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『弱虫で泣き虫で暗殺者のキミ』3

 じーっ。あたしは布団の隙間から視線を30度ほど持ち上げて、キミの後ろ姿と右手首を視界に入れた。


 あたしと同じくらい白くて細いキミの右手首。そこには一本のミサンガがきつく結ばれている。


 白地に、赤いハート型の模様が散りばめられた手編みのミサンガ。編んだのはあたしで、キミが寝ている間にこっそり付けておいたのもあたしだ。


 あたしからのサプライズプレゼントにようやく気づいて、キミがどんな反応を示すのか、あたしはごくりと息を呑んでそれを見守る。


 すると《乙女ゴコロ》をまったく理解できないキミは、まるでナンセンスに言った。


「じゃあ、これは手錠のつもりなの?」

「しかも、こんなの簡単に取り外せるけど?」

 キミはそう続けて、ミサンガを外そうと試みる。


 カチン。「こんなの」……?


 あたしは思わず布団から飛び出して殴りかかりそうになったけれど、なんとか堪えた。


 ーー今の言い方は、あたしをおびき出すための《罠》だ。


 仮にもキミは精選されたキツツキの一員。

 キミは背後の存在に、接近する布団の正体に、とっくに気付いている。


 録画映像のあたしと会話を続けていたのが何よりの証拠。


 キミはあたしに気づかないフリをして、あたしの任務のてん末を見定めようとしている。

 その上で、あたしの任務を打ち破る、最適なタイミングを見計らっている。


 幼い頃の数百回のイタズラの復讐をするために。

 そして、あたしのE計画を阻止するために。


 昔から防衛本能にだけは長けていたキミ。

 キミは外の世界で悪知恵をつけて帰ってきた。


 あんなに弱虫で泣き虫だったくせに、本当に生意気になったものだ。


 でも、大丈夫。


 あたしがそんな単純な罠に引っかかるはずないし、あたしの作戦は、キミがあたしの存在に気づくことも織り込み済みだから。


 それでもやっぱり、あたしを罠に嵌めようとする態度が気に食わなくて、あたしはほっぺたをぷくっと膨らませた。そしたら、


『たまごお手製のミサンガです。ケチャップのついたゆで卵みたいですごく可愛いでしょ? 気に入ってくれた? でももし気に入らなくても、無理に外そうとしたら大変なことになるから、絶対に外さないでくださいね?』

 録画映像のあたしが優しげな口調で言った。


 それを聞いて、あたしのほっぺたはぷしゅーと萎んだ。

 そうそう、キミがミサンガを取り外そうとすることも全部お見通しなんだから。


 それにもしかしたら、キミは単にあたしの作ったものだってコトを知らなかっただけなのかもしれないし。

 言ってなかったら、さすがに分からないよね、うんうん。


 ミサンガについて認識を改めたキミ。


 きっと今度は「へぇ、手編みなんだ、上手に出来てるね、やっぱり女の子だから趣味もかわいいね、大事にするよ、本当にありがとう」とかなんとか言ってくれるはず。


 あたしはそう思って、キミの次の言葉に期待を膨らませた。そしたら、


「んー、よっぽど強く巻いたね、なかなか外せないよ、これ」

 キミはここぞとばかりに録画映像のあたしを無視して、ミサンガを外そうと右手首をいじり続けている。


 女の子からのプレゼントを……あたしの気持ちを粗末に扱うなんて……どう考えても、やっぱり、許せないッ‼︎


 ☆★☆


「んーっ! んーっ!」

 あたしは獰猛なつもりの声を出して、キミを威嚇した。


 あ。引っかかった。って思った時にはもう手遅れだ。


 その瞬間、あたしを罠に嵌めて任務を打ち破る確信を得たキミは、満を持して背後を振り返る。


「あれー? 今何か変な声が聞こえた?」

 なんて、ココロの中ではニヤリと笑みを浮かべているくせに、あたかも今の声であたしの存在に気づいたみたいに、わざとらしく振る舞って。


 キミの背中がゆっくりと回る。回りきったらどうなるのか。

 それはあることを意味していた。


 あたしは、キミと顔を合わせることになるんだ。初恋、片想いの男の子と、生まれて初めて、何の隔たりもなく。


 ……や、や、や、やっぱり、そんなの無理……っ‼︎


 あたしは慌てて布団の隙間を密閉して、また布団の中に隠れようとしたけれど、その寸前、振り返ったキミと目が合った、合ってしまった。


 キミの透き通った紫色の瞳に見られて、あたしの体温は急上昇する。

 布団の中にあたしの鼓動が響く。


 どきどき、どきどき、どきどき。


 本当は臆病で、純粋なあたし。


 そもそも録画映像を用意したのも、キミにイタズラするためなんかじゃなくて、キミと直に目を合わせたら、あたしのココロが爆発してしまいそうだったから……。


 キミが寝ている間中、キミの寝顔もまともに見られなかったんだから……。


 ーーなんて。


 そんなのあり得ない! あり得るはずないから!

 どきどきが聞こえる? ううん、違うよ。これはココロの音なんかじゃない。


 だってこれは……あたしの、声だもん……っ!


 ☆★☆


「どきどきっ、どきどきっ」

 あたしは鼓動を真似て声を発する。

 心臓が一定のリズムを刻むように布団を伸び縮みさせて、しゃくとり虫みたいな動きを加えながら。


「たまごちゃん、見ーつけた」

 すぐ近くでキミの声が聞こえた。布団越しに感じるキミの気配。キミはあたしのすぐ前でしゃがんでいる。


「たまごちゃん、こんなところで何してるの?」

「どきどきっ」

 キミの問いかけに、あたしはしゃくとり虫で答える。


「もしかして、背後からこっそり近づいて、イタズラでもしようとしてたの? たまごちゃんのことだから、どうせまた中に何か変なものでも隠し持ってるんでしょ?」

「どきどきっ、どきどきっ」


「ごまかしてももう無駄だよ。今回はたまごちゃんの負け。諦めて。たまごちゃんにはもう少し冷静さと我慢強さが必要かな。でも、そこがたまごちゃんのいいところでもあるから」

 それも挑発のつもりなのか、まさか、あたしのことを見透かしたつもりでイイ気になってるのか、上から目線でキミは言った。


 強引にフォローを付け加えるあたり、あたし自ら布団から這い出させて「まいりました」とでも言わせたいらしい。


 本当に生意気なんだから……。


「さ、良い子だから早く出てきて。他にも色々、聞きたいこととかあるんだけど」

「どきどきっ、どきどきっ、どきどきっ」

 悪い子で負けず嫌いのあたしは、そんなこと知らんぷり。


「もう、しょうがないなぁ……」

 そう言うと、キミはついに強硬手段に出た。布団を掴んで、捲り上げようとする。

 そうはさせないと、あたしも布団の内側を掴んで、必死に抵抗する。


「んーっ! んーっ!」

「もうほんと意地っ張り。いつまでも子供じゃないんだから……」

「んーーーーるるるるっ!」


 何を言われようとあたしは断固立てこもりを続ける。

 そしたらキミは一旦布団から手を離して、落ち着いた口調で言った。


「じゃあ、わかった。今回もたまごちゃんの勝ちでいいから。降参するよ。ね? だから出てきて?」


 キミのコトだから絶対、出た瞬間に「はい、たまごちゃんの負けー」なんて言うつもりだ。


 あたしにそんな子供騙しは通じない。


 反発の意味を込めて、布団で体当たり攻撃。

 おそらくキミの膝あたりにぶつかって、ドン、と尻もちをつく音が聞こえた。


 あたしは床面をばんばん叩いてキミを煽る。活きの良いエビみたいに。布団の中だとあたしは水を得た魚だ。そしたら、


「そっちがそのつもりならもう知らないから! ホンキで行くよ!」

 キミが感情的になって声を上げた。


 あの頃とは違って、キミが本気になったら、きっともうあたしの力じゃ太刀打ちできない。


 あたしの布団はもうすぐ引き剥がされてしまうだろうけれど、キミは全然気付いていない。


 それこそが、あたしの作戦通りだということを。

 キミの敗北は、もはや秒読み段階だ。

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