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『たまご、天使になりました』3

『突然ですが、ここで問題です』


 あたしは撮影用のカメラの目前で立ち止まると、レンズに密着するように、胸を押し当てた。

 むにゅっ。胸は大きいほうじゃないけれど、一応、感触が伝わるくらいにはなった。


『これからしばらくの間、あの頃みたいにまた、キミはあたしの隣の部屋に収容されることになりました』

 あたしは16歳になったから、高校生くらいになったよ。花の女子高生。


『さて、それを知ったあたしは、今どんな気持ちでいるでしょう? 画面にタッチして、ソフトキーボードを起動して、言葉を入力してください。ヒントは四文字。もしキミが正解することができたら、キミの願い叶えて、あ・げ・る』


 キミが見る映像は真っ暗。キミにあたしの表情は分からない。


 もちろんあたしにもキミの表情は分からないし、キミがどんな言葉を入力するのかも分からない。

 もしかしたら意気地なしのキミのことだから、画面上とはいえ、あたしの胸に触れることをためらうかもしれない。


 でも、《ごめんね》。


 いくらキミが頑張って考えても、どれだけ勇気を振り絞って言葉を入力しても、キミが正解することは絶対にないんだ。


 ……へへ。


 だって、キミが正解するパターンの映像は、はじめから用意していないから。


 あたしのイジワル&イタズラゴコロは相変わらず。

 モニターの暗転が解けると、あたしはイジワルそうな顔でキミを見つめている。


『ぶーっ、はずれ。残念ながらキミの願いを叶えることはできません』


 モニターに映し出されているのは、今と同じ華やかに飾り付けられた部屋。

 でも、その中で今と違うところが一つだけある。


 それはあたしが胸元に、丸型の蛍光灯を抱えているということ。

 それがただの蛍光灯じゃないことに、キミはすぐに気づく。


 全体に蔓延るひび割れの痕。一部分には穴があき、内部の空洞を曝け出している。

 透明のテープが何重にも巻かれて補修されているけれど、無惨に破損した蛍光灯が元通りになることはない。

 導線部分も引き千切られているから、この蛍光灯に明かりが灯ることは、もうない。


 それでも、あたしにとってこの蛍光灯は大切で、今も、ココロから愛おしく思えるんだ。


 ☆★☆


 今日の日付は9月9日、夏の終わりかけの朝。


 2か月前にあたしのところへ戻ってきたキミが、2か月ぶりに目を覚まして、今、あたしの中の時計の針が動きはじめた。


 その時計が刻むのは、あたしが死ぬまでの時間。

 今日から3か月後の12月9日に、あたしは《死ぬ》。


 もう一つ歳を取りたくても、せめてキミと一緒にクリスマスを迎えたくても、それは絶対的で、不変の事実。


 でも怖くなんてない。悲しくなんてない。立ち止まってなんかいられない。

 だって、それまでに、あたしはキミと《両想い》にならなくちゃいけないんだから。


 これはあたしの命を懸けた、キミへの最後のイタズラ。《E計画》。


 これはあたしの想いを込めた、キミへの大事な大事な開幕宣言だ。


 そしてあたしは今にも砕け散ってしまいそうな蛍光灯を、両手でそっと頭の上に掲げると、キミに向かってこう言う。


 清楚だとか、可憐だとか、そう思わせるような、精一杯の微笑みを浮かべて。


『へへ。たまご、天使になりました』

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