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『たまご天使になりました』2

 何の前触れもなく、あたしはスカートを吊り上げていた指をパッと離した。


 スカートは音もなく垂れ落ちて、もとの位置に納まった。あたしも恥じらうお芝居をやめて、もとのお澄まし顔に戻る。


『なんて。好きなことはイジワルとイタズラ。がっかりした顔とか、悔しがる顔を見るのが大好き。今のキミみたいな。ちなみに、この録画映像に、あたしのぱんつは映ってません。期待させてたらごめんなさい』


 あたしは『ごめんなさい』に合わせて、行儀良くぺこりとお辞儀をした。もちろん謝罪の気持ちなんてこれっぽっちもないけれど。


 あたしは棒読み口調で続ける。


『あ。もしかして怒らせちゃった? しょうがなーい。じゃあ、今回だけの特別大サービスー』


 小さく深呼吸。それから今度は腰に手を当てて、目許でピースサインを横向きに作って、可愛く、元気よく宣言する。


『たまご、お詫びに歌います! 一生懸命練習したんだから、ちゃんと聞いていてね? きらきら星。キミはこの歌、覚えてる?』


 くれぐれも、『えー、そんなのいいからぱんつ見せてよ』とか言わないように。


 オルガンの伴奏もなければ、透き通った歌声に期待、という訳にもいかないけれど。

 あたしは不意に甘えたような表情を見せると、甘えたような声で歌いはじめる。


『♩ きらきらひかるー よぞらのほしよー

  まばたきしてはー あなたをみてるー ♩』

 メトロノームみたいに左右に揺れながら、あざとくウインクをしてみたり。


『♩ きらきらひかるー よぞらのほしよー

  とどくといいなー あたしのおもいー ♩』

 物憂げな表情でブラウスのリボンを解いたり、結び直してみたり。


 あたしはベッドの端から飛び降りると、フローリングの床の上に着地、少し前にある撮影用のカメラへと歩み寄っていく。


 一歩ずつ、レンズの向こう側に居る、居ると信じるキミに思いを馳せながら。


 ☆★☆


 あたしが育ったのは、窓の代わりにいくつものモニターが並べられた地下室だった。


 あるモニターに映し出されていたのは、交差点を行き交う人の表情や服装、車の色、形。

 別のモニターには街全体の景気が映し出されていて、季節の移ろいを感じさせていた。

 自然豊かな山道を映すモニターもあったから、小鳥のさえずりが聞こえてきたり、野生の動物が横切ることもあった。


 モニターに映し出されていたその街が、あたしの部屋の地上部分ーー《梨山地区》だったって知ったのは、つい最近、2か月前のことになるのだけれど、その話はまたいつか。


 あたしがキミと出会ったのは、ちょっとした冒険心でそんな部屋を抜け出したある日のことだった。

 普通の女の子として学校に行っていたら、きっと小学校3年生くらいだった頃。


 いつからキミがそこに居たのかはわからないけれど、あたしの部屋を出てすぐ隣の部屋に、キミは居た。

 色んなモノが置いてあったあたしの部屋とは違って、キミの部屋はほとんど何もない、真っ白な部屋だった。


 無駄に広くて、分厚い強化ガラスが部屋を真っ二つに分断していて、キミが居たのはその向こう側だった。


 部屋に溶け込むような白いベッドの上、キミは白い病衣を着てそこに横たわっていた。


 ベッドの周りには何本、何色もの点滴液がぶら下がっていて、色とりどりの液体が太い管を伝って、キミの身体の中に流れ込んでいた。


 キミは大声で泣き叫んでいるようだったけれど、透明の壁に阻まれて、キミの泣き声はあたしの方までは聞こえなかった。


 どうあれ、あたしにとって実際に他人の存在を見るのは初めてのコトだったから、あたしは興味津々で、その様子をジーッと見つめていた。


 そしたらキミはあたしの存在に気づいて、その瞬間ピタリと泣きやんで、呼吸まで止めちゃうくらい、紫色の目玉をまん丸にして驚いた。


 その表情が面白くてたまらなくて、あたしのイジワル&イタズラゴコロは開花されたんだ。


 もう一回キミの驚いた顔を見に行こう。そう思って、結局あたしはそれから毎日キミの部屋に行くようになった。


 最初のうちは、あたしの姿を見るだけで、キミは『たいへん! また来た!』って感じの顔をして怯えていたんだけれど、だんだん慣れてきて全然驚かなくなった。


 そこであたしはキミを驚かせる方法を考えた。

 キミが寝ている間に忍び込んだり、指で作った銃でキミを撃ってみたり。最初はそんな些細なイタズラからはじまったわけだけれど。


 あたしのイタズラはだんだん過激になっていった。


 のっぺらぼうのお面を被ったり、ケチャップを撒き散らして倒れたり、しまいにはイモリみたいに強化ガラスに張り付いたりすることもあった。


 あの頃のあたしは、女の子としての自覚がまだなかった。


 そんなあたしに対して、キミも防衛策を取るようになった。あたしが居るあいだはずっと、背中を向けたままになったんだ。


 だからあたしはまた考えて、イタズラばっかりじゃなくて、今度はキミの喜ぶことも混ぜようと思った。


 色々試してみて、あたしのとった行動で、唯一キミが喜んだこと。

 それは《絵》を描いてあげることだった。


 モニターで見た外の世界を、外の世界を知らないキミに、あたしが絵を描いて教えてあげる。


 あたしの描いた予想外(?)に綺麗な絵を見て、きっとキミは生まれて初めて笑った。

 もちろんそのあとに怖い絵を描いて、笑ったぶんは泣かせたけれど。


 キミと出会ってから、あたしの毎日は楽しかった。

 あたしは毎日キミのことばかり考えるようになっていた。

 少し曲がっていたけれど、あたしはキミのことを好きになっていたんだ。


 ーーあたしの初恋相手のキミ。


 それ気づいたのは、あたしが小学校を卒業するくらいの頃、ある日突然、隣の部屋からキミが居なくなってからだった。


 ☆★☆

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