナタリーの声に圧倒された人たちを連れて、曲は最後のサビへと向かう。


「この声が嫌だった時 あなたは手を差し伸べて

シャガの様に実らなくても 見ないふりして でも消えないで いつまでもこの想いを 春に込めて」


この曲を作った椎名さんによると、最後のサビが割と気に入っているそうだ。初恋の人を想って作った曲だから、1番思い入れのある曲だって。……それがうちの父と知った時にはかなり驚いたけど。

アウトロが流れ、曲が終わると歓声が巻き起こった。


「ブラボー!」

「素敵ー!」


思っていた以上の歓声が巻き起こったが、身なりがいい人達は、眉をひそめる人も多かったし、年配の方には平民貴族問わず興奮した様子は見られなかった。ナタリーの声か、はたまた音楽性か、それとも演奏の質か、課題は分からないけど、今の段階で全員に受ける曲を作る必要はない、好みの問題だからね。


「ありがとうございましたー!」


僕たちはお辞儀をして戻ると、みんなで大はしゃぎした。


「よっしゃー! わい決まっとったな!」

「あの歓声はたまらないっす! おいら感動したっす!!」

「カルレラにちゃんと仕返し出来ましたね! ナタリーの歌が受け入れられて良かった……!」

「そ、そんな泣くな……全く、リサの泣き虫は昔から変わらないな」


それぞれが喜びを露わにしていると、ミヒャエルが何かに気がついた。


「あっ、ソフィアさん」

「お疲れ様、とても良い音楽でした」


ソフィアは僕たちを労うと、淑やかに笑った。それを見ていたナタリーは顔を青くして膝を曲げた。


「失礼しました殿下、ありがたき幸せにございます!」

「でっ……!」


それに習い僕以外のメンバー全員が、昔やっていたドラマの再放送で、茨城のご隠居の正体が分かったみたいに臣下の礼を取った。……えーっと、僕はどうすれば良いんだろ?


「ハヤト!? 女王陛下の御前だぞ!」

「このお嬢様が国主? 凄いなぁ」

「いやだから立っているな!」

「じゃあ、おやすみなさい」

「この状況で寝る奴が何処にいるんだ!」

「ここにいるよ」


キレたナタリーに、ローキックを喰らって悶絶した。そんなやり取りをしていたら、ソフィアは僕に対してお笑いを見ている感じで笑った。


「うふふっ! 異界の人物って面白い方なのね」

「申し訳ありません、まだ礼儀とか国主とか知らない異界人で」


正確には、完璧に把握しきれていないのが正しい。これでもちょっとした資産家の息子なので、公共の場での礼儀とか、作法の意識は勉強しているが、所変われば品変わるのだから、モデルチェンジ中なんだよ。


「今度じっくりと、成果を見せてもらえれば良いですの。変わり者と聞きますが、女性に対して誠意を見せるようですし、仲間想いな所は信用に値します」

「いや、もったい無い言葉、ありがとう」


……あれ? 今度じっくりと、成果を見せてもらえれば良いと言ったよね。つまりはまた会いたいのかな?


「新しい音楽で、観客の半分以上を喜ばせていたのなら大成功です。あなたはもっと知らない音楽を聴かせてくれそうですから、ぜひまた教えて頂いても構いませんか?」

「良いですよ、自分の好きなものを共感してくれるのってとっても嬉しいですから」

「では、今から宴会でもどうでしょう?」


おおっ、凄いなぁ……って、展開早っ! ドレスコードとか大丈夫なのかな!?


「宴会と言っても、国が豊かとは言い難いので軽食と普通のお酒です。勇者に対して非礼ではありますが……」

「そんなこと無い! のけ者にしないだけありがたいよ」

「ハヤト、敬語ーー!!」


メンバーから総ツッコミを受けても、簡単には治らないよねー。



☆☆☆☆☆☆



「さあ、軽く食事でもしながら、楽しい話を聞かせてくれますか?」

「恐縮です、頂きます」


出された食べ物は確かに軽食もある、サンドイッチにクッキー、コテージパイ……何だか軽食というよりも庶民的な料理が並んでいる。上の人がこんなのしかもてなせなかったら、国の余裕はあんまりなさそうだ。


「あんまりネタは持ってませんけど……そうですね、元の世界に興味がありそうなんで少しだけ。ここの世界より文明が進んでます──」


僕は悪用されなさそうな農業や、音楽関係などの、軍隊とはそこまで関係無い話をした。失礼な事もしたし、ソフィアがしっかりした人そうな感じはするけど、僕は戦いに利用されたく無いし、僕の召喚理由は軍事利用のためでは無いだろうね。それだったら神様サイドで戦闘チートを用意しそうだし。


「──そうなると、音楽で経済発展も可能ですね。他には楽しい事は無いですか?」

「歌合戦というのがあって、チームに分かれて色んな音楽を聴いてもらって、投票でどっちが良いか決めるのが、年の終わりの名物だね」

「色んな音楽とは?」

「さっき僕たちが演奏したのはブルースっていうので、労働者の歌が起源です、それにロックっていう、恋や若者の不満を歌にしたのを混ぜ合わせているんだ、他にももっと色んな音楽があるよ。この世界にはあまり音楽の多様性は無いかも知れないけど、色んな音楽を知ってもらって、色んな人に安らいでもらったら良いと思ってるから」


ソフィアはあごに手を当てて考えた後、僕に問いかけた。


「経済的には使えるものですか?」

「ムラはあるけど、場合によってはそこら辺にいる貴族より稼げるよ。もちろん、商売として成り立つにはみんなに好まれる音楽と、質も大事だけど」

「……なら、あなた達にお願いがあります」


ソフィアは間をおくと、僕たちを見回してこう告げた。


「この国に新しい音楽をもたらし、我が国を元気にさせてもらえませんか?」

「えっ……」


その言葉を聞いて、周りの皆が驚いた。


「じ……じゃあ、騎士団の方はどうするのですか!?」

「あなた達には、近衛騎士として異動してもらいます、ナタリー、エクトル、ミヒャエル、ハルムとセノノアには近日中に正式な辞令を交付しますから。──後任は信頼出来る人を選びますから安心してください」


まだ驚きが冷めない中、ソフィアは話を続ける。


「騎士の本分とは違うかも知れません。しかし、国を豊かにし、民の安寧を作るのも国のためになると思っています。ハヤト殿には何かやってくれるものを感じているのです、一ヶ月でここまで形に出来たのも、皆の努力とハヤト殿の指導があっての事、ワタクシ的には大いに可能性を感じるのです」

「……分かりました、女王陛下の仰せのままに」


ナタリーは、なんとか平然さを取り戻してこうべを垂れた。ソフィアに反感を持っている訳ではなくて、大役を任されて緊張している感じがする。


「はい! 1つ良いですか」

「なんでしょうハヤト殿?」

「ナタリーだけじゃあ、色んな音楽が出来ない」

「なっ……!? なにを言うんや!」


ハルムが怒るのは当然だ、だってまだちゃんと説明してないんだし。


「ナタリーの魅力は少し掠れたカッコ良い声だけど、僕が知っている音楽は、色んな声の人が、明るかったり、悲しい音楽だったり激しい音だったり、落ち着いた音だったりする。そこはオーケストラと変わらないし、向き不向きがあるよ。ナタリーに向いている音楽は、大人な落ち着いたバラード、あるいは激しめな音で歌うロック。向かないのは元気なポップス。──ちなみにここでのバラードは、静かで綺麗なメロディーに恋愛の詩をつけた僕らの世界での大衆音楽だから」

「では、ハヤト殿は新しい人材を確保したいと?」

「うん、その人にあった音楽じゃないと曲が死んじゃうから、色んな所に声をかけさせてもらうね」

「分かりました、その代わり国に予算が無いので、お金は出せません。そのつもりでお願いします」


まだまだ大変そうだけど、女王であるソフィアの許可は下りたから、これからポピュラー音楽を普及しよう!

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