EP1:全裸 in desert world
「どこだああああああ!」
砂漠の中心で、素っ裸の少年は自身の所在を問う。当然、答えは帰ってこない。彼は馬鹿ではない。問いを投げかけた本人も返答など期待してはいない。ただ、吠えずにはいられなかった。
自分は死後の世界にいる確信が少年にはあった。
友人を庇って死んだ。
少年は自分が死ぬ瞬間をはっきりと覚えていた。
友人を助けたことに後悔はない。…ないはずなのに、押し寄せる悲しみを内に留めきれず、叫び上げる。
慟哭のような彼の叫びは砂漠に響く。
「…はあ、まあしょうがないっか」
吠えるのも疲れた少年はその場で仰向けに倒れる。
現世と変わらない青い空を見つめて、改めて現世での思い出を思い起こす。
良い事も悪い事もあった。果たせたことも後悔が残ることもいっぱいあった。自分の人生は短かった。けど、自分の意思を通せた良い人生だった、としみじみと彼は感じる。
そして、彼は気づく。
死んだ今が何時よりも自分らしくないことに。
「いざ、行動!」
遮二無二。自分の座右の銘に従って、剛太は起き上がった。
起き上がった剛太は、まず辺り見渡す。
少年は砂丘の上にいた。比較的に周囲より高く、周囲を高い位置から見渡すことができた。しかし、見渡しても見渡しても、砂漠しかない。目標として定められるものは見当たらない。希望があるとしたら、太陽が登る東の方角に剛太のいる砂丘よりも高い砂丘があるだけだった。
砂丘を越えた先に村が、オアシスがあるかもしれない、と人はまだ見ぬ未来に希望を見出す。
ただ、この少年【九鬼 剛太】は人と感性がズレている。希望に目もくれず、剛太は目を瞑り、その場でグルグルと回り始める。
「ストップ!」
回って方向感覚が麻痺してきたところで、剛太は掛け声のと同時に回転をやめた。
目を開けた剛太は、向いていた前方へ一歩を踏み出した。
剛太が歩き始めたのは西。あろうことか、彼は何も考えず全て運に委ねた。
東の砂丘を登れば、現在より高い位置から周囲を見渡せることは剛太は百も承知。されど、彼は知っている。正しい判断がより良い結果をもたらすわけではないことを。自分の運に委ねた方が事が良い方に運べると信じていた。
剛太の叫びは存外遠くまで届いていた。
彼のいた砂丘から約1km離れた地点を歩く綺麗な緑色の髪の小人は、彼の叫びが聞こえてきた方角を振り向く。人の手のひらサイズの彼女は、当て所なくこの地に降りた人間を探しており、ようやく見つけた手がかりに光を見いだした。
彼女は声が聞こえてきた方に踵を返して歩み出す。
Knabe sprach: "Ich breche dich,
Röslein auf der Heiden!"
Röslein sprach: "Ich steche dich,
dass du ewig denkst an mich,
und ich will's nicht leiden."
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.
剛太の祖母が生前よく歌っていた「野ばら」。彼のお気に入りでもあり、1人意気揚々と歌いながら、剛太は広大な砂漠を歩いていた。
「…外れ引いたか」
2番を歌い終えた剛太は立ち止まり、自分の足跡を眺める。見事な直線状に長い足跡が出発した砂丘より続いていた。
太陽は天高く登り、出発した砂丘は小さく見える。
長い時間、剛太は歩き続けたが、特に何かを見つけることもなく、ただただ時間が過ぎていた。
自慢の運に見放された。
脳裏によぎった言葉を否定するように剛太は再び歩き始める。
「砂漠って確か、夜めちゃくちゃ寒いとか言ってたっけ」
以前テレビで身につけた豆知識を彼は思い出した。
「夜になる前にせめて衣服を手に入れないと死ぬかも」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「てか、よく歩き続けてるな。俺」
砂漠で、衣服、水、食料なしで平然と歩いている自分が異様に思えた。
砂漠は暑く、足の裏でも熱を感じている。
しかし、その感じている熱さや熱は全く苦にならない程度。日本の夏の方がよっぽど暑かった思えるほどに。
さらに、歩き続けているのに関わらず、腹はへってはいるが、喉の渇きを一切感じていなかった。
「死んだら、こういうもんなのかもな」
違和感への答えは簡単に導き出せた。
死んでいるのだから、生前と感覚が違うのかもしれないと。
などと。歌を歌ったり、独り言や考え事をして孤独を紛らわせて剛太は1人で何時間も歩き続けていた。
孤独感を内に閉じ込めていないと、また家族や友人と思い出して、自分らしくいられなくなってしまう確信が彼にはあった。
「お!サボテンだ!」
孤独を感じないように、目の前の景色に、今に目を向け続けようと内で戦い続けていた、
「あ、あれ…もしかして」
辺りを見渡していた剛太は、遠方の砂丘に歩く人影を見つけた。
人影を目指し、全速力で駆け出す。
「なぜ、衣類と装備一式が全てここに?」
流線型の棺のようなカプセルを覗き込こむ小人の彼女は、衣類と装備一式をまるまる置いてあることに疑問に思った。
「強い日差しが射す砂漠でまる裸で歩くのになんの疑問を持たなかったのだろうか」
首を傾げながら、カプセルから延々と西へ続く足跡を眺める。
彼女は衣類と装備一式を全て持って足跡追おうとしたが、自身の体が小さくなっていることを思い出し、諦める。
「少なくとも、この足跡の先に人がいる」
ようやく見つけた手がかりを追っていく彼女の目には焦りが感じられる。
「Ahhhhhhhhhhhhhhhh!」
悲鳴。声からして発している女性。
「ちょ、ちょっと待って!」
ケープを纏う女性を全裸の剛太が追っている。
「裸だけど、怪しいけど、変なことはしないよ! だから、止まって!」
女性が何故逃げているか、剛太も把握しており、自分が暴漢に見えて当然の格好をしているのも心得ている。
だが、いくらわかっていても意味がない。改善する方法がないのだから。
故に、剛太は女性が自身を無害である認識するまでひたすら追い掛け回すしかなかった。
しかし、剛太の思ってたより早く追いかけっこに決着がつく。
女性は砂に足を取られ、つまずいた。
「Ahhhhhhhhhhhh!」
急いで起き上がり、逃げようとする女性の手を掴み、引き止める剛太。
女性は剛太の手を振り払おうと必死に抗うが、剛太の手は彼女を離さない。
ケープのフードは恐怖で満ちている彼女の表情を隠している。同時に彼女から剛太の表情を隠していた。
彼女と剛太が揉み合っていると、彼女からフードが外れ、長いのブロンドの髪が露になる。そして、フードが外れて剛太の顔を見た彼女は毒気を根こそぎ抜かれる。
剛太は頬は涙でぐちゃぐちゃに濡れており、彼女には剛太が何かするような人に見えなかった。
「うおおおおおおお! やっと止まってくれた~!」
剛太の男泣きが砂漠に響く。
「えーっと……」
彼女は膝をついて泣く男性になんと声をかけたらいいか戸惑っている。
「1つ聞いていい?」
涙を拭って彼女の目を見つめる剛太。
「なんで裸なの?」
彼女の疑問に剛太は答えられなかった。
「最初から裸だったから」
「寝てたカプセルに入ってたわよ」
彼女はケープを巻くって白い制服を剛太に見せた。
「カプセル? 棺みたいなやつか?」
最初、棺桶のような物の中で眠っていたのを思い出した。
「その言い方、やめて。私たちが死んでるみたいじゃない」
「違うのか?」
「……」
剛太に反論できず、彼女は黙る。
「とにかく、服はカプセルの中に入ってたわよ」
「そうか……じゃあ、とりにいかないとな」
と呟き、剛太は彼女を見つめる。
「なに……?」
剛太が何か言いたそうにしていることに彼女は気づく。
「一緒に行かないか? 1人は寂しいからよ。もちろん、良かったらでいいんだ」
「ぷっ、HAHAHAHAHAHAHA!」
お腹を抱えて笑い出すリリィ。
フェミニストでもなく、カッコつけるわけでもなく、素直な気持ちを告げた剛太にリリィはツボをつかれた。少し頼りなくもあるが、リリィは剛太に好意的を抱く。
「君の素直なところ気に入った! いいよ。私も行く当てないし。ただ……手を繋いで歩くのはイヤよ」
彼女はいつまでも離さない剛太の手を指して言った。
「おー。ごめん」
慌てて手を離す剛太。
対して、彼女は改めて手を差し出した。
「リリィ=モレッツ。よろしくね」
「九鬼剛太。よろしく」
2人は強く握手を交わした。
「ゴータってアジアンよね?」
「日本人だよ。ちょっと見えないかもしれないけど」
「白人っぽくも見えるし、もしかしてハーフ?」
「ハーフどころじゃないよ。父さんがドイツと日本のハーフで、母さんがブラジルと日本のハーフだから俺はクォーターだね」
リリィと剛太は剛太の足跡を辿って、剛太が来た道を引き返す道中。2人の会話は弾んでおり、親睦を深め合っている。
「リリィって俺と同じくらいだよな?」
「年齢? 女性に年齢を聞くなんて失礼じゃなくて」
冗談っぽく剛太をたしなめる。
「見た感じ。聞いて当たり障りはないと思うんだけど」
「そうね。今年で21よ」
「あれ、結構年上だったな」
「ん? ゴータは、いくつなの?」
「俺今年で16だよ」
「びっくり。ゴータ体でかいから、ハイスクールは卒業してるかと思ってた」
「よく言われる」
悠長に話しながら歩く2人。
「そういえば、このローブ借りてよかったのか?」
「べつにいいよ。大して日差しきつくないし」
「俺も裸で大丈夫だけど…」
「日本人って結構恥ずかしがり屋が多いって聞いてたから貸してあげたんだけど、ゴータってヌーディスト?」
「俺の裸に見られて恥ずかしい部分はない」
「私はヌーディズムは理解できないから、ローブは着といて」
「はいよ」
周り見渡しながら歩く2人。
剛太は遠目で見覚えのある砂丘を見つけ、立ち止まる。
「あれだ。俺のカプセルがある場所」
剛太は遠方の小高い砂丘を指差した。
「結構まだ遠いわね」
剛太が指差す砂丘から砂丘続いている足跡を目でなぞるリリィ。
「ねえ」
目で足跡をなぞっていたリリィはあるものを見つける。
「あそこに人が倒れてない?」
剛太の足跡から外れて約20m離れてた場所でローブを纏った人がうずくまっているように倒れているのをリリィが発見した。
リリィは突然、倒れている人の下へ走りだした。
走って行ったリリィを追う剛太は違和感を抱く。
倒れている人の周囲に足跡が一切なかったのだ。
「大丈夫!?」
倒れている人を揺するリリィ。そして、彼女は触れて初めてわかった。
確信を持ってリリィはローブを捲る。
リリィが人だと思っていたそれは人の形を象どった砂の塊だった。
ーーーーー!
突然、リリィの背後で地鳴りと共に砂が舞い上がり、彼女に大量の砂がのしかかる。
のしかかった砂に埋もれたリリィは何が起きたのか、混乱しながら足掻く。しかし、こんがらかる彼女の思考は砂から顔を出して目の当たりした恐怖で凍りつく。
彼女の目の前で巨大なムカデが舌舐めずりするが如く牙をカチカチと鳴らしていた。
ーー!
地鳴りと共に砂が舞い上がり、巨大なムカデが出現したのを小人の彼女は目撃した。
「ブロッカー! まずい!」
小人は裾からカプセルが3粒入った小瓶を取り出し、考え始める。
使い時は今か、決断を迫られる。
「よし!」
彼女は瓶の栓を抜き、カプセルを1粒取り出し、口へ放り込んだ。
すると、彼女の心臓の鼓動が高まり、彼女の体に変化が起き始める……。
カチカチ。
牙を鳴らすムカデに戦々恐々として動けずにいるリリィ。
蛇に睨まれたカエルのように、大きな脅威に苛まれるリリィには抵抗する意思はない。
カチカチ……。
牙を鳴らすのをやめたムカデは、リリィに飛びかかった。
呆然と迫るムカデを眺めるリリィ。
牙が眼前まで迫った……。
しかし、牙が彼女にとどくことはなく、ムカデとリリィとの間にローブを翻して、剛太が割って入り、ムカデの牙を両手で受け止めた。
「おー!りゃあっ!」
剛太はムカデの牙を握りつぶした。
ーーーーーーーー!
ムカデの耳を刺す戦慄き声を上げながら、痛みに悶えるように砂中へ潜っていった。
「リリィ! しっかりしろ!!」
「ゴータ……私、生きてる……」
「ギリギリだったけど、生きてるよ!」
「って! その腕どうしたの!?」
剛太に引き上げられたリリィは剛太の腕の異変に気づき、声を上げた。
彼の腕は肘から手にかけて黒く無機質で鉱石のような腕に変わっていた。
「死ぬ前……ここに来る前に変えられるようになったんだ。頑丈で強くて便利なんだぜ」
得意気に腕を見せる剛太。
ーーーーーーー!
再び地鳴りが起きる。さきほどより大きい。
剛太とリリィを囲むように13匹のムカデが砂から現れた。
「さっきのムカデが仲間を連れて来たか」
13匹の内1匹のムカデの牙は折られていた。
「ゴータ……」
「リリィ。屈んでろ」
構える剛太。
剛太達を囲むムカデ達も剛太を警戒しているようで、慎重に剛太を窺っている。ムカデ達は中心にいる剛太を凝視している。対して、剛太は全方位に注意を向けている。どう足掻いても剛太に死角を埋める術はなく、向いた方向の反対方向は必ず死角となる。
剛太の死角からムカデが襲いかかる。
「ゴータ! 後ろ!」
リリィの呼びかけに応じて振り向く剛太。振り向き際、背後に裏拳を放つ。剛太の放った裏拳は襲いかかったムカデの頭部にヒット。ムカデの頭部は歪み、ムカデの体は砂中から打ち上げられた。1匹のムカデの攻撃を剛太は凌いだ。しかし、反撃したことで剛太に隙が生じる。他のムカデ達はその好機を見逃さず、12匹が同時に襲いかかる。
剛太に全方位同時に反撃手段はなく、リリィの上に覆い被さる以外為す術がなかった。
ーーーーーーー!
剛太達の頭上から地響きをたてて、緑色の鱗のドラゴンが着地した。
剛太の眼前まで接近していたムカデは、ドラゴンによって踏みつぶされた。
ドラゴンは剛太達を守るように羽で覆い、大きく息を吸う。
ーーーーーーーーーーーーーーーー!
咆哮。
そして、咆哮と共に放たれた空気を真っ赤に染める音波は、触れたムカデの甲殻を一瞬で燃やし尽くした。