雨音
今日も雨、昨日も雨だった。明日もきっと雨だろう。
こうも雨が続くと気分が滅入ってくる。
梅雨だから仕方がないか。一年前の梅雨はもっと楽しかったのにな……
。
一年前は隣に彼女がいた。
一年前の同じ時期、僕達は教室で雨が止むのを待っていた。
別に雨が止むなんて思ってはいなかった。ただ、雨宿りに格好つけて二人でいたかった。
「雨やまないね。やっぱり濡れて帰る?」
「また、傘持ってきてないのか」
何となくわかってた。これで五度目だ。
彼女は照れ笑いを浮かべる。
あぁ、わかった。これはわざとだ。
「降参だ。今日も俺の傘に入ってくんだろ」
「うん」
本当にいい笑顔で笑いやがる。
その笑顔は憎たらしいほど、心惹かれる。騙されてる。きっと思い通りに動かされてるんだろうな。
「決まったら早く行くぞ」
「あ、ちょっと怒ってる?」
その言葉を無視して、教室をでる。
少しだけ。ほんの少しだけ、彼女の思い通りになってる自分が悔しい。だから少しだけ、冷たい態度をとってしまう。
ちらりと後ろを確認する。
彼女は少しむくれながらついてくる。
「怒ってないから、ほら早く」
そう言いながら手を出すと彼女は嬉しそうに飛びついてくる。
いろんな理由を考えた所で、やはり彼女には甘い。
何度も体験したことだから知ってはいたが、一つの傘に二人は厳い。
「ちょっと、もう少しつめて濡れちゃう」
そう言う彼女の肩は雨で濡れている。
「これが限界だ」
僕の肩もやはり雨で濡れてしまっている。
「それなら、この傘ちょうだい」
きっと冗談、ただ戯れあい。だと思う。
「一緒に傘に入るために忘れてきたんじゃないのか?」
キョトンとした顔をする。
「そんな乙女なこと考えてたの?」
恥ずかしくなってきた。恥ずかしさのあまり彼女から目をそらす。
それが良かった。
こちらに向かってトラックが突っ込んでくるのが見えた。
あのトラックは僕達を殺すだろう。
自然に体が動いた。彼女を突き飛ばす。
鈍い音がした。体が宙を舞う。彼女は無事だろうか。僕はきっと無事じゃないだろう。
体が寒い。雨が体温を奪っていく。きっと死ぬんだろう。
あぁ、彼女が泣きながら近づいてくる。良かった無事で。
そこからの結末は実にくだらなかった。
別に僕は死ぬことはなかった。ただ、無事というわけでもない。
入院していた。そのせいで、高校は留年して三年生になれなかった。
いっそ、死んでしまったほうが良かった。そんな気もする。
そんな事を言えば怒られてしまうから言わないが……。
彼女が三年生になり、受験が目の前に迫って来ると、自然と彼女と会わなくなってしまった。
そんな理由があって、僕は一人教室で雨が止むのを待っていた。
雨は嫌いだ。
一年前はもっと好きなはずだったにな。
そんな懐かしい記憶に浸っていると、教室の扉が開く音がした。
「まだ、教室にいたんだ」
彼女は驚いた顔で言う。
僕も驚く。なんで彼女がいるんだ。
「帰ろ。もう雨は止んでるよ」
彼女に言われて外を見ると雨は止んでいた。