2.魔獣様とキノコとクッキーと
あれ、喰われて死んだら遺体もないから棺もないのか?
でも、アレを他の人に食べられるなんて悔しすぎる…。
なんて最期の後悔に追われる私に、ゆったりと近づいてくる獣様。
今から喰われようかという相手に対して、様付けはどうかとも思う。けど、その黒の毛並み、金の瞳、しなやかな体、白い牙、纏う雰囲気まで、どれを取っても優雅で気品にあふれてて、獣扱いがはばかられる。
こんなキレイなイキモノ、初めて見た。
今まさに喰われるって時なのに、菓子の事も忘れて、思わず見とれてしまう。
目の前まで来た獣様は、おもむろに私の首筋を舐めた。
「へぅぁ……!!」
……変な声が漏れてしまった。不覚。これが最期の言葉になったらどうしよう。
なんてなんとも間抜けなことを考えているうちに、獣様は再度、口を開いた。
今度こそ食べられる、そう思った刹那、聞こえてきたのは声だった。
『娘、お前、いい匂いがするな』
「ふぇへ??」
またも変な声が出たのは、まぁ仕方のないことと思っていただきたい。
だって、美しい獣様が、それはそれはいい声でおしゃべりしなさってのでござる!!
なんていうか、色っぽい? ずんって体に響くみたいな、深い、いい御声。
それじゃあ返事も変な声が出るってもんでござるよ。
…あぁ、脳内の言葉までおかしい……。
そんな、変な混乱の最中にある私をよそに、獣様はくんくんと私の匂いを嗅いでござる。
さっき舐めた首筋に頭、脇の下やら足の先に、股の間まで。
「はぅむぁ!」
いやん、そんなところは……って、私は何でこんな声しか出ないのか……。
自己嫌悪真っ最中な私の全身を嗅ぎまくった獣様の鼻先は、私のわき腹付近で止まった。
『……何か持ってるのか?』
くんくん、くんくん、脇腹をつつくのは止めてほしいでござる。
「そういえば、シチューに入れるキノコが……」
ポケットに入れたままだった。師匠の好物のキノコ。
その名も『タケタケ』 マツタケよりは劣るけれど、マツタケに次ぐ香りと歯ごたえを持ち、なのにマツタケより希少という魅惑のキノコ。…ウメタケもあるらしいがまだ見たことはない。
そんなキノコが捕れる季節になったのを思い出して、採りに森に入ったのが運の尽きだったんだなぁ…。
考えてみれば師匠のご機嫌取りなんて必要なかった。無念。
なんて回想に浸っている間も、獣様は脇腹を嗅ぐのを止めない。
いい加減くすぐったいので止めて欲しいでござる。
催促されるまま、エプロンのポケットに入れていたキノコを取り出す。
はぅあ! なんか脇が濡れてるんですけど! もしかしなくてもよだれ??
高貴な獣様なのに、やっぱり獣…。尾が嬉しそうに揺れる様は可愛いけど。
『喰うぞ?』
よだれに少々げんなりしながら差し出せば、鼻息も荒くそのセリフ。
疑問系なのに返事を待つ気もないらしい。
手まで喰われるかと思う勢いで、私の手のひらより大きなキノコを一口でパクリ。
もしゃもしゃと咀嚼する様まで豪快だ。
けれど、豪快なのに高貴な雰囲気は崩れない。やはりすごい獣様だ。
「お腹が空いてらしたんですか?」
キノコを食べて少し満足気な獣様に声を掛ける。尻尾もご満悦な感じで揺れてるし…可愛い…。
希少なキノコとはいえ、キノコごときに獣様がああまで執着するなんて不思議。
この檻に飼われてるんじゃないんだろうか?
そんな疑問を持ちつつ尋ねてみたのに、なんか驚いた感じで見られた。
誰こいつ、的な?
『……ああ、まだいたのか』
読みは正しかった……。
けど嬉しくない。なんか、傷つくことを言われた気がするでござる。
キノコあげたらお払い箱?そんな扱いってヒドイ。
「せっかく、クッキーもあげようと思ったのに…」
傷ついたまま、つぶやいてみたら獣様の耳がピクリと動いた。…可愛い。
「胡桃とチョコチップ入りの力作、まだ残ってたからあげようと思ったのに…」
尻尾も揺れる。あぁ、よだれ、垂れてますよ!
なのに、お払い箱扱いした後ろめたさか、沈黙を保っている獣様。
ああ、ピクピクする耳がラブリー!!
『……生娘には飽き飽きしてたんだ。腹が減ってたわけではない』
「じゃあ、クッキーはいらないでござるか?」
あ、またよだれが落ちた。
グルルルってうなり声が聞こえるけど、もしかしたら意地悪した腹いせに、頭からバクって喰われるかもだけど……ソレより何より、獣様のラブリーさに夢中な私。
あぁ、お耳が! 尻尾が!! 可愛いです!!
『娘……』
獣様は高貴なお方だから、ヒトに頼むとか、お願いとかしたことないんだろなぁ。
『お前、俺で遊んでいるだろう』
はぅ!! ばれてますでござる!!
『いいから、よこせ』
それがヒトにものを頼む態度?と思ったけれど、口から覗く牙が、少し血走った目がマジっぽかったので素直に渡すことにした。
ま、充分堪能したしね!!