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『クローゼットを開けてみて』2

「きゃぁぁぁー‼︎ ぶつかるーっ‼︎」


 キミとの距離が数メートルになると、あたしは甲高い声で叫びながら真横に飛び出した。続けて床面を強く蹴って直角に方向転換、一気にキミとの間合いを詰める。


 叫び声とは真逆の冷静な視線の先には、スカートの羽ばたきにおびき寄せられた、おマヌケなキミの顔。


 左、右と素早いステップを挟んで照準を微調整すると、あたしはバックハンド&ハエ叩きの要領で、左手の紙製の刀をキミの顔面に叩きつける。


 けれどそれは空振った。


 キミは姿勢を低くして攻撃をひょいとかわすと、さらに姿勢を下げ、不可抗力を装ってあたしのスカートを覗こうとする。


 キミの《男の子ゴコロ》は、もうすっかりお目覚めのよう。


 でも、そんなキミの単純おバカな行動パターンなんて最初から全部お見通しだ。左手は囮。今回のあたしの本当の武器は、右手の拳なんだから。


 新しいお宝映像を頂戴しようと鼻の下を伸ばすキミ vs 乙女ゴコロをもてあそばれて悲しみをまとうあたし。


 神様だって、絶対にあたしの味方をしてくれる。


 あたしはスピードを緩めず身体を一捻り、遠心力を加えて、抉るように拳を突き上げる。渾身のアッパーカット。


「うっ‼︎」手応えあり。あたしの拳は、キミのみぞおちを正確に打った。


 キミは通路の入り口まで吹き飛んでって、もう一度気絶して、今度はちゃんと正装で戻ってくる。


 ……なんてことはなくて。


 あたしのひ弱な攻撃では、新しくお宝映像を撮らせることを阻止するのが精一杯だったけれど。


「もう、たまごちゃん、いきなり何するの」

 キミがタキシードのお腹をさすりながら言った。


「ぷい」あたしは不機嫌そうにそっぽ向く。そしたらそんなあたしに向かって、キミはこう言ったんだ。


「そういえば、たまごちゃんのその格好、シマウマみたいで可愛いね」


 シマウマみたいで可愛いの意味がよく分からなかったあたしは、「たまごちゃん可愛いね」と言われたと思い込んで頬を染めた。


「……えっ……そ、そうかな……」

 あたしの乙女ゴコロは、思ったよりも簡単に満たされるみたい。くれぐれも、安っぽいとかじゃないんだから。


 ☆★☆


「……お父さんにどんなことされたの?」

「べつに、面白い話」

「……それから?」

「うーん、面白い話」

「……他には?」

「面白い話」

「……そっか」


 直線通路を歩く途中の、あたしとキミとの会話。

 キミは全然気にしてなかったけれど、あたし達が普通に会話をするのはこれが初めてになる。


 他愛のない会話だって思われるかもしれないけれど、あたしにとってはこんなのでも精一杯過ぎた。


 緊張の面持ちと、ドキドキの鼓動がバレないように、あたしはキミよりも前をちょこちょこ進んだ。


 何の変哲もない扉の前で立ち止まる。

 深呼吸、深呼吸、そして。


「今日からキミの部屋はここだから! あたしの部屋はあっちだけど、変態は近づかないでね!」

 不自然に大きな声が出た。


 それだけにとどまらず、あたしはドアノブを引っ張ると、ズカズカ中へと入っていく。


「ここはキミの部屋」だと言っておきながら。

「あたしの部屋には近づかないで」と言っておきながら。

 あたしの傍若無人っぷりもなかなかのものだ。


 すっきり片付けられた室内。生活を送るのに必要なのものは一通り揃っている。でも、その中で異彩を放っているものが一つあった。


 大きなクローゼット。


 薄茶のそれは、中身が勝手に飛び出してしまわないよう太めの紐でぐるぐる巻きにされていて、正面には悪魔を封印するようなきちっとした蝶結びが施されている。


 もちろん念入りに細工をしたのはあたしなわけで、そこから垂れ下がる二本の紐を引けば結びは解けて、クローゼットは開封の時を迎えることになる。


 5年前の樹と月の域、創立記念式典のときの箱の中身と、まったく同じじゃないけれど。


 クローゼットの中身を見て、キミがどんな反応を示すのか、あたしはこの任務できちんと確かめなくちゃいけない。


 物静かなクローゼットを見て一安心すると、あたしは次の段階に向けての準備に取り掛かった。


 ☆★☆


 家具等の配置は完了済だから、あたしがしないといけない準備は《ココロの準備》になる。


 あたしは壁面に掛けられた大きなモニターをちら見すると、それを背にするようにして、四角いテーブルの一辺に陣取った。


 今度は結構な会話量が想定されるけれど、今しがたの会話の通り、今のあたしにとって、キミと面と向かって自然に会話をすることは、はっきり言って不可能に近い。


 かといって、今回は録画映像を使用するわけにもいかないから、そこで思いついた作戦が、《録画映像になりきる作戦》だ。


 どんな作戦かというと、その命名の通り、あたしはあたし自身を録画映像だと思い込んで、モニターの向こう側に居る(と仮定する)キミと会話をする、というもの。


 何だったら《キミの目をカメラのレンズと思い込む作戦》でもいい。両方だったら、きっともっと効果があるのに違いない。


 まぁ、どっちにしたって若干無理のある作戦だってことくらい分かってる。でもあたしだって、さっきの任務のために、自分撮りを何百回って繰り返したんだ。


 そこで培った何にも負けない集中力と演技力、さらにはココロの強さがあれば大丈夫、あたしなら絶対にやれる。


 あたしは少し冷たいフローリングの床の上に正座すると、雑念を払って、録画映像のあたしの奥義、《鉄壁の営業スマイル》を発動した。


 よし、いける! そんな気がしてきた。


「どうぞ、こちらへ」

 あたしは部屋に入ってきたキミに手招きをすると、対面の席に誘導した。


 ここがキミの部屋だということなんて、もう頭の中にはない。だってあたしはただの録画映像で、キミはただの撮影用のカメラなんだから。


「さぁ、王子様に連れられて、お姫様の登場だ。これより樹の根第四枝部、オリエンテーションを開始する」

「えー、たまごちゃんが王子様なの?」

 あたしはつい調子に乗って詰めの甘い攻撃を仕掛けて、不意にカウンターを受けそうになった。開始3秒でのKO負けは笑えない。


 ここは無理に攻めることを考えず、そつなく任務をこなして、クローゼット開封の時まで何としてもこの鉄壁の営業スマイルを守り抜くんだ!

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