第1話 やっぱりここは異世界でした
今更ながら、僕はある事に気がついた。──子犬が喋ってる! 凄い凄い!写メ撮りたい!
「ワンちゃん、お手!」
「ワンちゃん……!?」
「ちょ、貴様!? 相手は神獣だぞ、神の使いにワンちゃんはダメだろ!」
「えー!」
だって、神獣ってもっと威厳があって、大きな感じするのに、これじゃあマスコットだよ。ペットだよ。
「ヴィリ・ロット様は神様の使いで、この世の危機を救う勇者を助ける役目がある、尊い神獣なんだぞ」
「えっ……って事は今、世界レベルでピンチなの?」
僕の疑問に、ヴィリは神妙に頷く。
「そうじゃ、まず、冒険者が置かれた状況から説明しよう。──ここはセラースという世界だ、お主が居た地球とはまた違う世界、冒険者から見たら異世界という事になるの」
「へぇー、本の中だけじゃあ無かったんだ」
パラレル世界の話を聞いた事があったので、無くはないと思っていたけど、本当にあるとも思わなかった。やっぱり世界って1つじゃなかったんだ。
「セラースは時々、異世界との境が緩くなる時がある。それ故、他の世界から色んな物が入ってくる。かつては拳銃という鉄の筒が入って来て、強力な武器と分かり、見つけた者が強国に囲まれた弱小国出身で、持ち帰って生産に成功し、中立を保ったそうじゃ」
どこの世界でも、そういった事あるんだね。某永世中立国みたいな話だなぁ。
「だが、人間が入ってくる事は稀だ、無生物はどんな大きさでも流れてくる事は多いが、知能を持った者が来るときは、世界を救う為に我が主人が、かなり強引にやらないと連れて来られないという。──それに、セラース内で力を持った者が多いので、連れて来る必要がない時が多いのも理由の一つ」
ふんふん、つまりは僕はレアケースに入る訳だ……でも、かなり頑張らないと連れて来られないという事は──
「残念ながら、お主は元の世界に戻れない可能性が高い。連れて来る時に主人はかなり力を使う、もう一度やる時には、少なくとも100年は必要になるじゃろう」
「……つまりは、ここで骨を埋めろって事かー何だか人生を賭けた大仕事をして欲しいんだね」
「ハヤト……」
ナタリーが、どう声を掛けたら良いか分からないみたいな顔をしていた。案外、出会いの場面が普通だったら、直ぐに仲良くなってたかも知れない、良い人だ。
「いきなり過ぎて、実感が無いけど、こういう時、父さんが言ってたんだ『焦りそうになったら、深呼吸するか、散歩しなさい。冷静に考えられる様になってちゃんと考えれば、お前なら大丈夫』……父さんはダメならダメと切り捨てるから、大丈夫と言ったって事は大丈夫──だから、この世界の事を教えて、何でも良いから知っている事を全部」
「…………」
「…………」
2人……正確には1人と1匹は、どう声をかければ良いか迷っていたみたいだった。えっ? 僕の行動おかしい?
「その……元の世界に帰れないのに、そんなすぐに割り切れるのか?」
「そうだね……普通の人ならガーンとなるだろうけど、お父さんが凄い人で、どんな事があっても冷静に対処して最悪の事態に備えろ、出来たら防げっていう教育方針だったから、今冷静に考えたらさっさと切り替えないと死んじゃうなって感じて、出来る事はやっておきたいなと」
「……お主、元の世界でも変人と言われなかったかの?」
「ドラムやってる人の半分は明るい変人だよ、だから変人とは言われなかったね」
ドラムをやっている人から、変人じゃないと言われそうだから言い直すかな、ドラムやっている人の半分は変人ではないよ、アスリートな芸人だよ! むしろベースの方が変人率高めだよ、好き好んでベースをやりたい人は特に。
「……まあ、とにかく、今危惧していることは、魔物や魔王などの魔族ではなく、イングス国やフローラン国などの国家間での諍いや国内の不満だ。そして、この緊張を和らげる事を手伝って欲しい」
なるほど、音楽で外交や不満を抑えるお手伝いをして欲しいって事ですね、情熱の国では、音楽療法をした曲が一つのジャンルになった程ですからね、分かりましたよ!
「ところで、ナタリーと言ったな?」
「は、はい! ヴィリ・ロット様!」
ナタリーは僕の時とヴィリの時と対応が全く違う。エキストラさんと大物俳優並みに違う、僕は犬以下なんだろうなぁ〜寂しいな〜。
「お主にもかなり協力してもらう事になる、対の勇者と言っても差し支えない。無理やり巻き込む事になって申し訳ないと思う。──そこで、お主が望んでいるものを調べ、それをプレゼントする事にした」
ちょっと待ってよ、ナタリーは喜んでいるけど、僕は何にももらえないの? ずっちーなぁ!
「一人娘で婿が、しかも自分と同じか強い男が欲しいと願っていたの?」
「は、はい! 純愛を貫いていたゆえに子宝に恵まれなかったわがチャンドラー家に是非武芸に優れた、出来ればそこそこ頭が回る男子が欲しいです。かなり早く昇進した代償で、わたくしももう19ですし、婚期も逃したので……」
「年下だったんだ!」
「はっ……? 年下は貴様だろ!?」
思わず驚きの声を上げると、同じく驚き返された。いや、日本人は年下に見えるとは言うけど、19に18以下と見られてたのか……。
「これでも、23歳だよ! ここだと童顔にでも童貞にでも見えるかも知れないけど、立派な成人男性だよ!」
「少なくとも、女性経験はありそうだがな」
ヴィリが意外にも茶々を入れてきた、ちなみに親の方針で、ホスト経験はある。水商売は観察眼を鍛える良い練習になるとの事だった。確かにその点は無駄では無かったよ、人間関係を築くのに上手く行くようになったから。でも、客と寝ていません!
「って、ヴィリ・ロット様、その相手は誰になるんでしょうか?」
ナタリーが話を戻すと、ヴィリは話を再開した。
「ふむ、近くに居るぞ。年下に見える年上で、すらっとしたイケメンだが変人の隣にいる男だ」
「……えっ?」
ナタリーが固まっている、もしかして感動のあまりに何も言えないのかな ……という事は、ヴィリか、いや~年上っぽい話し方だったし、すらっとしてるしね。……でも、跡継ぎ出来るのかな? 聞いてみよう。
「神獣と人間のハーフっているの?」
「お主、絶対勘違いしているだろう。はっきり言わせてもらう、お主が婿に行くのだ。ナタリーの旦那になるのだ」
「……えっ? ええええええええっ!」
会っていきなり婚約って、某有名俳優がした、女優への0日プロポーズみたいじゃないですか! いや、ナタリーに不満がある訳では無いけど、会って1時間もしない人といきなり結婚って、驚きますよ。しかも0じゃなくてマイナスのスタートだし。
「ほ、本当にハヤトなんですか……」
「音楽や剣術の力量はかなりのものがある、お主もそれは分かっただろう。そして頭の回転も悪く無い、家を没落させない程の商才はあるし、状況によっては中興の祖になれるぞ」
「いつ調べたの?」
「主人は最高神だ、その気になれば情報と知識の神に何でも聞いて、調べる事は容易だ。それに、馬の骨を連れてくる訳にもいかないだろう」
そりゃそうだね、充電に100年かかるなら、無闇に人を連れてこれないよ。
「……拒否権はあるんですか?」
「逆に条件は完璧なのに、拒否する理由が無いと思うが」
「会っていきなり裸見られて、それで結婚出来る人が何処に居るんですか!」
宗教関係か、お家柄なのかは分からないが、取り敢えずナタリーが潔癖なのは分かった。
「良いではないか、夫婦になったら更に進まなくてはなるまいし、お主より強い男もそうはおらぬ。此奴を調べたが、癖がある以外は善良な男の子だ」
「それより先!? 結婚は既定なのですか!?」
「無理にしなくて良いよ」
その言葉に、ヴィリは意外そうに首を傾げた。良いのか? 好みじゃ無いのか? と聞いている気がしたが、いくらおっぱい星人でも、節度ある変態なので、嫌なら仕方ないじゃないか。
「事故だったけど、嫌だったら問題ないよ。会って少ししか経ってないけど、無愛想で良い人だなぁって思ったからさ、良い人が現れるよ。僕は無理矢理結婚させるのは嫌だし」
「ハヤト……」
「でも個人的には気になっているから、まずはお友達から始めませんか? 嫌なら友達のままで良いし、っていうか、対の勇者がギスギスしているのもマズイし、この世界じゃぼっちだし、割り切れない所もあるから、案外不安なんだよ……」
1人知らない所で、不安にならないのは難しい。子供でも大人でも、ダメなものはある。恋愛に発展しなくても良い、ただ、信頼出来る相手が欲しい。
「……仕方ない、私も勇者というなら、連携がある程度取れないといけない場面もあるだろう、恋はとりあえずシーボーンに預けるとして、友として仲良くしてやらない事はない」
相変わらずぶっきらぼうだけど、良い人だ、この世界で初めての友達、嬉しいな。
「ありがとう、ナタリー。この世界で初めての友達がナタリーで良かった」
「っ……! ま、まあ、足を引っ張ってくれるなよ」
ちょっと顔が赤くなって返事したナタリーが改めて可愛いなと思いながらも、初めての友達と握手した。
「……あ、そう言えばかなり話が逸れたから、詳細を説明してよ。歩きながらで良いからさ」
「そうだな、では、この世界の政治、技術、種族、この世界の常識を教えながら歩くとしよう」
『リヤカー』を引っぱって歩こうとすると、少し離れた所から、柔らかい良い声が聞こえてきた。
「団長ー! いい加減長いですよ! 何処に居るんですかー!」
紅葉を思い出す鮮やかな赤髪の、体格の良い男性は、ナタリーを見つけるとこちらにダッシュしてやって来た。
「団長! 沐浴にしては長すぎます。もう少し団長としての自覚を……」
「済まないセノノア、色々大変な事になりそうだ──ヴィリ・ロット様が勇者を連れて来た。」
その言葉を聞いて、セノノアと呼ばれた男は顔を強張らせ、傅いた。この状況を確認すると、神獣って偉いんだなと分かる。
「ヴィリ・ロット様、我らの力不足、誠に申し訳なく思っております」
「今回は彼だけでは足りぬ、お主の上官にも力を借りる事になるのを皆に伝えてくれまいか」
「……御意、それでは失礼します……所でそちらの方が勇者様ですか?」
「西郷隼人、隼人って呼び捨てで良いよ。お名前は?」
「セノノア・バリエット・コルネートです、セノノアと呼んでください」
セノノアと握手をすると、なぜかニコリと笑われ、ナタリーに耳打ちして去っていった。
「あ……あいつっ……!」
「セノノアがどうかしたの?」
「なっ、何でもない! 砦の方まで歩くぞ、話はその中でも出来るだろう!」
赤くなりっぱなしのナタリーを不思議に思いながら、砦まで歩くまで、2人からこの世界の説明を受けた。
「まず、ここの世界は王政が主流だ。今居るイングス、東の強国フローラン、山脈に囲まれたメルヒ、南国マーシャ、文化国ジェンタ、その他の小国も王政だ」
「交通手段と、通信手段は何処まで進んでいるの?」
この質問にはヴィリが答えた。
「馬や帆船、飛竜が主な交通手段だ。最近流れてきた自転車という二輪の人力馬車も、都市部では使われだしている。飛竜は安価ではないから概ね富裕層が使っておる。通信手段は魔法を使っての会話と手紙があるが、手紙がメインだ、この世界には魔法があるが使える者が限られる故、一般市民は手紙を使う」
なるほど、不便ではあるけど、それなりの生活は出来そうだ。……1回、資産家出身の父のツテで、監視付きだったが無人島に1週間放置された事があるのに比べれば、人がいる、雨風は防げる、食糧の不安は少ない……何とかなりそうだ。
「言葉の壁はないの? 公用語が違うと不安だなぁ」
「基本的に世界で統一されている、勉強の心配はない。因みに、お主に言語翻訳の魔法を掛けたから安心しておくと良い、読み書きが自動で翻訳される様になっておるから、存分に本を読んで勉強する様に」
……そうだよねー異世界に飛ばされてそのままで会話出来る訳がないし、他のチートはともかく、トークが出来ないと、世界平和が、トークなっちゃうもんね。
「今一瞬空気が寒くなった気が……?」
「……ソンナコトナイデスヨ」
言わなくて良かったー! 言ってなくてもピンチだったけど。
「今は戦争状態に無いが、イングス国は暴君が崩御して新王が就いたばかりでまとまりが無い上、フローラン国とは折り合いが悪い。他国にも色々な思惑がある。戦争に突入しても不思議では無いのが現状だ。──その中でお主らの力を借りたい」
という事は、僕が思っている以上に、大変な所に来た様だ。……でも、不可能で無い限り、僕ができる事をやるだけだね。さあ、頑張ろう!