『弱虫で泣き虫で暗殺者のキミ』1
スーッ、スーッ。丸っこく膨らんだ布団が、赤いカーペットの上を這っている。
たとえ世界のどこかに魔法使いが居たとしても、布団に手足を生やす、なんてことはしないだろうから、布団を引きずっている正体はあたしだ。
ガンガンに冷房の効いた室内。冷え切ったカーペットの上を、カタツムリみたいに布団を背負って、あたしは今ほふく前進している。
毎秒5センチくらいの速度でゆっくりと。
目指す先は、壁面のモニターの前に立って録画映像の続きを見ているキミーーの背後。
目的は、布団の中に隠し持つこの紙製の刀で、キミの頭を打つこと。それも思い切り。
これはあたしにとってのE計画、記念すべき始まりの《任務》。失敗は決して許されない。
ちなみにあたしが背負っているこの軽くて暖かい羽毛布団は、さっきまでベッドで寝ていたキミが、数時間前まで被っていたものだ。
簡素な病衣一枚しか着てなかったキミは、起きてから「くしゅん」とクシャミを連発しているけれど、あたしが悪いわけじゃない。
飾り付け用品を片付けて、カーペットを敷いたから今はだいぶ変わって見えるけれど、だってここは録画映像と同じ、あたしの部屋だから。
女の子のベッドを何時間も占領した罪は重い。
「くしゅん」ほら、また。キミがクシャミをするたびに、あたしは布団の中で笑みを浮かべた。
全然起きなかったキミが悪いんだからね。
☆★☆
『樹と月の域、地下研究基地、樹の根第四枝部へようこそ。一同あなたを歓迎します。樹と月の域、および樹の根第四枝部についての説明が必要ですか?』
布団越しに聞こえるあたしの声。さっきまでとは違ってやや形式ばった語調だ。
頭の上の蛍光灯だってもう映っていない。
キミが目を覚ましてから今まで、録画映像じゃない方のあたしーーつまり本物のあたしは、布団に包まったまま聞き耳を立てて、ベッドの陰から《進軍》のタイミングを見計らっていたわけだけれど。
あたしのココロは、既に結構なダメージを受けてしまっている。
だって、こう見えて……すごく恥ずかしかったんだから……。
キミと同じ部屋で本番を向かえて、あたしはあたしの声を聞いて、あたしはあたしの仕草、表情が思い浮かんで、それに対してキミがあたしのコトをどういう気持ちで見ているのかを想像すると、あたしの身体は沸騰中のやかんのように熱くなって、もしかしたら布団から蒸気が噴出していたかもしれない。
本当のあたしは、実は《超》が付くほどの恥ずかしがり屋さん……。
特にキミに対しては……。
冷房レベルを最大にしておいたのも、本当はキミにイジワルをするためなんかじゃなくて、火事になってしまいそうなあたしのココロを冷やすため、だったんだから……。
なんて。
なんて、そんなのウソ! 今思いついた言い訳に決まってる!
たとえば、キミが風邪をひいたって、お猿さんみたいに顔を赤くして騒ぎ立てても、
「だって……キミに会える嬉しさで、ココロが火事になってしまいそうだったの……」
とか、適当に可愛く取り繕って言えば、キミは飼い慣らされた子犬のようにおとなしくなる。
もちろんキミの飼い主はあたし。キミの性格なんて百も承知、男の子なんてチョロイんだから!
さっきのは……そっ、そう、ほんの少しだけ、恥ずかしがるお芝居の練習をしていただけなんだから……っ!
ーーと。布団の中で、そんな取り留めのない思考を繰り広げながら、あたしはキミの背後に這い寄り続けている。




