2話 天然タラシにウブ団長
砦に着くまで、更に詳しく説明してもらった。この世界にはまだ、ドラムスの概念が無い。正確にはドラムスで使われる打楽器は存在するが、それを組み合わせる概念が無いのが正しい。もちろん、キックもハイハットも作られてない。ただ、技術的には僕が教えれば作れる事は可能みたいだ。
それよりも、僕がやってきたロックはエレキのギターにベース、キーボードもあれは嬉しいが、とにかく電気系は発達して無いだろう。
「ねえ、魔法を道具に入れ込む事は出来るの?」
ナタリーは首を縦に振った。
「出来ないことはないが、魔法道具を一般市民に提供するには、時間がかかる。特に我がイングス国は安定しているとは言い難いからな」
「電気を道具に入れ込む事は?」
「雷系の魔法を使える者はいるが……その発想は無かったな。──何か考えがあるのか?」
「うん、頑張れそうな予感がした」
それならまだ希望がある。なければ作れば良い、ハイハット以外は見たことがあると言っていたという事は、アコギやコントラバス、ピアノの概念がある可能性が高い。それに電子音や、エフェクトをかける事が出来れば、ロックが出来るし、まだ難しかったら、他のジャンルの音楽を聴いてもらうだけだ。
「……そう言えば、この世界の音楽ってどんなの?」
「そうだな……楽団があるな、声楽と……後は民族音楽くらいか」
「えーっと、ジャズとかスカとかロックはないの?」
「空振り? 6、9? 何のことだ?」
……つまり、クラシック位しか音楽が無い。そうなったら、僕は聴いてきた音楽を伝えて広めれば良いんじゃないか?
「……ねえ、声に自信が無かったりする?」
「っ……! そんなのどうだって良いだろ!」
裸を見られたのといい勝負な怒った顔をしていた。……コンプレックスがあるのは、ある程度予想はしていたけどね。
「僕の世界の話になるけど、僕の国では、オーケストラは国民的な音楽ではないんだよ。声楽も同じ、でも音楽はしっかり流行っている──何でか分かる?」
「それがどうした、話を逸らすのか?」
怒ったナタリーに真剣に答える、友達のコンプレックスを自信に変えるチャンスだ、この機会を逃したくない。
「音楽のジャンルが違うからだよ。──いろんなジャンルの音楽があって、それぞれに合った声質がある。ナタリーの声は掠れた声だけど、それに合った音楽がある。声の個性が存在するのが僕がいた世界だ」
言葉に詰まるナタリーを追い詰めない程度に畳み掛ける。
「その声が短所だと思うのは、音楽が合って無いからだよ。弓使いが、無理やり前線で剣を振るわされているのと同じ。他で一流になれる素質をナタリーは持っている。僕は好きだよ、ナタリーの声」
何だかハッとした顔をして、ナタリーは顔を背けた。
「……初めてだ、わたしの声を好きと言ってくれた人は」
「……んっ? なんか言った?」
「なっ、何でも無い。──ほら、あそこにあるのがわたし達の拠点だ」
何だか話を逸らされた気がするけど、石で出来た、大きな砦が見えてきた。これまた大きな水路が囲ってあって、弓が届きにくく、簡単には攻めづらい形になっている。ここまでしっかりした造りだと、ここは前線なのかなぁ?
「我は身を隠す、基本いないものとして会話してくれ──だから、いちゃいちゃしてても問題はないぞ」
そう言ってヴィリは姿を消してしまった。ナタリーが拳を震わせて、必死に無表情をしていたのは見なかった事にしよう。
「ナタリーだ、門を開けてくれ」
門が開いて中に入ったら、練兵場があった。そこで練習をしている兵士がナタリーを見ると、一斉に手を止め、直立不動になった。
「団長に敬礼!」
ナタリーに向かって、ベテランも年下も関係なく一糸乱れぬ形で一斉に敬礼をした。
「ご苦労、練習を再開してくれ」
ナタリーが発した言葉で、また練習が再開された。──もしかして、もしかしなくとも、ナタリーってすっごく優秀な騎士だったりする?
「なんだ? 若造と女というだけで舐められる時もあるが、一応師団長を務めているぞ」
「……えーっと、トップが総軍、1つ下が軍、その下が軍団でその下が師団で合ってる?」
「大体は合っている」
「ナタリーって将軍クラスのエリートって事!」
「末席の、ギリギリ将軍と言ったところだな、煙たがるご老公も多い。味方もいない訳では無いが……」
末席とはいうけど、婚期を逃しているといっても、20前に将軍とは凄いよ! 普通は4〜50代のおじさんがやるのを、20前になる凄さ。エリート中のエリート、不世出の騎士という事になる。
僕が驚いていると、セノノアがやって来た。
「団長、ヘルメス・レターで王城にヴィリ・ロット様とハヤトの事を伝えました」
「ありがとう、頼りになるな、副団長」
「それと……カルレラ将軍がお見えになってます……」
「カルレラ将軍か……分かった、すぐに行く」
2人とも露骨に嫌な顔をしたのを見ると、あまりナタリーに好感を持っている相手では無さそうだ。
ついてくるなと言われなかったので、『リヤカー』をセノノアの部屋に一時的に置かせてもらって一緒について行くと、50代位で、頭は80代の服だけは綺麗なおじさんが偉そうに座っていた。
「遅いぞ、小娘が良くわしを待たせるものじゃ」
「申し訳ございません、出かけておりましたので……」
「ふん! 大方、上に媚びを売りに行っていたのだろうがな……それとも、そこの馬の骨でも買って来た帰りか?」
清々しい程のパワハラと、セクハラが決まりましたー! 分っかりやすいザ・ダメ上司だね。
「……それで要件は?」
腹が立つ言葉を黙って流し、無表情を貫いているナタリーに対して、偉そうな姿勢を崩さず、カルレラは要件を伝える。
「1か月後、音楽祭があるのを知っておるだろう?」
「はい、貧富関係なく自由に参加出来るとお触れが出ているのを聞いております」
すると、カルレラは嫌な笑いを浮かべた。
「貴殿を騎士代表として推薦しておいた、チャンドラー殿は、素晴らしい歌声を持っていると言っておいたからな」
「なっ……!」
その反応を、何だか楽しそうに見ているので分かった。こいつ、ナタリーがコンプレックス感じてるのを分かってる、タチが悪いな。
「しかし、わたしには荷が重く、期待出来るものでは……」
「だが、国王陛下も楽しみにしておるぞ。まさか、貴殿は国王陛下の期待を裏切るつもりか?」
「いえ……しかし!」
「だったらありがたく受けろ、くれぐれも、陛下の面を汚す事のないようにな」
そう言って、カルレラは去って行った。こんな事してる暇があったら、出世するために頑張れば良いのに、親戚のザクロちゃん曰く、『中途半端な奴ほど偉ぶる』というのであいつは大した事ないな。
「良く我慢したね?」
「楯突けばわたしは左遷、それは今まで苦労をかけた部下に対する冒涜だ」
「……団長、病欠として辞退すべきでは?」
「どのみち、臆病者と言われて信用を落とす。そうすればお前らにも影響が出る」
うーん、上司みたいなアホの無茶振りを、上手く切り抜けるという事だよね。……でも、これは僕の管轄だ、ナタリーのために一肌脱いであげよう!
「音楽のジャンルは問わないのかな?」
「そうなのですが、団長の歌声は掠れているので、自信が無いらしく……」
「掠れているだけ? 音程は取れる?」
「これでも子爵の娘だ、一通りの教養は身に付けてある、声質以外はリズム感、音程は問題はないぞ」
なら、基本は問題ないかな? ちょっとアカペラで歌ってもらおう。僕はナタリーに頼んでみた。
「独唱という事か?」
「好きな音楽で良いから、何でも歌ってみて」
「がっかりすると思うが──」
そう言って、ナタリーは歌ってくれた。予想通り、ハスキーでなかなか良い声をしている、音程、リズム感、抑揚、殆ど問題はないかな。後は──。
「自信と度胸がどれだけつけられるかかな、それと1番重要な事がもう一つ」
「何だ?」
「自分も相手も楽しく、心地良い疲れを残せるように歌う事、聴かせるんじゃない、聴いてもらう気持ちを忘れないで。──練習をしてもらうよ、毎日3時間ベースに、自習をプラス。それで騎士として鍛錬を積んでね?」
「……何を考えている?」
「新しい音楽の提案、音楽の多様性を認めてもらおう大作戦! の、記念すべき第1号になって?」
ナタリーとセノノアがぽかんとして、やがて笑い出した。
「……ぷっ! そのまんまだな、……いいだろう、部下のため、やってやろう」
「なんか分からないですけど、できる事はしっかりバックアップしますから。応援します」
という訳で特訓態勢に入ってくれた内に、早速改善点を指摘する。これまでの音楽と全く違う事をするから批判覚悟でという事を伝えた。
「どんな音楽にするんだ?」
「僕のずっとやってきた音楽とは違うんだけど、慣れてない人でも親しみやすい音楽を聴いてもらいたいから……あったあった、この箱から流れる音楽をアレンジするよ」
爆発しても壊れないのと、100万曲入るのが売りの、音楽プレーヤーを取り出した。
「その箱から音楽が流れる訳がないだろ」
電源を入れて、曲が流れる。掛けた曲は「春に恋して」。全員がボーカルをやる不世出のバンドの中で、ブルースを得意としているキーボードがボーカルを担当している曲だ。音も激しく無いし、初めて聴く人でも聴きやすい爽やかな曲だ。ちなみに、バンドのメンバーは父の親友でもある。
「……! 箱から音楽が流れている……それに、聴いた事のない音ばかりだ」
「ハスキーで力強い声と、歪ませた伴奏なのに、心地いいですね……」
……うん! まずは歌う人が歌わされている感じならダメだけど、ナタリーもセノノアも気持ち良さそうに聴いている。少なくとも若い人の感性に全く合わない訳では無さそうでホッとした。……アネゴさん、ありがとうございます、そしてごめんなさい。音楽勝手に使わせてもらいます。
「実はこの曲の楽器、多分この世界にない。だから作る事になるから、誰か作れる人を知らないかな?」
音楽を聴いてもらった後、相談をすると、セノノアが頷いた。
「拙者の婚約者が、音楽に詳しく、魔法の才があります。いつお呼びしましょうか?」
婚約者いたんだ……まあ、貴族とかはすぐに婚約とか、結婚するだろうしなぁ。……ナタリーはしなかったのかな?
「最速で、相手の準備が出来れば直ぐに」
「分かりました、では、手紙で……」
「そんな悠長な時間はないだろ?」
さっきまでいないものと思えと言っていたヴィリが、いきなり出てきてセノノアを驚かせていた。
「ヴィリ・ロット様!?」
「発表が1ヶ月後、そこから楽器を作り、演奏するまでに無駄な時間は削減しなければならないだろう。先ほどの曲を、ナタリーの声で聴きたくなった。多少はサポートしろと主人から言われている故、今すぐ婚約者と機材位はここに来てもらおう──ほれ」
漫画で見たような魔法陣が現れ、緑色の髪をした10代後半の少女が現れた。
「セノノアさん、助けて!」
開口1番で発した言葉は、服の乱れ方からして、切羽詰まった状態から、ワープして来たらしく、なんか色々とラッキーだった。
「リサ! 何があった!?」
セノノアが慌てて駆け寄ると、リサと呼ばれた女の子は、唖然としてセノノアを見ていた。……まあ、ピンチの場面でいもしない婚約者が現れたら、驚き通り越してぽかん顔するよね。
「セノノアさん? 私は夢を見ているの……?」
「デコピン一丁ッ!」
夢じゃないと証明するために、僕は少女のおでこにデコピンをプレゼントした。彼女はおでこをさすりながら涙目になっていた。
「ハヤト! レディに手をあげるなど……」
「痛いなら夢じゃない! なんかピンチだったみたいだけど、そこのお兄さんが助けてくれたんだよ!」
テキトーな話でセノノアを担いで、婚約者の好感度を上げる。こういうのはノリですよ?
「セノノアさぁぁぁん! 怖かった〜!」
「よしよし、落ち着いてください」
何があったのか分からないけど、取り敢えず、感動の再会をしばらく過ごしてもらう事にした。