馬鹿 ~鹿し、如何にして僕が馬れたのか~
やぁ! 僕は馬鹿! 馬と鹿がセックスして、馬の精子が鹿の卵子にぶち当たって生まれたのが僕なのさ! つまり種族は馬鹿って事になるね!
え? 『種族が馬鹿なら名前くらいはあるだろう』? うーんそうだね、実は僕の名前も馬鹿なのさ。でも、それは僕も疑問に持っていたからある日馬の親父に聞いてみたんだ!
「ねぇお父さん」
「ん? どうしたんだ馬鹿」
「なんで僕の名前は馬鹿なの?」
「ああ、どーせ馬と鹿のハイブリッドなんて他にはいないだろ。だからオリジナリティが溢れる名前がいいかなと思って付けたんだ。馬鹿よ、これからもよろしくな」
適当だよね!
そんな僕、馬鹿が暮らすのはここ日本のホッカイドーって呼ばれる所。僕はホッカイドーのどこかの山奥で伸び伸びと生活してるのさ! さっき言った馬の親父と鹿のお袋もここで生まれて、親父の求愛にお袋が応えて、それで僕が誕生したのさ!
でも変だよね? 馬が鹿と交尾するなんて…。だから僕は性に対しての関心が湧いてきた時に同じオスである親父に聞いてみたんだ!
「ねぇお父さん」
「馬鹿よ、今度は何だ?」
「母さんと父さんはどうして付き合おうと思ったのさ?馬と鹿の種族に分かれてるよね? 本来、ありえないはずなのに……」
「どうしてもムラムラしちまってな。それは母さんも同じだったらしく、二人で子作りしたのさ。それでお前が誕生したんだー」
僕はムッとして、
「なんだよそれ。テキトーじゃん。結局、性衝動に耐え切れなくなった父さんと母さんが一発ヤって、その副産物が僕ってことじゃないか。やだよ、全然ロマンティックじゃないし嬉しくないよ、そんなの」
「馬鹿者! いや、馬鹿だけどそう言う意味じゃなくてバカ者! 確かにムラムラしてヤって偶然お前が生まれたことは認める。だがな、お前はかけがえのない息子だと思うし、お前のことを愛している。まぁお前も子を持てばわかるようになるだろうよ。それに、種族を超えた関係で鹿であるお母さんと結ばれた。……十分ロマンティックじゃないか? ん?」
僕はなんだか納得した。
「そうだよね。父さん、ごめんよ。馬鹿なこと言って。……馬鹿だけど。愛してるよ、父さん」
「うむ、私もだ。愛してるぞ、馬鹿よ」
そんな平穏な日々が続いてたある日、山に不吉な噂が広まった。なんでも、馬と鹿のハーフと言う奇妙な生物がこの山に潜んでいる事を知った人間界の狩人が僕の首を狙っているというのだ。人間界では僕のような珍しい生物を『UMA』と呼んでいるらしい。
UMA? うま? 馬?
僕は馬じゃない! 馬鹿だ! 『鹿』を省く事は僕の優しくて志の高いお袋に対する最大の侮辱! 人間め、許さんぞ!
それでも、僕は草食動物だ。人間の顎を食いちぎることもできない。ただ長い脚を活かして足早に逃げることしかできないのだ。
そんなこんなで、山に大勢の狩人が散弾銃を持って踏み込んだ時は僕や家族や友達は足早に逃げていった。
「馬鹿がいたぞー!」
僕の特徴的な容姿を一瞬で見分けた狩人。さすがは狩りをやっているだけあって見分けるのは早かった。人間め、なかなか侮れん。
銃声が山奥に何発も響き、仲間は次々と倒れていった。僕は歯を食いしばり、仲間の死を無駄にしないように走った。
しかし人間はなかなかしぶとく僕らを追ってくる。
そうした逃走劇が続き、僕らは不意に目の前にある景色が浮かび、立ち止まった。
崖上だ。ここから落ちたら人間であろうと馬であろうと鹿であろうと馬鹿であろうと、助からない。
父さんと母さんは僕を守るようにして挟み込んだ。他の野生動物達は狩人に挑むように前に出てくる。
そんな仲間たちの勇姿、矜持に僕はえらく感動した。
――だからこそ、これ以上僕のせいで犠牲を増やすことはできない。
僕は仲間の制止を振り払い狩人の前に立った。
「馬鹿!? 何してるのよ!」
母さんが叫ぶ。
「これ以上、仲間たちを傷つけることはできないよ。僕はこいつらに捕まる」
「それじゃあ今まで逃げてる途中、死んでいった仲間のことはどうなるのよ!」
僕はニヒルに笑い、
「ああ、だからこそもう仲間が死ぬのは耐えられない」
と言い人間の前に立ち瞳を閉じた。
「へへっ、お利口じゃねぇか! 気に入った、殺さず生け捕りにしてやんよ。その方が高く売れそうだし」
狩人が何やら言いながら、ホルスターから奇妙な形をした拳銃を取り出した。それを僕に向かって構え、
バァン! と銃声が響き渡った。僕の頭には想像していた鉄のごてっとした感覚ではなく、針で刺されたような感覚を最後に僕の意識はブラックアウトした。
闇に入る直前、母さんの「馬鹿ぁー!」と絶叫する声が聞こえて来たが、僕は不思議と安らぎを感じていた。
……ここは果たして天国なのだろうか。僕はトーキョーとやらの街に来ていた。巨大な建物がたくさん建っているのを最初見たときは、僕は感嘆したものだが、見慣れてくると僕は無性に森に帰りたい、と思っていた。
これなら僕はあの森で殺されていたほうがマシだった。なんだって人間はこんなただ馬鹿でかい建物が建設されている所に僕を寄越したのだ。それにこの臭い。息苦しいったらありゃしない。人間どもはこんな空気を吸い続けて気でも狂わんのかい。
いいや、ここは地獄だね。僕はここの鉄格子に隔離され、見つめられたくもない人間どもに見つめられると言う屈辱の日々を送っているのだ
「馬鹿ねぇ、あんた」
僕は「馬鹿だけど?」と声をかけてきた隣の檻に入れられている雌鹿に返した。
「そう言う意味じゃないのよ。森で死んでればこんな地獄は味あわずに済んだのに、なんだってあんたはこんなところに来ちまったのさ?」
「仲間が助かると思ったのさ。こんな居心地の悪いところに来るとは思わなかったけど……。お姉さんも元野生動物なの?」
「そうだよ。森に帰りたいもんだよ。人間どもに視姦されるのは、あんたの言うとおり居心地が悪いし」
「そうだね。こんな牢獄で一生を終わらせるなんてどうかしてる」
が、そんな日々はすぐに終わった。
その夜、何故か知らないが、動物園の全ての檻のロックが解除されたのだ。
これを見よがしに、動物園の大半の動物たちは外に出た。
大半の、と言うのは中には飼育係の人に忠誠心を感じたものも居り、留まる動物も中にはいたからだ。それは愚かしい事だと僕は思う。でもそれと同時に素晴らしいことだとも感じていた。人間を理解し、忠誠を誓う動物。馬と鹿が交尾して僕が生まれたのだから、そんな関係があってもいいのではなかろうか。
トーキョーの街は大混乱だった。いつもは建物や看板に『ライト』と呼ばれる明かりを照らすものがあると僕は聞いていたが、それが点かなくなって、どうやら混乱したらしい。
それと動物園の檻が解除されたのと、どういう関係性があったかは知らないし、どうでもよかった。僕、いや僕らは外の世界に出れたのだ。
僕は走った。今度は逃げるのではない。元の場所に帰るのだ。
どれくらい走ったのだろう? 僕はちょくちょく休みを取りながら、ホッカイドーを直感で目指していた。
そして約束の大地にたどり着いた。僕は軽い足取りで森に向かう。
森はそこにあった。僕は森へ踏み込もうとする。
すると、誰かの気配を僕は感じ、そっちの方向を見る。
親父とお袋だった。
「父さん……! 母さん……!」
僕は久しぶりに逢えた。親父とお袋に駆け寄った。
再会をしばらく分かち合っていると、僕と父さんと母さんは森の奥に入っていった。
父さん、母さんと並ぶ僕の掛け替えのない家族の元へ。




