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『弱虫で泣き虫で暗殺者のキミ』4

 キミはもう一度布団を掴んだ。グッと力のこもった両手から、その本気度がうかがえる。


 あたしは心構えをする。この作戦の結果、あたしだって無傷でいられるわけじゃない。ココロは破裂寸前だ。

 キミの呼吸を感じ取り、タイミングを合わせる。


 そしてーー


「ほら、いちにーのー、さん‼︎」

 キミは掛け声とともに、力いっぱい布団を捲り上げたんだ。


 あたしが布団に包まっている本当の理由、布団の中のあたしがどういう状態なのか、知りもせずに。


 ☆★☆


 あたしと同じように、《E研究の被験体》としてつくられたキミ。


 キミがあたしの隣の験体室から連れ出されて5年。キミは外の世界で大きくなって、少しは男の子らしくなったかもしれないけれど。


 キミが居なくなった、空っぽの部屋を眺め続けて5年。あたしだって、少しは女の子らしくなったんだよ……?


 ☆★☆


 あたしは布団の内側を掴んだまま、布団もろともひっくり返る。


 襟元に黄色い蝶結びのリボンがついた半袖の白いブラウスに、赤と黒のチェック柄の、スカート。


 録画映像と同じ服装で、仰向けになったカエルみたいに手足を折り曲げて、スカートが大きく捲れ上がった状態で。

 録画映像とは違って、キミの位置から丸見えだ。


 あたしのぱんつ。

 色は白。


 モニターから届く眩しいくらいの光が、あたしのスカートの中の陰影をくっきりと照らし出す。


 しっとりとした質感なのは、何時間も布団に包まっていて汗をかいたから。

 少しズレて際どいラインを縁取っているのは、しゃくとり虫を繰り返したせい。


 男の子は本能的に《女の子のにおい》を嗅ぎ取るらしいから、新品のものじゃなくて、多少使用感のあるものの方が効果的らしい。

 だから見せパンなんかじゃなくて、普段から穿いている、ありのままの、あたしのぱんつ。


 こういう場合、中途半端な自衛心はかえって命取りになるから、キミを仕留めるために一切の妥協はない。


 あたしはお皿の上に盛り付けられた白桃の果実。今、最高の食べごろに仕上がっている。


 ほんのり色づいたふとももと一緒に、さぁ、思う存分、召し上がれ……。


 そう、これは女の子の色気に対して免疫皆無なキミに浴びせる、一撃必殺のカウンター。


 誰にも見られたくない露わな姿と引き換えに、あたしはキミから勝利を奪い取る。


 本当は冷徹で、非情なあたし。

 目的のためなら手段を選ばない。


 前もって録画映像でキミの受け皿を用意しておいたのも、この瞬間のため。

 いっそう潤んだりんご飴の瞳から、今にも甘い蜜が零れ落ちそうだけど、大丈夫。


 あたしは、あたし自身のココロを客観的に把握して、それすら作戦に利用してしまう、超一流の策士なんだから。


 ……本当、なんだから……。


 あたしは今にも泣き出しそうな声を漏らす。


「……いっ……、いやっ…………」

 キミは絶句したまま、まばたき一つせず、あたしの局部から視線を動かさない。


 ☆★☆


 心身走査が済み、2か月ぶりに幽閉状態を解かれたキミが、眠らされたままあたしの部屋に移送されて来るところから、布団を捲り上げられたあたしが、キミにぱんつをみられるところまで、あたしの行動はすべてE計画にのっとったものだ。


 だから、これはドラマや映画と同じ、お芝居みたいなもので。

 だから、キミが見ているあたしのぱんつと、キミが想像を膨らませているあたしのぱんつの向こう側は、あたしの本当じゃなくて、架空のもの、分身みたいなもの。


 別にぱんつを見られたからといって、あたしの存在が消えるわけでもないし、世界が滅亡するわけでもない。


 ほんの少しだけ、男の子にぱんつを見られるのが初めてだったから恥ずかしかっただけで、しかもこんな至近距離から……。


 本当のことを言うと、ぱんつを見られなくて済む方法がないか、ずっと寝ないで考えてたんだけど思い付かなくて、時間もなくて、この方法が一番確実だという結論にいたったから……。


 要するに……

 何が言いたいかって言うと……


『ぱ、ぱんつを見せてあげるのは、こ、今回だけの、特別なんだからねッ‼︎』

 録画映像のあたしが、いじらしい表情で、声の出ないあたしを代弁した。


「…………」

「…………」


 でも、その言葉はキミの耳にはまるで届いていない。


 キミは録画映像のあたしを完全に無視して、あたしの大切な部分に視線を注ぎ続けている。


 ☆★☆


 こうなることは分かっていた。

 ココロの準備だって何回もした。


 でも、やっぱり、羞恥心と喪失感に苛まれて、思うように身体が動かない。


 あたしはどうにか身体を捻って、キミの突き立てるフォークのような視線から逃れると、膝を立てて四つん這いになった。


 一歩、二歩、三歩と、部屋の隅にまで転がった紙製の刀のもとへと寄っていく。

 生後7か月の赤ちゃんだって、今のあたしより上手にハイハイするはずだ。


 息遣いは荒く、心臓がどっくんどっくん言っている。

 噴火したみたいに顔が熱い。

 きっとあたしは今、本物のリンゴよりも赤面しているのに違いない。


 震える指先を伸ばして、あたしは紙製の刀を掴み取ろうとする。

 まさに、わらにもすがるような思いで。


 掴みーー取れた。

 瞬間、あたしは紙製の刀を強く握りしめていた。


 あとは、これでキミをぶつだけだ。

 そう思うと、あたしのココロはいくぶん落ち着きを取り戻した。


 あたしは不敵な笑みを浮かべてキミを見る。

 この時、殺気を感知したキミが逃走できないよう、部屋は強制ロック済みだ。


 でも、その心配は無用だった。ウブなキミはあたし以上に重傷を負っているらしく、金縛りにあったかのように微動だにしない。


 ーーさあ、今こそ任務達成の時間だ。


 今こそキミに思い知らせよう。最初からキミに勝ち目なんて無いことを。

 二度と、あたしのE計画を阻止しようなんて、思わせないために。


 あたしは女の子らしからぬ、堂々とした足取りでキミの正面に立った。


 まだまだ幼さの残るキミの顔立ち。

 あの頃から変わらない澄んだ紫色の瞳と、透明感のある肌質。

 短めの黒髪で男の子だって分かるけれど、それらしくウィッグを被せてリップを塗ったら、絶対に女の子と間違えられそう。


 でも、騙されちゃいけない。


 この風貌は、キツツキとして他者を欺くためのもの。キミは脳内であたしのぱんつを繰り返し再生している、ただの変態なんだから。


 一旦思考を落ち着かせるため、小さく深呼吸。

 その後、小さな声でカウントを開始する。

 3……

 2……

 1……


 そしてあたしは無限に湧き出てくる恥ずかしさを導火線にして、乙女ゴコロを爆発させる。

 紙製の刀を右手一本、キミの顔面へとしならせて、キミの記憶を丸ごと吹き飛ばしてしまうくらい、思い切り。


「いやああああぁぁぁぁーーーーっっ!!!!」

 盛大な叫び声とともに、クラッカーに似た音が、パンと鳴った。


 ☆★☆


 任務達成。


 ほぼ予定通り、『大勝利』と言えるはずなのに、素直に喜べなかったのは、キミがどこか満足げな表情を浮かべながら、カーペットと同じ色の鼻血を垂らしていたせい。


「何なの、ぱんつ見たくらいで、子供なんだから……」

 あたしは蔑んだ視線を注ぎながらキミの抜け殻を跨ぐと、モニターをタッチ操作、通話モードに切り替える。


「要件は済んだから、ロック解除して」

「はいはい、お疲れ様、たまごーーちゃん」

 キミの呼び方を真似してあたしを呼ぶのは、樹の根第四枝部の総指揮、E計画の首謀者、あたしのお父さん。


 あたしは短く「シネ」とだけ言って、モニターの電源をプツリと切った。


 再び真っ暗になった室内。

 任務の余韻に浸るように、あたしはキミの寝息を聞く。耳を澄まさないと聞こえないくらい微かな音。


 でも、キミはちゃんと《生きている》。

 その事実が、ようやくあたしのココロに染み渡る。


 当然、あたしの面打ちなんかでキミが気絶、まさか死んじゃうはずはないから、きっとどうせあたしの部屋に運ばれてくる前に、何かの薬をお父さんから投与されていたんだと思う。


 本当に、あの頃からいつもいつも、キミは踏んだり蹴ったりにされてて、可笑しいね……。


 でも、容赦なんてしてあげないんだから。

 目を覚ましたら、またすぐ次の任務でキミを待ってるんだから……ね?


「じゃあ、また後で、ね……?」

 あたしはひそひそ声で言い置くと部屋を出る。

 隣の部屋にキミが居た頃を思い出しながら、こっそりと忍び足で。

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