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「お父様 夏の休暇に王都には行きたくありません」
領地の書類の処理に追われ執務室にこもる父に珍しくお茶を自ら淹れてくれたリシュ
そう眉間に皺を寄せて可愛い顔に影を落としてリシュが紅茶を机におきながら睨む
小さくため息が溢れる
「理由はなんだい?
暑いのが苦手なきみは領地ではここ最近夏は過ごしてないじゃないか?
いつものように家族で王都に上がればよいじゃないか?」
「兄様が表に出ろと言われるんです」
表とは社交界の事である
14歳で一度社交界デビューしたきり引き籠りの様に滅多に現れない
カリム公爵令嬢は悪い意味で有名である
頭が足りないから隠されてると言うのが
一番人気の噂だろうか
もうすぐ18になろうとする妹を心配する兄は気が気じゃないのだろう
そんな風に急かしだしたのだ
「…アルがね〜珍しいね
君には甘い砂糖漬けみたいな馬鹿兄様なのにどうしたんだろうね」
父は笑いながら紅茶を口に含む
その様子に、狸親父はこの件に噛んでないのかとソファにドサッと座る
片眉をあげるしぐさで行儀の悪さを咎めた父
との間に静かな沈黙がながれる
「まだ怖いのか?」
父が問う
「結婚しなければいけない日はいつかきます それが公爵家カリムの娘に産まれたお前の責務であるこては理解しているね?
次世代に王国を築き守りし子孫を作り縁と言う絆を繋げる それが選ばれし階級を持つものの成すべき事
その為に学び磨く権利を与えられる
権利とは裏を返せば義務です 義務を守らん者は排されても仕方ないのですよ
女性で18にもなれば適齢期です
王都で暮らす アルフレッドが言うならばもうそうすべき時が来たのではありませんか?」
目線を外し俯く娘の眉間に深い皺があらわれた
その姿が怖いと全身で答えている
娘自身よく言われてきた事だ
ちゃんとわかっているのだろう
社交界が怖いのではない 幼い頃から最高の教育を受けさせてもらっている
優秀な兄に物事を広く見つめ深く考える力も学んだ
容姿も良いものを母から頂いた
弟達は豊かな心を育む仲間だった
友人もいる
人が怖い訳でも社交界が怖い訳でもない
だだあの人に会うことが怖い
王都にはあの人がいる