表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

プロローグ ドラムスは変人傾向アリ

親が凄い、兄も凄い、はとこも凄い。でも、弟さんは大したことない、何回か言われて大分慣れた、別に言われなくても本人が一番分かってるのを、人はなんで言い続けるのか。周りがトップだと、そこまで酷くなくても対比でショぼくなってしまう。


それに勉強は上の下で悪くはない、武術は母に伝授され、音楽の才能は父にそっくり受け継いだ。どちらかというと、僕は経営者や医師になるより、音楽でメシを喰う才能がある。最近始めたバンドで、インディーズからメジャーデビューの話が出てきたくらいには頑張っている。兄もはとこも喜んでくれた。多少劣等感はあるが、家族や親戚と仲は良いんだ。


今日もライブを終えて、荷物を持って歩いていた、練習は物心ついた頃から毎日最低10時間は欠かさずやっている、勉強してないのに上の下だったら結構賢いと思うけど、兄やはとこは海外の有名大学を飛び級、しかも首席で卒業している。勉強量は普通の人と変わらないのに……。


そんな事を考えながら歩いていたら、いつの間にか知らない場所にいた。さっきまで地元のライブハウスで叩きまくっていたから、土地勘はある。名古屋の錦三でこんな鬱蒼とした森なんて無い。しかも、ライブをやっていたのは8時過ぎ、上を見上げると同じ8時過ぎでも、朝の8時過ぎだ。いくら何でもおかしい。


「まあ、水筒があるから、水飲んで考えるかなぁ」


腰に固定してあるカート──バンド仲間曰く『リアカー』──にはスネアと、シンバルスタンドが3本にシンバルが3つ、さらに分解したハイハットをケースに入れて置いてあり、フロアタムとバスドラムもある。残りのスペースに置いてある大きいカバンには、タムタムが3つにスティックとキックペダル、それに電気式と手動のメトロノームが綺麗に仕舞ってある。|(この辺は母の躾が厳しかったお陰だ)そしてリュックには、ガッツリ入る水筒と、ドラム用のチューナー、ギターとベースのピックが各2つ、スコアブックが数冊ある。


バンドをやっている人なら気づくと思うけど、何故、ピックがあるのか? 答えはおいおい説明するとして、とりあえずスポーツドリンクを……って、2Lの水筒なのに1滴も入ってない!? 誰のせいだ! ……そう言えば、こそこそとメンバーが水筒を触ってた気が……。後で伊藤、松井、高城には高速連打をしておこう。


 仕方ないので歩こう、水が無いかな~、無いかな~、無い……無いね。


「かれこれ1時間歩いてなかなか水なしっていうのも、なかなか面倒くさい。本当に母さんの特訓が生きているな~」


普段は優しくて綺麗な母だったが、武術の稽古は子供ながら理不尽だと思った事がいくつもあった。5歳の時、30代の元ヤン相手に戦って勝て、10歳でニュートラル状態の軽トラを10キロ押して行くまで帰らせない……などなど、割とスパルタだったが、体が大事な音楽活動でかなり役にはたった。それを思えば……。


──と、僅かながら水がせせらぐ音が聞こえてきた、み、水だー!


発見した川はしかし、飲むにはあまりにも少ない、だが降って行けば、大きな川に着いて沢山飲める! 希望が見えてきた。


やる気が出てさらに歩く事10分、遂に大きな川に着いた。


「水だー!」


生水だが下痢のリスクも関係なく水を飲み始めた、んー美味しい! 空き腹に不味いものはないと言うけど、それを差し引いても美味しい、紅茶に合う軟水だ。


ふと、人の気配を感じたので、顔を上げると、綺麗な女性がいた。歳は僕より同じか少し上くらい、透き通る白い肌に、出るとこが出て、締まるところは引き締まった抜群のスタイル、雪を思い出す銀の髪、冬の女王が現れたみたいだ──一糸纏わぬ姿だけど。


『糸という単位がある、野球の打率で2割5分3厘とか使う方向の単位だ、厘の下が毛その下が糸だ。毛より糸の方が細いんだろうな、因みに、上の単位に恒河沙と言うのがあって、恒河はガンジス川、そこにある砂位にいっぱいあるという意味だ、下の単位にも紗という細かい砂から来ている単位もあるから、面白いよな』


現実逃避が過ぎていらん知識が出てきた、父には取り敢えず退場してもらおう。


「あっ……」


そんな事をしていたら、相手に気付かれた。僕は冷静に耳栓を付けた。


「きゃああああああああああああっ!?」


耳栓、ありがとう、役に立ったよ。鳥が一斉に飛び立った位には大きな声だったから。


女性は物凄いスピードの拳を繰り出してきた。夫婦喧嘩している時のキレた母並みの重くて速いナックルだった。それを避けると耳栓を外して、弁明する。


「すいません……ごくっ……飲み水探して辿り着いたら……ごくっ……あなたが水浴びしてて……」

「飲みながら弁明するな! それにそんな言い訳なんて要らない! 我が名剣のサビにさせてもらう……!」


ハスキーでボーカルやったら絶対人気が出る声だなぁと、呑気な事を考えている間に、長い剣を持ってきてジリジリと間合いを詰めてきた。


『剣と刀は用途が違うの、剣は刺突中心でダメージが強いけど、耐久性が低い。刀は斬撃中心でダメージが低いけど、耐久性が高いの、覚えた?』


ちゃんと覚えていたけど、今必要なのは、どうすれば切り抜けられるかという知恵を教えてもらいたかった……母にも退場してもらおう。


「覚悟しろ!」


そんな事はお構い無しに、女性は袈裟斬りを仕掛けてきた。咄嗟に踏み込みながら避け、相手が突っ込んだ勢いを利用して、剣を奪った。


「なっ……!?」

「裸を見たのは謝ります、だから、落ち着いて下さいよ」


おおっ出来た、自分でも本番で無刀取りが出来るとは思ってなかった、多分相手よりびっくりしているのは僕だ。


「くっ……ひと思いに殺せ!」

「じゃあ、殺す前に聞きますけどここって何処ですか?」


女性はポカンと口を開けた、いや、確かに殺す前に現在地を聞く奴はいない……あっ僕がいたか。


「ここは、イングス国のウェスランだ、お前は何処から来た?」

「イングス国? ウェスラン? 名古屋でも日本でもなくて?」

「なんだナゴヤというのは?」

「日本の第3の都市だよ、知らないの?」

「日本というのも知らないのだが……」


……あれ? つまり、ここは日本知らない位の辺境か、この人が非常識なのか……?


「取り敢えず、服を着てください。眼福だけど、人が嫌がるのに見る趣味は無いから」

「結局殺さないのか? ……って、下心あったのかこの変態!」


……って言われても、僕は23の一般男子だから、仕方ないと思いませんか? 男子の性欲のピークって、10代から20代らしいですし。

取り敢えず、服を着替えるので、剣を預かって待っていると、戦装束に着替えてやって来た。

「そういえば、名前は?」

「……ナタリー・ジェランド・チャンドラー。ナタリーでいい」

「そっか、僕は西郷隼人(さいごうはやと)、隼人が名前になるね、よろしく」


握手を求めると、ナタリーは驚いた顔をした。


「どうしたの?」

「いや……凄い手だな、かなり酷使してないとこんな手にはならない」

「母さんから剣術を特訓されて、父さんから音楽を叩き込まれたからね。あそこにあるカートに、機材があるよ」

「そうか……見せてもらっても良いか?」


ナタリーは興味があるのか、カートを見たいと言ってきて、見せてあげる事にした。すると、不思議そうに、カートを眺める。


「これは……どうやって浮いているんだ?」

「少しだけ反重力を作動させているんだ、少し浮くだけで、楽に運べる様になってる」

「反重力……? これの中身は?」

「商売道具だよ、──これがシンバルとハイハット、ちょっと待ってて組み立てるから」


そう言って、持ってきたものを10分程で組み立てた。我ながら素早く、手慣れた手つきだと思うが、ナタリーはドラムセットを初めて見る様にまじまじと見ていた。


「これでは、マーチは出来ないな。……しかし、シンバルが固定されているが、これはどうやって音を鳴らすんだ?」

「これは、ドラムセットといって、基本は真ん中にあるバスドラムを右足で叩いて、右手でハイハットを、左足はそのハイハットを開け閉めして音を変えるんだ。最後に左手でスネアドラムを叩いて演奏する」

「本当にそんな真似が出来るのか?」


本当にドラムを知らないみたいなので、演奏してみようと椅子の代わりになるものを探していたら、丁度良い高さの切り株があったので、そこまで機材を持って行って、切り株に座った。今度はちゃんとした椅子のを見つけようっと。


「じゃあいきます、1・2、1・2・3・4」


 スネアの連打からタムタムへ流れ、8ビートを刻む。唖然としているナタリーと目が合うと、僕はニッコリ笑う。


「これが8ビート、右足をタン、タタンで踏んで左手で2と4拍の時にスネアを叩く、右手はここのハイハットっていうシンバルを8分音符で叩く。──次はオカズからの16ビート」


 オカズ──フィルインをしてリズムを変えると、ナタリアは驚きながらも、次第に足でリズムを取るようになった。初めてドラムを聞いてくれる人がリズムを取ってくれるなら、結構良い感じに叩けている証拠だ。


「次はアドリブで叩いてから、16ビートに戻ってフィニッシュしますー!」


 ここからが本当の勝負、自分のセンスで叩いてナタリアを盛り上げる事が出来るかどうか、ドラムで盛り上げるのはかなり難しい、綺麗な音色も長い音も出す事が出来ず、研ぎ澄ましたリズムと、グルーヴィーなドラミングが出来るかどうか。知らない人に凄いと思わせる事はある意味簡単で難しい事なのだ。

 あまりうるさいと思われない様に、ある程度音を小さくしてアドリブに入る。緊張感と高揚感の中でも、バスドラをキックする足に気持ちが入る。やっぱり、音楽は楽しいー!!

 そして最後にクラッシュとスネアを同時に叩き、スネアを高速連打からだんだん速度を落としてから、少し間を置いて……クラッシュから16ビート! そして、フィニッシュに入り、終了すると、ナタリアは天を仰いだ。


「凄いな……ドラムの凄さが初めて分かった」

「ありがとう、本職を褒められなかったら、しばらく立ち直れなかった──っておおっ!」


 ドラムセットを片づけながらお礼を言うと、突如として空からなんか落ちてきた。


「冒険者よ、待たせたな!」


うわっ、鎧を装着した真っ白のカッコ良いオオカミ! ……結構ちっこいけど。──オオカミみたいな仔犬は、偉そうに言っているけど、何かあるのだろうか。取り敢えず、機材を片付けながら話を聞く事にする。


「あの、どちら様ですか?」

「その手を止めろ、無礼者! ……まあいい、お主はある意味最後の希望でもあるからな」


手際良くドラムセットを仕舞ってから、ちっこい仔犬に向き合った。するといきなりとんでもない声が聞こえてきた。


「まさか……神獣ヴィリ・ロット!?」


ナタリーの叫び声が森にこだまし、また鳥が飛び立った。


これが後に西から東へ、北から南まで色んな人を巻き込み、大きな事を巻き起こす、僕とナタリーとヴィリの出会いだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ