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変人たちと恋人たち

作者: 水無月旬

 2014年9月15日月曜日 晴れ時々曇り



 都会から少し離れた郊外の真ん中に、一つだけ大きなショッピングモールがある。その町は住宅街であり、何列も連なるマンション群も立ち並ぶ、いわばベッドタウンであった。

 人口が多いので小学校、中学校、高校と教育機関も十分にある町だ。その中のとある高校の演劇部に所属する三人、男二人と女一人は何やら怪しい恰好でそのショッピングモールへと入っていった。


「おい、本当にこの場所で、この時間帯であっているんだろうな」

 入る直前に全身を黒装束、魔術師みたいなマントを羽織った榊原(さかきばら)が同じく黒装束をまとっている一般高校生より少し小柄な少女青木に問いただす。

「だって西山先輩がそう言ってましたし…」

 そう言いつつ、三人は自動ドアを潜り抜ける。

 九月の半ばに差し掛かっているが、今日は気象予報も驚くほどの真夏日だった。自動ドアが開いたときに中から漏れてくるひんやりした空気が三人の足元を通り過ぎる。

 そのショッピングモールの建物内に入るや否や、三人は颯爽と動き出し、正面にあるエスカレーター脇の太い柱に隠れた。

 中はたいそう混雑しているようだ。敬老の日である今日は何かと人が多い。

「ど、どうなんだ西山」

 榊原は、黒装束を纏う二人と打って変わって、短パンにTシャツとベストを羽織るという、カジュアルな格好をしている西山に訊ねた。

 西山は背中に背負っているリュックを一度背負いなおすと、いかにも真面目な様子でその問いに返答する。

「うん、そうだよ。きっとあの二人は来る」

「おお、そうか…」

 周りのどこを見回しても人、人。二人を見失わないようにしなければならない。

 目を凝らす榊原の横で、青木はまっていられないとでも言いたげな様子でそわそわしている。

「でも、なんだか緊張しますね」

「あ、ああそうだな」

 榊原は必死にその柱に隠れながら、首をひょいひょいと左右に出したり引っこめたりしながらあたりを見渡す。本人は気づいていないが、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きだった。

「榊原先輩…ちょっとすごく不自然な動きしてますけど、大丈夫ですか?」

 雑踏のがやがやした音を気にするように青木が引き気味で聞いてくる。

「だって、なんかこういうの初めてだし。それになんか悪いことしている気分で」

「初めてって『尾行』をですか?」

「そうなんだよ。西山が今日うちの部長と副部長が二人(・・)で出かけるって言ったから気になって来てみたものの、いざ来てみるとばれたりしないかひやひやしてきちゃってさ。もうこの辺冷や汗でべたべただよ」

 榊原は魔術師のマントを内側からめくり、中に来ているTシャツを見せる。確かにTシャツには汗がしみ込んだように変色している部分がある。

「いや、それはただ暑いからではないでしょうか…って大丈夫ですって!見てくださいこの変装!尾行し続けて16年間!演劇部所属である青木亜紀(あき)を例え先輩方であってもなめてもらう訳にはいきませんよ!!しかも今日は敬老の日!もしばれたとしても人ごみに紛れるか、私たちがたまたま偶然ここに来ていたと仮定すればいいだけの話じゃないですか!」

「そ、そうだよな!結構この格好様になってると思うしな、うん。西山はどう思う?」

「いいんじゃない?」

 いとも簡単に口車に乗った榊原は再びやる気を起こしたらしい。その横では最初からやる気がないのか、スマートフォンでゲームをしている西山が適当に相槌をうっていた。

「でも…実際どうなんでしょうかね」

 青木は黒マントの中からどこにしまってあったのかわからない双眼鏡を出して、周りを偵察していた。これが警備員に見つかったら彼女は即御用になるだろう。

「何が?」

「何が?って部長と副部長ですよ!お二方ってやっぱり付き合っているんでしょうか?」

 深く考え込む榊原。

「………さあ?」

「さあ?ってそれじゃなかったら今日尾行する意味って何ですか!?しかも部長方と先輩方って同じ学年ですよね?副部長はともかく、部長とは男子同士なんですし、そういった話とかしないんですか?」

「いやぁ、俺はそういう話に疎いからなぁ」

 青木はそう言う榊原に対して冷ややかな視線を送る。

「まあ、榊原先輩はモテませんしね。無理もないです」

「なっ…」

 青木に突きつけられた言葉は榊原にはよく聞いたようで、やめて榊原のライフはもうゼロよ。と言った感じだった。顔を赤らめた後、後ろの方へ向かってしゃがみ込んだ榊原の姿はあまりに哀れだっただがそれでも青木は慰めようとしなかった。

「西山先輩はどうですか?」

「どうだろうねぇ。まあ、近からず、遠からずってところなんじゃない?」

「ずいぶん曖昧なんですね…」

 喋りながらも携帯のゲームをやり続ける西山に青木は特に何も言わなかった。これが彼の、先輩のスタイルである事を後輩である青木はよく知っている。

「いや、俺だってモテないわけじゃないんだよ?たまたま、今はそういうことに興味がないだけであって…小学校の頃のバレンタインなんか…」

 榊原はショッピングモールの壁を弱く、弱く蹴りながらぶつぶつと何か言っている。

「先輩すねちゃいましたね。図星だったんだ…。でも西山先輩、では二人はなんの為に今日、二人でこんな所に来たりするのでしょうか?」

 西山は榊原とは違い何も考えずとんとんと返事をする。

「どうだろう。俺は二人が一緒に出掛けるということしか知らないからな。二人で親睦でも深めるんじゃない?」

「親睦ですか…」

 青木は何やら深く思い返すように考え込む。

「確かに部長と副部長は、今稽古している劇でも熱いカップルの役を二人で演じています。役作りにいっそのことつきあってしまったなんて展開も無きにしも非ず!ってところでしょうか」

「そ、そうだったのか!?」

 青木は突然の大声でびくりとした。だかその声はさっきまですぐ後ろでいじけていた榊原先輩の物であるとすぐにわかった。彼の声はよく通り、そしてなかなかの美声である。演劇という面では青木はそこを尊敬していたりもする。

「先輩、復活したんですか」

「それにしても遅いな、何かあったのかな」

 青木は一階に並ぶ専門店街のとある店の方を眺め、時計を確認する。

「ってあれ?あれじゃないですか?」

 青木が時計を見た方向に偶々探すべき相手がいた。青木はあまり大声を立てず、指を指して先輩たちに知らせる。

「ほんとだ!おい、追うぞっ!」

 元気よく走っていく黒装束の二人を見つつ、スマートフォンをしまいながら西山は独り言をつぶやいた。

「俺は、二人が買い物に来るとしか言っていないんだが…まあいいや、面白いし」



 三人はターゲットを見つけると、この広いショッピングモールで隠れているつもりなのか、壁伝いで歩いたり、柱に隠れながら近づいたり、とやはり怪しい動きをしていた。

 尾行対象である二人が行くべき場所を探しているのか、三階につくとどでかい地図が乗っている壁の前で何やら話をしていた。

 そのすぐ近くの柱で顔を三列に並べて覗く三人の姿があった。

「とうとう来ちまったな」

 榊原は先程以上にそわそわし初め、胸に手を置いていた。彼の鼓動の音が青木や西山に聞こえそうなほどだった。

「ですね」

「…でも」

「なんですか?」

 青木が問いただす。

「どうして二人はジャージ姿なのだろう」

 青木はもう一度双眼鏡を出し、ターゲットをその穴から覗く。別に双眼鏡がなくとも見える位置だけれど。

 一通り見ると、青木は双眼鏡をしまい、次はかわいらしい女の子向けの装丁のメモ帳とピンクのシャープペンを取り出し、何やらメモを取っていた。本人は探偵みたいな気分を味わっているようだが、そのかわいらしい文具では雰囲気は台無しだ。

「やっぱり役作りではないでしょうか?基本うちの稽古ってジャージでやりますし」

「おお、なるほど。西山の見解はどうだ?」

「その線が有力かと」楽しそうに返答する。

 3人が話し合いをしているうちに地図の前に立つ二人はいまだ会話を続けている。けれど…。

「けれど、遠すぎてお二方が何を話しているかが聴こえませんね」

 監視する分には程よい距離だが、なにせこの人ごみと建物内で流れる広告とBGMとで話している内容がなにも聴こえない。

「もう少し近くに行ってみるか?」

 榊原はそう言うと颯爽と柱からぬけ、より近づこうとする。それに慌てて青木が彼の黒マントの襟をつかむ。

「だめですって!これ以上近づいたりしたら、流石にばれてしまいます」

「でもさっきお前、ばれても誤魔化せばいいって…」

「それはそうですけれど、序盤にばれてしまっては、これ以上尾行はできなくなります。ここは我慢してもう少し遠くで見ていましょう」

 榊原は少し残念そうに肩を竦めた。

「それも、そうだな」

「うん、そうした方が良いね」

 急に元気よくそう返事をした西山に榊原はなんだコイツとでも言いたげな視線を送り、

「どうしたんだ、西山急に」とだけ口からこぼした。


 これまたショッピングモールで浮くジャージ姿をしているのは、榊原達の三人が所属する演劇部の部長と副部長だった。その二人は周りの誰が見ても険悪な空気が漂い、誰も近づこうとしない。その空気がわからないのはたぶん地球上どこを探しても青木だけだろう。

「それにしても、うちの顧問って本当に人使い荒いよなぁ」

 しわしわになったメモ紙を取り出し、部長は溜息をつく。地図を見ているが、本当に目的の店を探しているのかが怪しい所である。

「ほんとにそう思う。ただの小道具買いに来るだけだったらあんた一人で言ってほしかったぁ。誰があんたと休日潰してまでこんな所に来たいと思うかしら?」

 二人の会話にはところどころわかりやすい棘があった。

「なんだよ、その言い方は」

 少しいらだつ部長に対し、彼女は彼を馬鹿にするように嘲笑する。

「なに?あんた私と休日に会うのに少し期待しちゃったとか?うけるぅー。あんたわかっていないようだけれど、今の台本だって、本当はあんな役なんてやりたくなかったのよ?私は悪の組織と一人で戦う『野菜戦隊ブロッコリージャーのピンク』がやりたかったのよ。けど…あの子に取られちゃって」

 二人は少しだけ黙りそして彼がこういう。

「まあ、彼女変わり者だから…」

「でも演劇部には必要な存在よ、青木亜紀ちゃん」

「…そうだね」

 二人の立っている後ろの柱で盛大なくしゃみが聴こえるが、二人は全く気にしていなかった。


「それより、少し疑問に思うところがあるんだけどさ」

「何?」

 彼女は話しかけないで面倒くさいと書いてある顔を向けてイライラしつつ話を聞く。

「その台本に出てくる野菜戦隊って、悪の組織と一人で戦うっていう設定なのに、そもそも戦隊って言うのか?台本にもピンクしかいない設定だし、しかもブロッコリージャーだったらピンクじゃなくグリーンが良いんじゃないかと思うんだけど」

「なに?あんたそんなこと気にする訳?ちっさい男」

 彼女の言葉攻めにうっ、とたじろぐ部長だが、少し考えた後、やはり彼は思った。

「…いや普通気にするでしょ、そこ」

「何!?」

「いや、なんでも」

「もういいよめんどうくさい」

「………」

 彼女はその形相を保ったまま思い出したようにまた話し出す。

「それで話を戻すけどさぁ。今の役だって所詮は演技なんだから、あんたとの恋人役だなんて死んでもお断りなんだけど、それでもあんたが週末に女子と出かけるだけで期待しちゃっているのがさらりまた有り得ない。ごめんね、期待を裏切っちゃって」

 彼は別に図星だった訳ではないのに顔が真っ赤だったのは彼女の声があまりに大きく周りによく聞こえていたからだった。

「な、なんだよ!あーあ、これだから演劇部の女子は嫌なんだよ。それにさぁ、なんでお前週末にショッピングモールに来るのにジャージなわけ?」

 彼女は一度下を見て、自分の服装を見つめた後、きつい目をして彼を睨んだ後こう言い返した。

「あんただって人の事言えないでしょっ!」

 彼の服もまたジャージである。

「それに何?そのジャージ、だっさぁ」

 再び彼は顔を赤らめたが、今回は言い返そうとせず、ただ彼女から顔を反らすことに決めたのだった。

「もういいや、お前と話しててもきりがない。さっさと買い物済ませて解散しようぜ」

「はぁ?なにそれ、こっちのセリフなんですけど」

 部長はもう一度、施設内の地図を見回した後メモを取り、そのまま彼女の動向を確かめようとせず歩いていった。また彼女も、用はすべて彼に任せ、自分は携帯電話や髪をいじっているだけだった。



 やっと二人の話が終わったのを確認した三人は人ごみの中に紛れ込もうとする二人を見失わないように見ていた。

「とってもラブラブでしたね!!」

 さっきまでの緊張をぷつりと切るように青木亜紀は開口一番にそう言った。

「ええっ!?」

 当然榊原はこの発言にただただ驚く事しかできない。

 二人の会話は聞こえていないものの、遠くから見ただけで、二人の周りには険悪なムードが漂っているのがわかった。顔を見ないで話す二人、時たま聞こえてくる副部長の罵倒する声、そして何よりも二人の恰好。ジャージ、そうジャージ…。

「どうしました?」

 無邪気にはてなの顔を浮かべる青木。

「いや、なんでも…」

 榊原は返す言葉が見つからない。

「話はよく聞こえませんでしたけれど、オーラでもう愛し合っているのがよく分かりました!相思相愛なんですね、そうなんですね!」

「何話していたのかは俺にもわからないけど、あれはそういうオーラじゃ、むしろ逆って言うか…」

「イヤァ、ラブラブダッタナー」

「ええっ!?」

 明らかに棒読みで割り込んできた西山は、財布の中身を確認していた。現時点から少し近くのドーナツ屋さんで今ドーナツ一個百円セールをやっているらしいのだ。たぶん彼は何個ドーナツが買えるのかを数えているのだろう。

「野口さんが二人に百円が三つ、合わせて23個の笑顔が…」

 独り言でぶつぶつとつぶやいている。

「それより先輩!早く追いかけないと、部長達見失っちゃいますよ!」

 青木は榊原の黒いマントの袖をくいくいと引っ張って、立ち去っていく部長達の方をずっと見ていた。

「あ、ああ」

 榊原も言われるがままに青木についていく。



 三階をそのまま歩いていた部長達が辿り着いた場所は「山本家具」という名前の普通の家具店だった。ショッピングモール内の家具店としてはかなり大きめのサイズであり、床には惜しみもなくベッドや本棚、ソファなど安そうな素材でできているものや、いかにも高級感漂う木材でできた家具なんかも並んでいた。

 客もそれなりに居るようで、真剣に家具を買いに来ている家族や、座り心地の良いソファで寝そべるように座っている子供たちもいた。

「山本家具と、ここか」

 メモを見ながら、いかにもしっかり目的地にたどり着いたように部長はそう呟く。

「あんた何回迷うのよ!ここに来るまでに三十分って!」

「しょうがないだろ!ここ広いし、それに高校生の俺たちなんて家具屋なんかにそう滅多に来るわけでもないだろ」

「それにしたって…」

「もういいだろ、着いたからさ」

 彼女の言葉を遮るように部長はそう言った。彼自身も少しは悪いと思っている節があるようだ。だが、彼女に言われると何か釈然としない様子だった。


 その二人の背後にするりするりと物音をたてないように怪しく動く三人組がいた。誰であるかは一目瞭然だ。

 家具屋は大きなものが多く陳列している為、隠れるには絶好の場所である。気づかれないように、未だ距離を少し置きつつ徐々に近づいていく。

「やっと着いたな」

 榊原は緊張を少し解くように一回深呼吸をする。

「みたいですね。でも、なぜあんなに何往復も三階を回っていたのでしょう?」

「家具店か…何のために家具店へ?」

 二人の状況を見守りつつ、榊原は考える。それでも全く思いつかない彼であった。

「あ!」

「なんだ?」

 榊原の隣で、短い声が聞こえたと思ったら、青木は顎に手を持っていき、いかにも考えているようなしぐさで、ふむふむそういうことかと考えている。どうせ彼女の事だからろくなことを考えてはいないのだろうと榊原も思ったが、一応聞いてみる。

「どうした?」

「あれじゃないですか?きっと高校卒業した後、結婚生活するために今からもう準備をしているとか…」

「結婚!?……ずいぶんと早いな」

 今の二人の状況を見て、どうしてそんなことが言えるか、彼女はよほどすごい想像力の持ち主なのかもしれない。

「そうに違いない!」

 榊原はまたしても西山が急にそんなことを言うので、普通に驚いた。

「ええっ、お前まで?……そ、それにしても、ここもまた遠いな。話がよく聞こえない」

 榊原はもう少し近づけないかと、隠れやすそうな場所を探しているが、なかなか見つからない。彼らはあの二人に見つからないだけではなく、店員や他の客にも怪しまれないように尾行をしている。そんなことのできる好都合なポイントはなかなか見つからない。

 けれど、店内の防犯カメラに三人がばっちり映り込んでいる事を、西山以外は知らない。

「そういえば先輩!!」

 青木が急に大きな声を上げる。

「な、何だ急に」

 榊原はびっくりして、今の声が聞こえていないか、二人の居る方へ目を向けたが、幸い気づかれてないらしい。

「わ、私…ずっと先輩に言おうと思っていたことがあるんですけれど…」

 青木は急にもじもじしだして、恥ずかしそうに上目づかいで榊原の眼を見つめた。

「ゴクリ…」

「じ、実は…」

 榊原の緊張が高まる。

「実は?」

「私。読唇術ができるんですよ!!」

「は?」

 え、なに独身?と、榊原の頭では『独身』という文字がぐるぐる回っている。

「だから読唇術ができるんです!!」

 ああ『読唇術』ね、と榊原はようやく理解した。

「うん……え?」

 理解しても、彼女の先程の行為の意味は到底理解できない。

「これで二人が何を話しているかがわかりますよ!」

 青木はガッツポーズをした。その横で榊原はぽかんとしている。

「え、今のフリはなんだったの?」

「じゃあ亜紀ちゃんよろしく!」

「西山先輩了解しました!!」

 青木は敬礼をする。

「え、無視!?」


 青木はじっと部長達の方を凝視し、口を動かしているタイミングを見計らって、副部長が喋りだした少し後にアテレコをしようとした。もしかしたら本当に青木は読唇術が使えるのかもしれないと榊原はそう思い始めた。

 が、

「ねぇーダーリン、私ベッドが欲しいよぉ~」

「はぁっ?」

 すると前の方で青木の隣で見ていた榊原をどけるように西山が前へ乗り出してきた。

「そうだ、俺も読唇術できるんだった! そうだね、やっぱ新婚生活といったらベッドだよねー」

「ちょっ、お前ら」

「流石です!西山先輩、完璧です!」

 西山と青木は二人で拳と拳をぶつけた。息がぴったりだ…。


 本当の会話はこうであった。


「ねぇーくそやろう、もうだるいんですけどぉー」

 副部長はベッドの方を見つめ、今にも寝てしまいたいようだった。

「なんだよ。えっと、先生に頼まれたベッドは…」


「あ、本当にベッドの方へ行きました!」

 青木が指を指す。

「本当にあってるんだ……いや、どうなんだ」

 再び部長達が会話をしているようなので、例によってまた二人がアテレコを始める。

「みて、このベッドなんかエロくねぇ」

「やだ、だぁーりんたらぁ」

 西山は演技まで入り、きりっと一回転したのちに。

「俺は、それでもいいけどさ」

「わ・た・し・も!」


 本当の会話はこうであった。


「ここ、あんま良い物おいてなくね?」

「うわっ、ほんとだー」

 部長は頭をかきながらめんどくさそうにしていた。

「俺は、それでもいいけどさ」

「だ・ま・れ・よ!」


 榊原は冷めた目で二人を見ていた。

「お前ら言っててはずかしくねぇーのか?……でもなんでまたベッドなんか見てるんだろう?」

「だからさっき言った通りだったんですって!これはもう二人のゴールインもちかいんじゃないですかぁ!」

 青木は目をキラキラ光らせていた。

「また、なんか話してる」

 榊原がそう言うと、青木はすぐさ目線を部長達に向け、またアテレコ状態に入る。


「でもこのベッドたっかぁーい!」

「気にすんなよ。俺がお前の為ならなんだって買ってやるさ☆」

「わぁ、ダーリンかっこいい!」

「西山、お前は楽しんでるよな?」

 それでも青木亜紀のむちゃぶり、というか独走にここまでついてこれる西山は適応能力が非常に高い。榊原はいつも間にか感嘆していた。


 本当の会話はこうであった。


「はぁ?このベッドくそ高ぁー!」

「声に出すなよ。お前声でかいんだから聞こえるだろ」

「じゃあ、お前安くしてこいよ」


 値段を真剣に見て、財布の中身を確認している二人を見ながら、三人の妄想はどんどんカオスになっていった。

「結局ベッド、買うみたいですね」

「ほんとだ、どうするんだろうあのベッド」

 青木は榊原を蔑むような眼で見て、一歩後ろへ引いた。

「やだ、先輩変な事言わないでくださいよ」

「すまな…」

 榊原は謝りかけて気が付いた。

「いや、変な事言ってるのお前だからね?」

 いつの間にかリュックサックから双眼鏡を取り出してみていた西山は、動き出した部長達を見て、近くの二人に知らせる。どうやら双眼鏡は流行らしい。

「お、店員を呼んだぞ」

「購入にあたっての手続きをするみたいですね」

「でもどこに送るんだ?」

 榊原の想像力じゃもはや解決できる話ではなかった。そこに創造力も豊かな青木が口をはさむ。

「もしかして、もう部屋を借りているのではないでしょうか?二人の二人による二人の為だけの部屋を……あ、もしかして!」

「両家公認!?」

「西山先輩それです!!」

 青木は西山にグーサインを送る。ヒートアップする二人を榊原は止めるしかないと、俺が止めなきゃ誰が止めるんだ!とそう感づいた。

「おい、落ち着けってお前ら。声がでかいって、ばれたらどうするんだよ!ばれても別にいいって言ったけど、流石に部長達も二人でベッドを買いに来ている所なんて見られたくないだろうし…」

「でも先輩見てるじゃないですか、その光景」

「それ言えてる」

 青木と西山は二人で笑い合う。

 もう榊原は自分では二人を止められないし、この場にいても意味がない気がしてきた。己の無力さを噛み締める。そうか、尾行とはそういう己の無力さを感じる物だったのか。とさえ思うほどだった。

「じゃあ、俺もう帰るよ」

「待ってください先輩!」

 部長たちがいる反対側の方へ歩き出そうとした榊原の首を思い切り占めるように、青木は榊原のマントを引っ張った。

「な、なんだよ」

「何か足りないと思いませんか」

 青木が何か難しいことでも考えているような、そんなような顔をしていたので、榊原も少し真剣に返す。

「何かって?」

「うーん、何か、何かが足りない気がするんですけれど…」

「ハプニングだな」

 西山が間髪入れず間に入り込む。

「はぷにんぐ?」榊原は何を言っているんだコイツは?というあからさまな顔をした。

「それです!」

「は?」

「流石です西山先輩!もういっそのこと付き合ってください!!」

「それは無理な相談だな」

クールに決める西山。それを目を輝かせてみる青木。

「フリ方もかっこいい!!」

「いや、かっこよくないだろ!……で、何だよハプニングって」

 青木は人差し指を立て、左右に振って明らかに榊原を挑発していた。

「解ってませんね榊原先輩は。いやぁ、やっぱりデートとかって、何かしらのハプニングありきじゃないですか!」

「そういうもんなのか?」

「そうですよ!元から二人が愛し合っているのは当然。しかし、何かしらのハプニング、二人を切り裂かんとする神からの試練を乗り越えてこそ、本当の愛を確かめ合うのではありませんか!……まあ、モテない先輩には縁も所縁もない話なんですが…」

 熱く弾丸のように語りつつ、最後に冷めたセリフを持ってくるところが流石演劇部。抑揚の付け方も完璧だ。榊原は演劇部故にそう思ったが、いやいや今はそんなことを考えている場合じゃない。

「……でもどうするんだよ」

 青木は少し考えて、西山と目を合わす。

「ショッピングモールでのハプニングといったら…」

 西山の後に続いて、青木が、

「あれしかないですよね!」

 今度は西山が青木にグーサインを出す。

「じゃあ、私行ってきますね!!」

 青木はその場を離れ、どこかへ言ってしまった。西山は青木に向かって手を振る。その横ではものすごく拗ねている榊原がいた。

「何お前ら、なんでそんなに仲良いの……?あっ、部長達また何か話してる」


「ああ、やっと買い物終わったぁー。さあ帰ろ帰ろ、帰りましょ」

「お、おいちょっと待てよ…」

 部長の声は何故かすごく弱くなっている。なにか言い辛いことでもあるようだ。

「なに?もう用事は済んだでしょ。はいさようなら」

「………」

 彼は副部長の方を向かないでなんだかもじもじしている。それをみて彼女はだんだんとイライラしてきているようだった。

「なによ、はっきりと言いなさいよ!男らしくないわねぇ」

「あ、あのさ…」

 霞むような声に、さらに彼女の眼は厳しくなる。

「だからなに?」

「ちょっと付き合ってほしい所があるんだけど…」

「何処よ、私もう疲れて帰りたいんだけど。私じゃないとだめなの?他に頼める人いないの?」

「いや、今日じゃないとダメだし、お前じゃないとダメなんだ」

 副部長は彼が何を考えているのかが全然見当もつかなかった。ただ、彼の向けた視線が何故か真剣で、少し彼女の胸の鼓動を速めた。

「で、何よ。一応聞いてあげるわ。どこについていけばいいの?」

 それを聞かれ、彼は少し身を引いた。それに関しては言いたくないことがあるらしい。それでも彼女はついていく身として一応聞いておかなければならない。

 部長は徐に口を開く。

「……三階のホビーショップ」

「なんでまた?」

 ここの家具店は三階にあるので、ホビーショップはすぐ近くにある。狭い店だが、いい品がそろうようで、人が絶えることはまずない。

 ホビーショップなんかで何をするつもりだろう。これもまた彼女には見当がつかないことだった。彼女はホビーショップで物を買ったこともないし、まず入ったこともない。

「げ…」

「げ?」

「限定の…」

「限定の?」

「が…」

「が?」

 一言一言で止まるので、まるでコミュ障の人と話しているようだ。実際彼はまあまあのコミュ障なのだが。

 それでも彼女はそういう彼の性格が好きではなかった。彼女がさばさばした性格をしている故、気が合わないようだ。

「なんなの!?」

「限定のガンプラを買うためです…」

「………」

 丁寧語で発せられた彼の言葉は、彼女にはわけがわからず、彼女はその場に立ちつくしていた。その場で考えてみてもただただ納得がいかないだけだった。

「はぁあああ?」

「いや、だから限定のガンプラを買うためです」

「いやだから意味がわからないんだけど!なんで私があんたと週末にショッピングモールのホビーショップに言って二人でガンダムを買いに行かなきゃなんないわけ?」

「いや、ガンダムじゃなくて、ガンプラ…」

「どっちでもいいでしょ!」

「は、はい。……それと、これには訳が」

 ガンダムを買いに来るのにある訳ってなんだよ!と彼女は思いつつ、飲み込んだ。もうこいつに怒る体力が無駄になっていると今になって気が付いた。適当に断って帰ろう。そう心の中で決意した。

「訳って何よ?正当な訳でしょうね?どうしようもなくて、世界の滅亡の危機より重要な訳なんでしょうね?」

「いいから聞いてくれ」

「何よ偉そうに」

また真面目な顔で誤魔化そうとする部長に気をつけてもいらだってしまう。

「いや、今日ここのホビーショップで限定のガンプラを発売してまして…それの発売条件が……カップル限定なんだ」

「はぁ!?」

 彼女の心の中でぷつんと何かが切れる音がした。

「なに?じゃあ私があんたの恋人のふりをしてガンダムを買いについていくということ?」

「そ、そういうことです…それと、ガンダムじゃなくて、ガンプラ…」

「五月蠅い!!」

 流石演劇部と言ったところか、彼女の声はよく響き、よく通る声なので、彼女たちが知らない所で彼女が怒鳴るたびにびくびくしているのが約二名ほどいた。

「は、はい…。それに、今二人ともジャージだから、いかにもガンプラ作ってそうなオタクのカップルって見られなくもないと思うんだ」

「それ、完璧に私を馬鹿にしてるでしょ」

 彼には今の彼女の周りにはただならぬオーラが出ているように見えた。何かこう、世界の終わりが来ているような、そんなオーラだった。

「い、いいや滅相もない」

「もう本当に頭に来たんだけど」

 そう言って帰ろうとする。本当に訳がわからない。なぜここまで腹が立つのかが彼女にはわからなかった。普段から怒りやすい性格をしているのは自分でもわかっている。それでも何故か彼が相手だとどうしても自分を抑えることが難しくなる。部活の稽古中でも彼の癪に障る演技には注意をしたがる。彼が良い演技をしたからと言って褒めたりはしない。他の部員は褒めるのに。自分は彼より上でありたい。副部長である彼女はいつもそう感じていた。

 なぜかわからない。そしてただ顧問の先生に頼まれた買い物を二人で来ただけでも、彼女は彼にそういう態度をとっていた。なんでだろう、気付けば今日最初から怒っていたのは自分の方だったのだと気が付いた。

 もういいや、これで彼も愛想をつかすだろう。本当は今日かったものは大道具担当だった自分が頼まれた物だった。それを面倒くさいからと言って彼に押し付けようとしたのは自分だ。それに付き合ってくれたのにも関わらず、彼の頼み一つも聞いてあげなかった。

 おかげで今やっている役も降りられるかもしれない。彼とはなぜか釣り合わない。彼が必死に自分に合わせてくれようとしているのを知っている。けれど自分が合わせられない。何故か上手く行かない。彼を他の男子と同じ扱いができないのだ。

「おい、待てよ!」

 部長は流石に悪く思ったのか、彼女を強く呼び止めようとする。それでも彼女は振り返ろうとせず、ただひたすら帰ろうとしていた。


 するとその時だった。

 今までショッピングモール内で流れていたBGMが消え、急に放送がかかる。珍しいことではない。施設内で行っているキャンペーンの告知などをよくやるのだ。

 だがしかし、流れたのはその類のものではなかった。

「本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます」

 部長達の後方で、榊原は意識せずその放送に耳を傾けていた。なぜだろう。なぜなのだろう。榊原はとてつもなく嫌な予感を感じ身震いをした。

 内容はこういうものだった。

「ご来店中のお客様に迷子のお知らせをいたします。黒装束をお召しになった9歳の青木亜紀ちゃんがサービスカウンターで上下ジャージ姿だというお兄さんをお待ちです。お心当たりの方は三階サービスカウンターへお越しくださいませ」

 青木の名前を呼ばれた瞬間ずっこけた榊原はこう言うしかなかった。

「はぁ!?何やってんのあいつ!!」


 部長の前で堂々と帰ろうとしていた副部長も、やはり無視できなかったようで、後ろをきゅっと回転するように向き、彼と目を合わす。彼の顔は冷や汗が垂れているかのごとく苦々しい顔をしていた。

「おい…」

「え、ええ」

「今のって…」

 生唾を合わせるように飲み込む二人。

「でもちょっと待って、おかしいわ。放送では確か9歳って言ってたわよね」

 先程の放送の印象が強すぎて思い出す必要もなかった。確かに彼の記憶の中にも9歳という言葉が聴こえた。

「それはそうなんだが…」

「ええ…」

「あいつの事じゃあ何をやっても不思議じゃない」

 なにも言わずただ首を縦に振る副部長。その後数秒の沈黙が続き、意を決したように部長は彼女にこう告げる。

「ちょっと俺、様子を見てくる」

「ちょっと待って、人違いかもしれないじゃない。偶々同姓同名だったとか」

 そう言うと、彼は少し考えはじめるが、その目つきは変わらなかった。

「いや、思い当たるところがあるんだ」

「例えば?」

「例えば、黒装束だ。9歳なのに普通黒装束なんて着るか?」

「………確かにそうね」

 彼はいたって真面目だ。真面目なのに言っている事は変だった。それでも、確かに有り得そうな話だった。

「あいつなら黒装束を着かねない」

 そうだ。あの部活一、学校一の変人の肩書を持つ彼女ならば十分あり得るのだと、彼女もそう判断し頷く。

「さらに上下ジャージを着たお兄さんだ」

 彼女は目の前にいる彼の服装を見てはっとする。

「あいつは一人っ子なんだ」

「もしかして……」

「もしかしたら、俺の事かもしれない……」

「怪しいわね」

 ただの放送なのに怪しい匂いがぷんぷんと漂ってくる。そんな放送はこの世の中探してもたぶん青木亜紀が存在するこの街だけにしか存在しないと思う。彼女はそうとさえ思えてきた。

「だから俺、ちょっと言ってくるわ。ここ丁度サービスカウンターと同じ三階だし、部長として部員の行動の責任を取らなきゃいけない」

 彼女は何故か彼がそう言うと思っていた。彼は面倒見のいい人間だ。面倒くさい物事を良く引き受ける。だから自分の用事にも付き合ってくれたのだと、今更になって気が付いた。

「わかった。じゃあ私はここで待ってる」

 彼はサービスカウンターの方へ言ってしまった。彼が人ごみに紛れ見えなくなった後、彼女は一人その場に残された。

そして彼女は少し後に気が付いた。

「なんで私待ってるなんて言ったんだろう…」

 もう用事は済んだはずなのだ。もう私がここに居る用もないし、彼を待つ意味もない。彼女はいっその事もう帰ろうかと思ったが、何故かそれを躊躇った。


 部長が何故か家具屋の出入り口に近い、榊原達が隠れている方へ向かってくるので、彼等は急いで物陰に隠れた。

 しかし、部長は元々他の物事が見えていないようだ。迷わず進み、家具屋の外を出ると瞬く間に見えなくなってしまった。

「おい、あいつ何やってんだよ」

 『あいつ』とは、先程放送で名前を読み上げられたあいつである。

「ついにやったか」

「おい西山、やっぱ今のってあいつ……なのか?」

「そうだ」

「でも今、9歳って……」

 榊原としてもやはりそこは見過ごせなかった。

「きっと迷子センターが10歳以上は受け入れてくれなかったんだと思う」

 そう言われて納得した榊原だったが。その直後に納得する自分も自分だと思い返す。

「それでもあいつが9歳はきついだろ」

「きっと彼女の事だから『演技で何とかしましたっ!!てへ☆』とか言うに違いない」

「演技って……」

 榊原も先程の部長と似たような顔をした。彼には本当に彼女がそう言いそうな気がしたのだった。

 その横で、さっきまで床におろしていたリュックサックを持ち上げた西山は、腰をおろした状態から立ち上がる。

「俺もそろそろ行かなきゃならない」

「はぁ?どこに?」

 そんな榊原の質問を無視し。持ち上げたリュックサックの中から何やら、衣装を取り出す西山。畳んであったのでどんなものかが榊原には想像がつかなかったが、きつい色の配色から、実に嫌な予感しかしなかった。

 そしてそれで変装をしだしたのだ。金髪のズラをつけ、いかにもチャラい上着に、耳に穴太開けないタイプのピアスをつけている。

 榊原から見ると中身はどうしたって西山だったが、彼は変装したつもりらしい。満足げな顔をしたのちに、その場を立ち去ってどこかへ行こうとする。

「おい待てって!だからどこに行くんだよ!」

 もう誰の声も聴こえないのか西山は榊原を無視し、行ってしまう。咄嗟に榊原もその後を追おうとするが、その場を動いて副部長にばれてしまうのを彼は恐れ、そのまま一歩も動かず、しばらく動き出した西山を観察した。

「何をするつもりだろう………あっ!副部長の方に寄って行った!?」

 副部長の方へ近づくと西山は急に大股の蟹股で歩きだし、腰を少し丸め、あからさまに態度の悪い不良みたいな奴になった。

 そして後ろから彼女に近づいていく。

「ちょっとそこの彼女」

 彼女は振り向いて西山の方を睨みつける。

「何よ、あんた誰?うっさいんだけど」

 榊原は西山が変な事をしださないように、声が聴こえるところまでぎりぎりに近づく。

「うわ、こえっ。でもおれ、そういう気の強い女が好みなんだよねぇー」

(何言ってんだあいつ…)

 榊原は途中から聞いたので西山が何をしているかわからないが、どうやら副部長をナンパする悪い男を演じているようだ。

 なかなかの演技力だった。というより上手い。ただ実際にこういうチンピラみたいな男が未だに存在するのかが少々不安なところではあるが。それに家具屋でナンパする男を榊原は一度も見たことも聞いたこともない。

「悪いけど、今あんたのみたいにかまっている暇なんてないんだけれど」

 副部長は合いわからず、こう言う相手にもきつい言葉を放つようだ。

「まあ、そういうこと言わずにさぁ。あ、もしかして彼氏待ってんの?………なわけねぇよなぁー、こんな昼間っから外出にジャージだなんて」

「う、うっさい!」

 怒っているのか恥ずかしがっているのかわからないが、顔を赤らめ明らかに冷静ではない彼女に向かって変装している西山は腕を回して反対側の肩を掴み引っ張ろうとする。

「まあまあ、どうせ男なんていないんでしょ?じゃあ俺と一緒に来いよ」

 西山は演技だとしても、結構オーバーにぐいぐいと副部長を引っ張ろうとする。流石に副部長も顔色が悪くなり、精一杯反抗しようとしている。

「ちょ、ちょっとやめてよ!」

「いいから、いいから」

 物陰でその光景を見ていた榊原は、流石にそれはやりすぎていると思い、副部長を助けに行こうとする。だが、その近くに見知った顔の二人組を見つけて、動きが止まる。

 部長と青木だった。二人は何かぶつぶつと口論している。

「お前、なんで9歳って誤魔化してたんだよ」

「いやぁ9歳までしか保護してもらえませんでして、演技で何とかしましたっ!!てへ☆」

 そんな風に娘を横に連れてる父親みたいに部長は青木を逃がさぬよう腕をとって引っ張っている。

 副部長を待たせた家具店までやってくる。するとそこに彼女はいたのだが、どうも様子がおかしい。というより、彼女は知らない男と一緒にいた。

「あれ?副部長?」

「ちょっと本当に、止めてくださいって!!」

「あまり大きな声出さないでもえらえるかなぁー」

 だんだんと早足になって近づいてみると、その知らない男は彼女を力ずくで引っ張っていた。何をしているか彼には事情が分からなかったが、これは危ないと一瞬で分かった。

「なんで部長が?くそっ、俺がいないうちに!」

 部長は青木の腕を放し、副部長の方へ向かう。

「おい!何してるんだ!!」

 大声を放つと、目に少し涙を溜めた副部長がこっちを見た。未だ、腕を掴まれていて、逃げられない状態になっていた。

「ぶ、部長!!」

「ちっ、連れがいたか」

 西山は舌打ち交じりにそう言うと、部長から目を反らすようにして、周りを見渡す。どうやら逃げ道を探しているらしい。

「おい!てめぇうちの副部長に手出してんじゃねぇよ!!」

 部長が普段なら絶対に見せないような憤怒を西山に向けた。両手で今にも殴りかかろうとしているかのごとく震えている。おまけに彼の足もとも震えていた。…たぶん怖いのだろう。

「ぶ、部長!!」

 彼女は彼に向って大きな声でそう叫ぶ。今の彼女には例え日ごろひ弱な部長であっても、今はヒーローのように見えたのだ。さっきより大粒の涙が目じりに浮かび、頬を喜ばせていた。

「ちぇっ」

 ばつが悪そうに西山は副部長の腕を放して、そわそわした足取りでその場を離れていく。

 かくいう先程部長に連れられていた青木は、普通に榊原が隠れている物陰にすぐさま寄ってきた。

「大丈夫か!?」

 部長は彼女に駆け寄る。一応大丈夫らしいが、どうやら少し腰が抜けたようだ。体に力が入っていない。

 部長は座り込んでいる彼女と目線を合わすようにしゃがみ込む。

「部長…」

 普段の彼女からは想定できない程か弱い声だった。よほど怖かったらしい。

「ごめん。俺がお前を一人にしたせいで…本当にごめん!!何も怪我とかしてないよな?」

「う、うん」

 彼女は座り込んだまま大きくうなずく。

「本当にごめん!」

 彼は合掌した手を頭につけ、深く頭を垂れた。

「言いの。あなたが来てくれたから」

 彼女はゆっくりと立ち上がる。

 まだ頭を下げていた彼は、その優しそうな声を聞くと、頭を上げ、立ち上がり彼女の顔を見る。目にはまだうっすらと涙が浮かび、優しそうな眼をしていた。

「そ、そうか…」

 彼はジャージのポケットに入っていた薄いハンカチを取り出し、彼女に差し出す。

 彼女は無言でそれを受け取り、穏やかに涙をぬぐう。そして拭い終わった後それを彼に返した。その時の彼女の頬には微かに朱色が浮かんでいた。

「あのさ…それと、助けてくれて、あ、あ、ありが…」

 彼女は言いたい一言を頭いっぱいに浮かべてるのに、口がうまく回らずに話せない。

「ありが…」

「あれっ?青木はどこ行ったんだ?」

 辺りを見渡す部長。その部長の声で我に返ったのか、副部長の顔はもっと赤くなっていった。


 その頃西山は家具屋を出た後、変装をすぐさま取り外し、変装道具をリュックに詰め、また家具店に入り、榊原と青木の居る物陰に隠れる。

「おい、お前ら何やってんだよ!!」

 榊原は未だに状況を把握しきれていないのだが、とりあえず怒るしかなかった。

「息ぴったりでしたね、西山先輩!!」

 青木と西山は榊原を完全に除外し、二人でまたもやグーサインを出し合う。

「おい、話を聞いているのかって!!」

「しーっ!」

 怒ってる榊原に対し、青木はその目の前で人差し指を唇の前で立てる。

「なんだよ」

 青木はどうやら部長達の居る方を気にしているようだ。もう今更見つかったって、関係ないのに、というか青木は部長に姿を完全にさらしていたし。

「なんだか、二人とも様子が変ですよ?」

「えっ?どんな?」

 そう言って気になった榊原は彼女と物陰から部長達を覗く。ここではまた声は聞こえないようだ。だが、青木はもう読唇術をしようとしない。



 一通りあたりを見回したが青木は何処にもいなかった。頭に血が上っていたので部長にはいついなくなったのかさえわからなかった。

「まあいいや。あれ、ところでさっき何か言おうとしてたか?」

「ううん、なにも…」

 首を横に振った彼女の顔は何故か微笑んでいた。彼を見ながら彼女は思った。そう、彼はそういう人なんだと。面倒見が良くて、色々なことに気が付くけれど、こう言う難しいことに気がついてはくれない。というより気がつけない。だからいつも喧嘩をする。それをわかってもらえず、自分は彼に対して強くあたってしまうのだと。

 さっきの男が立ち去って、安心したはずなのになぜか鼓動が痛いほど強い。そして彼女はまた気づかされる。自分がこの気持ちに気付くのが遅かったな、と。

「じゃあ、帰るか」

 そう言って振り向き、立ち去ろうとする彼の服を彼女は後ろから引っ張った。

「ちょっと待って…」

「ん?」

 少しだけ彼女は深呼吸する。その吐息が彼の背中にあたり、彼は少しだけ胸が疼いた。

「が、ガンプラ…買いに行きましょう」

 彼は彼女の方を振り向くと、下を向いて彼と目を合わせないようにしている彼女の姿があった。

「い、良いのか?お前さっきすごく嫌がって…」

「いいの。だからその代わりに、帰りに一階のサーティーワン買って」

 視線を上へ向け、上目に見ている彼女の顔は思ったより元気そうで彼は安心した。

「あ、ああ…いいよ」

 前を歩く部長の後を恥ずかしそうに副部長は歩き出した。家具屋を出て行き、もう少しで榊原達の位置から見えなくなりそうだった。

 だが、家具屋の物陰に残った三人はもうこれ以上尾行をしようとはしなかった。タイミングを見計らい、その場で立ち上がる三人。

 西山はもう用事が済んだので、つまらなくなったのか、ポケットから再びスマートフォ

ンを取り出しゲームをし始める。

 榊原はこれでまんぞくしたかな?と青木の顔をちらりと横目で覗くと、なぜだか知らないが、彼女は浮かない顔をしていた。

「ん?どうした」

 そう尋ねる榊原に対し、青木はシリアスに悩んでいるように見えて、こう言ったのだ。

「なんか私たちの所為で部長達喧嘩しちゃったみたいです。すっごい仲が悪そうでした…」

 榊原は開いた口が本当に塞がらなかった。

 何とかして塞がった直後これはショッピングモール内に響きそうな大声でこう言い返す。


「そんなわけあるか!!!」


 その後、西山脚本の舞台『野菜戦隊ブロッコリージャー』は部長達の熱い恋人の演技、青木の独創的でなお反響の良い演技、チョイ役と演出で功績を出した榊原により、成功したそうだ。

 しかし、まだまだこの演劇部には前途多難があるようである。


どーも、水無月旬ですノシ

初めてコメディーを投稿します。

実は自分高校で、軽音部と演劇部の掛け持ちをしてまして、こちらの作品は演劇の台本として書いてみたストーリーを少し前に小説にしてみたものです。実際舞台でやりませんでしたが・・・。

実はコメディーを初めて書いたのですが、プロットやら登場人物やらが、一瞬で頭に浮かんで書いてみたものです。

ミステリと違って深く考え込まずにかけたと思います。

はっきり言って、自分自身が楽しく書いてました。

では、また他の作品で会いましょう。

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