5.キノコシチューと
「…何が……」
何が起こったのか。見れば、檻がなくなっていた。
それはもう、ものの見事に。木っ端微塵ってやつですね。え、何事??
「確かに、お前の名、頂いた」
「え?」
背後からの声に、ビビリながら振り返る。
聞いたことがあるのに、初めて聞く声。
そこに、いたのは――――――
「…えっと、どちら様でござるでするか……?」
なんだかやたらとキレイな男のヒトだった。
え、誰?
「だから、その言葉遣いはやめろと言ってるだろう?」
「え、え、もしかして、獣様…??」
にやりと笑うその声は、確かに獣様の声。しかもちゃんとヒトの言葉。
混乱する私をよそに、獣様はまた相変わらずの呆れた声。
「だから、フェルだって言ってるだろう。
…フェルイス=ライモン=ゼル=ジャベリン」
「フェルイス=ライモン=ゼル=ジャベリン」
呪文のようなそれを繰り返すように口にしたら、身体の中に熱が生まれた。
熱風が身体の中を駆け巡り、思わず胸を押さえ、うずくまる。
「なに……?」
駆け巡った熱は、すぐにおさまった。
それでも、まだ胸の奥が熱い気がして、落ち着かない。
一体、何が起こったのか……。
問い詰めようと、原因と思われる獣様を探したら、思いのほか近くにその姿はあった。
っていうか、目の前にいらっしゃった。
「俺の真名もお前に預けた。
ここはもう飽きたし、お前といればしばらくは退屈しなさそうだ。
行くぞ」
一方的にそう告げて、未だうずくまったままの私の手を引く。
「え? え? あ、あの…??」
ぐいぐいと引っ張られるまま立ち上がって、檻の残骸を越え、歩いていく。
周りで精霊さんたちがチカチカと光を発しながら飛び回っている。
これは、あきらかに警戒の合図ですよ!
そう思うのに、手が、振りほどけない。
「ああ、それと」
「…あぅ」
離せない手と、止まれない足に焦っていたら、急に獣様が立ち止まった。
ぶつけた鼻が痛いでござる。人間急には止まれないでござる。
「真名はそう簡単に教えない方がいいぞ」
さっき私に真名を教えたヒトが何を……っていうか、あれ?
もしかして、私も真名を教えちゃった?
しかも、なんでか獣様の真名、思い出せないんですけど!?
これって、つまり、えっと、どういうこと……??
獣様はズンズン歩いていく。
私も、それについて歩いていく。
「とりあえず、飯を喰わせろ」
「あ、はい。それじゃあキノコシチューを……」
あとついでに、高級菓子も、少しなら分けてあげてもいいかもしれない。
師匠、キノコ狩りに行ったらヒト狩りに遭って、ヒトを拾って帰ってきました。
え、このヒト、元魔王様? 師匠は元勇者様の仲間の一人?
…えっと、とりあえず、シチューでも食べますか。
腹が減っては戦は出来ぬってね。あれ、二人してそんな冷たい目しないでくださいよ。
これからはちゃんと魔術の勉強もしますから!
短編のはずが思ったより長くなったので分割掲載しました。
機会があれば続編もある…かも?