『色核』1
「いける?」
「……うん」
あたしが返事をすると、銃を撃つようにキミが右手中指を強く弾いた。弾丸の代わりに放たれた光線が、薄闇を切り裂いて宙を伸びていく。
それと同時にあたしはキミの背中からスッと抜け出し、その軌跡の上を駆け出した。サラサラと透き通った音を鳴らしながら、迷いのない視線は、光線の向かう先だけを見つめている。
あたしの視線の先には、全長数十メートルはある巨大な魚型。サファイアのような藍色を纏って、星も月もない夜空を泳いでいる。
ーー色核。
梨山地区に出現する、破壊活動の基となる存在。
色や形、行動内容や破壊活動の規模にいたるまで個々様々で、今夜はそれによって生み出された付随体が、街全体を青系色に染めている。
まるで水族館の中に居るみたい。あたしは縦横無尽に旋回する魚の群れに見送られながら、輝かしい光の道を走り続ける。
高架橋を越えて、高層ビルよりも高くーー誰も居ないこの街で、あたし達は色核を対処し続けている。
それが世界の崩壊を先延ばしにできる、唯一の手立てだから。
パリン。光線が色核を貫き、それの纏う藍色が砕け散った。ガラス片のような雨が一斉に降り注ぐ。
キラキラしていてとても綺麗。でも凍えるくらいに冷たくて、ココロに突き刺さるよう。
それでもあたしは色核に近づくことをやめない。
すると危険を察知したクラゲ型の付随体が、場違いな赤色の光を発して、あたしの周りでクルクル回転を始めた。けれど次の瞬間、キミの光線が4本5本とあたしを追い越して、それらを一掃した。
キミは本当に容赦ない。
光線が再び魚影を貫いた。
魚影は夜空に磔になった。
微かに残る藍色が、脈拍のように波打っている。
『キーーーー』と甲高い声が街中に響き渡る。
どこまでも一定で、どこか悲しげで、誰も居ない街で、誰かに助けを求めるような声。
「……今、楽にしてあげるからね」
あたしは色核の間近にたどり着くと、加速を緩めないまま、つま先を立てて宙を蹴った。
パリン、パリンと同じ動作を繰り返し、あたしは色核の正面へと舞上っていく。
そこに透明のアクリル板があるように、そのたび宙は脆くヒビ割れ、あたしのココロにも鋭い痛みが伝わる。
「いやっ……‼︎」
小さな悲鳴とともに宙を強く蹴ると、あたしはくるりと反転した。あたしの身体の何十倍もある、色を失いかけている色核に背を向けるようにして。
そして。
「……ごめんね」
あたしは小声でつぶやくと、今夜の終演を告げる《それ》を解放した。
バチバチと音よりも早く稲光が走った。身体を丸めて膝を抱えたあたしの背後から、色核を軽く網羅するほど広範囲に、歪な線分が描かれた。
ジグソーパズル化するように、空間を切り刻んでしまうそれは、そこにある存在全てを別世界へと誘う。
ーー《天使の翼》。なんてお父さんは軽々しく呼んでいるけれど、全然そのイメージに合ったものじゃない。そもそも、あたしが連れていってあげられるのは天国なんかじゃないから。
空間の破片が、空の向こう側に飲み込まれていった。その大穴の中は真っ暗で何も見えない。でも。
ガリガリガリ。異様な音が街中に響き渡る。
ガリガリガリ。空の向こう側に《何か》が、居る。
それはあたしに、決して逃れることのできない死の運命を知らしめようとするけれど。
力を使い果たしたあたしは、耳を塞ぐことすらできず、ただ無気力に、逆さまになって落ちていく。
このまま地面に叩きつけられたら死んじゃうのかな、なんて思ったりもするけれど、あたしの落下はいつも途中で止まるんだ。
だって、あたしの落下地点には、いつもキミが待っててくれているから。
「たまごちゃん、お疲れ様」
「……へへ……約束通り、お姫様抱っこだ……」
キミの両腕に抱かれて、あたしの意識はゆっくりと遠のいていった。
今夜の日付は10月9日。キミと再会して1ヶ月。あたしと世界に残された時間は、長くてあと2ヶ月。




