『人類の夢と希望の詰まった箱を開くのは』2
式典で発表された項目は、大きく二つあった。
その内一つは各メディアを通じて、事前に概要のみが人々に伝えられていた。たった一文だったけれど、それでもその一文は世界中の関心を集めるのに十分だった。
《樹と月の域、総指揮、次期後継者の披露》。
それは要するに、新たに世界を司る人物、世界を意のままに操る《神様》の生まれ変わりのような存在を紹介するというのだから、その歴史的瞬間を目に焼き付けようと、式典当日は世界中から多くの人々が会場へと押し寄せた。
式典の開幕時間が近づくにつれて、人の数分だけの、期待と不安の混ざった憶測は膨れ上がり、今にも爆発してしまいそうなくらい、異様な熱気が会場全体を包み込んでいた。
もちろん会場に入れなかった人も大勢居たし、会場の内外、さらには全世界がその瞬間を見守っていた。
そして訪れたその瞬間。
キミは世界中の《眼》の降り注ぐ場所へと飛び出したんだ。女の子の手を引っ張りながら。
タキシードを着た男の子と、ドレスを着た女の子。
誰もが予想し得なかった《後継者》の登場に、会場の盛り上がりは凄まじかった。
それに拍車をかけたのは、キミの中性的な容姿に違いなかった。
端正な顔立ちに、すらりとした体型。
透き通るような白い肌。
希望に満ちた表情と、綺麗な紫色の瞳に、誰もが吸い込まれるようだった。
頭を抱えて絶叫する人。
天を拝んで感涙する人。
興奮のあまり失神する人。
まさに《神様》のような扱いで、キミは世界中の人々に迎えられた。
でもキミにとっては、目の前で起きている全てが初めてだったから、それが特別だなんて思わずに、キミはただ青い空を見上げて「外の世界って広いんだね」なんて呑気につぶやいていた。
その様子を見て、キミの器の大きさを感じ取った人も居たかもしれないけれど。
でも、みんなは知らない。
キミは弱虫で泣き虫で鈍感で、何にも知らないただのバカなんだから……。
『彼の名前は真馬ユウ。樹と月の域、総指揮、次期後継者である!』
あたしはその発表を、キミが居なくなった空っぽの部屋で知った。
☆★☆
キミに続いて、今度はキミが手を繋ぐ女の子についての紹介がされた。
顔を上げて会場を見回すキミとは対照的に、女の子はステージに立ってからも、ずっと俯いたままだった。
幼気で、儚いという言葉がぴったりの女の子。
白のドレスが太陽の光を反射して、女の子をキラキラ輝かせていた。
女の子については何の事前情報も無かったから、キミと同じか、それ以上に人々の視線を集めることは必至だった。
女の子の名前は、真馬夏芽。
美夏先生の一人娘で、これまでその存在を明かすことができなかったのは、生後まもなく原因不明の病におかされたからだと言う。
一時は命も危ぶまれたのだけれど、美夏先生を中心とする《薬箱》での懸命の治療のおかげで、ようやく人前に立てるようにまで回復したのだと言う。
そんなの笑えるくらい嘘ばっかりだけど。
キミのお父さんは、一つ目のくだらない茶番を、こんなふうに誇らしげに締めくくった。
『だがもう何も心配することはない。これから先どんなことが待ち構えていようとも、皆の祈りと彼の存在が、夏芽を守ってくれるだろう』
その言葉を聞いているとき、女の子は繋いだキミの手を少し強く握った。自身に仕組まれた運命を怯えるように、キミに何かを伝えるように。
それが何かキミには分からなかったけれど、暖かな拍手に包まれて、キミは生まれて初めて、繋いだ手のぬくもりを知ったんだ。




