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01 ギルド一階


「……」

 首が痛くなる程上へと曲げた先、大きな緑色の掲示板に巨大な一枚の紙が貼り出されている。



【第23季 ギルド貢献者順位表】

 1位 ニルセイ・アルザート 最優秀冒険者

 2位 アレシア・ロックカイト 優秀冒険者

 3位 カーズ・ラコーダ 優秀冒険者



「……」

 天頂部から視線を少しづつ下げ書かれた名前を心の中で読み上げる。名前欄の横には華々しく目を引く飾りがあり、視線を下へと送ると徐々に貧相なものへと変わっていく。



 44位 オット・ゴベ ギルド内優秀冒険者

 45位 ダレア・ローン ギルド内優秀冒険者

   ・

   ・

   ・

 134位 ログシア・ナタリタ ギルド内準優秀冒険者

 135位 レイ・クルス ギルド内準優秀冒険者

   ・

   ・

   ・

 221位 クリテッサ・アン

 222位 ゴルゴ・セントエレス



「……」

 ここまで来ればもう飾りも何もない、ただ単調に並べられた名前の羅列の中を順調に下へと下っていき遂には最下部。掲示板の枠を越え床すれすれまで垂れ下がった紙を覗き込み、書かれた名前を読み上げる。



 354位 アレックス・デイ

 355位 シスク・エンゼッハ 新規登録冒険者

 356位 ===========



「はぁ」

 最後に、書かれていた名前は太い横棒で消されていた。何かの表記ミスや記入漏れという訳ではなく書かれた名前の上を塗り潰すように走る太い線、汚れ黒ずんだ欄の横には目立つように『臆病者』『弱虫』『恥さらし』と乱雑な暴言が並んでいる。

 ……元から大した期待はしていなかったはずが勝手に下がっていく肩は自分でも止められず、口の中から重い溜息が吐き出された直後に不意に後ろから大きな声が掛けられた。


「おいっ、いつまで見てんだ」

「あ」

「こっちはずっと待ってんだ、早くしろ」


 聞こえた声に背後を振り返ればいつの間に近付いて来ていたのか横一列になってこちらを見下ろしている三人の『冒険者』の姿。先頭に立つ禿頭の大男は両腕を組みながらこちらを睨み付け、背後に立つ残りの二人は漏れる忍び笑いを隠す。


「……」


 ……気分が悪かった。

 何が『いつまで見てる』だ。確かに自分が立つまで誰も居なかったし、そんなに長い間見ていた覚えもない。こういう手合いはただ何かに付けて他人に文句を言いたいだけ。にやにやとした後ろの笑みとちょっと凄めばそれで退くだろうと思っている先頭の男の態度が気に入らないが……でも……。


「お……」

「アア!? 早くしろって言ってんだろ!」

「……分かったよ」

「へっ」


 頭突きでもするかのように身を乗り出す男に言いかけた言葉は尻すぼみに消え、そっと道を譲るように横へと引く。

 『へへへ』と嘲笑いこちらに向けてくる笑みを見るのもうんざりで、早くこの場を移動しようと足を早めるが。これみよがしに上がった三つの声が背中に掛かる。


「おーい、見てみろよ」


「……」


 聞いちゃいけない。

 そう頭で分かっていても耳に聞こえる音は止まらない、周りに何人も人の居る『ギルド』の中で突然駆け出しでもすればそれは不自然であるしなるべく目立つ事はしたくない。何故耳は自分の意思で閉じられないのか、耳触りのよくはない男の笑い声が辺りにこだました。


「このシスク・エンゼッハってやつ、冒険者になったばかりの新人なんだぜ? そんなのにもう抜けれるなんてさ、この最下位のヤツどんだけひどいんだ?」

「えー? おいおいやめろってー」

「そうそう、さっき会っただろう、忘れた?」

「お? そうだったそうだった?」


「……」

 響く声に釣られ周りの人々の視線は三人組ではなく自分を見る。ひそひそと、囁く気配にあざ笑いに笑む顔、集中する視線の中でどうするべきか。一番の解決策は自分で分かってる。


「はは、はははは……」


 否定でも肯定でもなく、とりあえず愛想笑いをする事だ。

 下手に反感をすれば視線と声は一層高まるし、強く肯定するのは胸に痛い。

 少しでも早く、なるべく追い掛ける声の聞こえない場所を目指しギルドホームの中を横切って行った。




 対モンスターを生業とする冒険者達の集まる場所、ギルドと呼ばれるその建物の一階は二階部分までを吹き抜けとし、広いホールと種々の情報の並ぶ巨大な掲示板で構成されている。入口近くにはギルド併設の酒場が据えられ、長細い木製のカウンターが壁付近に並ぶ、大の大人の胸程の高さのカウンター席にはいくつもの『窓』がついており、多くの場合はここが『依頼』を受ける場所だった。

 並ぶ窓の奥には正装を着込んだ職員が並び、その前に幾人もの人が並び談笑を続ける。

 恐らく数人構成のチームの集まりか、あるいはどこかのパーティーの代表者か。

 依頼の窓口となるカウンターは今日も今日とて異常に混雑しておりそれぞれが長い列を作っている。特に人が多いのは可愛らしい見た目の女性職員の立つ窓口……むしろそういった列はほとんどその手の窓口に集中していて、逆を言えばガランとし誰も並んでいない窓口も他にある。


「ちょっと、ちょっとスイマセン」

 並ぶ人垣の間を掻き分けるように進み、金属の鎧同士を打ち合わせるガシャガシャという音と、甘く媚びを売る会話の中を通り抜け、ようやく見えてくるのは一つの寂れた窓口。

 何か特別に目的がなければ滅多に人の来ないような隅の場所。ここまで来れば人の数も散発的になり誰も並ばず待つ順番も必要ない窓の奥へと背伸びして首を傾げて覗き込む。


「あの……」

「ん? ああ、来たか」


 対応に出て来たのはいかにもやる気のなさそうな初老の男、着崩した正装に聞こえる声も非常に胡乱げなもので……最早人気はゼロ、閑古鳥の大いに鳴く窓口に態度だけは人一倍偉そうな男が向かいの椅子へと座り込む。


 ……人気がある女性の受付を素通りし奥まで行けばほとんど誰もいない。他の冒険者に出会う事もなくなり、順番を待つ間の楽し気な談笑も聞く必要はない。この一番奥の不便な窓口は自分にとっては最適であり、この事に気付いてからずっと通い続けている馴染みの場所だった。


「分かってる、いつものだろ」


 対応する男の方も手慣れたもの、軽く手を上げ応じると初めから用意でもしていたかのように一枚の紙を取り出しカウンターの上へと並べた。うず高い書類の束の中には真っ白で高級なたくさんの装飾が散りばめられた豪華な紙もあったが目の前に差し出された紙片はボロ衣のように汚いもの、手垢にまみれた薄い灰色の紙は四隅が丸く擦り切れ、紙自体の硬さもよれよれとなっていて古いものだ。


「一応確認するが、これでいいな」

「えと」

「……簡単な別の依頼、討伐依頼もあるにはあるが」

「こっちで、大丈夫です」

「そうか」


 カウンターに広げられた紙に目を通す。


『依頼書 森傷草の採取 対応クエストランク:ランク外』


 目に入って紙の依頼名は内容そのまま『モンスター』と戦うのではなく薬の材料となる草を取ってくるというもの。対応クエストランクはそのまま応じる人間に求められる強さの目安であって、ランク外という表示はつまり『誰でも構わない』という敷居の異常に低い、簡単なものである事を示していた。


 目に付く題目は終わりにして、次いで下に。何度も受けている為今更内容を確認する必要もないが、目に入る書かれた文はとても薄くそして短いものだった。


『森傷草の採取。成草で10本、苗や傷のあるものであれば20本の採取を厳守とする。 クエスト達成報酬 銅貨7枚』


「……」

 ……これだけ。

 特別な注意事項も追加の内容も何もない。とにかく行って数を取って来いという乱暴な内容。実際に生える場所が限られているとはいえ入手難易度の低い一般的な薬草であり、それこそ子供のお使いのような感覚だ。誰もが冒険者になって最初に経験し、そしてさっさと卒業していく依頼を自分一人だけは何十と繰り返す。


「で、受けるか?」


 あまり抑揚を感じさせない男の言葉、短いその言葉の中には色々なものが隠されている。

 報酬の銅貨7枚といえば一般的な他の仕事の収入より少し少ない額……それでも向かう場所が場所、伴う危険を感じさせる注意に小さく、しかし確かに頷く。


「受けます」

「……そうか」


 目の前の用紙を裏返し、初老の職員はその後何の感情も窺わせる事無く淡々とクエスト受領の手続きを始めた。

 流れるような動作で受領サインが刻まれ、冒険者の名前、ギルドの認証印、細々とした記述がさっと書き込まれる。必要とした時間はせいぜいが数十秒、最後に一枚の新しい用紙を取り出すと赤いインクの壺と一緒に長い羽ペンが手渡される。


「最後の確認だ、署名をしな」

「……はい」


 モンスターと戦う冒険者となる事が出来、クエストを受ける事にも慣れてきたがこの瞬間だけは……どうしても好きになれなかった。

 受け渡された用紙は依頼書に比べれば余程マトモな白い紙、短く簡単な文字で『緊急時の確認』と書かれている。

 題目の下に並ぶ文字は細かく内容も長いが要約すれば依頼の最中に負傷もしくは死亡しても『構わない』という、そんな最終確認の用紙だ。

 何かがあれば全てが自己責任、後は勝手に好きに死ぬなり倒れるなりするがいいと……乱暴な言い方をすればそんな文章が並んでいる。


「……」

 そっと近くの他の窓口を覗いてみるがこんな用紙を毎回取り出しいちいち確認をしてくる職員は他にない。こんな面倒な一手間も強要する辺り、この窓口が人気のない一因かも知れないが、それがこの受付員のやり方だと言われれば断る事は自分には出来なかった。


 勝手に震える指先、インクの中へとペンの先を浸し用紙下部の丸枠の中に名前を書き込む。短い時間、書き込みの終わりを確認すると職員によってそれは無言で回収され。肩からどっと力が抜けていく。


「……ハハ」


 この時間が、一番嫌だ。

 まるで命の切り売りをしている様な妙な怖さを感じてしまい。

 真っ赤なインクの色はそのまま自分の血の色。下がりだす頬の筋肉を意識してムリヤリ上へと上げ、人にバカにされる事のない余裕のありそうな笑みを努めて浮かべる。


「……ふん」

 受付員から明確に返ってくる声はない。

 手にした必要書類を軽くとんとんと合わせて纏め終えると鋭い眼光でこちらを睨み辛うじて、聞こえる程度の小さな言葉が呟かれた。


「本当にいいんだな」

「え、はい」

「……こんな事、いつまで続ける」

「…………」

 自分の口から、出る言葉はない。

 遠くの窓口から聞こえる談笑、笑い声、世間話……それら全てが遠く感じられ、この場に自分が居る事がそぐわないような不安感。



「まぁいい」


 受付員は息を吐き出し、言葉を切った。


「竜車の出発は15分後だ、支度がいいなら遅れない様に広場に向かえよ」

「はい」


 一連のやり取りを終え、最後に小さく礼だけすると踵を返し歩き出す。


「気を付けてな」


「……」

 乾いた規約通りの常套文句は自分の背中に妙に張り付き、しばらくの間消える事はなかった。



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