『クローゼットを開けてみて』1
「だから、こーして、あーして、こーなって、あーなって」
「ふんふん」
「こーなったら、こーしてくるから、あーして、こーして、うーするの」
「ふんふん、ふんふん」
「そしたら、んーして、きゃーして、とどめに、やー! よ?」
「わかった!」
「絶対分かってないでしょ〜……?」
目の前の自信満々な表情を見て、あたしはとても不安そうに言った。
あたしが今、何をしているのかと言うと、ある一室で、あたしの《協力者》と一緒に、次の任務の最終確認を行っている。
協力者の名前は糸恵桃花。モモって呼んでる二つ年下、14歳の女の子。
実はさっきの任務のときも、何かトラブルがあった場合に備えて、制御室でモニター(録画映像)の見守り番を頼んでいたんだけど……。
綺麗に前髪を揃えた黒髪のツインテール。赤と青、左右色違いの球型の髪留めと、くりくりの黒瞳。白のワンピースを着て、素直そうで可愛らしい見た目とは裏腹に、モモの性格はねじ曲がっている。
あたしが言うんだから、相当に。
さっきだって『見守り番お疲れさま、何事もなくてよかったよ〜』って、任務を終えてホッとしながら制御室に行ったら転がって寝てたし(あたしまで転げそうになった)、起こしたら『無事に終わって気が抜けてうっかり』とか言い訳してたけど、口の周りのよだれの乾き具合から推察するに、ずっと寝てた。
今だってあたしの説明を聞かずに適当に返事をしているのは一目瞭然だし、もちろんあたしの説明が分かりづらいせいもあるかもしれないけれど……。
でも樹の根であたしに協力してくれる人はモモ以外に居なくて、モモだってそれを分かってるから、モモにとっては任務がどうこうよりも、《モモの協力が必要》というあたしの最大の不安要素を、モモ自身がわざと煽って、面白がっているようにしか思えない。
「何ならもう少し、役割減らしてもいいよ……?」
「まっかせといて!」
「その返事、さっきも聞いたけど……」
あたしはため息をついた。
でも運が良いのか悪いのか、今回の任務はモモが参加するとあって、生or死といった究極性は求められない。その分、さっきの任務と比べたら、取り得る分岐にも余裕がある。
とはいえ任務の失敗は、一連の任務の先にある《E計画の結末》に影響を及ぼしかねないから、最低限の格好はつけないといけない。
だから最悪の結果にだけはならないよう、あたしだってあらゆる場面において対策を講じてはいる、けれど……。
「いい? とにかくモモは一個だけ。自分の出番がくるまでは、絶っ対! その中でおとなしくしていてね?」
「はーい!」
モモは毎回のように元気いっぱい返事をすると、目をキラキラ輝かせながらすり寄ってきた。
間違っても可愛いだなんて思っちゃいけない。これもモモの手の内なんだ。
モモにとって唯一の興味とも言っていい、大事なあるコトに対する交渉を有利に進めるための……。
それは……。
「ところで、今回の報酬は何かな?! 何かな?!」
報酬だなんて偉そうに。
あたしは任務の最終確認5分の後、数十分にも及ぶ報酬交渉(略)を済ませると、不安な気持ちいっぱいで任務開始地点へと向かった。
☆★☆
淡い山吹色の光沢面の続く直線通路。
天井は焦げ茶だからプリンみたい。本物のプリンとは違って、とっても硬いけれど。
今回の任務は、ここでキミの《お出迎え》をするところから始まる。
あたしは通路の途中にある、壁面と壁面の境界部分、少し凹んだ場所に身を潜めて、キミを待ち伏せている。
当のキミはと言うと、あたしの部屋で気絶した後、上の区画《諜報エリア》に連れられて、そこであたしのお父さんから拷問のような仕打ち(くだらない話とかくだらない話とかくだらない話……)を受けて、予定ではそろそろここ《居住エリア》に戻ってくる。
今回の任務の内容は、お父さんから5年前の樹と月の域、創立記念式典の話を蒸し返されて落ち込んでいるキミに対して、具体的にそのまねごとを繰り返して、さらに痛めつけようというもの。
キミは5年前を思い出してつらくなって泣き出すかもしれないし、もういやだって言って逃げ出すかもしれない。
でも、それならそれでも良いんだ。
だってE計画は、あたし一人で終わらせることもできるから。そうなれば、それはあたしが望む最高の結末じゃないけれど、絶対に避けなくちゃいけない最悪の結末だけは免れる。
あと任務に便乗して、今回は大切なことがもう一つある。
それは5年前の空っぽの部屋に取り残されたままの、あたしの乙女ゴコロを満たす……こと。
「なんて、へへ……」
一人ニヤついていると、先の階段を降りて、あたしの待ち伏せる通路にさっそくキミがやってきた。
☆★☆
あたしは壁面に埋もれるようにして、そーっとキミの様子をうかがう。
キミは俯き加減にとぼとぼとぼとぼ歩いてる。表情は硬く、落ち込んでるのが一目で分かる。
ふふ、よっぽどひどい目にあわされたんだね、かわいそうに。あたしはそんなふうにキミの不幸をイタズラっぽく笑った。
でも、次の瞬間、キミの全身を見て、それは他人事じゃなくなった。
『タキシードを着せて送り返すよ、大事な王子様だからね』とは、お父さんからの伝言。
その言葉通り、たしかにキミはあの日のようにタキシードを着てはいるけれど……。
ヘンテコな格好のキミ。黒のタキシードのジャケットに、下はビニール袋みたいな病衣のまま。しかもモコモコのスリッパなんて履いている。とぼとぼ歩きにくそうなのは、そのせいみたい。似合わないってレベルを超えて変だし、無表情が逆にあり得なく思える。
「まさか上だけなんて……上だけなんて……」
全身すらり着飾ったタキシード姿で戻ってくると疑ってなかったあたしは、がく然と肩を落とした。
だって、その言葉を信じて、期待して、あたしはこんな衣装まで着てきたのに……。
本物のバージンロードじゃないけれど、この直線通路をキミと並んで歩くはずだったのに……。
ヘンテコなキミと歩いたら、あたしまでヘンテコになってしまう。あたしのバージンが一生の汚点になってしまう。きっともうお嫁に行けなくなってしまう。
まぁ、そもそも、あたしにそんな時間は残されていないんだけど。
「お父さんのバカ……絶対わざとやったでしょ……」
だんだん腹立たしくなってくると、あたしは持っていた一冊のノートをくるくる丸めはじめた。
「だいたいキミもキミだから。どういうつもりでそんな格好のまま戻ってきたの……」
乙女ゴコロの矛先は自然とキミに向く。
あたしは壁面に背中をぴたり合わせると、するどい眼光でキミを睨みつけ、小声でつぶやいた。
「プランC。迎撃態勢に移行。たまご、任務開始します」
別にもういいし……。どんな想定外のことが起きたって、あたしは任務遂行に向けて対応できるんだから……。
この場合の迂回ルートは、いたって単純明快。
《とりあえず、物理的に打ちのめす》。
あたしはくるくる丸めた紙製の刀を左手に持つと、右手でスカートの裾を持って、キミに向けてひらひらさせた。
今回のスカートは、白と黒のフリルがついてて特別にかわいい。キミなんかイチコロだ。




