『クローゼットを開けてみて』4
「ばばばばっ! ばばばっ! ばばばばばばば!」
あたしは転がったままキミに向けて一心不乱にマシンガンを放っている。もちろん本物じゃなくて、銃口はあたしの口だけど。
「ばばばばばばばばばばばばばば!」
ココロは大火事、大慌てだ。
「あたしと毎晩デートをしてください」そんなふうに変換された言葉が、真っ白な頭の中を飛び回る。
デ、デートだなんて、こ、恋人みたい……。
手を繋いだり、キ、キ、キス……?!
「ばばばばっ! ばばばっ! ばっ! ばっ! ばっ!」
あるいはその言葉達の羽ばたきの音をなのかもしれない。優雅さのカケラもない、えらくせわしない羽ばたきだけど。
もちろんあたしにはそんなつもりなんてなくて、キミに罵声を浴びせたい一心だ。
「ばばっ! ばっ! ばっばっばっ……かっ……かっ…………」
けれど十数秒の錯乱の後、あたしはとうとう弾切れを起こした。金魚みたいに口をパクパク。もう声が出ない。
しかもあたしは出目金だった。飛び出しそうなくらい目をまん丸にして、手足をバタつかせたり、泡を吹きそうになったり。
でもどうなるものでもなかった。あたしは何回か滑稽な動作を繰り返したけれど、結局すぐに力尽きた。
床面にぐったりひれ伏す。ぴくりとも動かない。
ーー沈黙。
「では、次でーす!」なんて、ここで何事もなかったように起き上がって言えるほど、あたしのココロはすぐには立ち直れない。
録画映像のあたしには、もう戻れない。
作戦の続行は、不可能だ。
それはすなわち、任務の失敗を意味していた。
クローゼットの開封にも辿り着けない、それは紛れもない最悪の結果だった。
あたしの負け……完敗……。
あたしはキミに、任務を打ち破られたんだ……。
あたしは、もう……。
「……なんて……プランX……たまご、ただちに修復作業に入ります……」
あたしは虫の息でつぶやくと、停止しかけた思考を再始動させていく。
そう、あたしが任務を失敗するなんてあり得ないんだから。
キミはこんなので勝ったと思ったの? 残念でした。キミなんかにあたしの任務を打ち破ることなんか絶対にできないんだから。
そんな思考で、炭化してしまいそうなココロにイジワルという潤いを与えていく。
だいたいこんな穴だらけの作戦、あたしが本気になって考えるはずないでしょ?
こんなのほんのお遊びに過ぎないんだから。
キミはピエロ。あたしの逆転劇の引き立て役。
キミは知らない。あたしはまだまだ何個も奥の手を隠し持っているんだからぁ……っ!
あたしはむくっと生き返った。前髪を垂らしてお化けみたいに。
衣装のポケットにしまっておいた紙製の刀をゴソゴソ取り出して、テーブルの上に置く。
紙製の刀ーーそう、これこそがあたしがずっと持っていた対キミ用秘密兵器、そのうちの一個。
何の芸もなく、またこれでキミを打ちのめそうってわけじゃない。そんな生易しいものじゃなくて、これにはもっと別の使い道が隠されている。
あたしは紙製の刀を広げると、くるくるついたクセと逆方向に丸めはじめた。
「何してるの?」ってキミが不思議そうに聞いてきたけれど、あたしは黙秘権を行使する。
何回か同じように丸めるとクセは取れて、紙製の刀は一冊のノートへと姿を戻した。あたしはそれを両手で持つと、授与式のようにキミに差し出す。顔はまだりんごのままだから、俯いたまま。
ノートの表紙にはこう書かれている。
《E計画 験体0109 AAA file.001》
そう、これはキミの記録。キミがあたしの隣の部屋から居なくなった日の。
「……読んで」
あたしが小さく声を発すると、キミはノートを受け取った。
もう、何もしなくて大丈夫。あとはクローゼット開封の時まで、自動的に時間が進んでくから。




